wordpressで日本語入力が消えてしまう件
最近は、手のひらパソコンraspberry piで遊ぶことが多いのですが、Apacheサーバーを立ち上げ、SQL,、PHP5をセットアップしてwordpress日本語版をインストール後、記事を入力したところ、日本語表示できませんでした。
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LINEというサービスがありますね。
おそらく、使っている方も多いことでしょう。
理由があって、わたし自身は使っていませんが、若者の多くと、おそらく新しく便利そうなサービス好きの大人たちは、すでにスマートフォンやコンピュータにインストールして使っておられると思います。
ご存じの方も多いと思いますが、LINEは、サービスの利用にあたって、スマートフォンの電話帳データの転送許可を尋ねてきます。
転送しておいた方が、FACEBOOKのように、かなり確度の高い「友だちかも」が表示され「便利」なのですが、わたしのように、(特にネットサービスに関して)疑り深いニンゲンは、自分のデータがクラウドに転送されるということに抵抗があるのですね。
わたしは、1年まえにLINEがサービスを始めた時に、そのことを知って導入をやめ、その後はまったく気にもせずに過ごしてきたのですが――
少し前のWBS(ワールド・ビジネス・サテライト)で、LINEの特集をやっていたのと、その番組についての以下の記事「LINEがこの先生きのこるには」を読んだので、LINEについて、少し書こうと思います。
WBSでは、昨年6月にサービスを始めて以来、1年で1800万人のユーザー数を獲得し、すき家やLAWSONが「メールマガジンと違って開封率が高い」ことを理由に、割引サービス通知を開始し他ことを伝えていました。
ちなみにLAWSONの擬人キャラクターは「あきこちゃん」というらしいですね。
彼女?と友だちになると、LAWSONから割り引きクーポン番号が送られてきて、店頭のLOPPIで入力すると、感熱紙に割引金額が印刷されたチケットが手に入る、そうですが、ちょっと冗長な手続きのような気がします。
今後の展開として、スマートフォンのGPS利用の位置情報サービスを使って、いまユーザーがいる場所の近くの店から、メッセージを送る、ということも考えているそうですが……
みなさん、怖くありません?
この点において、わたしは暗闇を恐れる穴居人と同じです。
先と安全性の見えないサービスにどっぷりとつかる気にはなれない。
いかに、ネットの情報管理が脆弱で、クラウドと称する、主に海外におかれたサーバの保守が難しいか知っているからです。
それに、法的な問題もある。
以前にも書きましたが、一言でクラウドといっても、物理的ハード、つまりサーバがどこに置かれているかは、ほとんど公表されていません。
サーバが、ハワイなど米国領土に置かれていれば、あのコドモブッシュが制定した悪法「愛国者法」によって、政府があやしいと思えば、どんな企業秘密であろうと開示させることができるのですから。
プライバシーもなにもあったものじゃない。
サーバの安定性にも問題がありますしね。
世の風潮はクラウドバンザイですが、大切なデータを、どこの国にあるかもわからないハードに置いておく、なんてわたしにはできそうもありません。
先日も、ファーストサーバが、バックアップ用のデータを含めて全削除してしまうという「大事故」を引き起こしたばかりですし。
どういう力学が働いたのか、巷ではあまり話題になりませんでしたが……
バックアップさえなくしたソフトバンクの子会社は、「払ってもらった料金分しか保障できない」といい、あまつさえ「月額1800円の料金で高度な管理と保障などできるわけがない」といい放ったそうですから、恐ろしいことです。
結局、利用者を救ったのは、データ入力後に残しておいた、紙ベースの一覧だそうですから、まだまだ、安心して『のんちゃん電子「雲」にのる』のは時期尚早のようです。
上記「LINEがこの先生きのこるには」で、問題にしている点のひとつは、
ユーザーに、自分のスマートフォン内の電話帳が転送され、その結果、そのデータを通じて、見知らぬ他人から呼びかけられる可能性のある点を、わかりやすく告知していない点です。
少し記事を引用させてもらうと――
Twitterは公開の場であるのが明らかなので、警戒してニックネームを載せたり、アイコンを猫やアニメ絵にしている人が多く、facebookでは実名を載せることが強制されるが、そういうのが嫌な人はfacebookを使わないようにしているだろう。
そのような人達が、LINEにおいては、電話やメールの代わりだと思って、公開されないことを期待し、実名を載せ、顔写真を載せてしまっているのではないか。このことが危惧される。
解決策は、図7の画面で、ここで登録する情報は一般公開される旨を、きちんと説明することしかないのかもしれない。 (太字はわたしがつけました)
もし、わたしに若い友人がいて、友だちみんながLINEを使っているから自分も使いたいがどうしよう、と尋ねてきたら、こう答えるでしょう。
「開始後一年程度」の「グレーゾーンのある」、しかも「外国資本の入った」SNSサービスに、あわてて飛びつかない方が良いと思うが、もし、利用しないと友だちとのコミュニケーションが円滑に行えないようなら(そんな友だちは切ってしまえ、といいたいケレド)、今度も含めた危険性を覚悟した上で使いなさい。
