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2012年8月

2012年8月24日 (金)

コトリって知ってますか? ~橿原市愛宕祭り~

本日、橿原市八木町で行われる愛宕祭りに行ってきました。

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 数十年前の子供の頃に、一度行っただけの祭りなのですが、民家の一部をパビリオン化して個人が趣向を凝らし、神事に因んだ展示(立山<造り山>と呼びます)をするという――

 子供ごころに、町全体が、遊園地かお化け屋敷(失礼?)みたいで、とても楽しかった記憶があります。

 ポスターでおわかりのように、23、24、25日の三日連続で行われる、夏祭りのトリを飾るお祭りです。

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 今日は中日(なかび)なので、人の混み具合も、出し物の練られ具合?も丁度よいのではないかと勝手に決めて出かけたのですが――

 出し物はともかく、人混みはハンパじゃありませんでした。↓

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 そもそも愛宕祭りは、愛宕信仰に依っています。

 その名のとおり、もとは京都の愛宕神社中心の信仰なのですが、やがて火難除けの神として全国的に信仰されるようになったといいます。

 大和では、八木が一番盛んなのだそうです。

 
 今回、一番眼をひいた立山が、「神武東征」でした。鳥が上下に動くというギミック付きです↓

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 人混みをかきわけ、屋台群をぬけ、近鉄線を越えたところに、二番目に気にいった立山を見つけました。↓

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井上陽水の「少年時代」をBGMに、美しい花火が点滅し、その下を模型の列車が走る造詣です。

 同じ道を戻って、屋台を冷やかしつつ(たこ焼き焼きに余念のないお姉さん)↓、

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 今度は、盆踊り大会が開かれている小学校に向かいます。

 途中みかけた屋台「サメ釣り」には、なぜか、ひときわ人が集まっていました。

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 一見グロテスクなサメのオモチャをのぞく子供の表情が良いですね。
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 途中にあった「関西大学八木ラボ」の立山は、ケミカル・ライト(祭りで子供達が腕に巻くアレです)を多数使用して、幻想的な空間の創出に成功していました。
 

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 しかし、さすがに300年を越える祭りの歴史を持つ町です。

 リフォームされた家々が多いとはいえ、まだしっかりと古い町並みと昔ながらの店舗が残っていて、通りを歩くだけで、なんだか、ほんわりとしたノスタルジアに浸ることができました――



 と、ここで今回のタイトルなのですが、皆さんは「コトリ」ってご存じですか?

 わたしドモが子供のころ、祖母から、
「夜遅くまで出歩いていると、コトリに捕まって、遠くへ売り飛ばされるよ」
などと、脅かされたものです。

 幼かったわたしは、そのコトリというものが、どういうモノかはわからないものの、なんとなく「鳥の恰好をした怪人」が「子供を抱えて、空に飛んでいく」ようなイメージを持っていました。

 長じて、といってもほんの少し大きくなっただけですが、コトリが「子捕り」で、子供を誘拐して角兵衛獅子(かくべえじし:今の若い人にはわからないでしょうか?)や曲芸団に人身売買する誘拐犯であることを知り、イメージ上の彼のスタイルも、鳥の怪人から怪しい覆面をした男に格下げ?されたのです。



 さて、今夜の話ですが、八木の通りを歩いて、わたしはトンデモナイものを見つけてしまったのです。
 

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 コトリ屋さんを。

 もちろん、子捕りではなく、コト鳥を扱うお店なのでしょうが……

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                 大和カナリア輸出協会事務所……


 つい、店内を覗(のぞ)いてしまうと、店内ではしっかり鳥たちがさえずっていました。↓

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                     本当の小鳥屋さんだ!




その他、巨大な下駄が置かれた下駄屋さんとか……

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 懐かしい感じの店を眺めつつ、終点の小学校盆踊り会場の屋台も冷やかして――

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お肉屋さんのコロッケを買って帰ってきました。

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 奈良県大和八木愛宕まつりは、明日も開かれます。

 お近くにお住まいの方、あるいは「以前に行ったことがあるけれど最近は行っていない」という方も、お暇なら「この夏最後の祭り」へ、浴衣でも着て出かけられてはいかがでしょうか?

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2012年8月23日 (木)

フラッシャー その2

 前回、自転車のフラッシャーについて書いた後で、色々な画像や動画が見つかりました。

 今回は、その紹介をします。

 まず、アール・デコ調?のブザー
 

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 100%防水無視のボタンや本体がイイ!

 イメージは、ジェット飛行機の外燃機関部?



 そして、噂のフラッシャーについては、動画が見つかりました。

フラッシャー付自転車 ナショナル エレクトロボーイ Z ブラックマスク

 点滅は、電子回路によるものではなく、モーターによる接点切り替えを使っているため、シャーシャーと鳴る音がうるさいですね。

 そのために、電池の減りの早いこと速いこと……



 そして、これで我が愛車も、ポーシャかカウンタック気分~↓

 つつんつツノダ つつんつツノダ 自転車ツノダのTU(テーユー)号~の

  リトラクタブルヘッドライト ツノダ スカイランサー

 トドメは、行きつくところまでいった感のある、ミヤタのリトラクタブル!



 スーパーサリーゼロ デュアルスーパーカーライト   

 コンセプトは良いと思うのですが、やはり、バッテリーの保ちの悪さが致命的でしたね。

 いまなら、もっと実用的な方向指示器を作ることができると思うのですが……

 かつての、売れ過ぎて失速した過去の経験が苦すぎて、メーカーに「新たなるフラッシャー」を作る気がないのが残念です。

 フラッシャー(方向指示器)は、無いよりはあったほうが、確実に安全だと思いますから。

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2012年8月22日 (水)

フラッシャー ご存じですか?

 先日、夜道を歩いていると、向こうから強烈な光を放ちながら原付が走ってきました。

 ずいぶんと静かなエンジンだなぁと思って、すれ違いざまによく見ると、原動機付自転車ではなく、アシストサイクルでした。

 タイヤの軸(ハブ)に発電機構を仕込む「ハブ・ダイナモ」の普及によって、自転車は、かつてのタイヤやリムにローラーを当てて発電する「ローラー・ダイナモ」時代には考えられなかったほど、明るく夜道を照らすライトを持つようになったのですね。


 さらに、ハブダイナモは「ペダルを重くしない」という特性も持っています。


 わたしたちが子供の頃は、ペダルが重くなって走りにくい、という理由で、多くの人が、ダイナモもライトもついているのに、あえて無灯火で夜道を走っていたものです。


 後に、発電用のマグネットを8個内蔵した、スーパーエイト・ダイナモというものも出てきましたが、これも、明るくはなるものの、ペダルが重くなるのは変わらなかったので、やはり無灯火自転車が多かったように思います。


 かといって、電池で光るライトは、あまりに効率が悪く、すぐに電池が無くなってしまうので、コストがかかる上に実用的でもなく、ほとんど普及しませんでした。


 しかし、LEDという一つの発明が、その事態を変えてしまいました。

 今や、ハブダイナモがついていない自転車でも、多くの人が、電池式LEDライトをつけて夜道を走っています。

 LEDになって電力効率がよくなり、数日に一度は電池を交換しなければならなかった時代がうそのようです。


 基本的に、電池と自転車は相性が悪いものです。


 ある程度以上、年配の方ならば、かつての自転車には多くの電池が使われていたことをご存じのはずです。

 たとえばブザー。

 親指でチリンチリン鳴らすベル(結構複雑な機構で、蓋をとって中を見るとドキドキしたものです)や、ただスプリングをはじいてチーンとならすベルではなく、かつてブザーと呼ぶべきベル(日本語がおかしい?)が自転車にはついていました。

