コンピュータのことども

2016年1月28日 (木)

wordpressで日本語入力が消えてしまう件

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 最近は、手のひらパソコンraspberry piで遊ぶことが多いのですが、Apacheサーバーを立ち上げ、SQL,、PHP5をセットアップしてwordpress日本語版をインストール後、記事を入力したところ、日本語表示できませんでした。
 半角英字は、タイトルも記事も表示されます。
 日本語も、記事一覧は表示され、再編集もできることから、SQLのデータベースには登録されているようですが、なぜか、タイトルだけしか表示されないのです。
タイトルをクリックして、記事を表示させようとすると、記事が見つかりません、と表示される。
 phpにおける文字コードがおかしいのでは、という記事をみて、.htaccessを設置したりしましたが、それも効果なし。
 三日ほど悩んだ後に、「wordpressのバージョンを上げたら表示されなくなったが、原因は、記事へのリンクがおかしくなっているだけなので、パーマリンクを再設定したらなおった」という記事を読んで、触ったことのなかったパーマリンク設定ページを開くと、カスタム設定にチェックが入っており、どうもこれが怪しそうだったので、「基本」にチェックをつけ直して保存すると、正常表示されるようになりました。
 困っている方がおられたら。お試し下さい。

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2012年7月 7日 (土)

LINEをうちのFEPで打つとぃねになる

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 LINEというサービスがありますね。

 おそらく、使っている方も多いことでしょう。

 理由があって、わたし自身は使っていませんが、若者の多くと、おそらく新しく便利そうなサービス好きの大人たちは、すでにスマートフォンやコンピュータにインストールして使っておられると思います。


 ご存じの方も多いと思いますが、LINEは、サービスの利用にあたって、スマートフォンの電話帳データの転送許可を尋ねてきます。

 転送しておいた方が、FACEBOOKのように、かなり確度の高い「友だちかも」が表示され「便利」なのですが、わたしのように、(特にネットサービスに関して)疑り深いニンゲンは、自分のデータがクラウドに転送されるということに抵抗があるのですね。

 わたしは、1年まえにLINEがサービスを始めた時に、そのことを知って導入をやめ、その後はまったく気にもせずに過ごしてきたのですが――

 少し前のWBS(ワールド・ビジネス・サテライト)で、LINEの特集をやっていたのと、その番組についての以下の記事「LINEがこの先生きのこるには」を読んだので、LINEについて、少し書こうと思います。
 

 WBSでは、昨年6月にサービスを始めて以来、1年で1800万人のユーザー数を獲得し、すき家やLAWSONが「メールマガジンと違って開封率が高い」ことを理由に、割引サービス通知を開始し他ことを伝えていました。

 ちなみにLAWSONの擬人キャラクターは「あきこちゃん」というらしいですね。

 彼女?と友だちになると、LAWSONから割り引きクーポン番号が送られてきて、店頭のLOPPIで入力すると、感熱紙に割引金額が印刷されたチケットが手に入る、そうですが、ちょっと冗長な手続きのような気がします。


 今後の展開として、スマートフォンのGPS利用の位置情報サービスを使って、いまユーザーがいる場所の近くの店から、メッセージを送る、ということも考えているそうですが……

 みなさん、怖くありません?

 この点において、わたしは暗闇を恐れる穴居人と同じです。

 先と安全性の見えないサービスにどっぷりとつかる気にはなれない。


 いかに、ネットの情報管理が脆弱で、クラウドと称する、主に海外におかれたサーバの保守が難しいか知っているからです。


 それに、法的な問題もある。

 以前にも書きましたが、一言でクラウドといっても、物理的ハード、つまりサーバがどこに置かれているかは、ほとんど公表されていません。

 サーバが、ハワイなど米国領土に置かれていれば、あのコドモブッシュが制定した悪法「愛国者法」によって、政府があやしいと思えば、どんな企業秘密であろうと開示させることができるのですから。

 プライバシーもなにもあったものじゃない。

 サーバの安定性にも問題がありますしね。

 世の風潮はクラウドバンザイですが、大切なデータを、どこの国にあるかもわからないハードに置いておく、なんてわたしにはできそうもありません。

 先日も、ファーストサーバが、バックアップ用のデータを含めて全削除してしまうという「大事故」を引き起こしたばかりですし。

 どういう力学が働いたのか、巷ではあまり話題になりませんでしたが……

 バックアップさえなくしたソフトバンクの子会社は、「払ってもらった料金分しか保障できない」といい、あまつさえ「月額1800円の料金で高度な管理と保障などできるわけがない」といい放ったそうですから、恐ろしいことです。

 結局、利用者を救ったのは、データ入力後に残しておいた、紙ベースの一覧だそうですから、まだまだ、安心して『のんちゃん電子「雲」にのる』のは時期尚早のようです。

上記「LINEがこの先生きのこるには」で、問題にしている点のひとつは、

ユーザーに、自分のスマートフォン内の電話帳が転送され、その結果、そのデータを通じて、見知らぬ他人から呼びかけられる可能性のある点を、わかりやすく告知していない点です。

 少し記事を引用させてもらうと――

 Twitterは公開の場であるのが明らかなので、警戒してニックネームを載せたり、アイコンを猫やアニメ絵にしている人が多く、facebookでは実名を載せることが強制されるが、そういうのが嫌な人はfacebookを使わないようにしているだろう。
 そのような人達が、LINEにおいては、電話やメールの代わりだと思って、公開されないことを期待し、実名を載せ、顔写真を載せてしまっているのではないか。このことが危惧される。
 解決策は、図7の画面で、ここで登録する情報は一般公開される旨を、きちんと説明することしかないのかもしれない。 (太字はわたしがつけました)




 もし、わたしに若い友人がいて、友だちみんながLINEを使っているから自分も使いたいがどうしよう、と尋ねてきたら、こう答えるでしょう。

 「開始後一年程度」の「グレーゾーンのある」、しかも「外国資本の入った」SNSサービスに、あわてて飛びつかない方が良いと思うが、もし、利用しないと友だちとのコミュニケーションが円滑に行えないようなら(そんな友だちは切ってしまえ、といいたいケレド)、今度も含めた危険性を覚悟した上で使いなさい。