もっともいけないのは、あの、沈没しかかった船から日本人を飛び出させる一番のコトバであるとよくジョークにされる
「もう、みなさん飛び込んでおられますよ」
につられて、よく分からないまま、無自覚に、無覚悟に、それどころか無意識に(コレハナイカ)、新サービスの海にとびこんで、あとで元カレから突然メールが来て大騒ぎする、などとというミットモナイ振る舞いに及ぶことだと、わたしは思うのです。
人を評価するのに「棺覆ってのち定まる」という言い回しがあるように、ソフトも、本当の評価は、その機能が使われなくなった時に決まると思いますが、さすがに、そんな気の長いことはできないでしょう。
ある意味、サービス、ソフトの利用は「見切り発車」が本則なのかもしれません。
であれば、少なくとも、せめて2年程度は、そのサービスの行く先を見定めてから導入の可否を考えた方がよいと思います。
とにかく、すでにご利用中の方も、これから導入を考えているかたも、
LINEに質問状を送って、先入観なくその解答を分析している、
「LINEがこの先生きのこるには」
を一度読まれることをおすすめします。
あ、最後に、LINEはずっと文字で見ていたので、今回の放送で、LINE本社のニンゲンを含めて、その発音が「ライン」ではなく、「ライン」であったことに、驚くと同時に気持ち悪さを感じました。
また例の、カタカナ的技術者発音の発露のようですね。これも……
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昨日、マイクロソフト社が、来たるWindows8のロゴを発表しました。
http://news.mynavi.jp/news/2012/02/18/005/
こんな感じです↓
記事中にあるように
「プロジェクトにはデザインコンサルタントPentagramも参加し、Windowsブランドの歴史と価値、Metroスタイルの哲学、テクノロジー産業のトレンドなどをどのようにロゴに込めるか議論を繰り返してきた」
らしいけれど、出来上がったのが、GREE似ロゴ(使用フォントも含めて)ではシャレにならない。↓
" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、キャッチフレーズはいいけれど。
以前から、Windowsには二つの瑕疵(かし=キズ)がある(本当はキズだらけだけど)といわれていて、そのひとつが、『ロゴが窓なのに何故はためいているのか』でありました。
確かに、初めはシンプルだったのに、いつのまにやら、多色化され、立体化され、透過処理された映像になり、どんどん懲りすぎたロゴになってしまいましたからね。
参考画像↓
今回、Windows1のスタイルに回帰しつつ、「窓は、はためかない」という事実に基づいたロゴ作成になったようです。
たぶん、このロゴを作るのに、何億もかかってるんだろうなぁ。
肝心の、Windows8について、少し書いておくと、ご存じのように、今度のOSは、「アメリカではパソコン画面をテレビにつないで作業することが多い」という事実と、操作が簡単なタブレット端末で、多くの初心者をとりこんだように、パソコンにも初心者を招致したい、という思惑から、Metro-UI(メトロ・ユーザインタフェース)が導入されます。
コンピュータを起動するとこんな感じにタイルが並んでいるのです(実際に各レクタングルはタイルと呼ばれるらしい)
で、今までのエクスプローラーの方がいいや、という人には、右下の青いタイルをクリックすると、従来型の画面が表示される。
つまり、二つのUIを同時に搭載しているのですね。
またぞろ、決断できず、どちらかに決めかねて、両方とも採用してしまったあげく、内容を複雑にするというwindowsのお家芸が出てしまったわけです。
どちらを使うかを、ユーザに丸投げで選ばせるのは、決して親切ではないのに……
タブレットでしかコンピュータを扱ったことのない人々にとって、Metroは扱いやすいものなのでしょうが、これまで、不細工なOSに自分を合わせ、MSを支え、使ってきた人々にとっては、不便以外のなにものでもありません。
OFFICE2007で導入された「リボン」と賞するメニュー・アイコンも、わたしにとっては拷問でしかなかったしねぇ。
ま、音楽工房内のすべてのマシンが、まだXPで、Windows7は、たまに他所にでかけて作業するだけのわたしが言うべき事柄でもないのかもしれませんが。
受け身のコンピュータ操作、ネットの情報収集とメール送受信は、iPhone4sとiPad2で、充分な気がしますから。
さすがに、こういった長い文章を打つ時は、家のマシンを使って、Filcoのキーボードで書く方が快適ですが。
わたしの友人の持論は、クルマはメジャー・チェンジの直前、マイナー・チェンジの最終形態で買え、です。
それが、もっとも安定しそのバージョンでの完成形に近いから、だそうです。
もちろん、コンピュータOSにもそれはあてはまります。
まあ、VISTAとWindows7のサポート延長も決まったようですし、わたしも、年内には7への移行をすませたいと思ってはいるのですが。
P.S.