 おぼろげな記憶では、ロケットみたいな形をしていて、先日書いた「アール・デコ」っぽいデザインでした。
 (画像を探しましたが見つかりませんでした)


 しかし、これも、電池が切れると新しい電池は補充されず(昔は電池が高かったのですよ)、いつしか蓋はとれ、雨の日に戸外に置かれると、ため池よろしく悲しく水がたまるのが常でした。

 
 立志伝中の人物に松下幸之助という人がいましたね。

 二股ソケットが有名な「経営の神様」でしたが、彼のもうひとつの顔?は、「自転車大好きおじさん」でした。

 だから、わたしたち自転車コゾウにとって、松下(現パナソニック)製のスポーツ自転車は、かなり性能の良い、そして値段が高い、手の届かないあこがれブランドだったのです。


 その彼が、ある製品を開発した部下をベタ褒めしたことがあるといわれています。


 それが自転車用フラッシャーです。

 後には、ボタン一つでライトが上に飛び出る、リトラクタブル・ライト付きの物も発売されましたが、それは蛇足として――

 ハンドルについたスイッチを右にすると、後部キャリアにとりつけられた装置によって、光が左から右に走り、逆にすると、その方向に光が走る。

 つまり、フラッシャーとは「自転車用方向指示器」なんですね。

 現在も、自転車に方向指示器はついていませんが、あったほうが安全であるのは間違いありません。


 だからこそ、松下翁(おう)は部下を褒めたのです――いや、そう思いたい、確かにその部分もあったはずです。

 実際のところは、そのフラッシャーが「単一の電池」を6本も使用することから、松下の電池が売れることに喜んだ、と言われています。

 
 自転車講習を受ければ分かるように、ほとんどの場合、いまだに曲がるときには、片手運転をしながら、手サインをするように教えられます。

 けれど、片手運転は人によっては、かなり危ない行為です。

 だからこそフラッシャーが必要なのです。

 しかし、例によって、単一を6個も交換しつづけ(られ)る子供はほとんどおらず――


 やがては、電池の蓋も無くなり、雨ともなれば、その大きな入れ物の中に水が溜まるようになるのが関の山でした。

 翌日、晴れた街に自転車をこぎ出し、ブレーキをかけると、穴からあふれた水が足にかかったりするのですね。


 LEDが普及し、ハブ・ダイナモが一般化して、さらに、リチウム充電池という大容量のバッテリーを搭載した自転車が発売されているのに、いまだにフラッシャーが標準装備されていないのは、なんとも不思議な気がします。

 と、思ったら、LED仕様のフラッシャーが売られていました。

 しかもスタイリッシュ?になって。

 参考までに載せておきます。

DOPPELGANGER(ドッペルギャンガー) 方向指示器 テールライトウィンカー DA015SG

自転車ウインカーランプ(LED発光・メロディーブザー) EEA-YW0496


 電池の保ちが(連続使用で)15時間……これは、長いですよね?

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2012年8月17日 (金)

スポーツに対する関心 インド

 新聞で「インドのメダル数」という記事を読みました。

 興味深かったので、ここで紹介させていただきます。



 今回のロンドン・オリンピックにおけるインドのメダル数はごぞんじでしょうか?

 失礼ながら、なんとなく、色々な競技(もちろん、テレビでは日本が強い競技を主体に放送するわけですが)においても、インド勢の活躍があまりみられなかったような、と思われるかたも多いでしょう。

 その印象は正しい。

 銀が2,銅が4の6個でした。

 人口世界2位、経済規模は世界9位という大国ながら、オリンピックにおける活躍がほとんどないのです。

 1990年北京大会より「アジア大会」において正式種目になった国技「カバディ」が、オリンピックの種目にないから、金がないのだ、といういいわけが通用しないほど、メダルの数は少ないのです。


 さすが悠久の大地を有するインド、勝敗など眼中にないのだ!

 と、いうわけでもなく、ホッケーが五勝五敗に終わったことを受けて、インドの新聞は「国技が国辱でおわった」と、尋常ならざる嘆きを報じていたそうです。

 では、なぜ、インド(ほどの国)が、オリンピックでふるわないのか?

 理由の1は、インフラ不足だそうです。
 
 かつて、常勝だったホッケーでメダルを取れなくなったのは、70年代から人工芝の競技場で行われるようになったのに、インドではその整備がほとんど進んでいないからです。

 要するに、スポーツに金をかけないのです。

 それに、貧富の差が大きく、いまだ貧しい人々が多いのも原因です。

 貧しい者が、運動に熱中してメダルを取り損ねたら人生は真っ暗、そんな危険は冒せない。

 「体育は無駄、王になりたければ学問にはげめ」というインドの諺が示すように、インドでは、スポーツ警視の風潮が根強いのです。


 理由の2は、スポーツの挙国一致体制がとれないこと。

 途上国にも二種類あって、中国のように、国威発揚のために、惜しみなく金とマンパワーを注ぎ込む国もあるけれど、インドのように、メダルとりに国家資源を総動員する体制になれない国もある。

 その理由は、民主主義は強固だが、中央の意思が全国に伝播(でんぱ)しにくく、官僚は優秀だが、相互協力しないからであるという。


 インドの識者には、「経済発展をすれば、おのずとメダルは増える」という考え方の者が多いそうです。

 たしかに日本でも、強化費用の増加にともなって、メダルの数も増えています。

 上に書いたように、世界第9位の経済規模を誇るインドですから、近いうちにメダルの数もウナギのぼり……かというと、どうも、そううまくはいかないようです。


 7月末に、歴史的といってよいほどの大停電(6億7千万人!に影響)を起こしたのは、昔から指摘されている、電力インフラの整備が、まだまだであることの露呈でしたし――

 例の、スズキの合併工場における暴動をみてもわかるように、政情不安がおさまらないからです。

 そして、インドの上流階級は否定するものの、歴として存在しつづけるカースト制の影響もあります。


 と、いうわけで、インドのメダル数が、徐々に増えるのは確実だと思われますが、その増え方は、インドだけに、「牛歩の歩み」であるようです。

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2012年8月16日 (木)

アール・デコは悪趣味か? ~タマラ・ド・レンピッカ~

 前回の「機械遺産」のデザインで、特にリコピーのデザインが素晴らしいと書きました。

 しかし、掲載した写真が、イマイチその良さを伝えていないようなので、違う写真を再掲載します。

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                                                  日本機械学会より


 こういった、優美な曲線のデザインをみているうちに、頭にアール・デコという文字が浮かびました。

 アール・デコとは、1925年のパリ万国装飾美術博覧会(アールデコ博)でブレイクしたデザインのことです。

 建築では、ニューヨークのクライスラービルディングが有名ですね。

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 アール・デコは、一般には、キュビズムやバウハウス、日本を初めとする東洋の影響をうけて生まれたといわれています。

 そして、その分野は、建築のみならず、ポスターなどの美術や花瓶などの工芸と、多岐にわたります。

 わたしが、もっともアール・デコを身近に感じたのは、高校一年の時に訪れた、心斎橋パルコで行われていた「タマラ・ド・レンピッカ展」においてでした。

 その時に買った巨大なポスターは、当時シマノの自転車レーサーであったジョン・ニコルソンのポスターと共に、長らく私の部屋の壁を占領していました。

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 特に、彼女を美しいと思って、いわゆるアイドル的に飾っていたわけではありません。
 「ただ、なんとなく」気にいっていたのです。

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 日本人の美的センスにどっぷりつかっているわたしには、ロシア系の特徴が顕著すぎる女性を美しいとは思えなかった――



