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2012年6月

2012年6月30日 (土)

いい奴ほど先に逝く ~オレンジ:日隅一雄氏追悼~

 戦場で死なないために、どうすれば良いと思いますか?

以前に、自分の作品で使うために、いろいろ集めたことがあります。

いわゆる、死亡フラグの立つ条件というやつですね。

 ほとんど冗談の域ですが、案外、現実的にもありそうだな、というのが並んでいます。

 いくつか列挙しましょう。

・故郷の話をしない
・恋人の写真を仲間に見せない。
・将来の夢を語らない
・出撃前に恋人にプレゼントを渡さない
・手紙も渡さない
・指輪なんて論外、死にたいのか
・息子や恋人がくれたお守りを持たない

さらに――以下の言葉を決していわない。
・「やれやれ、助かったな」
・「大丈夫だ」
・「先に行ってくれ」
・「後から必ず行く」
・「すぐに戻る」
・「やったか!?」はNGワード。

 そして、冗談みたいな上の条件以上に、本当に、現実的な死亡フラグ(と、よんでいいのか)が存在します。

かなり高確率の傾向で、

 「いいやつほど先に逝く」

という法則があるのですね。

 弁護士の護士の日隅一雄(ひずみ・かずお)氏が、去る12日に亡くなりなりました。
 享年49歳。


 遅ればせながら、彼への追悼を述べたいと思います。


 日隅一雄、1963年生まれ。
 京都大学法学部を卒業後、サンケイ新聞社を経て、弁護士に。

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                   東京新聞より

 わたしが彼を知ったのは、おそらく多くの方同様、昨年の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の際に、連日、というか、ほぼ泊まり込みで会見に望み、2011年4月4日深夜には、(貧乏なため日隅氏が助けていたらしい)木野龍逸氏と共に、「放射能汚染水1万トンの海洋投棄の責任者は武藤(ムトゥ)栄副社長だ」という言質(げんち)を東電広報からとったシーンを、連日視聴していたニコニコ生放送で観てからです。

 その時着ていたウインドブレーカーの色より、ニコニコ視聴者から、「オレンジ」の愛称で呼ばれた彼は、自身でもその呼び名を気に入っていた、と言われています。


 以来、彼の出る番組をチェックし続けるうち、五月過ぎに、ある放送での、

「日隅さん、体調を崩されたそうで」
「なんか、力が入らないんだよね、と木野くんに言っていたら、トイレで真っ赤な血を流してしまったんです」
「大丈夫ですか?」
「しばらく会見には出られませんが、大丈夫です」

 という会話から、彼が、かなり重い病気に罹(かか)ったことを知りました。

 今になって、それが末期の胆嚢ガンであったことを知ったのです。


 一般的に、ガンは十年足らずの時間をかけて、徐々に大きくなっていきます。
 
 であるなら、この、東電記者会見泊まり込み取材が、直接の病魔の原因ではないと思いますが、それでも、この無理がなければ、これほど急激な病状の悪化はなかったと思うのです。

 今も、ニコニコに残っていると思いますが、この取材は、彼にとっては戦場でした。



 そこで、先の言葉です。

 戦場では、「いい奴ほど先に逝く」

 だから、日隅氏は、先に逝ってしまった。

 悪い奴は残っているのに。


 わたしなどは、こと志とは異なり、周りの人間多くに迷惑をかけて生きていますから、「先に逝く」ほど「いい奴」ではないとは思うのですが――

 ああ、戦場では、もうひとつ死ぬ条件がありますね。
 これもかなり高確率で真理です。

 それは、

「運の悪い奴は先に死ぬ」

 これなら、わたしも当てはまりそうですがね。


 とにかく、戦場を、華々しく一騎駆けして散ってしまった日隅一雄氏のご冥福をおいのりします。

 個人的には、地味でも良いから、ゆっくりと生きて欲しい人でありました。


p.s.
 もちろん、彼も完璧な人間ではありません。

 長らく民主党を応援し、民主党になれば、多くの問題が解決するとの意見を主張したものの、管政権以降は政府批判を強めるも、以前の政権擁護については発言がないなどと、批判を受けることもありました。

 個人的には、イイワケするより、行動で示したほうがよい、というのが彼の考えであったのだと思うのですね。

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2012年6月29日 (金)

に、なれなかった人たち

 世の中には、~になれなかった人、というのが結構いますね。

 たとえば、有名ドコロでいえば、ビートルズになれなかった男、ピート・ベストです。

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 彼は最初のメンバーで二年間ドラムを担当していました。
しかし、デビュー直前にクビを言いわたされて……
そして、代わりは、なぜかあのオンチでリズム感並以下のリンゴ・スター。

 まだ存命中の彼は、クビになった理由を話したがりませんが、当時売り出してくれた敏腕プロデューサーが、32歳の若さで謎の死を遂げているのも、ちょっと気になりますね(暗殺説もある)。

 昨年だったか、リバプール郊外の新設道路に、彼の名を冠した「PETE BEST DRIVE」が新設されて話題になりました。

 彼が一番大物でしょうか?

 次は、クイーンになれなかった男、ティム・スタッフェル。

 クイーンは、もともと1968年に結成された「スマイル」というバンドでした。

 ドラムのロジャー・テイラーとギタリストのブライアン・メイは、創設当時すでにメンバーとなっていましたが、そこへ加入したのがティム・スタッフェル(ベース、ボーカル)でした。

 ところが、何があったのか、1970年に彼はスマイルを抜けてしまいます。

 彼が抜けたあとで、フレディ・マーキュリー、ついでジョン・ディーコンが加入し、クイーンが誕生するのです。

 こうしてみると、彼の場合は、~になれなかった男としては、ちょっと不完全ですね。

 あと、珍しいところでは、女性グループで、キャンディーズになれなかった女、太田裕美!

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          この写真はこちらのサイトから転載させていただきました。

 スクールメイツの優秀生8人がキャンディーズ応募したものの、もとから仲のよかった三人がメンバーになり、太田女史は落ちてしまったのですね。

 あと、SMAPの場合は、~をやめてしまった人、森 且行氏がいますね。

 そして、昨日(2012.6.28)、ドリフターズになれなかった(ならなかった)男、小野ヤスシ氏が腎盂(じんう)癌のため亡くなりました。

 彼は、ドリフの前身である「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」のメンバーでした。

 桜井輝夫の脱退後、リーダーの座を譲られた、いかりや長介と対立し脱退したのは有名ですね。

 しかし、バラエティに役者にと、忙しく過ごした人生は、決して、ドリフになれなかった男ではなく、充実したものであったと思います。

 って、だからドリフに「なれなかった」んじゃなくて「ならなかった」の!

 なれなかったのは「すわ 親治」氏ですからね。


 享年72歳。ご冥福をお祈りします。

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2012年6月28日 (木)

杖つき童子 ~ノルディック・ウォーキング~ 

 世の中に、ノルディック・ウォーキングという運動があることを、今日、新聞で知りました。

 今回は、その記事から引用しつつ、わたしの考えを述べようと思います。



 「ノルディック・ウォーキング」とは、クロスカントリーのように、杖(ポール)をついて地面を歩く運動です。

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                  28日付毎日新聞夕刊より

 なぜ、平地でポールをついて歩くのか、というと、もともとは、身体にトラブルを抱える人々のための運動だからです。

 登山では、いまや、ポールの二本突きは常識ですね。

 以前、もう十年少し前になるでしょうか、まだ杖を一本しか使わなったころに、海外の記事でそれを知ったわたしは、特に体力的に必要もなかったのですが、さっそく、ポール二本で北アルプスに出かけたのです。

 すると、多くの老人(おもに男性)から、

「若いのに、二本も杖をついて大層なことだよ」

と、妙に非難めいた言葉をかけられ、釈然としなかったことを覚えています。

 山好きのかたはご存じのように、それから数年もしないうちに、老人のほぼ全員、若い人も、夏の表銀座などを歩くときにはポール二本突きが当然になりました。

 あの時、わたしに向かって皮肉をいった老人たちも、今はポールを二つ突いているはずです。

 彼らが、あのときの言葉を、いったいどう思っているのか知りたいところですが、おそらくは加齢による物忘れと、「いわれた方は覚えているが、いった方は覚えていない法則」のために、すっかり忘却していることでしょう。

 などと、自分が執念深く根に持つタイプであることを、さりげなく示しながら話を続けましょう。

 ノルディックウォーキングは、クロスカントリー選手の夏のトレーニングを参考に、簡単な歩行運運動にしたもので、フィンランドで発祥しました。

 ポールを使うことで、下半身だけでなく、全身の90%の筋肉を使うことになるそうです。

 エクササイズ効果が通常のウォーキングより高い一方、膝や脊髄への負担は少なくなります。

 日本ノルディック・ウォーキング連盟という組織も生まれ、指導員の登録数は2009年から急増し、いまや1500人に達するそうです。

 身長に合わせてポールの長さを加減し、身体に負担の少ない「ディフェンシブ・スタイル」で歩くと、椎間板ヘルニアなどの持病をもつ人でも比較的楽にあるくことができる。


 本ブログをお読みの方ならご存じなように、わたしは「(過度の)運動は身体に悪い」を標榜する人間です。

 先日も、ジョギングや(長時間の)筋トレは、副交感神経に緊張を強いて、身体バランスを崩しがちになり、「結局は寿命を短くしてしまう」ため、健康のためにはウォーキングをすべきだ、という研究発表もなされました。

 簡単にいうと、ガンバラネバ、と無理に自分を奮い立たせて精神的緊張を続けると、心肺機能やカロリー消費の効果はともかく、交感神経と副交感神経の切り替えに問題が生じるために、結局命を短くしてしまう、というのですね。