書き忘れていましたが、もう一つの瑕疵は、「終了するのに、まずスタートボタンを押さねばならない」でした。これも解消されるようですね。
P.P.S.
今、気づいたけれど、" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、まさか、ジョブズの、「Stay hungry,Stay foolish 」の向こうを張ってるんじゃないだろうねぇ。
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わたしが、最初に、その会社のマシンを知ったのはⅡCという型番でした。
まだまだ薄っぺらだったコンピュータ雑誌の巻末ページの、胡散(うさん)臭そうな個人輸入業者が出した広告で知ったのです。
しかし、当時のわたしには高価すぎて手がでなかった。
パーソナル・コンピュータの黎明期だったのです。
それ以外の広告は、ほとんどが基盤剥き出しで、ディスプレイと言えば数字を表示するだけのセグメント表示のみ、キーボードはテンキーだけで、扱える言語はアセンブリ言語のみという、信じられないほど原始的な状態でした。
それにひきかえ、そのマシンは性能だけでなく、白くすっきりした薄さの筐体デザインすら素敵だった。
そのメーカーの名はApple Computer。
社名より、その社長の名前の方が有名なコンピュータでした。
APPLEのマシンは、その後Ⅲが発売され、LISAへと受け継がれてきます。
しばらくして、自分で会社を作り、コンピュータで音楽を作り始めたとき、初めて手にいれたのはCLASSICでした。
シーケンサーのVisionとスコア(楽譜)ソフトのencoreを動かすためでした。
当時はすでに、アタリのマシンもIBMもソードも、クリーン・コンピュータと称するシャープMZ-80Bや、NEC PC-8801、バブルメモリ搭載がウリの富士通FM-8も出ていましたが、なによりアート分野、特に音楽分野ではアップル製品が定番だったのです。
Visionは、現在発声中の音を黒いボールのバウンスで示すのですが、何せ、要求する作業が、マシンの性能を越えているため、実際の発声タイミングより随分遅く、うまく操作するためには、早めにスタートボタンを押して開始し、終わる時間を見越してストップボタンをクリックする、という、今から考えると冗談のような特殊操作が必要な劣悪環境でありました。
しかし、それでも他のマシンの他のソフトよりも、はるかに快適に、実用的に音楽を作ることができたのです。
一太郎Ver.3を使った書類印刷や、ロータス123(「桐」なんてのもありましたね)を使った表計算処理は、NECのPC9801で行っていましたが、まだまだ日本製品のMMI(マン・マシン・インタフェース)としてのマウス操作は、お遊び程度、せいぜい花子(書いているだけで懐かしい)の図形描画で使う程度で実用レベルではなかった。
やがて、型落ちのSE-30を手に入れ、本格的に音楽制作を始めると、ⅡcX、Ⅱci、Ⅱsi、Lcと買い換え、買い増しし、仕事を続けました。
その後、Quadraが発売され、Powermac、そして、一時期、Applehがライセンス供与していたパイオニア製のマシンなども購入し、使いました。
そして、あのボンダイブルーが有名なimacの登場です。
imac自体は、Usbのmidiインタフェースに信頼がおけなかったので、音楽開発用にはしませんでしたが、そのデザイン(見た目は可愛いけど、目の前でみると結構デカかった)にはイカれました。
やがてマシンはG3、G4と性能を上げていき、ついにOS-Xの時代になります。
