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2012年7月20日 (金)

200年後にはあなたもわたしも彼も彼女もアイツもいない

 人はどう生きるべきか?

 古くから繰り返されてきた問いです。

 これには、明確な答えはありません。

 善く生きる。
 自分に正直に生きる。
 他人に迷惑をかけないように生きる。

 どれも正解でしょう。


 なぜ、こんなことを書いているかというと、今日、たまった新聞をまとめ読みしたところ、新聞の下半分の広告欄に、

「100歳まで生きる」
「長生きの秘訣」
「~を採って元気に長生き」
「生きてやろうじゃないの」
「これを食べて100歳まで生きる」

 などと、やみくもに、「ただ」(元気に)生きることだけを目標とするかのような「本の広告」が目についたからです。


 ハスに構えていってしまえば、もし、執拗に嫁いびりをする人物が、こういった本を読んで「元気に」「100歳まで」生きたとすれば、いわゆる「老害」以外のなにものでもないように思うのですね。


 あるいは、テレビ放送。

 わたしは、録画せずに、直接番組を観ることはほとんどないのですが、たまに生放送を観ると、番組のほとんどは「健康に」「長生きする」ための商品の紹介ばかりです。


 もちろん、それは……

 放送すべきコンテンツを作れないのがわかっていながら「デジタル化」を急ぎ、チャンネル数を増やし過ぎたあげく、ろくな番組を提供できずに、視聴者にそっぽを向かれたためです。


 面白い番組を作ることができないから、放送が利益に直結する、栄養サプリメントの広告放送ばかりになってしまう。



 付け加えれば、衛星放送の質の悪さのあまり、視聴率が上がらなかったため、あわてて「衛星有料放送のみに適用」するはずだった「ダビング10」やコピーガードの機能を、地上波にまで広げた「地デジ用BCASカード」(これも実体はかなりあやしい)を採用することで、録画した「番組を個人で楽しむ」ために観ることが難しくなってしまいました。

 たとえば、アナログ時代、DVDに録画した番組は、パソコンの上で、安いプレイヤーソフトによって観ることができました。

 今、CPRM対応のDVDに録画した地デジ番組は、1万円近くするソフトを使わないとコンピュータで観ることができません。

 それは、ソフトメーカーが、高額な「暗号解読キー」を購入しなければならないためだそうですが、そういったことが一般視聴者の利益につながっているのでしょうか?

 何のための多チャンネル化、地デジ化であったのか。

 意味のない、国主導の薄型テレビ化に踊らされて、なれぬダンスを踊り過ぎた電機メーカーは、とんでもないシッペ返しをくらって「腰を痛め」、起業以来の大赤字をだすところが続出してしまいました……


 いや、今は、そちらが主題ではありません。その話はまた別な機会にするとして――

 要は、新聞の広告や衛星テレビのCFが「長生きと健康ばかりに偏りすぎている」ように思えるということです。

 一説によると、あとしばらくで、150歳まで(ヒトの細胞分裂可能回数から単純に計算した年齢)生きられるようになるとも言われています。

 しかし、それは不老不死の実現ではありません。



 確かなことなど、この世の中にそれほどありませんが、ただ一つ確かなのは、今から200年後に、あなたもわたしも生きてはいない、という事です。

 であれば、死から目を背けず、「いかにして死んでいくか」を考えた方が、より善く生きることができるように思うのです。

 死という「暗い面」を見ないようにし、「元気に生きる」という明るい面のみを直視して生きていくほうが楽しくやる気が出る、それも事実でしょう。

 しかし、誰だって、いずれは死ぬのですから、「どう死ぬか」を腹の中に持っておくのは非常に大切なことだと思うのです。

 たとえれば、あるモノの形を描くのに、その形を「直接」線で描くよりも、「そのもの以外」の部分を描くことによって、逆に、そのもの自体をはっきり浮かび上がらせることができるように――

 死を明確に考えることで、逆に生きることを、よく考えることになるのではないか。


「元気に生きる」「とにかく生きる」「笑って生きる」「健康にいきる」「100歳まで生きる」

 どれも、良い目標ではあると思いますが、なんだかそれは、綺麗に整備され、揺れない線路の上を走りながらも、その果てにある、崖の上で、突然途切れた終着点を見ないようにしている豪華列車の乗客のように感じてしまうのですね。


 先を見ないようにしても、結局は同じことなのに。


 いや、もちろん、わたしも含めて一般人が、常住坐臥(じょうじゅうざが)、常に死を意識し、死とともに生きるべきだ、などというつもりはありません。

 そんなことは、できないですしね。

 ただ、ヒトは、知らないうちに、新聞雑誌、テレビ、ネットによって、イメージと情報をすり込まれるものです。

 だからこそ、いまの、生きることに重きを置きすぎた(まあ、サプリメントは広告だから仕方ないかもしれませんが)広告報道は、良くないのではないかと思うのです。


 そういったことが、自分の死から目を背け、愛する家族の死からも目を背け、ただ、生かす方法があるという理由だけで、重度の脳障害(脳幹梗塞など)を負った老人たちに胃瘻(いろう)を施すことになるのではないでしょうか。

 福祉先進国の北欧(紋切り型過ぎて恥ずかしいイイカタですが)では、寝たきり老人の数が数えるほどだそうです。

 それは、彼らが、「生きる」とは、単に「死んでいない」ということではなく、「ヒトして生きる営み」を続けていてこその生であることをよく分かっているからなのでしょう。

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