 しかし、今だったら、なぜ若き日の、彼女の自画像を好きだったかわかります。


 おそらく、彼女の「退廃的でアンニュイな光をたたえた眼」に惹かれていたのです。

 さらに、柔らかくあるべきマフラーが、まるで分厚い岩石めいた質感をもって、首にまきついているのも、そして、パースやプロポーションが微妙に歪んでいるのも魅力的に思えたのでしょう。

 つまり、「それ」がアール・デコの絵画だったというわけです。


 やがて、熱狂的な流行が去り、アール・デコが「終わってしまった悪趣味な装飾と」とらえられるようになると、タマラもその輝きを失い、かつて、あれほど「時代に自分自身を追いかけさせた」彼女が、自分を追い越してしまった時代を「追いかけようとして」追いつけず、変節を繰り返し、精神病を発症してしまいます。

 以前に、美輪明宏氏がタマラを指して「変節したから駄目になった」という発言をしていましたが、そうせざるをえない事情が彼女にあったことを考えても、その通りだと思ってしまうのです。

 若い頃に、時代の波に乗って世に出てしまった者は、得てして「時代の波に力があった」ことを忘れ、自分の力が時代を作ったと思いこみ、失敗をしてしまいます。



 アール・デコは、世界恐慌の始まる直前の、急速に熟れてしまった文化に咲いた徒花(あだばな)であったかも知れませんが、その、スマートでない「クドさ」も含めて、今も、わたしの気持ちを惹きつけ続ける芸術様式であるのです(下の、娘を描いたといわれているポスターも素晴らしいですね)↓。

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                                    手袋をした娘 1929年(緑の服の女)

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2012年8月15日 (水)

ご存じですか? ○カイ遺産

 さて、クイズです。

 タイトルにある、○カイ遺産、○の中に入るのは?

 「セ」で、世界遺産?

 もちろん、それも正解です。

 ウチの近くにも、自転車でちょっと走ると世界遺産があります。

 近頃は、「世界遺産指定」を話題にして、観光客を増やそうとする態度ばかりが目について、ちょっと嫌になっているのですが……

 いや、今はその話ではありません。

 今回のテーマは、「キカイ遺産」――奇怪遺産?生駒トンネルの幽霊?恐山のイタコ?じゃなくて、「機械遺産」です。

 機械遺産?聞いたことがない?そうでしょう。

 機械遺産とは何かを、少し紹介させていただくと、

「2007年6月、日本機械学会の設立110周年を記念して設けられた制度。国内の機械の中でも、特に我々の生活に大きな影響を与えた機械・機器、関連システム、工場、設計仕様書、教科書などを記念物として認定するものである。『機械遺産』の選定基準は、社会発展に貢献した機械であること、現存していて実際に動かせる状態であること」

 機械遺産の公式サイト日本機械学会

 ということなのですが、 歴史的に意義があり、我々の生活に大きな影響を与えた「教科書」まで含まれているのが良いですね。

 

 さて、その機械遺産の本年度分が、先月23日にきまりました。

 まず、温水洗浄便座「ウォシュレットG」 

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これは、いわずと知れた?1980年に東陶製器(いまのTOTO)が発売したしたものです。

 おしりの洗うポイントや水温、噴射の角度など、さまざまなデータを社内で集め、多くの新技術を詰め込んで開発しました。現在は北九州小倉北区の同社歴史資料館に保管されています。

 一見、ヨーロッパのホテルには常備されているビデと同じに見えますが、その性能、コンセプトがまるで違う「発明」です。
 外国人からすれば、まさしくCOOL JAPANの代名詞。機械遺産にふさわしい製品です。

 さらにもう一つ決まったのが、「吉野山ロープウェイ」です。

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 奈良県吉野山のロープウェイですね。

 運行開始は1929年。国内で現役最古のロープウェイです。
 架線支持材や市中の多くの部分で、80年以上経った現在も、当時のものが使われています。

 その他に、通勤用車両に多いステンレス車両の原型となった「ステンレス鋼製車両群(東急5200系と7000系)」

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                (横浜市総合車両製作所が保存)

 さらに、池貝工場製第一号旋盤(現存する最古の動力旋盤)

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                    (国立科学博物館蔵)


 理研工学光学工業(現リコー)が1955年に発売した、「卓上複写機リコピー101」

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              (静岡県沼津の同社事業所にて保管)

の五つが追加されました。

 しかし、このリコピーのデザインの優美さはどうでしょう。


 昔の機械のデザインは、なんだか、どれも良い感じですね。



 今回の追加で、機械遺産は55件となりました。

 学会では、100件の登録を目指しているそうですから、あと44件ということになります。

 来年、追加されるのはどんなキカイでしょうか。

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2012年8月14日 (火)

戦争をやめろ! 平和の使者――

 タイトルの続きはなんでしょう?

 わたしたちの年代なら「遊星仮面」ですね。

 若き日の藤田淑子さんが、主人公ピーターの声を担当されていた。

 主人公を始めヒロインも外国人顔の金髪少女で、外国色豊かな、国産アニメだったなぁ。

 サーフィンライクな単座ロケット、ロケット・ライダーに立ち乗りした遊星仮面が、酸素マスクもつけず、長髪を宇宙の風?になびかせて、忍者のクナイのような爆裂手裏剣を投げて敵ロケットをやっつける!

 もう、設定は無茶苦茶ですが、それはそれなりに楽しめました……

 


 が、今回の正解は違います。

 遊星仮面ではありません。



 正解は、平和の使者「スポンドフォロイ」でした。

 スポンドフォロイとは、古代オリンピック開催時に、各地で勃発している戦争を休止させるために、ギリシア各地を回った使節の名前です。

 オリーブの枝の冠をかぶり、片手には杖を、もう片方の手には、休戦の取り決めを刻んだ「イフィトスの円盤」を持って、各地でそれを読み上げたそうです。


 現代では、スポンドフォロイではなく、国連の事務総長が、オリンピック開催にともなう停戦、いわゆる「五輪停戦」を世界に呼びかけることになっていますが、バンギムン事務総長の呼びかけを、シリアのアサド大統領は無視してしまいました。

 百花繚乱のオリンピック競技種目に目を奪われている間にも、戦争(内紛)によって多くの人命が失われ続けているというのは、不謹慎ないいかたかもしれませんが、なんだか不思議な気がします。



 今日、津波で仲間を失い、職場を失い、グラウンドを流された、陸前高田の社会人野球チームのメンバーが、土木の仕事で瓦礫を片付けながら、

 「こんな瓦礫を毎日見ていながら、まだ野球をやりたいと考えるのは変かもしれないけれど……」

 と呟いている番組を観ました。

 芸能・芸術同様、スポーツはヒトが生活し食べていくには、直接的には何の力にもなりません。

 しかし、だからこそ、戦争がある時には停戦を呼びかけて、スポーツに興じる必要があると、わたしは思います。

 復興の大変な時期であっても、いや、だからこそ仕事の時間と身体の疲労が許す限り、好きなスポーツをするべきなのです。

 なぜなら、人間に必要なのは衣食住だけではないのですから。

 いや、いいかえましょう。

 ヒトがただ生きていくために最低限必要なものは「衣食住」でありますが、「ただ生きている」以上の「人間らしい生活をするため」には、それ以外の「無用の用」が必要なのだ、と。