 もっともいけないのは、あの、沈没しかかった船から日本人を飛び出させる一番のコトバであるとよくジョークにされる

「もう、みなさん飛び込んでおられますよ」

につられて、よく分からないまま、無自覚に、無覚悟に、それどころか無意識に(コレハナイカ)、新サービスの海にとびこんで、あとで元カレから突然メールが来て大騒ぎする、などとというミットモナイ振る舞いに及ぶことだと、わたしは思うのです。  

 人を評価するのに「棺覆ってのち定まる」という言い回しがあるように、ソフトも、本当の評価は、その機能が使われなくなった時に決まると思いますが、さすがに、そんな気の長いことはできないでしょう。

 ある意味、サービス、ソフトの利用は「見切り発車」が本則なのかもしれません。


 であれば、少なくとも、せめて2年程度は、そのサービスの行く先を見定めてから導入の可否を考えた方がよいと思います。


 とにかく、すでにご利用中の方も、これから導入を考えているかたも、

 LINEに質問状を送って、先入観なくその解答を分析している、
 「LINEがこの先生きのこるには
を一度読まれることをおすすめします。



 あ、最後に、LINEはずっと文字で見ていたので、今回の放送で、LINE本社のニンゲンを含めて、その発音が「イン」ではなく、「ラン」であったことに、驚くと同時に気持ち悪さを感じました。

 また例の、カタカナ的技術者発音の発露のようですね。これも……

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2012年2月19日 (日)

考えすぎて袋小路 Windows8の新ロゴ

 昨日、マイクロソフト社が、来たるWindows8のロゴを発表しました。

 http://news.mynavi.jp/news/2012/02/18/005/

 こんな感じです↓

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 記事中にあるように

「プロジェクトにはデザインコンサルタントPentagramも参加し、Windowsブランドの歴史と価値、Metroスタイルの哲学、テクノロジー産業のトレンドなどをどのようにロゴに込めるか議論を繰り返してきた」

らしいけれど、出来上がったのが、GREE似ロゴ(使用フォントも含めて)ではシャレにならない。↓

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" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、キャッチフレーズはいいけれど。

 以前から、Windowsには二つの瑕疵(かし=キズ)がある(本当はキズだらけだけど)といわれていて、そのひとつが、『ロゴが窓なのに何故はためいているのか』でありました。

 確かに、初めはシンプルだったのに、いつのまにやら、多色化され、立体化され、透過処理された映像になり、どんどん懲りすぎたロゴになってしまいましたからね。

            参考画像↓

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 今回、Windows1のスタイルに回帰しつつ、「窓は、はためかない」という事実に基づいたロゴ作成になったようです。

 たぶん、このロゴを作るのに、何億もかかってるんだろうなぁ。

 肝心の、Windows8について、少し書いておくと、ご存じのように、今度のOSは、「アメリカではパソコン画面をテレビにつないで作業することが多い」という事実と、操作が簡単なタブレット端末で、多くの初心者をとりこんだように、パソコンにも初心者を招致したい、という思惑から、Metro-UI(メトロ・ユーザインタフェース)が導入されます。

 コンピュータを起動するとこんな感じにタイルが並んでいるのです(実際に各レクタングルはタイルと呼ばれるらしい)

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 で、今までのエクスプローラーの方がいいや、という人には、右下の青いタイルをクリックすると、従来型の画面が表示される。

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 つまり、二つのUIを同時に搭載しているのですね。

 またぞろ、決断できず、どちらかに決めかねて、両方とも採用してしまったあげく、内容を複雑にするというwindowsのお家芸が出てしまったわけです。

 どちらを使うかを、ユーザに丸投げで選ばせるのは、決して親切ではないのに……

 タブレットでしかコンピュータを扱ったことのない人々にとって、Metroは扱いやすいものなのでしょうが、これまで、不細工なOSに自分を合わせ、MSを支え、使ってきた人々にとっては、不便以外のなにものでもありません。

 OFFICE2007で導入された「リボン」と賞するメニュー・アイコンも、わたしにとっては拷問でしかなかったしねぇ。

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 ま、音楽工房内のすべてのマシンが、まだXPで、Windows7は、たまに他所にでかけて作業するだけのわたしが言うべき事柄でもないのかもしれませんが。

 受け身のコンピュータ操作、ネットの情報収集とメール送受信は、iPhone4sとiPad2で、充分な気がしますから。

 さすがに、こういった長い文章を打つ時は、家のマシンを使って、Filcoのキーボードで書く方が快適ですが。

 わたしの友人の持論は、クルマはメジャー・チェンジの直前、マイナー・チェンジの最終形態で買え、です。

 それが、もっとも安定しそのバージョンでの完成形に近いから、だそうです。

 もちろん、コンピュータOSにもそれはあてはまります。

 まあ、VISTAとWindows7のサポート延長も決まったようですし、わたしも、年内には7への移行をすませたいと思ってはいるのですが。

P.S.
書き忘れていましたが、もう一つの瑕疵は、「終了するのに、まずスタートボタンを押さねばならない」でした。これも解消されるようですね。

P.P.S.
 今、気づいたけれど、" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、まさか、ジョブズの、「Stay hungry,Stay foolish 」の向こうを張ってるんじゃないだろうねぇ。

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2011年10月 7日 (金)

確実なBeautiful Computer eraの終焉 ~ジョブズ死す~

 わたしが、最初に、その会社のマシンを知ったのはⅡCという型番でした。

 まだまだ薄っぺらだったコンピュータ雑誌の巻末ページの、胡散(うさん)臭そうな個人輸入業者が出した広告で知ったのです。

 しかし、当時のわたしには高価すぎて手がでなかった。

 パーソナル・コンピュータの黎明期だったのです。

 それ以外の広告は、ほとんどが基盤剥き出しで、ディスプレイと言えば数字を表示するだけのセグメント表示のみ、キーボードはテンキーだけで、扱える言語はアセンブリ言語のみという、信じられないほど原始的な状態でした。