その合間にも、創業者による「砂糖水を売るより、未来を作ろう」発言(本人がいったかどうかはマユツバものですが)や、そういって雇い入れた人物から、今度は自分が会社を追い出されるという毀誉褒貶(きよほうへん)ぶり、その後に彼が起ちあげ発売したNeXTコンピュータ(これも欲しかったけれど、ワークステーションなみの値段にとても手がでなかった)のスゴさ、そしてアップル社に返り咲き……等々、アップル周辺というより、その人物周辺は、いつも賑やかで、話題にこと書きませんでした。
やがて、その人物は、あのipodを発表し、ipodを内包した電話iphoneや、それを拡大した(だけではないが)ipadを矢継ぎ早に発表します。
そして、去る5日……
おそらく、世界中の人々が、一斉にこの「事件」を話題にするでしょうから、わざわざ、わたしが書くこともないのですが、やはり書かずにはおれません。
米アップル社の創始者にして、先日までCEOであったジョブズ氏が亡くなりました。
よく知られるように、彼自身はプログラムを書く天才でもなく、ハード設計の達人でもありませんでした。
しかし、彼には、向かうべき道を知る嗅覚と直感、決断力がありました。
優秀なプログラムを書ける人間は、勉強と学習で生み出せます。
奇抜で、部品数が少なく、よって故障の少ないハードを生み出す人間も。
しかし、人にCORRECT ORIENTATIONを指し示すことのできる人間は、まずいません。
ビル・ゲイツが1万人いてもダメなのです。
彼の死によって、美しく華のあるコンピュータ黎明期は終わりを告げ、コンピュータ文化は停滞を余儀なくされるような気がします。
後の研究家によって、コンピュータ史の停滞時期、と呼ばれる気が……
今現在、すでにあるマシンの性能を上げることなら凡百の人間にもできるでしょう。
しかし、今あるものを組み合わせて、新しい価値を生み出す作業ができる人間は数少ないのです。
ステーブ・ポール・ジョブズ。
実際に会って話をしてみれば、欠点の多い、自分勝手でイヤな奴だったのでしょう。
歴史に名を残す天才というのはそういうものです。
如才がなければ、世に数多いるゼニ屋(MBA保持で、人の金で相撲を取る経済の専門家)になるでしょうから。
イヤな奴、傲慢で、そして魅力的な男……
コンピュータ業界は夜空に燦然と輝く巨星を失ってしまいました。
しかし、個人的には最後に問題が残ります。
かつて、誰かが、本田宗一郎氏が最後に褒めたマシンとしての軽四スポーツカー、ホンダ・ビートを苦心して手に入れたと言っていました。
だから、わたしも、今使用しているiphoneのまま、iphone5が出るまで待とうと思っていましたが、おそらくジョブズが目にしたであろう最後の実機(コンセプト・デザインのモックアップではなく)であるiphone4sを手に入れるかどうか迷っているところです。
彼が、目にした最後のマシンなのだから、手にいれたい。
それは、おそらくわたしが、コンピュータ黎明期に、彼のような新しい時代を切り開く天才と同時期に生きられたことを、幸福に思っている証拠に他ならないのでしょう。
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ボニー&クライドといえば、ウォーレン・ベイティ(かつてはビーティといったのに……リーガン元大統領と同様、知らぬ間に呼び名がかわった?)、フェイ・ダナウェイ主演(とジーン・ハックマンがチョイ役)の名作、「俺たちに明日はない」の原題ですが、内容はご存じでしょう。
1967年の映画です。
アメリカに実在したチンピラ強盗カップル(バカで愚かだけど、どこかカッコいいんだよなぁ)の生き様を描いた作品で、当時、ワーナーはB級作品としてしか見ておらず、ドライブイン・シアター(最近見かけないな。皆さんは観に行ったことあります?)用としてのみの公開予定であったものの、いざフタを開けてみると……といういつものパターンです。