 オリンピックが終わり、一時忘れられていた「ずっと戦火にあった街」や「復興途中の街」が再びニュースの話題になることが多くなるでしょう。

 だからこそ、これからは、平和にスポーツができた感謝をこめて、戦争(内紛)中の国には平和をもたらしスポーツができるようにし、復興中の街には生活に平穏を取り戻して安心してスポーツができるよう応援・助力することが、オリンピックという国際大会の意義のひとつではないかと、わたしは思うのです。

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2012年8月12日 (日)

さよなら、さよなら倫敦

 ウディ・アレンの映画に「さよなら、さよならハリウッド」というコメディ映画があります。

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 例によって、監督・主演のウディ・アレンが、かつてはアカデミー賞に二度も輝きながら、今はすっかり落ち目となった映画監督に扮しています。

 映画の内容は、落ちぶれた彼が、メジャースタジオの話題作の監督に抜擢され、再起をかけようとした矢先、心因性の失明をしてしまうというものです。

 映像の面からいえば、これも例によって、ニューヨークしか撮ることができない(そんなこともありませんが)と揶揄(やゆ)されるアレンらしく、プラザ・ホテル、バルサザールズなどニューヨークのお馴染みの街並がふんだんに登場し、NYを知るものにとっては楽しめる映画です。



 というわけで、今回のタイトルは、「さよなら、さよなら倫敦(ロンドン)」です。

 これはもう、いわずと知れたロンドン・オリンピックが明日で閉会するという意味なのですが、今回のオリンピックは、いくつかの点で「さよなら、さよならハリウッド」に似ています。

 ひとつは、かつては一世を風靡した国の首都でありながら、今は、(失礼を承知でいわせてもらうと)緩やかに没落の道を歩む老いた街であること。

 しかしながら、今回のオリンピアードをきっかけに、治安の悪い貧民街のウェストエンド(19世紀末にジャック・ザ・リッパーの出没した地域でもあります)の再開発を行うなど、なんとか輝きを取り戻そうともがいていること。


 そしてその競技場の位置は――
 ヴィクトリア・パークの近くのオリンピック・パーク、アクアティクス・センター、ウォーター・ポロ・アリーナ、カッパーボックスや、ロンドン東部のエクセル、ノースグリニッジ・アリーナ、グリニッジパーク、そしてロンドン中心部のザ・マル、アールズ・コート、ロンドン中心部のハイドパーク、ロンドン北西部のウェンブリー・アリーナ、ウェンブリー・スタジアム、南西部のウィンブルドンや、ハンプトン・コート宮殿であり――

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 本日行われたマラソンのコースは、発着地点の「バッキンガム宮殿」、「トラファルガー広場」、「ザ・マル」、「セントポール大聖堂」、「ロンドン塔」、オリンピック仕様の「タワーブリッジ」、大観覧車「ロンドンアイ」、ロンドンのシンボル「ビッグベン」などをめぐる、まさしくアレン映画なみのロンドン名所案内となっているのです。

 長らくロンドンには行っていないわたしも、その街並をなつかしく思い出すことができました。

 大会運営上の不手際はいくつかあったものの、現在のところ、さほど問題もなく閉会式を迎えるようです。

 別項で書きましたが、オリンピック、いつものわたしは、ほとんど柔道を観るだけなのですが、今回は競技の始めの、柔道の試合があまりに不甲斐(ふがい)なかったので、つい、気分転換もかねて、他の試合も観てしまいました。

 そして、その結果、以前よりずっとオリンピアードを楽しむことができました。

 わたしは開会式を観ませんでした(再放送でも)し、閉会式もおそらく観ないと思いますので、ここで、2012年年、ロンドン・オリンピックに別れを告げたいと思います。

 さよなら、さよなら倫敦……

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2012年8月11日 (土)

禁煙します!いやさせられます!

 何が苦しいといって、タバコをやめる時の苦しさは格別なようです。

 わたしはタバコを吸いませんし、ずっと以前にやめた時もそれほど苦しんだ記憶はないのですが、どうも、まわりをみていると、そう感じます。

 現在では、禁煙アメや、ニコチン・パッチなどを用いて、かなり楽になったと聞きますが、それでも禁煙は難しそうです。

 マークトウェインも言っていますね。

 「禁煙なんか簡単さ。わたしは100回はしている」と。


 タバコは確かに美味いと思いますし(個人的にはパイプが好きでしたが)、その習慣によって何かを失うとしても(健康といわれていますね)、代わりに何かを得ること(精神的充足?)もあるような気もしますが、喫煙を好まない周囲の人間に悪影響を与えるのは良くないと思います。

 一家の大黒柱であれば、「俺が好きなのだから好きに吸うのだ」などとは言えないはずですしね。

 自分の健康状態が、家族の、子供たちの生活に直結するのですから。

 というわけで、世はこぞって、「禁煙」というより「廃煙」への道を突っ走っています。

 「オーベイ諸国」やアジアの「先進国」でも、禁煙が常識で、喫煙者は肩身の狭い思いをしていますが、それ以外の国々では、まだまだ喫煙率は高いままです。

 特に問題なのは、未成年者の喫煙です。

 わたしも、インドで多くの少年(おそらく8歳ぐらい)の喫煙を見かけましたし、ネパールの保養地ポカラの湖で乗ったボートでは、船を漕ぐ父親の横で、7歳ぐらいの少年が、くわえ煙草で気持ちよさそうに湖の風に紫煙をくゆらせていました。

 現代のインドネシアでも、若年層の喫煙率上昇が問題になっています。

 そこで、ある女性がそのトバッチリを受けることになった、というのが、今回のテーマです。

 その女性が、初めて煙草を吸ったのは5歳の時、与えられた煙草をおいしそうに吸う、その姿が可愛いと、煙草を与えられ続け、喫煙歴は10年になります。

 女性とはいっても人間ではありません。

 ですから、正確にはメスですね。

 彼女の名はトーリ。

 ジャワ島中部、ソロの動物園で飼育されている、14歳のオランウータンです。
 
 上記のとおり、5歳の時に、投げ入れられた煙草を吸い始めて10年。

 美味そうに紫煙をくゆらすその姿が可愛いと、園一番の人気者になったため、火の付いた煙草を投げ入れる来園者が後をたちませんでした。

 民間団体「オランウータン保護センター」は、トーリの健康被害と未成年者への悪影響を指摘して、動物園側に再三再四、施設改善などの要望を申しいれて来ました。
 
 先月、ついに動物園が禁煙のために動いたのです。

 「愛煙家のオランウータン、ついに禁煙?!」

 しかし、そこでひとつ問題が――

 動物園のとった対処というのが、彼女を隔離することなのですが……

 その隔離先というのが、園内の湖に浮かぶ小島で、しかもパートナーで20歳のオスとともに、ということなのです。

 ご存じのように、ニコチン切れは、人にかんしゃくを起こさせます。

 だから、わたしは、パートナーのオス君が心配なのです。

 場所は孤島なんですよ!