 それにひきかえ、そのマシンは性能だけでなく、白くすっきりした薄さの筐体デザインすら素敵だった。

 そのメーカーの名はApple Computer。

 社名より、その社長の名前の方が有名なコンピュータでした。

 APPLEのマシンは、その後Ⅲが発売され、LISAへと受け継がれてきます。

 しばらくして、自分で会社を作り、コンピュータで音楽を作り始めたとき、初めて手にいれたのはCLASSICでした。

 シーケンサーのVisionとスコア(楽譜)ソフトのencoreを動かすためでした。

 当時はすでに、アタリのマシンもIBMもソードも、クリーン・コンピュータと称するシャープMZ-80Bや、NEC PC-8801、バブルメモリ搭載がウリの富士通FM-8も出ていましたが、なによりアート分野、特に音楽分野ではアップル製品が定番だったのです。

 Visionは、現在発声中の音を黒いボールのバウンスで示すのですが、何せ、要求する作業が、マシンの性能を越えているため、実際の発声タイミングより随分遅く、うまく操作するためには、早めにスタートボタンを押して開始し、終わる時間を見越してストップボタンをクリックする、という、今から考えると冗談のような特殊操作が必要な劣悪環境でありました。

 しかし、それでも他のマシンの他のソフトよりも、はるかに快適に、実用的に音楽を作ることができたのです。

 一太郎Ver.3を使った書類印刷や、ロータス123(「桐」なんてのもありましたね)を使った表計算処理は、NECのPC9801で行っていましたが、まだまだ日本製品のMMI(マン・マシン・インタフェース)としてのマウス操作は、お遊び程度、せいぜい花子(書いているだけで懐かしい)の図形描画で使う程度で実用レベルではなかった。

 やがて、型落ちのSE-30を手に入れ、本格的に音楽制作を始めると、ⅡcX、Ⅱci、Ⅱsi、Lcと買い換え、買い増しし、仕事を続けました。

 その後、Quadraが発売され、Powermac、そして、一時期、Applehがライセンス供与していたパイオニア製のマシンなども購入し、使いました。

 そして、あのボンダイブルーが有名なimacの登場です。

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 imac自体は、Usbのmidiインタフェースに信頼がおけなかったので、音楽開発用にはしませんでしたが、そのデザイン(見た目は可愛いけど、目の前でみると結構デカかった)にはイカれました。

 やがてマシンはG3、G4と性能を上げていき、ついにOS-Xの時代になります。

 その合間にも、創業者による「砂糖水を売るより、未来を作ろう」発言(本人がいったかどうかはマユツバものですが)や、そういって雇い入れた人物から、今度は自分が会社を追い出されるという毀誉褒貶(きよほうへん)ぶり、その後に彼が起ちあげ発売したNeXTコンピュータ(これも欲しかったけれど、ワークステーションなみの値段にとても手がでなかった)のスゴさ、そしてアップル社に返り咲き……等々、アップル周辺というより、その人物周辺は、いつも賑やかで、話題にこと書きませんでした。

 やがて、その人物は、あのipodを発表し、ipodを内包した電話iphoneや、それを拡大した(だけではないが)ipadを矢継ぎ早に発表します。

 そして、去る5日……

 おそらく、世界中の人々が、一斉にこの「事件」を話題にするでしょうから、わざわざ、わたしが書くこともないのですが、やはり書かずにはおれません。

 米アップル社の創始者にして、先日までCEOであったジョブズ氏が亡くなりました。

 よく知られるように、彼自身はプログラムを書く天才でもなく、ハード設計の達人でもありませんでした。

 しかし、彼には、向かうべき道を知る嗅覚と直感、決断力がありました。

 優秀なプログラムを書ける人間は、勉強と学習で生み出せます。

 奇抜で、部品数が少なく、よって故障の少ないハードを生み出す人間も。

 しかし、人にCORRECT ORIENTATIONを指し示すことのできる人間は、まずいません。

 ビル・ゲイツが1万人いてもダメなのです。

 彼の死によって、美しく華のあるコンピュータ黎明期は終わりを告げ、コンピュータ文化は停滞を余儀なくされるような気がします。

 後の研究家によって、コンピュータ史の停滞時期、と呼ばれる気が……

 今現在、すでにあるマシンの性能を上げることなら凡百の人間にもできるでしょう。

 しかし、今あるものを組み合わせて、新しい価値を生み出す作業ができる人間は数少ないのです。

 ステーブ・ポール・ジョブズ。

 実際に会って話をしてみれば、欠点の多い、自分勝手でイヤな奴だったのでしょう。

 歴史に名を残す天才というのはそういうものです。

 如才がなければ、世に数多いるゼニ屋(MBA保持で、人の金で相撲を取る経済の専門家)になるでしょうから。

 イヤな奴、傲慢で、そして魅力的な男……

 コンピュータ業界は夜空に燦然と輝く巨星を失ってしまいました。

 しかし、個人的には最後に問題が残ります。

 かつて、誰かが、本田宗一郎氏が最後に褒めたマシンとしての軽四スポーツカー、ホンダ・ビートを苦心して手に入れたと言っていました。

 だから、わたしも、今使用しているiphoneのまま、iphone5が出るまで待とうと思っていましたが、おそらくジョブズが目にしたであろう最後の実機(コンセプト・デザインのモックアップではなく)であるiphone4sを手に入れるかどうか迷っているところです。

 彼が、目にした最後のマシンなのだから、手にいれたい。

 それは、おそらくわたしが、コンピュータ黎明期に、彼のような新しい時代を切り開く天才と同時期に生きられたことを、幸福に思っている証拠に他ならないのでしょう。

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2010年7月10日 (土)

愛国者は(ボニーと)クラウドを殺すか?