 わたしは、もともと自転車派の人間ですので、以前は、毎日、坂道を十数キロ走ることを日課にしていました。

 しかし、数年前から、一日五~六キロ歩くことを日課にしています。

 自分の身体の動きと呼吸を意識しながら歩くと、歩行という行為が、いかに奇跡的な連動運動であるかを実感します。

 また、適度に歩くと思考もまとまります。

 哲学者の小径で西田幾多郎が思索したように(というのは大層ですが)。

 ですから、身体に不調があるからといって、歩く、という行為から遠ざかるのはもったいないのです。

 その意味で、この「ノルディック・ウォーキング」、膝や腰や背中が痛くて、「歩行」をしなくなった人にも適していると思います。


 ※ディフェンシブ・スタイル
 手首をあまり動かさないように意識して、肘を腕から前に出すようにしてポールを地面に垂直に突き、それに合わせて手と反対の足を前に出す。
 姿勢を正して顎をひき、前方遠くをみるのがコツ。

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英語を話すこと=グローバリゼーション―なのか

 楽天が社内で使用する言語を英語にする、つまり「英語の公用化」を行うことは、すでにご存じの方が多いでしょう。

 ひと言でいうと、東京品川にある楽天タワー内で行われる会話は、ちょっとした打ち合わせであろうと会議であろうと、全て英語で行う、ということです。

 三木谷社長の強烈なリーダーシップ(というかゴリ押し)で実現した方針でしょうが、社員は大変だろうなぁ、と同情してしまいます。

 部長職はTOECの780点(だったかな)が必須だとか。

 英語の苦手な人には、なかなか辛いものがあるでしょう。

 三木谷氏自身は英語が話せるし、米国で暮らした経験から「英語で話すのがアタリマエ」の生活を知っている、のでしょう。

 もちろん、海外で外国語を話して暮らすのは当然であるし、タイ、インドネシア、マレーシアなど、アジアなどで英語と違う母国語を使っている国であっても、外国資本の会社などでは、社内で英語を使いつつ円滑に業務をこなしている企業もありますしね。

 第二母国語が英語である国も多いですから。

 それから考えれば、たとえ、その身は品川にあっても、意識は直接英語文化圏と直につながるという意識は、企業の「グローバル化」には大切かもしれません。

 何人かいる、外国からスカウトした社員も、取材に「英語化がうれしい」と答えていました。

 そのように、「海外からの人材雇用が容易になる」のが利点ですね。

 ついで、もし、海外がビジネスのターゲットなら、「海外市場の開拓が容易」にもなります。

 かつて、日本が世界を席巻(せっけん)した自動車、家電などのモノツクリ、「製造業分野」なら言葉より製品の品質で売り込めたでしょう。

 しかし、サービス業となれば、言葉によるコミュニケーションは不可欠です。

 だからこその英語公用化――

と、ここまでは、公用化の良い点でした。


 これからそれに反論します。

 まず、上と同様の理由で、わたしは、楽天の英語公用化は「絵に描いたモチ」となる可能性も高いと思うのです。

 サムスンが、製造業ながら海外への販売が85%を越えているために、新入社員にTOEIC800点を課しているのはわかります。

 しかし、楽天の海外取り扱い率は、1%(海外の企業買収除く)にしか過ぎないので、グローバル化の先取り、というには、あまりにはやりすぎているように思うのですね。

 なによりの問題は、「英語を話せる人材を使う」→「企業がグローバルな視点をもつ」というのが大いなる勘違いだということです。

 わたしたちがコドモのころは、「英語を話せてこそ世界人」みたいな考えが世にありました(幼児英会話教室の人気からすると今も同じですか?)。

 でも、英語を理解するようになったところで、当然ですが「世界に通用する人間になる」わけではありません。

 ただ、英語文化圏の人間と話しができるだけです。

 洋画をなんとなくぼんやりと観ることができて、翻訳前のペイパーバックを読むことができる、あるいは下手くそな翻訳家の、頭が痛くなるような珍訳を読まなくて良い、その程度です。

 学生時代、原仙作(ハラセン)の英文標準問題精講などで、当時の知識人の英文などを読まされ、

「その国の言語を学ぶことが、その国とヒトを知ることだ」

的な知識を詰め込まされましたが、実際は、そんなに単純ではありません。

「英語を話すこと=グローバリゼーション」という考えそのものが、「視点がグローバルでない」人間のすることです。

 三木谷氏が曲がりなりにも成功したのは、彼の努力と運があったからです。

 その後の外国企業買収も、英語が話せたからできたわけではありません。

 言葉はあくまで道具です。

 その「道具を目的化」してしまうと、企業経営も危うくなるような気がするのですね。

 本当に、その企業にエイゴが必要なら、その時に企業体質を変えれば良いのです。

 と、まあ、ここまでは何というか、精神論です。

 今回、わたしが書きたいのは、精神論ではなく、もっと具体的に「英語なんて勉強しなくていいよ」という理由です。

 昨今の、音声認識、解析、自動翻訳の進歩には、目ざましいものがあります。

 iphoneのsiriや、そのマネをしたコンシェルジュとかいうものや、音声翻訳サービス自体も存在します。

 もちろん、その能力はまだまだです。

 しかし、数年前までの、翻訳、音声認識の程度を考えるとここ数年進歩はすさまじい。

 技術の進歩は、原子・分子レベルでは難しいものです。

 たとえば、ある物質から放射能を除去したり、バッテリーの貯電量を飛躍的に上げたり、太陽光発電で発電効率を高めたり……

 ロボットにおけるアクチュエータ(動力部)も、その開発は難しいでしょう。

 しかし、ことソフトウェアの絡(から)んだ部分、たとえばロボットの制御プログラム、音声認識プログラム、翻訳プログラムなどは、コンピュータの演算速度の飛躍的な進化と相まって、まだまだ多くの「伸びしろ」があります。

 小さな携帯マシンに、それらの能力を求めるのは不可能でしたが、さきのsiriやコンシェルでわかるように、携帯端末から、中央の巨大なマシンに音声を「転送」して、音声認識、翻訳処理をするなら、手持ちのマシンに高性能を求める必要がなくなるわけです。

 極端にいえば、持ち歩くのは携帯電話だけでいい。

 この、「音声データの中央処理システム」が爆発的に広がりつつある現代です。

 近い将来、いやほんのあと数年で、外国言語ほぼ同時通訳も夢ではなくなると思います。

 ならば、ビジネスマンは、言語習得に余計な時間を割かずに、もっとビジネスに直結した勉強をするほうがよほど有益です。

 実際、マシンなしで英語が話せなければならないのは、ちょっとでも良い機械を持っていたらすぐに盗まれる、貧しい発展途上国の安宿を独りで旅行する時くらいでしょう。

 インドで知り合った、長期滞在の日本人は、ほぼ全員がカメラとビデオカメラを盗まれていました。

 個人的な予想ですが、近い将来、外国語習得に関して、人々の考えは二分化すると思います。

 ひとつは、携帯端末に翻訳をまかせて、外国語の習得を放棄する人々。

 もう一つは、ステイタスとして外国語を話すように努力する人々。

 付け加えると、全てを記録される可能性のある自動翻訳を嫌って、なんとか自力で外国語を話そうとする人や企業も若干存在するでしょう。

 気になるのは、もうすでに「実用になる翻訳装置」ができつつあるのに、あるいは、しばらくして実際にそれができたとしたら、それでも自分の能力だけで語学を学ぼうという人はどれくらいいるか、です。

 今は、ジュニア向けの英会話教室、あるいは大人向け・シニア向け英会話教室などが、まだまだ勢いをもっていますが、その頃には、そういった語学教室は急激に没落する業種となってしまうかもしれません。

 だって、皆さん、もっと簡単な方法があるのに、わざわざ苦労はしないでしょう。


 個人的にいえば、それでよいと思います。

 知り合いに、英語が「できる」(できるってのはどういう意味でしょうかねぇ。昔から不思議でした)という能力で、いち早く外国の論文(まず英語で発表される)を翻訳するだけで、ひとかどの教授と呼ばれていた人がいました。

 真面目に研究を続ける他の教授を尻目に、羽振りよく外車を乗り回す彼を、わたしはあまり好きではありませんでした。

 もっとも、昭和の時代には、そういった「ホンヤク教授」という人種は多かったのですね。

 経済学者などは、ほとんどそうであったらしいと聞いた覚えがあります。

 ネット社会になり、自動翻訳がかなり進んだ現在(英語を話す日本人も、昔より多くなっています)、そういった翻訳だけで身をたてる研究者が少なくなったことは、個人的に大変うれしい。


 それはさておき――

 わたしが不思議だったのは、こういった時の流れを、よく知っている業種のはずの楽天とその社長が、いまさら肉弾英会話を社員に求める理由です。

 「ビジネスの真剣勝負の場所」では、そういった翻訳装置ではなく肉声で直に話さないとダメだ、とでも思っているのでしょうか?

