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2016年1月28日 (木)

力なき者の抵抗 ~予告犯~

 「明日の予告を教えてやる!」

 それが、予告犯シンブンシのキメ台詞です。

Yokoku

 ここからは、映画を観られたことを前提として書かせていただきます。

 とりあえず、予告です。

 

 映画「予告犯」は、力なきものの世界に対する抵抗いや要求の物語です。

ネットを使って犯罪予告を発信し、実行する。

 法律では白黒をつけられないが、確かに悪いことをした者を裁き、それをネット中継する。

 ツイッターで、暴行をうけた女性に「ウカウカついていくからいけないんじゃネ」といった男はシンブンシから元気玉をブチ込まれる。

 ネット利用してターゲットを選び、制裁シーンをネット中継する、とは、いかにもイマドキの若者が行う反逆です。

 被る仮面がシンブンシであるのもいいですね。

 彼らによけいなものに金をかける余裕はないからです。

 それに、公器を唱い、雑誌はともかく自分たちだけは軽減税率に食い込んで記者の年収一千万を守ろうとする大手新聞を使って素顔を隠すことこそ「持たざる者」のすることでしょう。

 しかし、一見、世の中に対する不満を、他者へ制裁を加えることで晴らしているように見える彼らの行動には、隠された目的があった。

 映画を観られた方ならご存じであるように、それは、若くして死んでしまった彼らの友人ヒョロ:ネルソン・カトー・リカルテの骨を、会いたがっていた行方知れずの父のもとに届けることです。

 人によっては、ゲイツがコトの顛末(リカルテを父のもとに届ける)を確認しないまま死んでしまうのは無責任だし、あり得ないような気がすると言っていますが、それは、持たざるものの現実を知らない人間の意見ではないかと思います。

 刑事:吉野絵理香も絞り出すように言っていました。

「なぜ、他人に頼らなかったのか?」と。

 犯罪を犯し自殺するくらいなら「なんでもできる」はずだと。

 しかし、それは映画の中でゲイツの幻に言わせているように「そう思えるだけ幸せ」なのです。

 十等星程度の明るさでも、未来に光が見え、守るべき家族、立場、矜持がほんの少しでもあったなら、彼女の言葉は正しいでしょう。

 しかし、彼には何も無かった。頼るべき何ものも無かった。

 ゲイツは頼らなかったのではなく頼ることができなかったのです。

 おそらく、彼は他人に頼るには、他者に絶望し過ぎていたのでしょう。

 他人に絶望し、自分に絶望し、未来に絶望した男。

 ゲイツのただ一つの望みは、ビデオで言っていたように「友達がほしい」でした。

 産廃作業所で知り合った仲間たちと「友達」になって、彼の夢はかないましたが、その友達のひとりヒョロが、父に会いたいと言い残して死亡し、その死を愚弄した産廃業者の石田清志を激昂したメタボが殺した時に、彼の絶望はピークに達したのでしょう。

 今までも順風な人生からは逸脱していたけれど、これで俺の人生は「もう」終わったと。

 この「終わった」という絶望感は、味わったものにしかわからない。

 ああ、終わった。

 もう自分には何もない……

 過去には何も残らず、未来に光明は見えず、寂寥の孤独があるのみ。

 本当は、そんなことはないのですが、今までぶつかってきた世間の壁の厚さと、人の世の薄情さが、それ以外の気持ちを生み出させないのです。

 その気持ちはわかる。本当にわかります。

 わたしも、大きく頷いてその絶望の流れに身を任せたくなることが頻繁にある。

 が、その気持ちの流れに逆らい、足を踏みしめて、あえて「それは間違っている」といいたいのです。

 刑事吉野とは違う意味で。

 蓮っ葉(本来女性用ですが)な言い方をすれば、ゲイツは、誰でもよいから、つきあう女を見つければよかったのですよ。(問題発言を承知でいわせてもらえば)顔もプロポーションも、いや性格すら問わず誰でもよいから。

 多くの男は、そばに女性がいるだけで、その体温を感じるだけで、生きる希望になり得るのですから。(もちろん、同じイキモノがさらなる絶望を生み出すこともままありますが……女性に甘えてクズ化が進む男もいますし)

 でも、彼は恋人を持たず、子供を作らず、いやそれどころか、おそらくは不犯のまま逝くことを選んでしまった。

 誰かひとりでも良いから、暖かく接してくれる人物に出会えば、彼の未来は変わっていたかもしれない。

 世の中は冷たいだけではないという反例をひとつ手に入れさえすれば。

 「反例」、それはなにも哲学的な命題を否定するだけのものではありません。

 白いカラスを一羽目にするだけで、カラスは黒いという人の心象風景も一変してしまうのですから。

 とはいえ、ゲイツ(たち)は、産廃管理人をオリエント急行殺人事件のように全員で殺し、そろって自殺しようとして……最後にやることを思いついたのです。

 はじめに書いたように、ネルソン・カトー・リカルテの父親を捜し出し、彼の骨を渡すこと。

 そして、その後に死ぬ。

 つまり、少なくともゲイツの中では、自殺することは決定事項で変更はないのです。

 持てる能力と、インターネットカフェ店長用のワンタイム・パスワードを使って、できるかぎり、最後の目標に近づくだけです。

 おそらくは、そのついでに、自分たちが生きた証として、シンブンシとして、社会に爪痕を残そうと、「予告犯」というキャラクターを作り出したのでしょう。

 正体を隠し、企業倫理を忘れた食品会社に火を放ち不埒な男に鉄槌を下し、政治家の命をねらうことで、警察のみならず、公安を巻き込んでネルソン・カトー・リカルデについて調べさせた。

 繰り返しますが、ことゲイツに関していえば、彼はすでに生ける死人であり、その猶予期間の間に、リカルデの父親を国家機関を使って探させただけなのです。

 やれることをやったあとで、実際にどうなるかは問題ではない。

 要するに、死ぬ前の自己満足に過ぎないのですから。

 さらに、一度は共に死のうと誓った仲間たちの、生への強い執着を知った彼は、仲間には黙って、自分ひとりが主犯になるように策を立て実行します。

 しかし、彼自身の死への覚悟は何も変わりません。

 自分が死ぬことで、仲間の罪が軽くなるのも計算のうちです。

 ただ、原作とは違って、刑事たちに「奥田に脅かされてやったんだろう」と言わせて、国家権力がすっかり騙されたような演出をしてしまったのは失だったように思います。

 警察はそれほど馬鹿ではありませんから。

 映画を観たあとで、WOWWOW制作の「予告犯 ーTHE PAINー」も観ました。

 東山紀之主演の、ネット上で裁判を行う異色作です。時系列としては、映画版のしばらく後の話でしょうか。

 映画ほどの感動はありませんが、これもなかなかの力作です。

 公式サイトはこちらです。

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