ラスト、若く美しい(フェイ・ダナウェイは美しいというより、コケットな魅力が強かったな。有り体にいって実際に残るホンモノのボニー・エリザベス・パーカーの方が美しい)二人の肉体が、数多くの銃弾によって肉片となるシーンは、映画史に残るものとなりました。(以下の画像は共にWIKIより)
その二人に、「正義と愛国者の名のもと」に、全身87発の銃弾を打ち込んだのが、アメリカのレンジャーと警官たちです。
圧倒的に戦力差があるのですから、逮捕もできたはずなのに、彼らは、二人の全身に銃弾を撃ち込んで殺してしまった。
いかにも、ガンによって建国された国らしい態度です。
さて、ここからが本題です。
今回はクライド、ではなく「クラウド」について書きます。
最近、よく聞きますよね。
クラウド・コンピューティング。
クラウドってのは、まあ雲のことですね。「曇り」のクラウディと同じ語源です。
わたしが、はじめてクラウドの名を聞いた時、その意味は、サーバー企業が「あまり混雑しない時間帯」に「あまったメモリ空間」を、割安で使ってもらう、というコンセプトでした。
その後、クラウド・コンピューティングの信奉者たちが、
「クラウドすごいぜ。自前でサーバーを持たなくても、いろんなことができて、しかも、すぐに利用できるツールが充実しているから、やりたいことがカンタンにできてしまうんだ。例のエコポイントも、クラウド・コンピューティング(とその既製ツール)がなければ、あれほどすぐに、ジコーセイケンが実行できなかったハズ」
などというのを聞いて、何がクラウドなのか、正しく、雲か霧のごとくに茫洋(ぼうよう)とした、曖昧模糊(あいまいもこ)な気持ちになってしまいました。
んが、結局、少し調べてみると、どっちも同じコトをいってるんですね。
最初にわたしが聞いたのは、サーバー経営者側から見たクラウド~で、後者は、利用者側からみたクラウド~。
同じモノを両サイドから表現していたのです。
しかし、そのどちらもが、クラウドの危険性を忘れているか、気づかないふりをしています。
現在では、クラウド・コンピューティングは、もう少し正確に描写されて、一般に、自前でなく、ネットワークの向こう側に、
「ハードやソフトに限らず、データベース・ソフトやビジネス・ロジックやAPI、ユーザインタフェース、セキュリティ、バックアップ、災害対策システムまで、標準のサービスとして提供されたシステム」
という程度の認識になっていると思いますが、これに加えて、従来のネットワークでは考えられなかった、「命より大切な生データ」のストレージサービス、つまり保管までもが、ネットワークを通じて「こちら」ではなく「向こう側」で為されるという点は、特筆すべきだと思います。
上でずらっと書いたように、確かにクラウド・コンピューティング(以下クラウドと記載)は、便利で安上がり、しかも、いろいろと既製品が用意されているので、コスト削減とサービス・システムの開発期間の短縮ができるという、金儲けが目的のビジネスとしては、ふんだりけったり、じゃなくて、願ったりかなったりのシステムなのです。
しかし、わたしの好きな格言のひとつに、
「目に見えないものは信じるな」(ネイティブ・アメリカン)
というものがありますが、正しく、クラウドがそれですね。
上記のように、クラウド・コンピューティングの語源は「クラウド」、雲というか、水蒸気様のとりとめのないカタマリという意味なのですが、そんなあやふやなものに、大切な生データを保管させてよいものなのか?
妙な話ですが、もし、そのクラウドを展開する会社が、世界的にサーバーを分散して設置しているならば、データのある部分はシンガポールに、他の部分はマレーシアに、その他の部分はアメリカのシカゴに、ということがあり得るのです。
まさしく、雲、どこにあるか分からない。
その本来、雲のジュウザのごとく自由であるべき「クラウド」に、愛国者たちが銃を向けたならどうなるか?
87発の銃弾で、蜂の巣にされてしまうのか?