 もし、そう思っているなら、よほど彼らの視点は、グローバルではないのでしょう。

 それが良いか悪いかは別として、いまや、ほとんどの企業で「Eメールによる業務報告」などの、仕事に直結した書類のやりとりが行われているはずです。

 仕事においては、言語はただの道具です。

 外国の恋人に「ウォーアイニー」や「イッヒリーベディッヒ」と告げるなら、肉声であるべきでしょう。

 しかし、それ以外なら、来るべき「進化を遂げた自動翻訳」で充分です。

 だいたい、英語が苦手な人間に、無理矢理勉強させて使わせても、間違った意思疎通がなされて、会社に被害を与える可能性があるじゃないですか。

 いい加減な人の記憶より、よほど機械翻訳の方が正確です。


 最後に面白い話をひとつ。

 新宿にある中堅ベンチャー企業が、楽天に先駆けること二年前に英語公用化を行ったものの、

『勘違いの結論でGOを出して結果的に損失をだす』

という社員が続出したため、今は、部分的英語使用に留めているそうです。

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2012年6月26日 (火)

栄枯盛衰世のならひ

 NOKIAが、アブナイことになっていますね。

 皆さん、おそらくご存じのあの携帯電話の「ノキア」です。

 14年にわたり、世界規模で「売り上げ一位」を誇っていましたが、Samsung社に一位の座を奪われただけでなく、その経営すら危うくなっているのです。

 決して、NOKIAの初動は遅くありませんでした。

 2002年に、最初の『Symbian S60』搭載スマートフォンを送りだし、その後5年は、無事に業界をリードしていたのです。

 しかし、安易な表現で申し訳ありませんが、NOKIAの不幸は『天才』がいなかったことです。

 秀才は数多くいたのでしょうが、天才が。

 2007年、ジョブズが、いやApple社が「iphone」を発売して、「スマート・フォンの定義を変えた」ために、iphone以外のすべてのスマート・フォンは「時代遅れ」で「スジの違った」多機能電話に成り下がってしまったのです。

 かたや、Samsungは、ただちに「iphone」を参考にスマート・フォンを開発し、市場に参入、五年後にトップの座についたのです。

「市場でリーダー的地位にあるときは、変化にすばやく対応することが、より難しくなる」のですね。

 日本では、シャープやソニーが液晶テレビで同様の失敗をおかしました。

 Samsungのすごい点は、Android端末だけでなく、Windows端末にも対応し、さらに、独自プラットフォームのBadaまで開発したことです。

 単に、自信がなかったから安全策をとった、といえばそれまでですが、自分の才能に完全な自信がなければ、セカンドプラン、サードプランをとるのは当たり前です。

 多くの作家が、勤め人をしながら作品を応募してデビューするのと同じですね。

 NOKIAのもうひとつの失策は、低価格への対応を怠ったことです。

 日本人なら、性能面よりも、価格面で、日本の液晶テレビが韓国勢に遅れをとったことをご存じでしょう。

 同様のことは、携帯電話業界でも起こっていたのです。

 しかし、歎くことはありません。

 タイトル通り、栄枯盛衰は世のならい、トップからすべり落ちた時こそ、次のステージへ向けての用意の時間です。

 人も企業も国も、うまくいっている時は、その本当の真価がわかりません。

 しくじって、滑り落ちて、誇りが折れてしまった時に、真価がわかるものです。

 いや、本心をいうと、自分が打撃に弱いという自覚があるなら、なんとか折れるような事態をさけて生きていくという選択をとること自体が、その人の真価であり、ベストな人生であり、生き方かもしれない、という一抹の考えはありますが……

 話はかわって――

 松下、いやパナソニックが、創始者、松下幸之助が、初期の頃に販売した「二股」ソケットが「人」の形に似ていることから、

「最初からヒトだった」

というキャッチフレーズを使っていたことがあります。

 いかにも創業社一族にゴマをする感じのする、ノートパソコン「ヒト」の発売も恥ずかしかったなぁ。

 あ、でも、ソニーも、コドモだったころの松田聖子を広告塔に使ったMSX!パソコン「ヒットビット」(「人々のヒットビット」という恥ずかしいキャッチフレーズだったなぁ)を出していました、これはどういうことなのか……

 ともあれ、わたしは、創業者の志(ココロザシ)は、その初期から「カタチ」にあらわれる、といいたかったのです。

 さて、いま、ヨーロッパの信用不安では、ギリシア同様、スペインにも火が付きかけています。

 その大きな理由が、スペインの銀行大手、Bankiaがアブナくなっているからです。
 (バンキア親会社のBFAは、2011年に33億ユーロの赤字)

 なにせ、政府に、190億ユーロもの救済資金を求めているらしいですから。

 不謹慎ながら、はじめにそのニュースを聞き、映像を見たときに、ああ、なるほど、と思ってしまいました。

 だって、

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 最初から、傾いているじゃないですか。

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2012年6月25日 (月)

思いこみ地名列挙

 ある記事を読んでいて、「その人に教養があるかどうかは、スイスの首都を訊けばわかる」という意見がありました。

 そして、どうやら、わたしは、自分に教養がないことを知ってしまったのです。


 昔から、そこに出かけて行かない限り、地理、というか地名にはあまり興味がわきません。
 興味がなければ、しっかりと覚えることもできないわけです。
 モチロンイイワケデスガ。


 少なくとも、スイスの首都がチューリッヒでないことはわかりますが、スイスで興味があるのは、サンモリッツだけなので首都がわからない。

 調べてみると「ベルン」でした。

 記憶の端っこには入ってますが、すぐにで出てきませんねぇ。


 だいたい、ドイツの首都は?と考えたら、最初に出てくるのはボンですから。

 キャンディ・コーティングされたガム「チューイング・ボン」の、唇だけが画面に浮かんで「ボン」とつぶやくテレビCMとともにね(1965年にカネボウハリスから発売されて大ヒットしたお菓子です)。

 なんか、世界の有名ドコロと、その国の首都というのは、ほとんど違うのですね。

 国名が首都になっている国も少ないし。

 ブラジルの「ブラジリア」のように、高所に無理矢理つくった近未来都市は別として。

 もちろん、国名と首都が違っても、有名でわたしでも知っている地名はたくさんあります。
 たとえば、ポルトガルの首都リスボン、レバノン共和国のベイルート、アイスランド(共和国)の首都レイキャビク、アイルランドの首都ダブリン、アルゼンチン(共和国)のブエノスアイレス、ウクライナのキエフ、オランダのアムステルダム、カンボジアのプノンペンなどなど。

 ただ、訪れたことがなければ、オーストラリアの首都も間違いやすい。

 メルボルン……じゃなくてキャンベラですね。

 頭の中に、あの「ウォルシング マチルダ」が流れても、首都は間違ってしまう。

 トルコはイスタンブール――ではなくて「アンカラ」です。


 いっそ、グアテマラ(共和国)のように「グアテマラシティ」にしてくれたほうが分かりやすいですね。

 メキシコの「メキシコシティ」とか。

 あるいはモナコ公国の「モナコ」とか。


 もっとも、その国で、なにか印象的な事件があれば、覚えるのはさほど難しくはありません。

 たとえば、

 カタールのドーハ(ご存じドーハの悲劇)
 ザイール共和国のキンシャサ(モハメド・アリのキンシャサの奇跡)
 フィンランドのヘルシンキ(オリンピックが印象的)

など。



 だいたい、国内の地名と県庁所在地すら怪しいのに、諸外国の首都の話などするべきではないかも知れません。

 一応列挙すると、
 
青森、秋田、山形、福島、千葉、東京、新潟、富山、福井、長野、岐阜、静岡、京都、大阪、奈良、和歌山、鳥取、岡山、広島、山口、徳島、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島

が、県名と県庁所在地が同じ。

 違うのは、

 北海道―札幌
 岩手―盛岡
 宮城―仙台
 茨城―水戸
 栃木―宇都宮
 群馬―前橋
 神奈川―横浜
 石川―金沢
 山梨―甲府
 愛知―名古屋
 三重―津
 滋賀―大津
 兵庫―神戸
 島根―松江
 香川―高松
 愛媛―松山
 沖縄―那覇

の17ですね。

 最大の問題は、埼玉県の県庁所在地「さいたま市」をどちらに分類するかです。

 こうやって見てみると、地名は、そこでの生活を想像できないと、つまり実際に足を運んで、そこの空気を吸わないと、記憶に定着させることが(わたしには)難しいことがわかりました。

 上の地名でも、自分で出かけ、何日か過ごした場所は、はっきりと覚えていますが、それ以外はあやふやですから。

 本来の『教養』、知識とはそれではいけないのかも知れませんが。


 ともあれ、国内はともかく、外国へは、これから死ぬまでに、いくつの国へ足を運ぶことができるのか、寂しくもあり楽しみでもあります。

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2012年6月24日 (日)

ソウルフード!

 新聞を読んでいて、「僕のソウルフード」という表現にいきあたり、はたと頭(こうべ)を挙げて考え込んでしまいました。


 まさに、李白の「静夜思」(せいやし)の気分です(ウソ!)

