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2012年6月 5日 (火)

金星太陽面通過に思う ~あるいは数学脳と囲碁脳~

江戸時代前期に渋川春海(しゅんかい、はるみ、とも)という人物がいました。
 
 今回はその人について書きましょう。

 わたしたちは、日々、なにげなくカレンダーを使っています。
 
 しかし、それは太陰暦から始まって太陽暦にいたり、なおかつ、惑星の移動軌道・速度のずれから、小刻みな修正を行わねばならない(うるう年やうるう秒ですね)という、実は、ややこしいものなのです。
 
 だから、このカレンダー・システム(暦法)というのは、その成立の歴史だけで何冊も本を書くことができるほどの一大ドラマであるわけです。

 6世紀に、大陸から暦(こよみ:暦法)が伝わって以来、9世紀になるまで、数度にわたって新しい発見・工夫の組み込まれた暦がもたらされ、日本はその技術を利用していました。
 
 しかし、輸入は9世紀に途絶え、暦法は、最後にその技術をつかんでいた公家一族の秘伝となりました。
 
 以来800年――
 
 ただ知識を覚えて使うだけの公家たちが、星々の観察と思索をおこなって「新しい暦法」を発明できるはずがなく……
 
 戦国時代をへて完全に武家社会となった江戸時代には、公家と武家の断裂・対立が顕著となったため、暦法は後生大事に「門外不出」を決め込まれました。
 
 さらにその大事な「暦法」すら、現実の天体現象とあわなくなって……
 
 
 多くの歴史家・歴史小説作家がいっていますが、歴史を俯瞰(ふかん:上からながめる)してみると、重大事件が発生するたびに、それをなんとかする事象・人物が確率以上に多くあらわれるものです。
 
 未曾有の大災難時に、そういった人物がまったく(といってよいほど)現れなかったのが、先の太平洋戦争であった、とは司馬遼太郎の言葉ですが、まあ、彼は、実際に戦争にかり出され、自分がブリキ製の戦車に乗せられて、あやうく死にかかったという体験が厳しすぎて、そういう発言をしたのでしょう。

 だって、それをいうなら、現場ではともかく、今回のゲンパツ事故も今になって振り返ると、トップ周辺は、口ばっかり達者な金儲けが得意の弁護士あがりのバカばっかりなように見えますから。
 
 いや、いまはコヨミの話ですね。
 
 その暦法が現実の天体運行と合わなくなった、しかし日本は鎖国中。

 
 いよいよ、日本独自の暦法が必要となった時に、渋川春海が登場するのです。
 
 春海を調べると、天文学者、囲碁棋士、神道家と書いてあることが多い。
 
 
 その春海が安井算哲であったころ、将軍や大名の囲碁指南役であった彼は、江戸城に登城(とじょう)する前に神社に向かったといいます。
 
 神社には、算術(数学)の難問を記した絵馬が掲げられていたからです。
 
 これを算額といいます。
 
 算額は江戸時代に花開いた文化で、人々は、神社や寺の境内で数学の問題を楽しむことができたのです。
 
 算哲はいわゆるプロ棋士でありましたが、囲碁のみならず、算術、そして算術をつかわなければ解き明かすことのできない天の理(てんのことわり:天文学)まで、その興味を広げていったのです。
 
 
 そこで、今回のタイトルです。
 
 囲碁が得意な人は数学も得意なのでしょうか?
 
 なんとなく合っているような気もしますが……多少なりとも囲碁をカジった身としては、囲碁は数学というより、経験の蓄積によって得た盤面のイメージを感じ取る能力、イメージング能力、もっといえば、盤面の審美眼を培うゲームのように思います。
 
 囲碁では、よくイロが悪いだとかいいますしね。
 
 「なんだか、このあたりが気持ち悪い」なんて言い方は、軍略図から発展した将棋では生まれない表現でしょう。
 
 しかし、こと、ボードゲームのプログラミングから考えれば、なんとなく当たっているような気がします。
 
 終盤100手の全てを試す総枝刈法(そうえだかりほう)や、確率の概念を取りいれたモンテカルロ法など、現在のボードゲーム・プログラムは、「終盤13手総枝刈法」でスゴイソフトが生まれた!と感動した、黎明期の森田将棋プログラムをリアルタイムで知っている身には、まったく別世界です。
 
 そういった、数学理論や統計学までも取り込んでまで、ボードゲーム思考プログラムを強くしようとするなら、数学的なセンスが必要なのはわかるのですが、人間が囲碁を考える方法と数学思考のプロセスが似ているとは思えないのです。
 
 個人的な結論としては、数学脳と囲碁脳は別、ということですね。
 
 
 しかし、こと天体学と、それを用いる暦法については全く別です。
 
 速度を変えながら真円(まんまる)でない、楕円軌道上を動く多くの物体(太陽系の見える惑星だけで十個足らず)、それらの位置関係を実際にそこに行かずに計算で求めるのです。
 
 それは、もうほとんど純粋数学に近いものですから。

 ああ、ところで、みなさんは、速さと速度が違うことはご存じですね。
 
 一般生活では「同じ意味」でよいのですが、物理学で用いると「速さ」は単位時間に動く距離のみをさして、「速度」は、向きを含めて考えるのです。

 だから、円の上を10km/時でクルクル運動している球は、一般的には「速さ」も「速度」も同じですが、物理学の文脈で話す場合は、「速さ」は一定ですが、「速度」は時々刻々変化していると考えます。
 
 
 閑話休題――
 
 天体学は数学と切っても切れない関係がある。
 
 だから、数学が好きで、日々神社に出向いて算額の問題を楽しむ算哲の「数学的」才能を見込んだ老中たちから、新しい暦法づくりを命じられるのですね。
 
 江戸幕府の地盤固めをする上でも、公家に独占されていた暦作成の権利を朝廷から取り上げる必要もあったのでしょう。
 
 やがて、算哲は最新の暦研究と独自の観測・計算に基づいて「大和暦」を作りあげます。
 
 

 その、若き算哲の「恋と友情」を描いた冲方丁(うぶかたとう)氏原作の映画化「天地明察」が、来る九月に公開されます。
 
 さて、どんな作品に仕上がるのでしょうか。
 

 と、その前に、6日の朝には、もう一度、珍しい天体現象が発生しますね。
 
 金星が太陽を通過するのです。
 
 さあ、太陽観測グラスを用意せねば……
 
 
 
p.s.
ところで、いったい、いつから天体現象を「天体ショー」なんて下卑た呼び方にしてしまったのでしょうか?
 
「ショウほど素敵なビジネスはない」でしょうが、あれは人が演じてこそのもの。
 
 細かいかもしれませんが、厳密に数学で裏打ちされている天体現象を、ショー扱いするのはやめてほしいものです。

 またNHK先導か?

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