犬も歩けば弾にあたる シャーロック
タイトルの「犬も歩けば弾に当たる」は、シャーロック・ホームズ雑学百科(1983年)に収録されている、ファンによるファンのためのカルタの一説です(もちろん、バスカヴィル家の犬のことですね)。
この本は、日本シャーロックホームズ協会(JSHC)会員が「分担執筆」したホームズ百科事典の力作で、物語中に出てくる小道具、人物やヴィクトリア朝文化にかかわる事物などを取り上げて、項目ごとに、ある時は専門的にまたある時は軽いジョークで解説しています。
数あるシャーロックホームズ(以下SH)の研究本の中でも、わたしが一番好きな本で、当時、JSHCの会員であったわたしは、京都下鴨神社裏の下宿で、安い丸パンにタマネギの薄切りを挟んだだけのブローチェ(オランダのサンドイッチのことです)をほおばりながら、何度も読み返したものでした。
SHのファンを、一般にシャーロッキアンと呼びますが、彼らのいう、コナン・ドイル自身によって書かれた長短60のSHの物語、いわゆる「聖典(キャノン)」を底本に、「自分自身の専門分野」を切り口にして、さまざまな論文(と呼んで良いほどの出来です)が、それこそ世界中のシャーロッキアンに書かれています。
ベアリング・グールドしかり、エイドリアン・ドイルしかり、長沼博士しかり。
この「SH雑学百科」では、イラスト付きの見開き2ページで、「鉄道」「拳銃」「犬」など、様々な「自分の得意分野」によって、SHを、ロンドンを、そして絢爛(けんらん)豪華であったビクトリア朝大英帝国を解説することで、その時代そのものを浮き彫りにしています。
話は変わって――
聖典(キャノン)以外に、ファンがそれぞれのセンスで描いたSH物語をパスティーシュと呼びます。
古今、様々な人々によってSHのパスティーシュは作られました。
昨日より、NHK-BSプレミアムで、英国のドラマ「シャーロック」が三夜連続の集中放送されています。
作品自体は2010年制作らしいですが、寡聞にしてわたしは知りませんでした。
このドラマの特徴はパスティーシュであること、つまりSHを「そのまま現代に生きる探偵」として描いていることです。
これまでのパスティーシュに多かった、「ワトソンの隠された手記が見つかった」(だいたいは、古びた皮箱などを、ワトソンの子孫が見つけることが多いのですが)や「ホームズの魂が現代に転生した」といった、オカルティックな設定をやめ、
『ストレート』に『完全にビクトリア朝色』を排して、ワトソン、モリアーティ、ハドソン夫人、レストレイド警部など登場人物名はそのままに、現代に生きるSHを描こうとしているのですね。
これまでは、エイドリアン・ドイル(だったかな)の有名な言葉「わたしたちがSHを愛するのは、彼の生きた時代、大ビクトリア朝を愛するからだ」で表現されるように、
早朝のロンドン、ガス灯が霧に煙る中、指笛を鳴らしハンサム(二輪馬車)に乗り込み、「チャリングクロス駅!」と御者に告げ――
「いまからなら特別列車が仕立てられる。それなら奴らに追いつけるはずだ」
などとワトソンに語る――といったシチュエーションが、SHだったわけです。
そういった、些末(さまつ)でありながら重要な小道具をすべて排し、知りたい情報はスマートフォンで調べてしまう若きシャーロック、出会った事件を戦争によるPTSP脱出のためにセラピストから勧められた「ブログに書く」ワトソン、という現代っ子(死語?)カタギな二人の人間関係を軸に、ドラマは描かれます。
ドルチェ・エ・ガッバーナのタイトなシャツに細身のジャケット、ベルスタッフのコートを粋に着こなし、ロンドンの町で、例の、背の高い黒塗りキャブ(タクシー)に乗り込むホームズ。
颯爽とはしているものの、世間的には変人扱いされ(まあ、現代では当然でしょう)、あまつさえ(聖典では)大好物だったパイプすら、「いまのロンドンではタバコも吸えない」とグチりながら、巨大なニコチン・パッチを腕に張らねばなりません。
そのセリフを聞いて、レストレードが、「私もだ」といって袖をまくり、これもまた巨大なニコチン・パッチを見せるのはご愛敬ですが。
第一話において、戦場で負傷したワトソンが、「傷痍軍人年金だけでロンドンで暮らすのは無理だ」と思った矢先に、ルームシェアの相手としてSHを紹介され、その場で、「アフガニスタン?それともイラク?」と尋ねられるのは原作通りです。
まあ、原作で、記念すべきSHの第一声とされているのは、
「アフガニスタンに居られたんですね」
だったのですが。
それにしても、期せずして、というか、堂々巡りというか、100年以上前のビクトリア朝時代と同じ、アフガニスタンという戦場でワトソンが負傷しているのには、制作者も苦笑したことでしょう。
(大)英帝国何やってんだよ!
SHが、女性嫌いと、その気取った物腰、男とのルームシェアを言い出したことから、世間からだけでなく、ワトソンからすらもゲイだと思われているのもご愛敬です。
制作、脚本のスティーブ・モファットとマーク・ガティスは――
あの『史上最高のSH役者』(原作挿絵画家のシドニー・パジットの描くSHそっくりという意味で)としてファンの間では有名な、『映画マイフェアレディで、主人公に恋するフレディを演じ、「On The Street Where You Live (君住む街)」を歌った(後に口パクだったとカミング・アウト)』ジェレミー・ブレット演じる、「BBC制作のシャーロック・ホームズ」シリーズを子供の頃から見続け、影響を受け、それをベースに今回の現代版「シャーロック」を作ったといいます。
だからなのか、ところどころ、J・ブレット演じるSHに似た雰囲気を感じることがあります。
同じ、現代英国のドラマでも「トーチウッド」のご都合主義、馬鹿さ加減とは一線を画した「シャーロック」、お時間があれば、ご覧になってください。
ちなみに、今回の三夜連続放映は、近日放送される「シャーロック2」に先駆けてのものです。
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