 あれは、

   牀前看月光
   疑是地上霜
   擧頭望山月
   低頭思故郷

  (訳)
     牀(ベッド)前   月光を看る
     疑うらくは    是地上の霜かと
     頭を挙げて    山月を望み
     頭を低(た)れて 故郷を思う

 という、わかりやすさ一番で、彼の詩の中でも、一二を争うほどわたしのすきな作品ですから。


 いや、今はソウルフードの話です。


 だいたい「僕のソウルフード」っていうのがおかしいでしょう。

 ソウルフードはひとつなのに……


 わたしの記憶が正しければ、ソウルフードとは、今ではアフリカ系アメリカ人と名前を変えた米黒人たちが、奴隷制時代に作り上げた、新大陸での「新」郷土料理だったはずです。

 激しい労働の下(もと)、(アフリカにはなかった)見知らぬ食べ物しかない大陸にあって、なおかつ満足な肉も野菜も与えられなかった彼らは、支配者階級たちが「不要なもの」として捨て去る、野菜(ビートやカブやタンポポ)、肉(ブタの耳や頬肉など)、あるいは、本来食用とされていなかった植物の茎や根を材料として、新しい料理を作りあげました。

 また、南北戦争後の南部では、人種によらず、貧しい階層の人々は、やはり安く手に入る食材を使って料理を作り、それが1960年代半ばの公民権運動によって「ソウル」フードと名付けられたのです。

 いや、そのはずでした。


 しかし、どうやら、新聞の人物のいう「ソウルフード」とは、そういった歴史的経緯など全く無視した、単語の意味からだけの「魂の食べ物」=「自分の生まれ育った環境と深い関係の食べ物」の意味のようです。

 まあ、確かに、ギリシア人の一部が、日本人にとっては異臭だと感じるような「独特の香り」がするオリーブオイルを好んだり、インド人の使うガラムマサラも、わたしが現地で嗅いだ感想は、なんだか生臭かったように思いました(貧乏な場所ばかりにいたからからもしれませんが)が――

 香りだけでなく、そういった、本来ならちょっと避けたいような「味と香り」を持つ食べ物なのに、自分にとっては、幼児期の記憶・人生の原体験と相まって、「つねにその味に戻りたくなる」のが、ソウルフードの新しい意味のようですね。


 シャカ王ゴータマ(ブッダ)は、二十日間におよぶ断食のあと苦行を断念し、最高の乳粥(ちちがゆ)を村娘スジャータの手から受け取り食しました。
 あるいは、その粥が彼のソウルフードとなったのかもしれません。

 なんせ、逸話として残っているぐらいですから。

 その後、ピッパラの樹の下で、ゴータマはブッダになるわけです。



 ちなみに、スジャータが、いかにして最高の乳粥(というよりミルク)を作りだしたかというと、これが面白い。

1.1000頭の雌牛を育て、500頭の牛に乳を飲ませる。
  そうすれば、その500頭の牛は、「二倍の濃さのミルク」を出すようになる。

2.その500頭の牛のミルクを、250頭の牛の飲ませ、
  さらにそれから出るミルクを125頭の牛に飲ませ、
  その次は63頭、次は32頭、16頭、
  そして最後に残った8頭から絞ったミルクこそが最高のミルクだというのです。

 せっかく数字に強いインドなのだから、初めを1000頭の牛で始めずに、1024頭で始めれば、綺麗に2で割り切れたのに、と思うのはわたしだけでしょうか?

 1024-(半分)→512-(半分)→256-(半分)→128

 -(半分)→64-(半分)→32-(半分)→16-(半分)→8(→4→2)


 ちなみに、1024とは二進数で言う1kバイト、2の10乗のことです。

 最後を八頭にしたのは、あまりに濃いミルクだと、牛の健康を害する危険性があったからでしょうか?



 大阪大正区の居酒屋「クラスノ」の主人は、戦後クラスノヤルスクで抑留され、帰国後、その時の絶望的な空腹・飢餓感を満たすための安い食堂を作ろうと志し六十余年。今も、安くうまい料理を作り続けています。

 おそらく、彼にとっては、食べ物全てがソウルフードなのでしょう。

 参考ブログ

 というわけで、今日はふたつのソウルフードの話でした。


 みなさんのソウルフードは何ですか?

 わたしのソウルフードは、 豚の鼻面、唇、耳などを刻んで煮込み、煮こごりごと冷まして固めた、豚のヘッドチーズ (Hoghead cheese)……(ウソです!)

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アース・ノッカーズ (ラジオドラマ原作:PDF)

 ラジオドラマを先にアップして、これを上げるのを忘れていました。

 遅ればせながら掲載させていただきます。

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 子供の頃から、なぜだか頭から離れない光景がある。

 それは、荒れ野の発掘現場。

 深く掘り下げた地面の下から、まばゆい光沢の、見たことのない機械が姿を現す。

 深く掘れば掘るほど、最新式の、新しいマシンが発見、発掘されるのだ。

 もちろん、そんな光景を実際に見たことはない。

 ぼんやりと橋にもたれて、河の流れゆく先を眺めている時などに、そういったイメージが頭に浮かぶのだった。

 故小松左京氏のホラー小説に「骨」という作品がある。

 ある男が、地面を掘る。

 初めは、恐竜の化石、ついで木簡、掘れば掘るほど見つかるものが新しくなって、ついに彼は、自動車の部品を掘り当て、地面の外に出る。

 そして知るのだ。

 自分がとうの昔に死んでいる亡者で、地面の底から地上にむかって穴を掘っていたことを。

 おそらくは、子供の頃に読んだ上記作品が引き金となって、初めに書いたような、奇妙なデジャヴュ(ともいえないが)が頭に浮かぶのだろう。

 差し障りがあればお詫びするが、わたしは昔から「考古学」の発掘現場というのが苦手だった。

 掘っても掘っても、出てくるのは、骨、貝、真っ黒になった木の板(木簡)、あげく見つかるのは、千年前のトイレの跡……

 もし、掘れば掘るほど、現代の人間に理解のできない未知の科学機械(オーパーツ)が出てくるなら、わたしは、なにを置いても、考古学の道に進んだに違いない。

 そんな、「地面の下に行くほど新しいマシンが出てくる世界」を舞台に、女ばかりの採掘集団アース・ノッカーズが経験した人類創世の話が、今回の原作です。

 これも来月にはラジオドラマになると思いますので、その時は、また音声ファイルをアップしようと思います。

 よろしければ、お読みください。

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2012年6月23日 (土)

まだ100年あまりのビッグイベント 近々開催!

 思い出せそうで、思い出せない名前があります。

 まったく、年はとりたくないものですが、まあ子供の頃から物忘れはひどいので、その点ではまったく昔とかわりがなく、ガックリするということもないのですが……

 えーと、確かグかクで始まる名前で――グーテンベルグ!

 いや、これは活版印刷だった。

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                                       ヨハネス・グーテンベルク



 ベ、ベ、ベ……ベーテン・パウエル!

 いやいや、これはボーイスカウトの創始者だ。

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                                 ロバート・ベーデン=パウエル卿

 グ、グ、グーテンモルゲン!

 ドイツ語のおはよう、だ。

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                                       ガウリン福氏のブログより
 

 グじゃなくて、「ク」だったかなぁ――


 ああ、思い出した。

 クーベルタン、クーベルタン!

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                                 クーベルタン男爵ピエール・ド・フレディ

 
 一般に、ピエール・ド・クーベルタン男爵と呼ばれ、「近代オリンピックの父」と称される人物です。

 ご存じのとおり、今年はオリンピックイヤーです。

 が、わたし自身は、あまりそのことには興味はありません。

 ですから、四年前に勃発した、

「オリンピックに向けてのテレビ大型化ラプソディ」

 などは、まったく理解できませんでした。


 東海林さだお氏が彼一流のギャク・エッセイでいうところの、

「ゆっくり行けばいいのに、人を押しのけてまで、早くそこに到着しようとする無駄な行為」

あるいは、

「人の嫌がることをし、選手も審判も、観客すら騙してまでも、ボールを取り合う下劣な行為」

を世界規模でやるだけ、とまでは思いませんが、まあそういった感想も多少はあるからです。


 だいたい、オリンピアード自体、オリンピュアの近くで3000年前から2500年まえに行われてはいたものの、その後ずっと廃れていたのを、かのクーベルタン男爵が突如思い立って、1896年に無理矢理「近代」を前に着けて再開したスポーツ大会に過ぎないわけです。


 廃れていた期間をいれたら3000年の歴史があることになりますが、実際に開催されているのは、わずか120年足らずなのですよ。明治以降のことです。

 なんか、こういうやり方に、フランス出身者らしさを感じますね。

 過去の遺物から引き継いだのだから歴史は3000年って、それって詐欺っぽいじゃないですか。

 第一回開催国をギリシアにしながら、いまだに第一公用語をフランス語にしているところなんかも含めて。


 資金をかき集めて無理矢理開いた第一回は、10日間ながら成功をおさめたものの、その後は、第一次、第二次大戦も勃発して、波瀾万丈の綱渡り開催ばかりです。

 だいたい、アテネの次の1900年、1904年のパリ・セントルイス大会は、同年に開催されたパリ万博の附属大会だったそうじゃないですか。

 冷戦を過ぎた1984年のロサンゼルス・オリンピックからは、今に続く「商業主義運動会」へと姿を変えてしまいましたし。

 オリンピックのショービジネス化です。

 その結果、本来のアマチュアリズムは影を潜め、

「オリンピックは世界最高の選手が集まる場所だから、アマチュアだけでは駄目だ」

 との考えの下、ついにバスケットボールやメジャーリーグから、プロチームの参加が許可されます。

 さらに、商業化したオリンピックは金になるために、候補地の選定にワイロが横行するようになってしまいました。


 東京の都知事は、まだ招致に金を使いたがっているようですが。


 そんなことでは、クーベルタンも土の下でサマランチ~(ゼニ儲け主義を加速したのは、サマランチ会長でした)。


 最後に、クーベルタンについての面白い話をひとつ。

 彼は、スポーツの祭典としてのオリンピックと同様、芸術競技の祭典としてのオリンピック開催にも熱心で、驚くべきことに、1912年の「第5回ストックホルム大会芸術競技」で、ホーロット&エッシェンバッハという偽名を使って文学部門に参加し、金メダルを獲得しているのです。

 考えてみてください、直木三十五が偽名で直木賞を受賞しますか?
 (もっとも、あれは応募しなくていいし、菊池寛が、早逝した直木三十五をしのんで作った賞ですから現実的には不可能ですが)

 そのへんにも、クーベルタンには「フランス人気質(かたぎ)」を感じてしまうのですね。

 あと、かの有名な名言、

「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」

 が、彼の言葉ではなく、聖公会のペンシルベニア大主教、エセルバート・タルボットの言葉を晩餐会で引用しただけなのに、なぜか彼の言葉として広まっていたり――

実際に彼自身が頭をひねって、イイコトイッテヤロウと、同じ晩餐会場で言った、

「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ、これこそがアスリートの義務であり、最も大切なことである」