 ボニー&クライドといえば、ウォーレン・ベイティ(かつてはビーティといったのに……リーガン元大統領と同様、知らぬ間に呼び名がかわった?)、フェイ・ダナウェイ主演(とジーン・ハックマンがチョイ役)の名作、「俺たちに明日はない」の原題ですが、内容はご存じでしょう。

 1967年の映画です。

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 アメリカに実在したチンピラ強盗カップル(バカで愚かだけど、どこかカッコいいんだよなぁ)の生き様を描いた作品で、当時、ワーナーはB級作品としてしか見ておらず、ドライブイン・シアター(最近見かけないな。皆さんは観に行ったことあります?)用としてのみの公開予定であったものの、いざフタを開けてみると……といういつものパターンです。

 ラスト、若く美しい(フェイ・ダナウェイは美しいというより、コケットな魅力が強かったな。有り体にいって実際に残るホンモノのボニー・エリザベス・パーカーの方が美しい)二人の肉体が、数多くの銃弾によって肉片となるシーンは、映画史に残るものとなりました。(以下の画像は共にWIKIより)

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 その二人に、「正義と愛国者の名のもと」に、全身87発の銃弾を打ち込んだのが、アメリカのレンジャーと警官たちです。

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 圧倒的に戦力差があるのですから、逮捕もできたはずなのに、彼らは、二人の全身に銃弾を撃ち込んで殺してしまった。

 いかにも、ガンによって建国された国らしい態度です。

 さて、ここからが本題です。

 今回はクライド、ではなく「クラウド」について書きます。

 最近、よく聞きますよね。

 クラウド・コンピューティング。

 クラウドってのは、まあ雲のことですね。「曇り」のクラウディと同じ語源です。

 わたしが、はじめてクラウドの名を聞いた時、その意味は、サーバー企業が「あまり混雑しない時間帯」に「あまったメモリ空間」を、割安で使ってもらう、というコンセプトでした。

 その後、クラウド・コンピューティングの信奉者たちが、

「クラウドすごいぜ。自前でサーバーを持たなくても、いろんなことができて、しかも、すぐに利用できるツールが充実しているから、やりたいことがカンタンにできてしまうんだ。例のエコポイントも、クラウド・コンピューティング(とその既製ツール)がなければ、あれほどすぐに、ジコーセイケンが実行できなかったハズ」

などというのを聞いて、何がクラウドなのか、正しく、雲か霧のごとくに茫洋(ぼうよう)とした、曖昧模糊(あいまいもこ)な気持ちになってしまいました。

 んが、結局、少し調べてみると、どっちも同じコトをいってるんですね。

 最初にわたしが聞いたのは、サーバー経営者側から見たクラウド~で、後者は、利用者側からみたクラウド~。

 同じモノを両サイドから表現していたのです。

 しかし、そのどちらもが、クラウドの危険性を忘れているか、気づかないふりをしています。

 現在では、クラウド・コンピューティングは、もう少し正確に描写されて、一般に、自前でなく、ネットワークの向こう側に、

「ハードやソフトに限らず、データベース・ソフトやビジネス・ロジックやAPI、ユーザインタフェース、セキュリティ、バックアップ、災害対策システムまで、標準のサービスとして提供されたシステム」

という程度の認識になっていると思いますが、これに加えて、従来のネットワークでは考えられなかった、「命より大切な生データ」のストレージサービス、つまり保管までもが、ネットワークを通じて「こちら」ではなく「向こう側」で為されるという点は、特筆すべきだと思います。

 上でずらっと書いたように、確かにクラウド・コンピューティング(以下クラウドと記載)は、便利で安上がり、しかも、いろいろと既製品が用意されているので、コスト削減とサービス・システムの開発期間の短縮ができるという、金儲けが目的のビジネスとしては、ふんだりけったり、じゃなくて、願ったりかなったりのシステムなのです。

 しかし、わたしの好きな格言のひとつに、

「目に見えないものは信じるな」(ネイティブ・アメリカン)

というものがありますが、正しく、クラウドがそれですね。

 上記のように、クラウド・コンピューティングの語源は「クラウド」、雲というか、水蒸気様のとりとめのないカタマリという意味なのですが、そんなあやふやなものに、大切な生データを保管させてよいものなのか?

 妙な話ですが、もし、そのクラウドを展開する会社が、世界的にサーバーを分散して設置しているならば、データのある部分はシンガポールに、他の部分はマレーシアに、その他の部分はアメリカのシカゴに、ということがあり得るのです。

 まさしく、雲、どこにあるか分からない。

 その本来、雲のジュウザのごとく自由であるべき「クラウド」に、愛国者たちが銃を向けたならどうなるか?

 87発の銃弾で、蜂の巣にされてしまうのか?

 申し訳ありませんでした。

 こんな例えではまるでわからないでしょう。

 もう少し詳しく書きます。

 そもそも、米国には、ある「恐ろしい法律」があります。

 かつて日本に存在した、あの、赤紙一枚で誰でもひっぱれた「国家総動員法」に匹敵するような強烈な法律が。

 その名は「米国愛国者法」

 愛国心は多少なりとも持つべきだと思いますが、「愛国者」となると、どうも国の為政者(いせいしゃ)側からの押しつけを感じてコワイですね。

 その国に住むなら、国に対する忠誠心と愛国心を持つべきだ、という。

 ともあれ、米国愛国者法――

 ガンズ オブ パトリオット……ではなくて、USA PATRIOT Actと呼ばれる、「あの」パパ・ブッシュじゃない方の、バカ・ブッシュが2001年に署名発行した連邦議会制定法です。

 これを使えば、FBIや連邦当局が、この「データには問題がある」いわゆる「テロくさい」と考えるだけで、カンタンにサーバーをこじ開けて、データを取り出すことができる。

 つまり、もし日本の国、あるいは企業の重要データが、クラウド内のストレージに保管されていて、それが米国内にあれば、いともカンタンに、彼らをそれを見ることができるのです。

 ホント、こんな危ないものを利用するヤツの気がしれんよ。

 だいたい、アメリカは、政府としてクラウドを利用する時は、その条件として、「サーバーがアメリカ本土にあること」としているのです。

 本土、つまりハワイじゃダメということです。

 シギント(SIGINT; signal intelligence:通信、電磁波、信号等を媒介とした諜報活動)に長けた彼らは、クラウドの危うさをよく知っている。

 もちろん、日本の総務省あたりはその危険性に気づいていて、一時期、北海道に巨大サーバーセンターを作って、日本のクラウド事業をそこで展開しようとさせていました。

 今は、またその場所は変更されつつあるようですが、ともかく、国は問題意識をもっている。

 しかし、中小企業のオヤジ社長や地方自治体など、ネットに暗い人たちは、ただ安さと便利さに飛びついて、安全性を忘れている可能性が高い。

 危ないなあ。

 このところ米ソを騒がせていた、スパイの話は、ご存じですね。

 例の美人スパイってやつ。

 その米ソ双方のスパイの交換 SWAPPING SPY が、今日、行われたようです。

 冷戦後、ああいった、あからさまな国家間のエスピオナージュが、長らく行われなかった理由のひとつは、そういった情報の奪い合いが、主に企業間でなされるようになっていたからです。

 ちょっとしたテクノロジ、ニューデザインひとつに、その企業の浮沈(ふちん)がかかっています。

 いまこの瞬間にも、アジアを中心とした世界中の企業間で、情報の盗みあいが行われている。

 なのに、ああ、ああ、それのなのに!

