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2012年8月 4日 (土)

鉄道ふあん――不安?ファン?

子供の頃、ボーイスカウトのオリエンテーリング訓練で、山の稜線(りょうせん)を渡って歩かされたことがありました。

 途中、お寺の中に設置されている鎖場(くさりば)を通るコースで、終わりには山頂の遊園地(入園無料)なども通過するため、非常に楽しい時間を過ごすことができました。

 どのくらい楽しかったかというと、次の休みに、友人何人かをを誘って同じコースを、もう一度歩いたほどです。


 さて、ここからが本題です。

 子供の頃、と書きましたが、たぶん、小学校4年生くらいの頃だったと思います。

 わたしは、昔から自転車が好きで、どこへ行くのも五段変速の愛車に乗って走り回っていました。

 だいたい、1日2,30キロが移動範囲です。

 目的地は、近くの寺や、以前に自動車で連れて行ってもらった場所でした。
 記憶を頼りに自分の足でもう一度訪れるのです。

 中学生になると、15段変速のキャンピングカー(キャンプ道具を積めるように前後にキャリアのついた自転車です)を手に入れて、1日130~150キロ程度を走るようになり、ユース・ホステル(死語?)を渡り歩いて、四国一周などをするようになりました。

 後には、フェリーに分解した自転車(客室に持ち込むと無料なのです)とキャンプ道具を持ち込んで沖縄へ行き、キャンプをしながら旅行などもしましたが――

 いや、つまり、なにを言いたいかと申しますと、わたしは、子供の頃から、どこかへ移動する時は、ほとんど自転車を使っていたということです。

 逆にいうと、他の公共機関、バスや電車といった乗り物は、子供の頃、一人ではほとんど乗ったことがありませんでした。


 そこで、さきの話の続きです。

 スカウト活動の時は、隊長の引率で、山の近くまで行ったわけです。

 その次の時は、子供だけで行くわけですが、わたしには、登山口まで電車でどうやって行くのかわからなかった。

 そこはうまくしたもので、一緒に出かけた仲間の中に、スカウトのオリエンテーリングに出かけ、なおかつ電車の路線に詳しい友人がいたのです。

 彼と他の友人の何人かが、「こっちの線で行った方が早い」だとか「こっちの方が安い」といいつつ相談し、決めた路線の切符を、彼らの言うままに買い、無事、山に出かけて帰ってくることができました。

 その時のわたしには、彼らが随分大人に見えたものです。

 ワケのワカラナイ路線図と、数字が並んだだけの時刻表を組み合わせて、ちゃんと行きたい場所に行ける彼らがスゴイと思ったのですね。 

 長じて、わたしも何とか列車に乗ることができるようになりました。
 東京、大阪、名古屋の複雑な地下鉄の乗り継ぎすらができるようになりました。
 必要に迫られて、欧州のトーマス・クック時刻表を使うことも。
 ニューヨークの地下鉄は、まだ苦手ですが、AラインやFラインがどう走っているかは分かります。

 ただ、それでも、やはり列車利用には苦手意識があります。

 お分かりでしょうが、だいたい列車を利用して移動するということは、根本的に難しいことなのです。

 自転車や単車、自動車で目的地に行きたいのなら、地図で、目的とを探し、現在地を探し、その二点を結ぶ最短の道(あるいは少し遠回りでも太い道)を探して、線を引けば、行くべき道は分かる。

 しかし、鉄道の場合は、そう簡単ではありません。

 「行きたい場所と、関係のない場所」に向かう列車に乗ることが往々にしてあるからです。

 ご存じのように、列車は、「だいたい」目的地の方へ向かう電車に乗り、途中で、さらに目的地の近くを通る路線が横切っていれば、それに乗り換える。

 それを何度か繰り返し、目的地に到着するのです。 

 目的地が大きな町なら、ホームで、「ここから乗ればそこにいけるよ」と書かれていることもあるでしょうが、「小さな町で、乗り換えなけれならない場所」なら、まず「このホームに乗ればソコにいけるよ」とは書いてありません。

 自分で、だいたいの方向を考え、乗り換えの駅に停まる列車を選んで乗らなければなりません。

 まあ、駅員さんに聞けばだいたいは分かりますが……

Ny

 その点、ニューヨークの地下鉄は使いにくい、ひどい乗り物です。

 ジュリアー二市長i以降の政策によって、町から目立った犯罪が減り、よほど深夜や早朝の人気のない駅でない限り、ほぼ安全に利用できるようになったとはいうものの、まず、ほとんどの駅にエスカレーターがない。

 作られて100年近くは経つ感じの、段差の大きい石の階段のみ。

 おまけに、一度ホームに入ると駅内でUptown(北行き)とDowntown(南行き)の移動ができない。

 もし、ホームを間違えれば、一度改札を出て地上へ上がり、信号を渡って、反対側の石階段を降りて、もう一度改札を通る――のですが、乗り放題のメトロカードを使っていると、多人数による使い回しを防ぐため、18分間は改札を通れないため、無駄な時間を使うことになります。

 足腰の弱った人間を連れていると、もう本当に大変です。

 地上に出ても、慣れるまでは、どちらが東西かもわからない。

 駅の配置もひどい。

 今でも夢に見るのは、Canal St.駅です。

 地下鉄マップで、1、2、3、A、C、E、そしてQ、Rラインの地下鉄が、それぞれ、Canal St.に停まるのを見て、「これこそは便利な駅」と喜んで下車したところ、乗り換えが出来ない線があったのですね。

 もっと良くマップをみれば良かったのですが、要は、Canal通りという東西に走る通りに「それぞれ」作られた「離れた地下鉄の駅」なのです。

 なんという不親切!

 こんな場合、日本だったら、東Canal St.、中Canal St.、西Canal St.なんて駅名にしますよ。

 結局、冬の寒い日、粉雪の舞う夕暮れ時に、Qラインから1ラインまで1キロ近くを歩かなければなりませんでした(って、イエローキャブを使えってことですよね)。

 ニューヨークの地下鉄は、そこに住む人のことしか考えていない(それが本来なのかも知れませんが)ツクリなのです。

 しかも、元気な人間しか相手にしていない感がある。

 異邦人と老人には、特に厳しい。

 まあ、古いから仕方がないといわれるかも知れませんが、同じ古さなら、ロンドンの地下鉄の方がマシな気がします。

 もっとも、金もないことでしょうから、ロンドン地下鉄も、今回のオリンピックで特に整備もされていないのでしょうが……

 いずれにせよ、この年になっても、鉄道の移動はあまり好きではありません。

 ですから、鉄道ミステリと称して、時刻表を使ったトリック(いまだに意味がわかりませんが)を楽しむ人がいるということも、なんだか信じられないのです。

 確かに、自分で運転せずとも、乗っているだけで目的地近くに連れて行ってもらえる、というのは、年を重ねると、ありがたいことなのかも知れませんが……


p.s.
 バスについては書いていませんが、バスもわかりにくいですね。
 個人的には、路線が単純で本数が多かった、サンフランシスコのケーブルカーや路面電車(ヨーロッパではトラム)が使いやすくて好きです。
 カリフォルニア大学バークレー校に行く時に使うBURT(バート)は、乗り換えがちょっと面倒でしたが。

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