が、すっかり忘れ去られていたり、と、本当に逸話に事欠かない人物であったようです。

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さらば愛しき魔女再び ~峰不二子という女~

 以前に、紹介した深夜アニメ「峰不二子という女」

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が、いよいよ佳境に入り、もうすぐ最終回を迎えます。

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 ワイルドで悪党のちょっと若いルパン、峰不二子を無垢の存在と勘違いし、あげくに女装までさせられる石川五右衛門、冷酷で権威主義的なエリート官憲(原作では東大を首席卒業)の銭形警部。

 第二シーズン以降のテレビシリーズ(赤ジャケットルパンです)と変わらないのは、相変わらず全てに甘い次元大介だけで、他は大幅なキャラクタ変更がなされた今回のシリーズは、思った通り賛否両論あるようです。

 もちろん、今回の作品は、原作の雰囲気を色濃く残した『大人向け』の作品ですから、それはそれでよいでしょう。

 ルパン三世という、巨大な作品群となったアニメ海に、一石を投じる意味では、悪くはない――が……

 「が」、です。ここからは個人的な感想に入ります。

 なんか違うんですよねぇ。

 峰不二子が、いわゆる性にだらしない女みたいに描くのはいい。
 誰かが書いていました。
 「若い頃なんだから、それぐらいやって、結果的に良い女になったんだろ」

 そりゃあ、そうでしょう。

 しかし、セクシーな描写が「病的なセクシー」だと気味が悪いんですねぇ。

 たとえば、緑ジャケットルパン(今回もそうですが):アニメ・ファースト・シーズンのワンシーン。

 峰不二子とルパンは、花畑で抱き合うと見せかけ、不二子はルパンの懐のワルサーを抜き、ルパンは不二子のスカートを引き上げて太もものホルスターに隠した銃を抜き、お互いの銃で、自分たちを狙う敵を撃ち殺します――ルパン三世の記念碑的なストーリー第三話「さらば愛しき魔女」でのシーン。

 この時のお色気は、まさしく直球の色気で、この回のヒロインが孤島に咲く花から生成される麻薬なしでは生きられない悲劇の「魔女」であることなど吹き飛ばすほどセクシーなシーンでした。

 「魔女」は病的でしたが、不二子のお色気は健康的なのですね。

 あるいは、峰不二子のかつての恋人で殺し屋のブーンが、不二子を奪いにくる「殺し屋はブルースを歌う」

 銃で撃たれ傷ついた不二子は、熱にうかされても色気があります。

 なぜならば、彼女の精神が(犯罪的ではあるものの)健全であるからです。


 なにが不気味かって、薬物などで精神を病んだ人間が剥き出しにする「歪んだ性欲」ほど不気味なものはありません。

 たとえば、麻薬で精神を蝕まれた女性が、薬の快感で身もだえしていたとして、それに色気を覚えるものでしょうか?


 よく「健康的なお色気」などといいますね。

 安易な表現であまり好きではないのですが、たしかに、お色気は健康的なほうがいい。

 翻(ひるがえ)って、今回の峰不二子を考えると、いやぁ、サイテーなほどに病的なんですね。

 子供の頃から、医療マフィアの実験施設で、麻薬の人体実験をされていた、というんですから、もう、どう判断したら良いのやら。

 あげく、自分と同じように、監禁され、虐待され、未来を奪われた(生きたアートにするべく全身に刺青をされた)女に対しては、近親憎悪のカタマリとなって、本当に殺そうと、「すわった目で」狂ったようにシュマイザー(古い?とにかくサブマシンガン)を撃ちまくるなんて。


 いったい、作者はどこから来てどこに向かおうとしているのでしょうか?

 いや、どこから来ているかはわかります。

 当然、アニメ、ファーストシーズンの先に紹介した「さらば愛しき魔女」から来ているのです。

 孤島の花から作られる麻薬、その人体実験にされた美しき魔女。もう、これ以外にないでしょう。

 だったら、パイカル(ファース・トシーズン第二話「魔術師と呼ばれた男」)出せや~

 と、大人げないこともいいたくなりますが……まあ、それはそれとして。


 かつて、作家の大藪春彦氏が、「ぼくは、固有名詞で女を語りたくない。たとえば、バルドーのような女、という表現は使いたくないんだ」と言っていました。

 まあ、わたしも、「誰々のような」という表現で、女性を描いたことはないと思いますが、それでも現時点で、五十代以下の道行く人に、ある女性を説明するのに、「峰不二子のような女」といえば、ほとんど一致した女性像が頭に浮かぶのではないでしょうか?

 それほど、峰不二子というキャラクターは、人々の脳に焼き付いている。


 なんだか、今回のアニメシリーズの女性監督の考えが、「これまでの不二子像を打ち砕き」「今まで誰も見たことのない不二子像を見せてやる」という点に向かい過ぎているような気がするのです。

 今まで誰も見たことのない、知らない峰不二子の「一面」なら、いくらでも見せてください。

 たとえば、逃走中に撃たれて傷ついたところを助けてくれ、かくまってくれた男が、今度は逆に病に倒れたので、若妻のようにかいがいしく世話をし、病が一段落して、男が感謝と愛のしるしに指輪を渡した時、やってきた追っ手を返り討ちにし……

「やっぱり駄目ね、わたしの手にはコルトの重みがしっくりくるもの。針とハサミより。でも、これでやっと退屈な奥さんの演技から解放されるわ。ああ、せいせいした」

 なんて憎まれ口を叩いて男のもとを去って行き――

 アジトに帰って「胸元から取り出した」指輪を眺めながら、「こんな小さなダイアの指輪は見たことがないわ」
 なんて鼻で笑いながら、一番大切な物をいれておく宝石箱の隅に放り込んで鍵をかける――

 なんて一面をね。

 だれが、クスリで幻覚三昧、人格操作までされ、金持ち伯爵のオモチャとしてスゴした人格破綻者の峰不二子を見たいと思うのでしょう。


 今回の峰不二子には、いまならHULUで観ることができる数少ない日本映画、松田優作の「野獣死すべし」(先に書いた大藪春彦の代表作です)を映画館で観た時の感想と同じ違和感を感じるのですね。

 その時、一緒に映画を観た友人(彼も大藪春彦の作品のファンでした)の第一声は、
「伊達邦彦も、とうとう精神病にされてしまったなぁ」

でしたから。

 あるいは――

 面白い話があります。

 男性は、片言で日本語を話す女性に好意を持ちやすい、というのですね。

 個人的には「言語不明瞭な人間」は苦手なのですが、意識して世間をみると、確かにそう考える人は多いようです。

 古くは欧陽菲菲やアグネスチャン、新しくは……知らないですが、片言の日本語で話す女性を好む男性は多い。

 それは、自分より不得意なものがある(この場合は日本語を話すこと)女性に対して、男性が簡単に優越感を持つことができるから、という理由らしいですが、本当なのかなぁ。

 どうもわたしにはよく分かりません。

 峰不二子に関しても、これまでの彼女は、パーフェクトな美人でした。
 頭もよく、時たま見せる、ちょっとしたドジさ加減も彼女の魅力を高めるスパイスにしか過ぎないほどの完成度。

 しかし、今回の不二子は、もう駄目です。

 精神はボロボロ、小娘(いや、実際、まだ若いのですが)のように、ぴーぴー、キャーキャー叫ぶだけで、個人的には、まったく魅力を感じません。

 しかし、人によっては、やっとフジコが自分の手の届くところまで降りてきてくれた、と感じる人もいるし、そう思わせるのが、今回の制作者の意図である……のかな、わからなくなってきました。


 もっとも、これまでの峰不二子も、宝石や現金、偽札の原板に目がないという弱点はもっていましたから、あまりかわらないかも――いややっぱり違いますね。


 最後にもうひとつ別な考えを述べて終わります。


 峰不二子を主役にした作品、と聞いて、最初に頭に浮かんだのは、「今の世の中で、それが通るの?」という考えでした。

 だって、ファーストシーズン以外の峰不二子像は、基本的に、セクシー女性キャラとしての役割だったでしょう。

 とにかく、視聴率を上げたければ、由美かおるの入浴シーンだ、的な。

 胸の大きく開いたドレスあるいは膝上30センチのミニスカートを見せるトルソーとしてのオンナ。

 そういった、かつてノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)が演じさせられた、本来の彼女の性格とは違う、精神を無視した肉体だけの存在、女性をただの快楽の道具としてあつかうヒロイン像は、現代女性からの共感は得られないでしょう。

 だったら、峰不二子を、自分ではどうしようもない子供のころの不運から麻薬患者となり、人生を蹂躙(じゅうりん)された悲劇もデッチあげ、その呪われた軛(くびき)を断ち切って自由に生き、逆に男を翻弄する「ガラスの顎を持つヒロイン」として描いた方が、イマフウだと。

 いやいや、まさか本作の監督は、そんな計算高いことをしていないでしょう。

 監督が女流だと思うと、すぐにこういうヨコシマな考えにいたるからいけません。



 まあ、最終回を観てみないと評価はできませんが、現段階の「峰不二子という女」を一言でいえば、

「『さらば愛しき魔女』の呪いから逃れられない不健康なヒロイン」

ということになりましょうか。

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JAF主催エコドライブ体験

 数日前、JAF主催の、エコドライブ体験に参加してきました。

 日本自動車連盟が、教習所を借りて、高精度の燃費計のついた自動車を実際に運転させて、どうすれば燃費が向上するかを教えてくれる催しです。

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 参加人数多数の場合は、抽選ということだったのですが、なんとか募集人員9名のなかに入ることができました。

 人数が人数だけに、座学(講義)の会場も、こんなこじんまりした所です↓。
 

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 平日の午後1時集合ということで、おそらく、女性が多いだろうと予想していたのですが、意外にも体験者のほとんどは男性でした。