 安易なクラウド礼賛にのっかって、どこの馬のカイバかもわからない記憶装置に、重要機密を含むデータを管理させるなんて……

 それだけではなく、世界中に分散したサーバやデータに問題が生じた時、いったい誰が責任をタンポするかさえ決まっていないのです。

 そういった国際的な法整備がまるでなされていないのに、喜んでそんな「目に見えないモノ」に飛びつくのは愚か者のすることです。

 愛国者の光り輝く銃で、チンピラ・クラウドが蜂の巣にされてからでは遅いのですから。

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2010年1月15日 (金)

PlayStation.com(Japan)|torne(トルネ)™|torne(トルネ)™とは?

 友人から以下のメールがとどきました。

 PS3に接続すると、ゲーム機が地デジ録画マシンに変身するという周辺機器だそうです。

Torune

 その名を、SONY トルネ 9,980円(税込)

 以下メール本文。

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 1万円でPS3で地デジ録画可能になるだけでなく、PSPへの変換機能がついているということは、720x480のDVDクオリティへ簡単変換が可能になる…ということ?

 …だとすると地デジ放送→MP4→DVDという変換がめっちゃお手軽にできる…という素晴らしい仕様だと思ってます。

 …が、ゲーマーやコアユーザ以外の人からみると、1万円の録画もできない単体チューナーというつまらないモノに見えるかも…

リンク: PlayStation.com(Japan)|torne(トルネ)™|torne(トルネ)™とは?.

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 うーん、たしかに、二万円半ばのPS3と9千円あまりのこのトルネ(録るネ?)、両方足しても四万円に足りない値段で、ブルーレイプレイヤーと、キーワード登録可能なPSP変換機能付き地デジレコーダーが手にはいるというのは良いかもしれませんね。

 USB外付けのHDをつなげば、簡単に録画容量を増やせるのも良い。

 出先で、簡単にPSPによるドラマ鑑賞ができるのも便利。

 問題は、わたしが、現在、そういったゲームを全くしないためにPS3のゲーム機能が無駄になってしまうということですね。

 そもそもPS3はおろかPS2も持ってないし……

 良さそうだけど「道なお険し」です。

 しかし、SONYという会社は、PSXの頃から、こういった「ゲーム機録画マシン化計画」の好きな会社ですね。

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2009年11月14日 (土)

今さらジロー……じゃなくて、今さラジオ 〜AMFM PCラヂオ〜

 ラジオを買いました。

 といっても、普通のラジオではなく、コンピュータにつないで聴くラジオです。

 ははぁ、サッコン流行りのインターネットラジオか、というと、それでもなく、つまりは、USBアダプタの形をしたAM/FMラジオで、コンピュータのソフトで制御して、聴くのも録音もコンピュータで行うラジオです。

 このラジオの、一番の利点は予約録音が簡単なことです。

 わたしは、NHK第2放送で、毎日午前十時過ぎから放送されている「カルチャーラジオ」を録音するために買ったのですが、日経新聞などによると、わたしだけでなく、語学学習用にタイマー録音機能付(MP3形式で録音できる)のラジオを求める人は意外なほどおられるようです。

 MP3で録音して、直接ウオーキングスレテオに転送し、通勤・通学中に聴くのですね。


 さて、わたしの買ったキカイは、具体的には、こんな形をしています↓。




箱はこんなカンジ↓



 わたしは、ヤマダ電機の現金特価(3980円)のLogitec製(LRT-FMAM100U:通称「PCラヂオ」)を衝動買いしたのですが、あとで調べてみると、ノバックの「Radio Mate」の方が音質は良かったようです。

 他にはプリンストンテクノロジーの「デジ造Radio版」などもあります。



「PCラヂオ」には、最初からAMアンテナが付属していますが、「Radio Mate」は、別売り(4000円程度)のアンテナを買わなければなりません。

 我が家は、山の麓という立地条件もあって、全ての電波の受信状態がよろしくありません。

 AMラジオも、かなり大きなアンテナを使わないとキレイには受信できないのですが、「PCラヂオ」のアンテナを使うと、かろうじて実用程度の音質は確保できました。

 自動録音のためのスケジューラーもちょっと使いにくい点があります。

 一度設定すれば良いだけなので、あまり問題はありませんが、もし別なものを使いたいならば、有志の作られた汎用スケジューラーもあるので、試されても良いでしょう↓。



 ただ、他の方も書いておられましたが、波形にDC成分が入ってしまうため、再生するマシンによっては、機械がダメージを受ける可能性があります。

 わたしは、波形編集ソフトをつかって、DC BIAS ADJUDSTを行い、波形の中心を0に戻しています。

 どうせ、両端をカットしてレベルをノーマライズするので、ついでにその作業をしているのですが、ただ録って聴くだけの方にとっては、そういったBIAS調整が煩雑になるかもしれません。

 録音にDC成分が入るのは、ネットで書いておられた方とわたしの機械特有のロットによる不良品なのかもしれませんが、製品自体の不良である可能性もあります。

 とりあえず、問題はないので、このまま使おうとは思いますが、いずれ、一度メーカーに問い合わせようかともおもっています。

 ともあれ、毎日、知らない間に、聴くべきラジオ番組が録音されていて、後で好きなときに手作業をしながら、それを聴くことができるのは良いものです。

 わたしは、基本的に外国語のニュースは、BSのCNNをコンピュータで録画して音声のみ取り出して聴いているのですが、NHK教育ラジオでは、英語や中国語のみのニュース放送や、学習番組も数多く放送されています。

 それらを使って、語学学習をされている方にとって、この種の周辺機器は結構有用かもしれません。

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2009年8月 6日 (木)

HDの壊れる原因をGoogleが突き止めた!