 ほら、ありましたよね、横溝正史の……「獄門島(ごくもんとう)」

 あるいは、琵琶湖に浮かぶ――ちくしょうじま!←ウソです、あれは竹生島(ちくぶじま)。
 
 のように、なにか良くない事件が起こってしまうかもしれないからです。

 それほど、ニコチン切れは、生き物の精神に影響を与えますから。


 どうかソロの飼育員さんが、トーリにニコチン・パッチを貼りますように。

 そうでないと、動物園の小島が、恐怖の孤島になってしまうかもしれませんから。

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2012年8月10日 (金)

ブレア・ウイッチ以上クローバーフィールド以下? ~トロール・ハンター~

 8月8日レンタル開始の映画「トロール・ハンター」をDVDで観ました。

 ノルウェーの映画です。
 本国公開は2010年ですから、最近の映画事情から考えれば、随分、前の映画ですね。

 ヒマラヤのイェティ(雪男)やネス湖のネッシー、ひょうたん池のヒョッシー同様、いるかも知れないが未確認である生物(UMA)のひとつ(とまでも言えないほど神話的ですが)、北欧のトロル(小鬼)の映画です。

 いや、ヒョッシーは、「逆転裁判」に出てきたUMAでした。架空でした。申し訳ありません。

 小鬼というのは、表現上のことで、中には体高数十メートルを超える大きなものもいるそうです。

0621_05_2                                     ダンジョン&ドラゴンズ日本語版より

 で、この映画「トロール・ハンター」は、「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」型というか、「クローバー・フィールド」型というか、とにかく、本当にあったかのように、個人所蔵のハンディ・ビデオテープ・ライクな映像を用いて、話をすすめていく、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)手法の映画です。

 個人が手持ちのカメラで撮っているという手法ですから、とにかく揺れる。

 その方の揺れに弱い人は見てはいけません。

 しかし、内容は、結構イイ感じです。

 なにより、画は揺れるものの、ちょっと湿った感じの寒そうな『ノルウェーの森』が美しい。

 その地で、例によって地元のヴォルダ大学の学生三人が、学校の課題として、地元で問題になっていた熊の密猟事件をドキュメンタリーとして追った事がきっかけとなり、偶然にも撮影したのが、この「トロール・ハンター」の映像テープというわけです。

 映画全体の雰囲気としては、ブレア~よりクローバー・フィールドに似ています。

 クローバー~と違うのは、ヒーローが出てくる点です。

 大学生たちが出会うヒーロー、孤高のトロール・ハンター、秘密組織の「トロール保安機関TSS」に、所属するただひとりのハンター、初老の男ハンスがいいのです。

 紫外線を放出する太陽光ビーム装置を車にとりつけ、「保護地区」から逃げ出した巨大なトロールを秘密裏に処理する男。

 日々、孤独にトレーラハウスで寝とまりするものの、暗闇がおそろしく、24時間、寝るときでさえ、トレーラー内を太陽光で満たしている男。

「なぜ、この撮影を僕たちに許すんです?」
と尋ねられ、
「この仕事がキツ過ぎて嫌になった。残業代も出ないし、もう暴露して辞めるんだ、俺は」
と答えるものの、その実、国がUMAを秘密にするがゆえに、見つかりそうになったトロール殺戮することが嫌になった、というのが本心な、いいヤツなのです。


 トロールはキリスト教徒が嫌いで、彼らのニオイをかぎ分けて執拗に追いかけてくる、という設定には、不謹慎ながら笑ってしまいますが、ハンスが、いかにも小さな町工場に頼んで作ってもらった感たっぷりの、さまざまな武器と道具を駆使して、巨大なトロールと闘う場面は、なんだかワクワクしてきます。

 というわけで、もしビデオ屋で「トロール・ハンター」を見かけられ、画面の揺れにある程度耐性があれば、ご覧になることをオススメします。

 少なくとも「クローバー・フィールド」が好きな方なら、楽しむことができるでしょう。

 あるいは、英国の湖水地方の景色が好きな方なら、怪物はともかく、その風景は楽しむことができるかもしれません。

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2012年8月 9日 (木)

マイクは嫌われ者?

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1877年といえば何の年でしょう?

 我々、日本人には、「西南の役(せいなんのえき)=西南戦争」勃発の年として知られていますね。

 あのセゴドン(西郷隆盛)が、不平武士の盟主となって起こした武装蜂起の年です。

 が、音楽界においては違います。

 この年は、かの発明王エジソンがフォノブラフ(蓄音機)を発明した年なのです。

 つまり、ウォークマンの、ipodの祖先が産声を上げた年です。

 一度、空中に放たれると、二度と再現できなかった空気振動(音)が、「再現」できるようになる、これは、まさしく音楽界における、エポックメイクなできごとでした。

 そして、これは上記の発明を考えれば当然の帰結でもありますが、同じ年に、エジソンは、もう一つの大きな発明(特許取得)をしています。

 それは、グラハム・ベルの電信機からヒントを得て作った「カーボン型マイクロフォン」です。

 音を録音するために、マイクが必要なのはあたりまえだから、蓄音機ができれば、マイクも生まれているだろう、と単純に考えてはなりません。

 なぜなら、エジソンの蓄音機についたマイク(の働きをする部分)は、ラッパ型の集音器に過ぎないからです。

 朝顔の花のような菅に声を吹き込むと、その先に着けられた振動板が振動し、振動板につけられた針が、音に合わせて、回転するロウを塗られた筒に溝を刻む――のがエジソン音蓄音機です。

 ですから、蓄音機には、実質マイクとよべる部分はないので、上記の「カーボン型マイクロフォン」は、まったく別物だと考えなければなりません。

 これは、我々が、今現在、マイクと呼んでいるものとほぼ同じものなのです。

 蓄音機は、消えゆく音を残すことで、音楽会に、楽譜以外の記録方法をもたらしました。

 そして、マイクは、まさしく20世紀のポピュラー音楽の母となったのです。

 なぜ、マイクがポピュラー音楽の母?

 もちろん、もっと時代が下ると「ラジオ放送」が生まれ、それを通じて流れるポピュラー音楽が、世界で流行するようになった、ということもありますが、それより……

 これまで、声量豊かな歌手、つまり「声が大きい歌手だけが歌手として認められていた」時代から、小さな声を「機械によって増幅し」て、大勢の人々に聞かせることができるようになり、ビング・クロスビーが流行らせた、囁くように甘く歌う「クルーナー唱法」のような、新しい歌の表現方法も生みだしたからです。

 つまり、マイクは、音楽、特に人の歌唱方法すら変えてしまう力を持っていたのです。

 それ以前は、現代のほとんどのクラシック同様、生音が基本です。

 しかし、現実問題として、例えば、大ホールで、管弦楽をバックに「ひとりの人の声」を聞かせるのいは、ほどんど不可能です。

 ですから、どことはいいませんが、オペラ劇場によっては、マイクを密かに用いて「ナチュラル」に、声を増幅すしている場所もあります。

 そんなことをするぐらいなら、いっそ、最初からマイクを使えばよいのに、と思ってはいけません。

 クラシック音楽家は、本質的に、マイクが嫌いなのです。

 音楽学者のドナルド・グレイグは、「モーツァルトの時代には電気が無かったから」という心情的な理由の他に、音楽家は、直に自分の声を使うことで、聴衆と一体化すしようする傾向があることを指摘しています。

 あるいは、マイクを使うことで、クラシックも、ポピュラー音楽が成し遂げた「歌唱法の変化」に対応することへの音楽家の嫌悪と恐怖があるのかもしれません。

 人の声は小さい、マイクは嫌、そんなワガママな音楽家への唯一の回答は、技術の粋をつくした、音響効果抜群のホールの設計しかないのすが……

 だいたい、わたしには、そんな素晴らしい劇場が、モーツァルトの時代に林立していたとは思えないのです。
 

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2012年8月 8日 (水)

好きですか?蚊の羽音

生きていく上で、農業というものが、いかに大切かはよくわかっているものの、これまで農作業に縁がなく、自分で食べる農作物を作ったことがなかったのですが、先日、ホームセンターで、いくつか苗を買ってきました。

 庭の大部分は、除草シートを張って上からバラスで抑えてあるので、プランターに、「むかしながらのトマト」というものと「シシトウ」を植えて、ずっと以前にもらった「松下製の自動散水装置」で朝夕に水を与えるようにしました。