 しかもスーツ姿の男性までおられます。

 どうやら、燃費の良い運転を学んでくるように、会社から派遣されているようです。

 順番としては、まず、9人が3グループに分かれて、精度の高い燃費計の着いた試験車に乗りこみ、JAF指導員の指示のもと、教習所内を、自分の運転スタイルで4周して、その運転を記録します。

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 ついで、30分の講義を受けて、今度は、一人ずつ指導員にアドバイスを受けながら再び4周。

 最後に、記録をとって、初めの燃費とエコドライブの燃費の比較をして終了となります。

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 では、具体的に、どうすれば、エコドライブになるのかを、JAFのテキストを使いながら説明しましょう。

 まず、椅子とミラーの位置を正しく合わせて、アクセルとブレーキを的確にコントロールできるようにします。(画像をクリックしたら拡大します)

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 次に、わたしの場合は、これが一番効果が大きかったのですが、発進時にアクセルをふかさない。

 今回はオートマ車の場合ですが、オートマにはブレーキを緩めるだけで、ゆっくり走り出す「クリーピング」というのがありますね。

 それをうまく利用して、発進時に全くアクセルを踏まず、クリーピングで少し動き出してから、ゆっくりとアクセルに足を乗せてやるのです。

 そのことを、パンフレットでは「ひと呼吸おいて」と表現していますね↓。

 そうすることで、発進時の慣性にさからった無駄な燃料消費を防ぐのです。

 もちろん、実際の交通事情のあわせるのが基本で、信号が青になっても、クリーピングばかり使ってなかなか発進しないというのは問題外です。

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 巡航時は、「なるべくアクセルを一定」を心がけます↓。
 高速で燃費がよくなったように思うのは、速く走るからではなくて、高速度「一定」で走るからだそうで、もし、高速を時速60キロ程度で走るなら、最高の燃費を得られるとのことでした。おもしろいですねぇ。

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 次は、「早めにアクセルをオフにする」。

 これも、わたしの燃費向上には効果的でした↓。

 アクセルを完全に戻した時のガソリン消費は、ほぼゼロになるからです。
 (もちろん、エンジンがとまらないので、少しは燃料をつかっているでしょうが)

 テスト車には、リアルタイムに燃料消費量のわかる燃費計がつけられていたのですが、それを見ると、アクセルオフで、あきらかに燃料消費は抑えられているのです。

 実際に目にすると、アクセルを戻さねば、という気になりますね↓。

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 いまは、わたしの記録用紙が見あたらないので、あとで見つかったら、このブログにアップします。



 帰りに、空気圧系兼タイヤゲージ・キーホルダー、扇子(涼しさのエコロジーということらしい)、不織布のJAFの手提げ袋、そして、エコバッグ、後部座席シートベルト装着シールのお土産がついて、会員なら3時間1,000円という内容でした(非会員2,000円)。
 

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 わたしは、自動車も単車も「一発」で免許を取ったので、教習所には通ったことがないのですが、この日は、ちょっとした教習所気分を味わえた上に、運転方法で、かなり燃費が向上するのを目の当たりにできたことは収穫でした。

 みなさんも、ぜひ、お近くでこのような催しがあった時は参加してみてください。

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あの宗教集団が教えてくれたこと ~高橋容疑者逮捕~

 一連の殺人・テロ容疑で指名手配中の、オウム真理教高橋克也容疑者が逮捕されました。
 洗脳されたあげくの「スマンガラ」(高橋容疑者のホーリーネーム)の犯行については、先日逮捕された「エーネッヤカ・ダーヴァナ・パンニャッター」(菊池直子容疑者のホーリーネーム)とともに、今後の取り調べで明らかになっていくかもしれません。
 しかし、高橋容疑者のものはともかく、菊池容疑者の「ネーム」を今回調べて驚きました。
 パンニャ=般若が入ってるんですね、おそらく。
 いやいや、今回は彼ら「逃亡者たち」について書く気はありません。
 彼らの「反対側」について書きたいと思うのです。
 つまり、犯罪容疑者を捕まえる側についての話です。
 一応、われわれも同じ側にいます(よね?)。
 しかし、人間は弱いものです。
 こちら側にいる、と思っていても、いつ彼らとおなじ向こう側にいってしまうかもしれない。
 しかし組織ならまだ大丈夫。
 自己浄化機能と自己監視機能、中心がどこにあるかわからないアメーバみたいな存在ですから、全体が腐敗することは、そうそうあり得ないでしょうから――
 なんて思っていたら、とんでもない。最近の検事達の腐敗ぶりを見ると、警察機構中心部でも、昔から腐敗があったように思えてきます。
 恐ろしいのは、そういった、部分的にせよ腐敗しているかもしれない国家組織が、国民を守ることを大義名分に、「監視を強化」しつつあることと、我々がそれに気づかずにいることです。
 一連のオウム関係者の行動で、わたしは、そういった「国側の監視強化」を知りました。
 まず、彼らが事件を起こす前後であった1995年頃、メディアに出てくる教団のスポークスマンから「Nシステム」という言葉が多くなりました。
「どうせ、警察や公安は全国のNシステムで、ぼくたちを監視をしてるんでしょう」
などといった文脈で使うのですね。
 恥ずかしながら、当時のわたしは、「Nシステム」なるものを知りませんでした。
 いまなら分かります。
 1987年に警察職員の発案ではじまった、自動車ナンバー自動読取装置(じどうしゃナンバーじどうよみとりそうち)のことです。
 速度違反のオービスとは違います。
 国道などの主要道路に設置されて、そこを通る二輪以外のすべての車両のナンバープレートと運転手、同乗者を無差別に撮影し、番号を解読、車両を特定するシステムです。
 違反もしていないのに、無差別に写真を撮影されるのは、プライバシー保護上問題があるでしょう。
 実際に、かつて新潟県警が、警察官同士の不倫行為をNシステムを使って追跡したこともスクープされています。
 同様のシステムは英国にもあるようですが、あの国は、アイルランド問題もあって、テロリストが跋扈暗躍(ばっこあんやく)する国です、ほとんどテロのない日本において、これほど国民をきっちり監視する必要があるのか疑問は残ります。
 そして今回、監視カメラの解像度の高さが、高橋容疑者によって全国に知れ渡りました。
 もちろん、それまで徐々にカメラの画像が細かくなっているのは、メディアで公開される犯人写真からわかってはいました。
 松下(いや今はパナソニックだった)などが作っている、高解像度の監視カメラのCMなども見たことがあります。
 ですが、今回の写真は、これまでと比べても別格のクッキリさでした。
 今後は、こういった詳細までクリアな映像を、わたしたちはいたるところで無差別に撮影されてしまうのでしょう。
 昔の、解像度30万画素の白黒カメラで、エンドレス・ビデオテープに記録するものとはワケが違います。
 これに対抗するためには……預金を下ろすさいには、髪をとかし、髭をそって、服装をきちんとする、ぐらいしか思いつきません(トイウモンダイデモナイカ)ね。
 あと、気になったのは、高橋・菊池容疑者の時効についてです。
 かつて、殺人・殺人未遂罪の時効は、海外に逃亡していない限り15年でしたが、今回、ふたりはそれらの容疑で逮捕されています。
 これは、2010年(平成22年)4月の刑事訴訟法改正により殺人罪の公訴時効が廃止となったから、だそうです。
 まあ、殺人に関する現代小説を書かない限り、みなさんにはあまり関わりないことであるとは思いますが、こういった変化も、我々があまり気づかない間におこなわれているのですね。

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ステマでなくステマネ

 若い頃は、「クラシックぐらい聴かねばナラヌ」と勢いこんでLP(古いねぇ!)を買いあさり、コンサートに出かけたこともありました。

 もちろん、それは音楽本来の楽しみ方ではありません。

 なんとなく聴いて、いつか心に染みこんで、イイ曲じゃないの!と長く静かに好きでありつづける、そんな関係が古典曲にはふさわしい気がします。


 冷たく残酷な批評家である「長い時間」を乗り越えてきたクラシック音楽は、現代の曲の多くがそうであるように「使い捨て」な曲ではないからです。


 大学時代に、クラシック好きな友人と知りあえたのも幸運でした。
 向こうは向こうで、クラシックとは無縁の理系学校で、やっと誘ってついてきてくれる奇特なヤツを見つけた、と喜んでいたのかもしれませんが――

 野外コンサートについてはよく知らないのですが、劇場内で行われる
クラシックコンサートについていえば、コンサート開始前の独特の緊張感が好きでした。

 ジャズなどのコンサートとは、少し感じが違うのですね。

 ただ、一度だけ、独特の緊張感を感じたジャズ・コンサートがありました。

 これも友人に誘われてでかけた……いや、おそらく彼は女性を誘おうとして、何らかの事情があって彼女が来られなかったのでしょう、当日、大学の構内で誘われ、急遽(きゅうきょ)行くことになったコンサートでした。

 サラ・ヴォーン・ラストコンサート。

 確か、日本で最後の公演であったはずです。

 こののち、まもなく世を去ることになった彼女の歌声は、おそらく聴きに来ている多くの人々が、彼女の重篤(じゅうとく)な病気を知っていただけに、独特の響きをもって、わたしたちの耳に届いたのでしょう。

 楽しいて、やがて悲しき……という印象でした。


 また、横道にそれました。

 クラシック・コンサートの話です。

 コンサートの、開演前の緊張感が好きだという話でした。

 その開始前の緊張感の中、だれもいないステージ上を、タクシードやブラックスーツ姿で歩き回っては、置かれた楽器や譜台を触っていく人物(かつては男性ばかりでしたが、今は女性も多いのかもしれません)がいました。