申し訳ありませんでした。
こんな例えではまるでわからないでしょう。
もう少し詳しく書きます。
そもそも、米国には、ある「恐ろしい法律」があります。
かつて日本に存在した、あの、赤紙一枚で誰でもひっぱれた「国家総動員法」に匹敵するような強烈な法律が。
その名は「米国愛国者法」
愛国心は多少なりとも持つべきだと思いますが、「愛国者」となると、どうも国の為政者(いせいしゃ)側からの押しつけを感じてコワイですね。
その国に住むなら、国に対する忠誠心と愛国心を持つべきだ、という。
ともあれ、米国愛国者法――
ガンズ オブ パトリオット……ではなくて、USA PATRIOT Actと呼ばれる、「あの」パパ・ブッシュじゃない方の、バカ・ブッシュが2001年に署名発行した連邦議会制定法です。
これを使えば、FBIや連邦当局が、この「データには問題がある」いわゆる「テロくさい」と考えるだけで、カンタンにサーバーをこじ開けて、データを取り出すことができる。
つまり、もし日本の国、あるいは企業の重要データが、クラウド内のストレージに保管されていて、それが米国内にあれば、いともカンタンに、彼らをそれを見ることができるのです。
ホント、こんな危ないものを利用するヤツの気がしれんよ。
だいたい、アメリカは、政府としてクラウドを利用する時は、その条件として、「サーバーがアメリカ本土にあること」としているのです。
本土、つまりハワイじゃダメということです。
シギント(SIGINT; signal intelligence:通信、電磁波、信号等を媒介とした諜報活動)に長けた彼らは、クラウドの危うさをよく知っている。
もちろん、日本の総務省あたりはその危険性に気づいていて、一時期、北海道に巨大サーバーセンターを作って、日本のクラウド事業をそこで展開しようとさせていました。
今は、またその場所は変更されつつあるようですが、ともかく、国は問題意識をもっている。
しかし、中小企業のオヤジ社長や地方自治体など、ネットに暗い人たちは、ただ安さと便利さに飛びついて、安全性を忘れている可能性が高い。
危ないなあ。
このところ米ソを騒がせていた、スパイの話は、ご存じですね。
例の美人スパイってやつ。
その米ソ双方のスパイの交換 SWAPPING SPY が、今日、行われたようです。
冷戦後、ああいった、あからさまな国家間のエスピオナージュが、長らく行われなかった理由のひとつは、そういった情報の奪い合いが、主に企業間でなされるようになっていたからです。
ちょっとしたテクノロジ、ニューデザインひとつに、その企業の浮沈(ふちん)がかかっています。
いまこの瞬間にも、アジアを中心とした世界中の企業間で、情報の盗みあいが行われている。
なのに、ああ、ああ、それのなのに!
安易なクラウド礼賛にのっかって、どこの馬のカイバかもわからない記憶装置に、重要機密を含むデータを管理させるなんて……
それだけではなく、世界中に分散したサーバやデータに問題が生じた時、いったい誰が責任をタンポするかさえ決まっていないのです。
そういった国際的な法整備がまるでなされていないのに、喜んでそんな「目に見えないモノ」に飛びつくのは愚か者のすることです。
愛国者の光り輝く銃で、チンピラ・クラウドが蜂の巣にされてからでは遅いのですから。
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友人から以下のメールがとどきました。
PS3に接続すると、ゲーム機が地デジ録画マシンに変身するという周辺機器だそうです。
その名を、SONY トルネ 9,980円(税込)
以下メール本文。
---------------------------------------------
1万円でPS3で地デジ録画可能になるだけでなく、PSPへの変換機能がついているということは、720x480のDVDクオリティへ簡単変換が可能になる…ということ?
…だとすると地デジ放送→MP4→DVDという変換がめっちゃお手軽にできる…という素晴らしい仕様だと思ってます。
…が、ゲーマーやコアユーザ以外の人からみると、1万円の録画もできない単体チューナーというつまらないモノに見えるかも…
リンク: PlayStation.com(Japan)|torne(トルネ)™|torne(トルネ)™とは?.
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うーん、たしかに、二万円半ばのPS3と9千円あまりのこのトルネ(録るネ?)、両方足しても四万円に足りない値段で、ブルーレイプレイヤーと、キーワード登録可能なPSP変換機能付き地デジレコーダーが手にはいるというのは良いかもしれませんね。
USB外付けのHDをつなげば、簡単に録画容量を増やせるのも良い。
出先で、簡単にPSPによるドラマ鑑賞ができるのも便利。
問題は、わたしが、現在、そういったゲームを全くしないためにPS3のゲーム機能が無駄になってしまうということですね。
そもそもPS3はおろかPS2も持ってないし……
良さそうだけど「道なお険し」です。
しかし、SONYという会社は、PSXの頃から、こういった「ゲーム機録画マシン化計画」の好きな会社ですね。
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