 幸い、どちらも実がついて、日々大きくなっています。

 昨日も、朝にきちんと水をやっているかを確認したついでに、半分ほど色づいたトマトを見ていたら、ブーンという羽音が……

 にっくきモスキート(蚊)ですね。

 以前に、誰かが書いていました。

「あの羽音さえなければ、少々痒くても蚊の存在を許せる。我慢できないのは、あの音なのだ。人の血を吸う上に、かゆみを与えるくせに、さらにあの音で神経を逆撫でするのが許せない」

 わたしは、音よりも、痒みが苦手です。

 それに、もっと南にいけば、マラリアなどの実害もある。

 かつて、インドにいった時、一番暑い「暑期」を選んだのは、少しあとの「雨期」になってしまえば、暑さは和らぐもののマラリア蚊が飛び回る、というのを聞いたからでもありました。

 幸い、今はまだ、マラリア蚊は日本には来ていませんが、今後、温暖化が進むと、日本でもマラリアが広がることになるともいわれています。

 上で、マラリア蚊、などと、ひとくくりに書いてしまいましたが、蚊は世界中に3000種類以上、日本でも100種類いるといわれています。

 日本人がよく被害に遭うのは茶褐色の「アカイエカ」や、通称が、やぶ蚊の「ヒトスジシマカ」です。

 ご存じの方も多いと思いますが、蚊は人の血を吸いますが、血が主食なのではありません。

 普段は、チョウチョのように、花の蜜を食べています。

 ただ、卵を産む時期になると「血の成分」が必要になるのです。

 つまり、我々が刺されるのは、メスの蚊によってですね。

 007の映画や多くのコミック、小説で紹介されているように、蚊は、息に含まれる二酸化炭素や体温、汗の匂いなどを感知して獲物を狙うので、他人よりちょっと特徴的な人、汗かきの人や体温の人がよく刺されるといわれています。

 ということは、運動や飲酒のあとで、呼吸数が増えたり、汗をかいたり、体温があがれば、よく蚊にさされるわけです。

 上で書いたように、蚊が嫌われる最大の理由は、羽音ではなく、刺されたあとの痒みでしょう。

 あれも、別に、蚊は人への嫌がらせで痒みを与えるわけではありません。

 血を吸うとき、蚊は、針のような口を皮膚に突き刺すと同時に唾液を注入します。

 この唾液には、「刺した時に痛みを感じさせない麻酔作用」や、血を吸いやすいように血管を広げたり、血が固まるのを防ぐ作用があります。

 痛みを感じさせないための麻酔作用というのがすごいですね。

 彼らは別に悪気はないのです。

 その意味でいえば、世の中に数多(あまた)存在する、寄生しながらも「宿主を殺してしまう」細菌やウイルス、寄生虫あるいはガン細胞の方が、はるかに愚かです。

 他者から利益を得たければ、相手に有益なことをして、自分も利益を得た方が結局、得だと思うのですがねぇ。

 結局、ウイルスも、寄生虫も、ガン細胞も、宿主が死ねば、自分も死んでしまうわけですから。

 うまく共生した方がとくなのに。

 話を戻して――

 蚊にさされて、痒くなるのは、唾液に含まれる成分によって、軽いアレルギー症状をおこすからです。

 アレルギーですから、痒いところをかいて、痒みがおさまるわけではありません。

 昔、老人たちがよくやってくれたように、腫れた部分を、爪で十字に押してもだめです。

 かえって傷口から細菌が入って、悪い結果になることもある。

 効果的なのは、氷などで冷やすことです。アレルギーで腫れているわけですから。

 市販のかゆみ止めで、塗ると、すっきり冷えるものが多いのも、そういった理由があるからです。

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2012年8月 7日 (火)

「知りたがり屋」のロボットCURIOSITYを着地させたのは彼だ!

 昨日書いた、ロボットルンバとも関係しますが、NASAが昨年11月に打ち上げた「火星探査ロケット」が、昨日午後2時過ぎに、無事火星に到着し、火星探査ロボットCURIOSITY(キュリオシティ)が、火星の大地をCURIOSITY(好奇心)を持って、探索しはじめました。

 おそらく、皆さんも、オリンピックの合間のニュース映像でご覧になったことでしょう。

 実のところ、わたしは、このCURIOSITY(長いので以下キューちゃんと表記)が、無事火星に降り立つとは思っていませんでした。

 前回までの火星探査ロボットは、重量が軽かったため、例の「空気ボールに包まれて地上に激突型着地」(そもそも着地といえるのでしょうか?それは)でしたが、今回のキューちゃんは1トン近く、いかに火星の重力が地球の三割程度しかないとしても、とてもボールに包んで地上にぶつかるわけにはいきません。

 そこで、「音速の4倍程度の速さ」で大気圏に突入後、キューちゃんはパラシュートを開き、その後、キューちゃんをぶら下げた着地ロケットが危うくバランスをとりながらロケットを噴射し、時速3,4キロまで速度を落として、キューちゃんを地上に降ろす(スカイ・クレーン方式)――というのですが、ハヤブサでもあれほど苦労した超々遠隔操作で、人間が慣れ親しんだ地球重力で操作してもオスプレイのように墜落することのある垂直着陸操作を行うなんて、正気の沙汰ではないと思っていたのです。

 しかし、NASAはやった。やり遂げました。

 
                                           参考映像

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 しかし……この映像、まるで、あれじゃないですか……ガメラ!

 CG動画でみても、よい感じですね。

 本来なら、もっと安易な方法、パラシュートを極端に大きくし、ロボットを包む緩衝材を巨大にして、衝撃を分散させるなどして着陸させることもできたと思いますが、彼らは、あえてこんな方法を採った。


 あるいは、こういった思い切ったチャレンジを行う方が、成功率が高いという判断だったのかもしれません。

 安全策に向かいすぎると「却って失敗する」こともあるでしょうから。

 もちろん、火星の弱い重力があってこその着地方法だと思います。

 おそらく地球上では無理でしょう。


 今後、この方法を嚆矢(こうし)として、次回からはこういった着陸方法を続けていくのか、今回の奇跡性に恐れをなして(奇跡は何度も続きませんから)、次回から、もっと手堅い方法に変更するのか?

 今後数年にわたって続けられる調査結果とともに、好奇心(CURIOSITY)をもって見守っていきたいと思います。


 本当に素晴らしい着地でした。

 欲をいうと、CG画像だけでも、ガメラのように激しく回転しながら飛び去って行って欲しかったですね。

 それに、呼称もスカイ・クレーンではなく「GAMMERA・SYSTEM」と名付けて欲しかったなぁ。いや「GAMMERLA」の方がぴったりの気分かな?(GAMERAと書くと、ゲームラになりそうだし)

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2012年8月 6日 (月)

コーヒールンバ今昔

 その昔、コーヒールンバといえば、ベネズエラの作曲家の曲に、作詞家の中沢清二氏が、もともとの歌詞とはまったく関係のない日本オリジナルのエキゾチック(これも死語?)な歌詞をつけて、西田佐知子が歌った曲でした。

 昔 アラブの 偉いお坊さんが
 恋を忘れた 哀れな男に
 しびれるような 香りいっぱいの
 琥珀色の 飲み物を 教えてあげました……

 しかし、今や、ルンバといえば、歌ではなく、ダンスでもなく、ロボットの代名詞となってしまいました。

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 iROBOT社のルンバですね。

 そもそも、iという社名が、SF好きにはくすぐったくって仕方がありません。

 社内には、スーザン・カルビン博士がいるんだろうな、とか、いつ読心ロボットが発明されるのだ?、などと邪心が湧いていけません。(I,robotとは「われはロボット」1950年にアシモフが、ロボット三原則を世に送りだした名作です。Wスミスのirobotはそれの映画化)