 夏が来〜れば思い出す〜のは、遙かな尾瀬ではなく、二週間ほど旅行に行って帰ってきたら、テレビ録画用のマシンも自家サーバーも、オシャカになっていた事です。

 主たる原因は、異常な暑さによるハードディスクの破損でした。

 ひと一倍、エコロジーに関心の高いわたしは(いや、対象は主に財布の中身についてのエコロジー:要するにケチ)、人もいないのに部屋にエアコンをかけっぱなしにして旅行に行くことを良とできなかったのです。

 しかし、おかしなこともあるものです。

 同じ部屋では、あと3つのマシンが稼働していたのですが、同様の状況下で、壊れていないものもある。

 ブッとんだHDにしても、古いものだから(使用時間が長いものだから)壊れた、ということでもありません。

 いったいにコンピュータの破損は、マザーボード上のコンデンサの劣化以外では、静的(つまり実際に動かない)部分ではあまり起こりません。

 やはり、高速で回転するHDが原因となることが多いようです。

 そういえば、先日も、YAHOOにおける、わたしのサイトが納められているメモリ部分に不具合が出て、5日ほど、SQLとPHPで自動的にスケジュールを表示することと、このサイトのミラーサイトが表示できなくなっていました。

 これも、簡単な謝罪とおおざっぱな説明から推察するに、HDの不具合だったようです。



 先日、夏休みに入った近くの大学図書館で、本を借りてきました。

 タイトルは「Googleを支える技術」です。




 およそ少しでもデータベースについて知識のある人なら、取り扱いデータの数がある数値(閾値:いきち)を超えると、突然プログラムが重くなり、事実上扱えなくなることがあるのをご存じでしょう。

 具体的に書けば、小学校の先生が、生徒の成績を管理する程度ならEXCELとマクロで十分ですが、一つの県でそれらを管理しようとすると、専用のデータベースソフトと専用の高速マシンでないと、扱うのが難しくなります。

 一県ですらそういうことなのですから、世界を対象とするGoogleが取り扱うデータ量の多さは途方もなく大きくなり、さらに扱いが難しくなります。

 一般に、コンピュータの性能を向上させるには、ふたつ方法があります

 一つは、より優れたハードウェアに差し替える「スケールアップ」であり、もうひとつは、ハードウェアの「数」を増やす「スケールアウト」です。

 スケールアップの利点は、システムを単純化できるのと、基本的にソフトウェアを変えなくて良いということです。ソフトを変更せずに機械を変えるだけでよいのだから、簡単です。

 わたしも、時間がなくてメンドウなときは、新しいコンピュータを組んで、前のHDをそのまま組み込み起動させてドライバだけを変更して、しばらく使うことがあります。

 このやり方の欠点は、高性能なハードは(たとえそれがほんの少し高性能なだけでも)、驚くほど高価だということです。


 スケールアウトの長所は、必要に応じて数を増やせることと、比較的(上にくらべて)安く行えることです。
 欠点は、ソフトウェアが複雑になることです。さらに、ソフトの性能が悪いとハードを増やしても性能は向上しないという悲劇がおこります。

 巨大なデータベースを扱う時は、スケールアウトの方がメリットがあります。検索エンジン(つまりソフトウェア)は、その性質からいくらでもコピー可能だからです。

 Googleはこちらを選び、ハードは安く抑え、天才たちを集めて「ソフトで工夫」する方法をとりました。

 いわゆるデータを分けて保存する「分散ストレージ」なわけですが、そういった概念は、昔からあったものでGoogleが生み出したものではありません。

 しかし、学者たちが机上の理論として考えていた(少し極言ですが)ものと、日夜増え続けるデータに追いかけられ、必要に迫られて金儲けの手段として、発展させられた実践向けGFS(GoogleFileSystem)には自ずから違いが生まれます。


 ちなみに、スタンフォード大の二人の学生(Sergey Brin & Lawrence Page)によって1998年にGoogleが作られた時、彼らは、世界中の2400万(当時)のwebサイトから、ロボット検索(ソフトウェアによる自動収集ソフト)によるクローリングで、画像などをのぞいたテキストデータ147GB(ギガバイト)を集め、(今から考えるとわずか)「数台のPC」と「数十台のHD」に納めていました。

 当時のGoogleの検索システムは、「役に立つページはあちこちからリンクを張られているはずだ」という考え方に基づいた得点制「ページランク」と、そのリンク先に関係づけられた単語(アンカーテキスト)を特定し収集すること、また、それらを用いて検索結果に順位をつける「ランキング関数」から成り立っていました。

 さて、いったい、なぜこのような退屈な話を長々としているからというと、つまり、Googleは、地下深くに秘密裏に設置されたヘリウムで冷却されているスーパー・コンピュータを使っているのではなく、どこにでもあるHDを使って、世界各地に散らばった50万台(2007年時点)ものマシンを連携させつつ、膨大なデータ処理を行っている、つまり特別なフェイルセーフ部品を使っていないために、極端にいえば、わたしの部屋でブッとんだHDと同じ製品を使っている可能性があったということです。


 先にも書いたように、データはその取扱量が多くなると、極端に制御が難しくなります。

 しかし、同時に、数が多くなると単なるデータに過ぎなかったものが、重要な意味を持つようにもなるのです(統計学的な意味だけでなく)。

 まどろっこしい書き方で申し訳ありません。

 持って回った書き方はやめて本題に入りましょう。

 Googleは企業ですから、システムの停止はあってはならないことです(さきのYahooのように)。

 だから、彼らは、自分たちが今使っている「どこにでもあるHD」がいつ壊れるか、を、真剣に、しかも膨大な数(10万台)を使って調査しました(実際、かれらはスゴイ数のHDを使っているのですから)。

 そこで彼らの得た結論が面白い。

1.長く使うと壊れやすいわけではない。
2.よく使うと壊れやすくなるとも限らない。

 次がちょっと衝撃的!

3.温度が高いほど壊れやすいということもない。

 エッ、マジ?

 巷間(こうかん)流れている噂と違うじゃないの。

 じゃあ、いったいHDが壊れる原因ってなに?