 別に怪しいヒトではなく、彼は「ステージ・マネージャー」という関係者なのです。

 略称はステマ――なら近頃話題であったステルス・マーケティングの略なのでしょうが、一般的には「ステマネ」と略されることの多い、オーケストラの音楽家がベストの状態で演奏できるよう、現場を仕切る責任者です。

 当然ですが、オーケストラの楽団員および楽器の配置は、毎回同じではない(曲や指揮者の考えでコロコロ変わる)ため、演奏会の三週間前には、一曲ずつ舞台配置を考えなければなりません。

 わざわざ配置図を図を作る人もいるようです。

 基本形は第一ヴァイオリン(コンサート・マスター:通称コンマス)の横に第二ヴァイオリンのグループが並びますが、なかには、第一ヴァイオリンの真向かいに第二ヴァイオリングループが並ぶこともある。

 コントラバスの配置には、特に指揮者のこだわりがでるともいいます。

 そういった、様々な指揮者のデータを集めるのもステマネの仕事の一部です。

 指揮台の高さも人によってまちまちで、場合によっては台自体を嫌いな指揮者もいて、その好みに合わせるのも大変なようです。

 もちろん、数十もある楽団員の椅子の高さや譜面台の傾き加減の調節も、気持ちよく演奏してもらうためには大切な要素です。


 まこと、ステマネは「記憶力」と「気配り」の両方が必要な大変な仕事です。


 日本のコンサートは、だいたい午後七時頃から始まるとして、午前十時には練習場で楽器を積み込んで、午後一時には会場に到着し、三時半からのゲネプロ(本番直前のリハーサル)が始まると、客席で音をチェックし――

 午後六時からの客の入場時には、電車の遅れなどを調べて、開演時間を遅らせたりもするのです。


 やがて、開演時間になり――

 「トイトイトイ!」とはドイツ語の「うまくいくように」という「おまじない」らしいですが、それを指揮者の背中にかけて送り出すと、ステマネの仕事はほぼ終わりに近付きます。

 あとは、コンサートが終了し、ブラボーとアンコールの言葉を聴けば、彼の長い一日は終わりを迎えることになるのです。

 そして、おそらくその瞬間、彼はこう思っているのでしょう。


「ショウほど素敵なビジネスはない(大変だけど)」、と。

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「読み聞かせ」その姿勢と技術と重要性

 我ながら、ものごころがついた頃から、かなり多くの本を読んできたように思います。
 
 小学校の時に、近くにできた図書館が新しく快適だったことも、その一因だったでしょう。

 図書館一階のジュブナイル(児童文学)コーナーの本は、巡回図書以外ならほとんど読み尽くした記憶があります。

 なぜ、そんなことをしてしまったかというと、楽しかったからです。

  しかし、その本を、物語を読む楽しさを知ることになった、最初のさいしょのはじまりのきっかけは何かと考えると、物心がつく前から繰り返しおこなわれていた、祖母による「就寝前のおはなし」であったように思います。

 以前にも書きましたが、詩人、金子みすゞと郷里を同じにする(山口県仙崎村)祖母は、彼女に憧れ、彼女のようになりたくて、神戸に出たのでした

 残念ながら、夢は叶わなかったようですが、死ぬまで祖母は、自分で物語をつくることを楽しんでいました。

 晩年は、専(もっぱ)ら、わたしたち孫専属の「語り部」となっていましたが、毎晩のように続く彼女のはなしは、同じものがほとんどなく、まるでシェエラザードの紡ぐはなしに耳を傾ける、シャフリヤール王(こまっしゃくれて、ヘンクツさという点では、わたしも、かの王様と同じような子供でした)のように夜の来るのを待っていました。

 祖母は、今までにある話、あるいは自分が経験した話を、様々にアレンジしてバリエーションを増やして語り聞かせる、という方法をとっていました。

 六歳の時に、子供ばかりの姉妹三人で用事を頼まれ、仙崎まで船にのって(祖母の生家は、仙崎の横にある青海島の北の端にあります)行き、日が暮れての帰り道、島南端の港まで送ってもらって、あとは陸路を帰る途中に出会った「山賊」のはなし(今思うと「追いはぎ」だと思いますが彼女はそういっていました)は、なんど聞いても、恐ろしくおかしい話でした。

 今思えば、あの「語り聞かせ」が、わたしの物語好きを、かたち作ったのだと思います。



 近頃、小学校や公民館で、子供や老人を相手に物語を「読み聞かせる」催しがあります。

 子供向けには、絵本を読むことが多いようですが、その読み聞かせるべき本と方法を細かく指南している本があります。

「小学校での読み聞かせガイド」(湯沢朱実ほか編・ブックプランニング遊)です。

 四人の著者は、長らく読み聞かせをしてきた語り手や司書たちです。

 司書については、その重要性と、文化系大学のカリキュラムについてくる「司書資格」を、ただ安上がりだからという理由だけで使う、アルバイト司書の問題点についてなど、別項で書こうと思っています。

 それはともかく、著者たちは、小学校1~6年までの学年ごとに297冊もの読むべき本を紹介してくれます。

 これから、読み聞かせをしようと思う人でなくても、昔読んだ本を懐かしく思い出すためのテキストとなりそうです。

 しかし、それより興味深いのは、彼らがこれまでに培った「読み聞かせノウハウ」です。

 「読み聞かせ」をただ「絵本を読むこと」と考えると大間違い、気まぐれで飽き性の子供はすぐに興味を失ってしまう、と彼らはいいます。

 本はどう持つのか、立って読むのか座って読むのか、この本は細かく指南してくれます。



 単純に考えてみても、人の発する言葉を「理解」し、「想像力を働かせ」てイメージ化し、恐がり、悲しみ、楽しむ……なんという脳機能の高次利用でしょう。

 子供には、言語野を含む、さまざまな脳機能の「刺激」と「発達」をうながし、老人には、機能を衰えを防ぐ得難い方法であることは、容易に想像できます。

 かつて、朗読は、重要な文化事業、いや娯楽でした。

 「赤毛のアン」では、プロの朗読家が、彼女たちの住むアヴォンリー近くのホテルにやってきて朗読会をし、皆は着飾って出かけるのです。

 大画面のテレビが登場し、インターネットでインタラクティヴ(相互通行可能)な情報を手に入れることができたとしても、「読み聞かせ」の重要性と楽しさは、少しも衰えることはないでしょう。

 これを機会に、みなさんも、昔よんだ絵本でも引っ張り出して、読み返してみてください。

 わたしは、さきほど、書庫の奥から「もちもちの木」を持ち出してきました。

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ガリ勉・ゲルピン……ガリ版

 タイトルを読んで、みんな理解できた方は、失礼ながら、ちょっとお年寄り(精神的にという意味ですが)のヒトでしょう。

最初のガリ勉、まあこれは今でも使うでしょうか?

常にガリガリ勉強する、あるいは勉強ばかりのガリガリ亡者(これは肉体的・精神的な意味?)から生まれた言葉であるとおもいます。


では、ゲルピンは?

その昔、大学で、ドイツ語の「GELD」が英語の「GOLD」を意味することを知りました。

貧乏学生であったわたしたちは、おのおのをKeine Geld(=No Money:文無し)と自虐しあっていたものです。

kein=No、Geld=Moneyですね。

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蛇足ですが、ドイツ語を学んだ時に、世界の多くの言語に「性の概念」がある、つまり単語それぞれに「男性名詞」「女性・中性名詞」の区別があり、単語の前につける(不)定冠詞(英語ではtheとかa)が、うしろの単語の性やら何やらで変化(格変化)することを知って、その複雑さに驚きました。

少し学ぶと、同じ言語から発生しながら「性」も「格変化」もなくしてしまい、ただ単語の並び方だけで意味を決めようとする英語より、ドイツ語などのほうが分かりやすいような気がしてくるのですが……

格変化した(定・不定)冠詞がつくだけで、その単語が文のどこにあろうが、きちんと読むことができるのですから、ちょっと冗長(じょうちょう)になっても、「文解読の手がかり」として丁寧な文法であるような気がするからです。


「単語の性」に関しては、もはや時代にそぐわないかもしれません。
単語にまで性を決めて「社会的性差」を助長させるなんて、もう許さない人が多いでしょうから。


しかしながら、この単語の性、だいたいは、単語が持つイメージでわかるものですが、なかには、なぜこれが男性?女性?と首をひねるものも少なくありません。

そのあたりは、東海林さだお氏が、秀抜なエッセイで「日本人のイメージする男性・女性名詞」と、「実際の外国語」の性のちがいについて、おもしろくまとめています。


実際、ある程度語彙(ごい)が増えてくると、イメージで性の違いを覚えるより、もっとよいやり方があることに気づきます、が、それについては別項で……


学ぶ外国語の種類がが多くなると、言語によって、同じ単語の性が違うこともでてきますしね。

たとえば、「太陽」はドイツ語で die Sonne 「女性名詞」ですが、フランス語では男性名詞(le soleil[ソレイユ])です。
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またまた横道にそれました。

ゲルピンについての話でした。

これは、上で書いたKaine Geldと同じ意味、つまり、お金(Geld:ゲルト)がピンチ、「金がない」という合成語ですね。


昔(戦前)の学生は、アルバイト(独:働く)やデカンショ節(デカルト・カント・ショーペンハウエル)でわかるように、使う言葉の多くをドイツ語から作りだしていたからです。

というわけで、いよいよ今回のメインテーマである(ってどんだけ回り道?渡辺真知子?)ガリ版刷りについてです。

元号が平成とかわる前まで、学校の教師が生徒に渡すプリントのほとんどは、ガリ版刷りとよばれる謄写版(とうしゃばん)を使っていました。

鉄筆(テッピツ!なつかしい!)と称するペン先が針になったもので、ロウ紙と呼ばれる特殊な紙(薄紙にパラフィン・樹脂・ワセリン等の混合物を塗り乾かしたもの)に、ガリガリと文字を書き込んで原板をつくります。

そののち、印刷器に原稿を貼り付け、インクをつけたローラーを手前から転がすと「透かし」部分だけインクが通過し、下に置いた用紙に印刷されるのです。


比較的最近まで使われていた「プリントゴッコ」(これも死語でしょうか?)に似ていますね。

もちろん、原稿は、ほとんどが手書きです。

間違えると、専門の修正液で削った穴を埋めるのです。


現在のように、ワープロで印刷した原稿を、スキャナにかけて自動製版し、ものすごい勢いで輪転機をまわす「リソグラフ」的なものはなかったのですから(逆にいえば、平成の現代ですら、全自動化はされているものの、学校でつかっているのは同じようなモノなのですよ)。


しかし、この、かつて日本人のほとんどがお世話になった「ガリ版」も、あの「エジソン」の発明であったことは、長らく知らずにいました。

発明王エジソン!