 まあ、例の原発事故の時に、国と東電が、iROBOT会社の探査ロボットを使ったことからも、結構、本腰でロボットを作ろうとしていることはわかりますが――

 この会社の、いわゆるお掃除ロボット「ルンバ」を使うことで掃除の苦労から解放され、「コーヒーを飲んでいる間に掃除が完了」というのが、新しい「コーヒー・ルンバ」の意味になりつつあります。

 それほど、このお掃除ロボットが売れているのですね。
 八万円近くする、決して安い製品ではないのに。

 だから、東芝やシャープなどの、日本の家電メーカーも次々と製品を開発しています。

 しかし、大学時代にロボットを専攻した身としては、このお掃除「ロボット」というのが信用ならないのです。

 ライントレーサー(床に引かれた白い線をなぞって移動する)ロボットは、すでに工場内では実用化されていますし、ホンダのアシモはダンスを始めてしまっていますが、この手の、小さく軽く(3.8キロ)バッテリーの弱い「ロボット」は、どうもオモチャの域を出ていないと気がするのですね。

 搭載された、コンピュータ内のプログラムとセンサによって、ある会社の製品は、ゆっくりじっくりと一度だけ掃除し、他の会社のロボは、さっと掃除を数回繰り返します。

 そういった、細かいプログラム、あるいはゴミの収集方法に多少の違いはあっても、しょせんは小さなバッテリーによる小さな吸引力しかもたない掃除機、実際には、想像通り、大きなゴミなどは掃除しきれないのですね。

 どうせなら、有線にして、コンセントからの電力で、強力に吸い、激しく移動し、それをしつこく繰り返して、完全な掃除をするロボットになって欲しいものです。

 学生当時、わたしは二足歩行ロボットの研究をしていたのですが、違う班の友人は「多足歩行ロボットの視覚認知による障害物回避」の研究をやっていました。

 CCD(いわゆるカメラ)で捉えた障害物を、最小の動きで回避するロボットの研究です。

 まあ、もう数十年前の研究ですから、その内容自体は、現在では、すでにチップに吸収されて――つまり最初からその程度の機能が組み込まれたコンピュータチップが存在するでしょうし、なくても、PICなどのプログラマブルチップにプログラムを焼き込めば、比較的簡単に作ることができるでしょう。

 であるのに、そういった、視覚で掃除する対象を見分けるお掃除ロボットが、まだ存在しない。

 カメラという目で見て、「ゴミを確認」し、床に伸びたコードを避けて掃除するマシンなら、まだ信頼はできるのですが、赤外線センサや超音波センサ、いや、それどころか接触センサによって壁などの障害物を避けるだけで、あとは、とにかく隙間なく、まんべんなく床を移動するだけの、今のお掃除ロボットは、到底、実用的だとは思ええません。


 初めて見る方にとって、自動で電源アダプタまで戻って、勝手に充電する機能は、スゴイモノに見えるでしょうが、その技術は、実はそれほどのものではありません。

 技術的に大変なのは、人が、さりげなく行っている行動を真似ることなのですから。

 自動掃除機をみて、たいていの人はこういうでしょう。

「ウチはだめだわ、ものが多すぎるから」

 これが、一般人の本音だと思います。

 わたしも、もしお掃除ロボットを我が家で使ったら、おそらく無数のコードがからまって、掃除機は機能しないと思います。

 この手の掃除ロボの理想型は、攻殻機動隊(ビデオ版)のタチコマのように「多脚型ロボット」で、カメラを搭載し、胴体からゴミ吸引ノズルが伸びていて、ゴミを見つけたらピンポイントでそれを吸い、コードをまたぎ、机の脚をさけ椅子をよけて、すべての場所を掃除しうるロボットです。

 日本の家には、むき出しで、床でのたうつ電源コードが多すぎるのですから。

 フローリングにして、床の隙間に電源コードを通し、完全フラットな床にしないと、この手のロボット掃除機は満足に家をまわることもできません。

 個人的には、まだもう少し「待ち」であると思います。

P.S.
 付け加えると、現在のお掃除ロボットの多くは、二万円ちかくするバッテリーを一年半おきに代えなければならないという、とんでもないランニングコストが必要になります。

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2012年8月 5日 (日)

パッチンといえば……

わたしには今、ふたつの疑問があります。

 そのうちのひとつが、オリンピックの体操競技で、あの馬鹿げた(と個人的には感じます)3Dエフェクトが、いつ導入されたか、です。


 跳馬などで、選手がジャンプし、着地した瞬間に静止画像となって、そのままグルリと「違和感のある3D的視点移動」をするアレです。

 昔から、柔道競技以外のオリンピックは、ほとんど観なかったので、前回の北京でアレが導入されていたのか、それとも最近の国際体操大会が最初なのか、あるいは今回のロンドンが初めてなのか、ちょっとだけ気になるのですね。

 まあ、「ちょっと」気になるだけなので、調べれば分かることながら、そのまま放置する予定なのですが、もし、このブログをお読みの方で、ご存じの方がおられれば、コメント欄ででもお教えください。


 さて、これからが本題です。

 今回、わたしが本当に知りたいことは、パッチンです。

 パッチンといえば……ポール牧!ではなくて(それは指パッチンでした)、華麗なるヒッツカラルド、でもなく(彼は殺人指パッチン能力者<Gロボより>)、髪の毛を束ねて留める、髪留め、いわゆるパッチン留めのことです。

 わたしが子供の頃からあって、小学校や中学校の女の子は、あれで髪の毛を留めていた記憶があります。

 個人的には、なんだか古くさい、いや失礼、「レトロなモノ」という印象があるのですが、イマドキの若い子が(いや妙齢のご婦人も)、びっくりするくらい大量のパッチン留めをしているのを、街でみかけると、パッチン留めってまだインな道具なのだなぁ、と感心してしまうのです。

 今回のオリンピックの体操女子競技でも、多くの選手が、これでもか、とばかり髪の毛をパッチンだらけにしています。

 パッチン留めの機構自体は好きです。

 近頃では、若い男の子たちも、結構使っているパッチン留めですが、わたし自身は、一度も使ったことはありません。

 が、子供の頃から姉の持っていたパッチン留めを見せてもらい、閉じたり開いたりして、「単純な構造ながら、なんとうまく出来た道具なのだろう」と感動していました。

 一般的には、こんな形ですね。

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 おそらく、誰もが知っているパッチン留め。

 数十年前から小学生がいくつも持つことのできる、廉価で便利なヘアピン。

 その機能とデザインが一体化しつつ、どことなく漂うチープ。

 なんだかリリアンと同じ匂いを感じます。

 というわけで、わたしは、このパッチン留めが、幕末以降、おそらく大正か昭和時代の日本の発明に違いないと思いこんでいたのですが……

 念のために、調べてみると、わからないのですね。

 どこの誰が、いつ発明したのかがわからない。

 日本の発明が、時を経て、ロシアやウクライナの体操女子の髪の毛を、それこそあたりかまわず留めまくっていると思っていたのに……

 ポッチリならわかります。

 あの、「じゃりン子チエ」のチエちゃんがやってるアレですね。

 アニメのエンディングテーマ「ジュー・ジュー・ジュー」でも歌われていますね。

 チエちゃんの赤~いポッチリふたつ、と。

 じゃりン子チエは、わたしの好きな大作品で、連載当時からコミックを買い続け、アクションコミックス版全67巻は、気持ちが折れそうな時の活力剤として、時折読み返しています。まあ、この作品については、いずれ項をあらためて書くとして……

 あの、「ポッチリ」は、もともと京都の舞妓用の帯留めが流用されて始まったことが知られていますが、今回のパッチン留めの出自がわからない。

 というわけで、ご存じの方がおられたら、ぜひ、お教えください。

 わたしも、もう少し調べてみようと思っています。

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2012年8月 4日 (土)

鉄道ふあん――不安?ファン?