 Googleは、その論文の中でこういっています。

 「HDの寿命は、それが、いつ、どこで作られたかによってきまる」

  つまり、良いときに買ったドライブはどれも故障しにくく、逆にハズレの時は、最初から最後まで故障しやすいということなのです。

 まあ、これって、自分でキカイ類を多く買う人なら、実感でわかる事何じゃないでしょうか。

 同じ工場の同じ製品でも時期によってムラがある。

 良い製品ロットに当たれば長持ちし、悪いロットにあたればもうダメ。

 Googleをして、「HDのもちは運次第」といわしめるとは、部品メーカー恐るべし。



 なんて、別にGoogleがいったから正しいとは思いませんがね。

 個人的な意見をいわせてもらうと、わたしはGoogleが好きではありません。

 検索もほとんどGoogleは使わないし。


 以前に、どこかの番組で、Googleの責任者が「人々のあらゆるデータが欲しい」と発言しているのを聴いて背筋が寒くなったことがあります。

 世にあふれるGoogle信奉者たちは、心して自問すべきでしょう。
 自分は、オノレのすべてを譲りわたしても、ベンリな生活を手に入れたいのか、と。


 かつて誰かが、政治に特化されたGoogleシステムを作ってもらえば、(選ぶ方も立候補する方も)選挙が楽になる、というようなことをいっていましたが、とんでもないことです。
 彼女が「Googleなら、いずれはやってくれるはず」と妙な自信をブログでのぞかせていたのも、なんだかそら恐ろしかったなぁ。

 しかし、そう思うのも無理なからぬことなのかも知れません。

 すでに、Gooleは、「Googleの持つ番号」に電話しさえすれば、彼に関係したあらゆる場所の固定電話、携帯電話を同時に鳴らすサービスを始めています。

 これは、つまり電話番号が意味を持たなくなる、ということです。

 かつて、携帯電話が普及した時、これで「家を示す番号であった電話番号が個人をあらわすものになった」といわれましたが、それでも、自宅の固定電話や複数の携帯電話を持つ人もいたわけで、携帯電話の番号が個人の番号ではなかったのです。

 しかし、今度は、ほんとうに個人が「ただひとつの番号で特定されてしまう」ようになってしまった……

 でも、それって良いことなのでしょうかねぇ。

 そういった、大きな社会変革を、あまりに速いペースで行われようとすることに対する、本能的な恐怖に過ぎないのかも知れませんが……

 どうでしょうね?


 私のおすすめ:
Googleを支える技術 ?巨大システムの内側の世界 (WEB+DB PRESSプ...

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2009年2月26日 (木)

時代が追いついた! 〜ボット・ネット〜

 もう十年ほど前になりますが、「Division by zero」という作品を書いたことがあります。

 企業に頼まれて、システムのセキュリティをチェックするプロラマが主人公のミステリ作品です。


 その作品で、彼はかつてザンパノと名乗り、ジェルソミーナと名乗るハッカーと、ハッキング競争を繰り広げていたという過去を持っていました。

 もちろん、二人はお互いの素性を知りません。性別すら不明です。

 ザンパノの強みは、数多くの一般パソコンに潜んだ「ウイルス系ソフト」を、自分のコマンドで自在に操れるという能力でした。

 ウイルスの仕込み方は、誰もが簡単に仕える総合ビジネスツールを開発し、無料で配布するという方法です。

 インストールした時点では、ウイルス動作は行いません。

 また、そういった機能もない。

 しかし、最初に起動した時点で、自分自身を再コンパイルしウイルス化、直後にセキュリティ・ソフトのコアを改竄(かいざん)してウイルス感知を不能にして、システムに潜伏する、という設定でした。


 彼は、このウイルス自体をザンパノと名付けて、ハッキングの王として君臨していたのです。

 そして、ある事件を機に、彼はハッキングの表舞台から姿をけします。

 物語は、数年ぶりに復活して悪事を行うジェルソミーナを、ザンパノが阻止するという話だったのですが、まあ、どの新人賞でもケンもホロロの扱いでした。

 個人的には好きだったのですが、コンピュータ関係のハナシは、当時の世相では完全一次落ちだったのですね。

 これが、医療系だとか浮世絵系だと、文化系の選考員と読者にも分かってもらえたのでしょうが。


 設定は、いま思うと、ブラッディ・マンディに似ていますね。


 どうも、早すぎると時代がついて来ないらしい(って、つまり時代とズレているというだけですが)。


 なぜ、今になって、こんな話を書いたかというと、ご存じの方も多いでしょうが、昨年あたりから、先の「ザンパノ」に似たウイルスソフト(個人のパソコンをネットからの外部命令でロボットのように扱うという意味で「ボット」と呼ばれています)が、実際に犯罪に使われるようになっているからです。


 具体的には、ボット・ウイルスに感染したパソコンに向けて、コマンダー(つまり犯罪者)が指示を出すと、一斉にそれら多数の感染パソコンが命令を実行します。

 その内容が、CDのトレイを開けたりするだけなら可愛いのですが、だいたいは、ある特定のサイトに向けて、集中的にアクセスを試みます。

 いわゆる「ブルートフォース・アタック」と呼ばれた、大量アクセスによるシステム停止を狙っているのです。

 かつて、人気イベントのチケット予約やソフトのネット予約で、大量アクセスの結果、システムがダウンしたことは、皆さんご存じでしょう。

 さすがに、政府系や、しっかりした企業のサーバーは、その程度ではコケなくなりましたが、今でも、アタックに弱い脆弱(ぜいじゃく)なサーバーで運用されている音楽配信会社などが多々あります。

 そういったサイトに、ボットに感染した多数のマシンからなる、パソコン・ネットワーク(ボット・ネットと呼ばれます)から、一斉にアクセスをかけると、そのサイトはアクセス不可に陥るのです。

 そうなると、企業としては死活問題です。


 ボット・ネットの問題点は、自分でネットを広げなくても、ネットワークの時間借りが可能なことです。
 つまり、ネット上に、「ボット・ネット貸します。1時間100万円」といった、広告がなされているのですね。


 具体的に書くと、ある人物が、特定のサイトを攻撃するためにボットネットを時間借りします。

 そして、そのサイトに脅迫状を出す。

 拒絶されると、レンタルした時間分、そのサイトを攻撃し使用不能にする。

 それが嫌ならカネを出せ、というのです。



 いやあ、まさか実際に、こうった犯罪が行われるようになるとは思いませんでした。


 当時は、論文などで、理論上、いろいろなウイルスが考案されていて、それからインスパイアされてDivision by zero」を書いただけだったのです。


 まったく、ネットワークの世界は想像以上の速さで変わっていますね。


 わたしたちも、たまには、ルータなどの「パケット数」を確認して、データ量が異常に多い場合には、コンピュータが、ボット・ウイルスに冒されているのではないかと、疑ってみることも必要ですね。