子供の頃、ボーイスカウトのオリエンテーリング訓練で、山の稜線(りょうせん)を渡って歩かされたことがありました。

 途中、お寺の中に設置されている鎖場(くさりば)を通るコースで、終わりには山頂の遊園地(入園無料)なども通過するため、非常に楽しい時間を過ごすことができました。

 どのくらい楽しかったかというと、次の休みに、友人何人かをを誘って同じコースを、もう一度歩いたほどです。


 さて、ここからが本題です。

 子供の頃、と書きましたが、たぶん、小学校4年生くらいの頃だったと思います。

 わたしは、昔から自転車が好きで、どこへ行くのも五段変速の愛車に乗って走り回っていました。

 だいたい、1日2,30キロが移動範囲です。

 目的地は、近くの寺や、以前に自動車で連れて行ってもらった場所でした。
 記憶を頼りに自分の足でもう一度訪れるのです。

 中学生になると、15段変速のキャンピングカー(キャンプ道具を積めるように前後にキャリアのついた自転車です)を手に入れて、1日130~150キロ程度を走るようになり、ユース・ホステル(死語?)を渡り歩いて、四国一周などをするようになりました。

 後には、フェリーに分解した自転車(客室に持ち込むと無料なのです)とキャンプ道具を持ち込んで沖縄へ行き、キャンプをしながら旅行などもしましたが――

 いや、つまり、なにを言いたいかと申しますと、わたしは、子供の頃から、どこかへ移動する時は、ほとんど自転車を使っていたということです。

 逆にいうと、他の公共機関、バスや電車といった乗り物は、子供の頃、一人ではほとんど乗ったことがありませんでした。


 そこで、さきの話の続きです。

 スカウト活動の時は、隊長の引率で、山の近くまで行ったわけです。

 その次の時は、子供だけで行くわけですが、わたしには、登山口まで電車でどうやって行くのかわからなかった。

 そこはうまくしたもので、一緒に出かけた仲間の中に、スカウトのオリエンテーリングに出かけ、なおかつ電車の路線に詳しい友人がいたのです。

 彼と他の友人の何人かが、「こっちの線で行った方が早い」だとか「こっちの方が安い」といいつつ相談し、決めた路線の切符を、彼らの言うままに買い、無事、山に出かけて帰ってくることができました。

 その時のわたしには、彼らが随分大人に見えたものです。

 ワケのワカラナイ路線図と、数字が並んだだけの時刻表を組み合わせて、ちゃんと行きたい場所に行ける彼らがスゴイと思ったのですね。 

 長じて、わたしも何とか列車に乗ることができるようになりました。
 東京、大阪、名古屋の複雑な地下鉄の乗り継ぎすらができるようになりました。
 必要に迫られて、欧州のトーマス・クック時刻表を使うことも。
 ニューヨークの地下鉄は、まだ苦手ですが、AラインやFラインがどう走っているかは分かります。

 ただ、それでも、やはり列車利用には苦手意識があります。

 お分かりでしょうが、だいたい列車を利用して移動するということは、根本的に難しいことなのです。

 自転車や単車、自動車で目的地に行きたいのなら、地図で、目的とを探し、現在地を探し、その二点を結ぶ最短の道(あるいは少し遠回りでも太い道)を探して、線を引けば、行くべき道は分かる。

 しかし、鉄道の場合は、そう簡単ではありません。

 「行きたい場所と、関係のない場所」に向かう列車に乗ることが往々にしてあるからです。

 ご存じのように、列車は、「だいたい」目的地の方へ向かう電車に乗り、途中で、さらに目的地の近くを通る路線が横切っていれば、それに乗り換える。

 それを何度か繰り返し、目的地に到着するのです。 

 目的地が大きな町なら、ホームで、「ここから乗ればそこにいけるよ」と書かれていることもあるでしょうが、「小さな町で、乗り換えなけれならない場所」なら、まず「このホームに乗ればソコにいけるよ」とは書いてありません。

 自分で、だいたいの方向を考え、乗り換えの駅に停まる列車を選んで乗らなければなりません。

 まあ、駅員さんに聞けばだいたいは分かりますが……

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 その点、ニューヨークの地下鉄は使いにくい、ひどい乗り物です。

 ジュリアー二市長i以降の政策によって、町から目立った犯罪が減り、よほど深夜や早朝の人気のない駅でない限り、ほぼ安全に利用できるようになったとはいうものの、まず、ほとんどの駅にエスカレーターがない。

 作られて100年近くは経つ感じの、段差の大きい石の階段のみ。

 おまけに、一度ホームに入ると駅内でUptown(北行き)とDowntown(南行き)の移動ができない。

 もし、ホームを間違えれば、一度改札を出て地上へ上がり、信号を渡って、反対側の石階段を降りて、もう一度改札を通る――のですが、乗り放題のメトロカードを使っていると、多人数による使い回しを防ぐため、18分間は改札を通れないため、無駄な時間を使うことになります。

 足腰の弱った人間を連れていると、もう本当に大変です。

 地上に出ても、慣れるまでは、どちらが東西かもわからない。

 駅の配置もひどい。

 今でも夢に見るのは、Canal St.駅です。

 地下鉄マップで、1、2、3、A、C、E、そしてQ、Rラインの地下鉄が、それぞれ、Canal St.に停まるのを見て、「これこそは便利な駅」と喜んで下車したところ、乗り換えが出来ない線があったのですね。

 もっと良くマップをみれば良かったのですが、要は、Canal通りという東西に走る通りに「それぞれ」作られた「離れた地下鉄の駅」なのです。

 なんという不親切!

 こんな場合、日本だったら、東Canal St.、中Canal St.、西Canal St.なんて駅名にしますよ。

 結局、冬の寒い日、粉雪の舞う夕暮れ時に、Qラインから1ラインまで1キロ近くを歩かなければなりませんでした(って、イエローキャブを使えってことですよね)。

 ニューヨークの地下鉄は、そこに住む人のことしか考えていない(それが本来なのかも知れませんが)ツクリなのです。

 しかも、元気な人間しか相手にしていない感がある。

 異邦人と老人には、特に厳しい。

 まあ、古いから仕方がないといわれるかも知れませんが、同じ古さなら、ロンドンの地下鉄の方がマシな気がします。

 もっとも、金もないことでしょうから、ロンドン地下鉄も、今回のオリンピックで特に整備もされていないのでしょうが……

 いずれにせよ、この年になっても、鉄道の移動はあまり好きではありません。

 ですから、鉄道ミステリと称して、時刻表を使ったトリック(いまだに意味がわかりませんが)を楽しむ人がいるということも、なんだか信じられないのです。

 確かに、自分で運転せずとも、乗っているだけで目的地近くに連れて行ってもらえる、というのは、年を重ねると、ありがたいことなのかも知れませんが……


p.s.
 バスについては書いていませんが、バスもわかりにくいですね。
 個人的には、路線が単純で本数が多かった、サンフランシスコのケーブルカーや路面電車(ヨーロッパではトラム)が使いやすくて好きです。
 カリフォルニア大学バークレー校に行く時に使うBURT(バート)は、乗り換えがちょっと面倒でしたが。

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