 ちなみに、タイトルの「Division by zero」は、かつて仕事でプログラムを組んでいた時、不完全なプログラムを仮実行して、バグによるフリーズが生じた際に表示される「エラーメッセージ」でした。

 ご存じのように「0による除算(割り算)」は「数学上あり得ない行為」、つまり致命的エラーなのです。


 ザンパノとジェルソミーナ(実は女性だったんです。だってフェリーニ監督『LA STRADA 道』のヒーロー・ヒロインですから)の二人のハッカーの間にも、やがて「Division by zero」が発生していきます。

 ハッキングのテクニックも、『道』のイメージ通り、鎖を素手で引きちぎる感のある力ワザのザンパノと、繊細にトラップをかいくぐるジェルソミーナという対比で描いていて、けっこう自分では気に入っていたんですがねぇ……

 セケンにゃ通用しませんでしたわ。

 細部が、かなり古めかしい作品なので、おそらく公開することはないでしょうが、個人的には好きな作品です。

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2009年2月 1日 (日)

デジタル化……え、全部代わるんですか?by 鳩山総務大臣



                      (銭ゲバ 第二回 オープニングより)

 立教大学の服部孝章(たかあき)教授が、このところ、テレビ画面の右上隅の「アナログ」常時表示↑に立腹していると新聞に書いていた。

 確かに、いつ始まったかは知らないが、あの表示は気になる。

 わたしが、ごく子供のころは、テレビがカラーに移行している時期で、テレビの隅に「カラー」と表示が出ることが多かった。

 時間の経過とともに、カラーの表示は、いつしか白黒放送時の時に表示される「白黒」にとって代わられていったが、今でもわたしの脳裏には、立体的に描かれた(というか、単に長方形の真ん中が内側にへこんだ)四角の枠の中、あまり上品とはいえないフォントで大きく書かれた「カラー」の文字がはっきりと残っている。

 「カラー」表示は、カラーテレビの普及とともに、自然に「白黒」へとバトンを渡し、消え去っていった。

 近頃では、モノクロ放送など皆無にひとしいので、古い映画作品などを放映するときは、番組の最初に「この作品は白黒作品です」と一時的に出るだけだ。


 そして、今、まったくの政府主導で、アナログからデジタルへと放送は無理やり移行しようとしている……

 と、ここまで書いて気づいた。

 以前の、モノクロからカラーへの移行期では、「カラー」表示は、番組の最初に表示されるだけだった。

 だが、今は、もう、嫌になるほど長く右隅に「アナログ」の文字が光り続けるのだ。
 (というか、ずっと見え続けていることも多い)

 時に番組録画の邪魔になるほどに。

 それほどまでに一般市民を急かせ、あせらせたいのか?


 前回のカラー化の時は、明らかに視聴者にとってメリットがあった。

 今回は、デジタル化して、何が便利になるかもはっきりと示さずに、好感度をあげるためか、女性アナウンサーに統一の服を着せて、笑止なパフォーマンスで、ただアナログ波の停止時期だけを繰り返しアナウンスさせている。

 皆さんはお気づきか?

 民放では、コマーシャル放送時に、決して「アナログ」が表示されないことを。


 ここで、わたしはみなさんに、以前、別項で書いた事柄をもう一度いっておきたい。

 民放の放送が「本当に流したい」のは、コマーシャルなのだ、と。

 一見、社会を啓蒙(けいもう)することが目的のように見える旅行番組も、クイズ番組も、連続ドラマも、すべては、コマーシャルを見せるための撒き餌に過ぎない。

 ほら、釣りの時に、あらかじめ、ざっと餌を捲いて魚を集めてから糸を垂れるでしょう。

 あれですよ。

 だから、大事なコマーシャルに傷をつける「アナログ」なんて言葉をいれるはずがない。


 でも、2011年完全デジタル化って本当にやるつもりだろうか?

 現実的に、あまりにデジタルテレビの普及が遅いので、政府主導で、メーカーに対して5000円程度の受信機を作るように指導されたのは昨年だったか?

 だが、いまだに、そういった廉価(れんか)なチューナーは出てこない。

 その理由として、デジタル著作権を守るためと称し、チューナーにB-CASと呼ばれるカード↓を挿さねばならないことがあげられる。





 カードは、暗号化されたデータを解読するのに必要だそうだが、その暗号を解くための回路を組み込まねばならないために、どうしても値段を安くできないのだ。

 B-CASについては、以前、友人がメールで情報を送ってくれたので、ちょっと古いが、ここに記載しておく。

 一度は廃止寸前だったのに↓

 さすがお役人のお声掛かり、現在では不死鳥のようによみがえっているようです。

 B−CASの基本を、ウイッキでもおさえておきましょう(ぐっもーにんみすたトクミツゥ!)。 
  http://ja.wikipedia.org/wiki/B-CAS

 こちらは、ちょっと面白いルポ↓。
  http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080625_bcas/



 とにかく、デジタル化したとたん、ハード的に録画も満足にできなくなる(そもそも金をかけないと普通に視聴できなくなるのが問題なのだが)。

 録画できたとしても、コンテンツの画質を落としてDVD−Rに記録しようとすると、メディアが「著作権保護対応の値段の高い、しかもDVD−RW(さらに高い)」でなければできない。

 まったく「視聴者の使いで」ではなく、放送側の都合だけで行われるのが、今回のデジタル化だ。


 うわさどおり、未曾有の経済恐慌を受けて、アメリカでは、来る2月17日の完全デジタル化が延期された(って、やっぱりアメリカの真似だったのね)。

 全米では、今なおアナログ放送しか受信できない世帯が15%あるといわれている。


 日本はどうするのかなぁ。

 まあ、あの首相じゃ、決断なんか無理だろうし。


 ここに、面白いコメントがあるので、最後に載せておきます。

(2008年12月9日衆議院総務会での鳩山邦夫総務大臣の発言)

「(デジタル放送移行が2011年)7月24日ということは知りませんでした。アナログが完全に停波するということも知りませんでした。何か一部残るんじゃないかと思っておったわけですね」

 こりゃだめだわ。

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