 日本では、ドクター中松についで著名な発明家です(ウソ!)。

フィラメントに京都の竹を使ったとかなんだとか、どうも日本とは関係が深い人物のようで、日本でも人気のある歴史上の偉人ですね。
 個人的には発明家というより、商売上手という気がします(電気の直流・交流闘争で見せた、ニコラ・テスラのつぶし方を見ても)。


考えてみると、あの「蓄音機」といい、このガリ版といい、エジソンは紙にロウを塗ったパーツを使うことを好みましたね。

まさか、ガリ版を発明したエジソンが、最初に書いた文字が「メーリさんのひつじ~」だったなんてオチはないでしょうが……

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現代そこつものがたり

粗忽(そこつ)を辞書で調べてみると、その第一義は、

 粗忽 そこつ:軽はずみなこと、そそっかしいこと。

と、あります。

 「粗忽長屋(そこつながや)」なんていう古典落語もありますね。

 ああ、粗忽長屋……時代モノ、とくに江戸庶民の人情話を書こうとすると、小さな商家と長屋の描写は避けて通れません。

 そのあたりに、下々の、貧乏な人々の生活が集中していたからです。

 そして、長屋には様々な特色がありました。

 ――まあ、あった、というより、江戸っ子は「他と同じ、その他大勢」というのが嫌いだったので、わざと特色を出していたのだろうと、個人的には考えています。

 話は横道にそれますが、この粗忽長屋、なかなか哲学的で意味深な話です。

 古典落語には、西洋では学者やオエライ先生方が、眉間にシワをよせて考えるような「哲学的命題」を、庶民にわかるかたちで笑い話にして、「んなアホな~」という語り落ちにしてワッと笑わせ、家に帰ってから、「しかし不思議な話だったなぁ」ともう一度考えさせる、超々高度なユーモアとエスプリの混じったものが多い。

 素晴らしい語り部(かたりべ)文化です。

 粗忽長屋も、寺にお参りにでかけた長屋の住人ハチ(いわゆる八っつあん)が、門の前で行き倒れて死んでいる男を、親友の熊と間違えて、周りの人々の制止を振り切って、遺体を長屋に運んでしまいます。

 もちろん、別人なので、熊は元気に長屋にいるのですが、そこから話は、なんというか、観念的な異次元空間に入り込んでしまうのですね。

 普通なら、
「お、ハチ、お前生きていたか」
「なんだ、その死体は……」
「いやすっかり勘違いしちまったよ」
「そそっかしいヤツだよお前は」

 なんて、一件落着のハズなのですが、落語では、熊がハチによって、運んできた死体が熊だと信じ込まされてしまう!のです。

 ふたりで、ありし?日の熊をしのんで、死体を抱きしめ、大泣きに泣く愁嘆場(しゅうたんば)を演じたあげく、最後に熊のセリフでサゲ(オチ)になります。

「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺はいったい誰だろう?」

 むぅ。これはスゴイ落とし話ですぜ。


 まったく粗忽なヤツぁよう……

 ちなみに、わたしが初めて「そこつ」という言葉をしったのは、中学に入りたての頃に買った、三浦一郎著「世界史こぼればなし」のボロディン(ちょっとあやふやですが)の逸話によってでした。

 そこつもので有名な彼が、あるひソファに座ろうとして、じゃまなぼろ布をゴミ箱に捨てると、それが突然泣き出した。

 なんと、それは、最近生まれた彼の子供だったのだ。


 まったく粗忽なヤツぁよう……

 時代はうつって現代。

 なんと、英国首相(夫妻)が、八つになる娘をパブに忘れて帰宅したそうです。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120612-00000026-reut-int

 まったく粗忽なヤツ……以下略。

 英国ユーロ圏にあって、ポンドを維持するビミョーな国です。

 そのややこしい国の首相がソコツモノであっては困るので、もう少ししっかりしてほしいところですね。

 しかし夫婦そろって粗忽者とは……

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光と影に関する覚え書き

 影というのは不思議なものです。

 子供の頃、夕暮れ時に、自分の影が靴から長く伸びるのを観て、まるで巨人を連れて歩いているような気分になったことがあります。

 「サスケ」のオープニングで、印象的に語られるアバンタイトル「光あるところに影がある……」でも分かるように、闇の中では影ができません。

 影は、「光」と「実体」と「影が映る何か」の三要素がないとできないのです。


 ある程度、標高の高い山に登ると、ブロッケン現象というものを眼にすることがあります。
 稜線の上に立った自分の影が、足下(あしもと)にひろがる雲海や霧に二重に写って見えるのですね。
 光輪、グローリーとも呼ばれるこの現象は、人をすり抜けた光が、雲や霧に「ミー散乱」されて、人影のまわりに虹のオーラを作るのです。

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 中学生の頃でしたか、誰かの小説で、

「地面に濃い影が出来ている、強烈な日差しのせいだ」

といった表現を読んで、なんとなく経験で知っていたものの、影の濃さ自体が「季節と天候」によって劇的に違うものなのだと、強く感銘をうけたことを覚えています。

 そう、光があれば影ができる。

 できなければならない。

 あったところで、なんてことはない。
 ならば、なくなっても同じこと。
 そう考えたある男が、自分の影を売ってしまいます。

「ペーター・シュレミールの不思議な物語」、日本では「影を売った男」として有名なドイツ作家シャミッソーの作品の話です。

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 「売れる物なら どんなものでも売る それを支える欲望」とは、元気だったころの浜田省吾の詞でしたが、かなり厳しい貧困生活をしているなら、そういったことを考える人もいるでしょう、

 あるいは影をドッペルゲンガー(二重に歩く者)と捉え、見たら数日で死ぬ、ゆえに避けるべき恐怖、倒すべき醜い自分自身として敵視する人もいます。

 ドッペルゲンガーに関しては、「マユにツバ」してwikiあたりで読んでもらうとして、その中で、ちょっと興味がひかれるのは、ある大学教授の実験による「ボディーイメージを司る脳の領域に刺激を与えると、肉体とは別の「もう一人の自分」が存在するように感じられる」という記述です。

 UFO(Unidentified Flying Object)やUMA(Unidentified Mysterious Animal:生物学的に確認されていない 未知の生物)なら、まだUnidentified(未確認)であるだけで、いずれ、その存在は「あるかないかのオルタナティブ(二者択一)」のどちらかに決定されるはずです。


 しかし、幽霊やドッペルゲンガーあるいは臨死体験(例:死にかけた人が天界の音楽を聴いたり、盲目の人でさえ天の光を見ること)は、「ヒトの脳が外界を理解する仕組み」、いわゆる認知論が関わってくるために、それほど単純ではありません。

 要は、信じたいものを信じ、見たいものを見ればよろしい、ということなのでしょうが。

 ただ、個人的には――

 死に臨(のぞ)んだ際、ヒトは最後まで活動している脳の部位が決まっていて、そいつが、至高の快感と歓びをもたらしてくれ、その中で死んでいくのだ
と考えるようにしています。

 そう考えれば、かつてブッダが、イエスが行ったといわれている苦行の中で、中には神(あるいはアーリマン)の声を聞き、光を感じた者がいたことに理由がつきそうな気がするからです。(残念なことに、ブッダもイエスも見てはいないようです)


 まあ、それが「愛別離苦(あいべつりく)・会者定離(えしゃじょうり)・艱難辛苦(かんなんしんく)ばかりの人の世に、神が与えたもうた最後の福音」などとは思いませんが。


 いやいや、今は「影の自分自身」、そいつを見たら、近いうちに死んでしまうといわれているドッペルゲンガーの話でした。

 影をさまざまなものに見立てて、ストーリーに生かすのは、ストーリーテラーとしては当然なことに思えます。

 それほど、さまざまな意味を含んだ『影』は魅力的だからです。


 わたしも、上記の臨死体験を、ホラー仕立てにして一篇を書いたことがあります。

 エッシャー的に「奇妙に歪んだ山小屋」で、「不条理な体験を繰り返す」主人公と、そこに現れる「善なるクロネコ(あのチェシャ猫とは正反対な)」がおりなす話でした。

 ホラーがらみは、あまり好きではないので、ここではアップしていませんが……

 あと、影といえば、たとえば有名なのが、グウィンのゲド1「影との戦い」ですね。

 ジブリが「ゲド戦記」で描いたのは壮年のゲドでしたが、ゲド1は少年時代のゲド(当時の名はハイタカ)が、傲(おご)り妬(ねた)みの心から、禁じられている魔法比べをおこなって、闇の世界から影呼び出してしまい、世界(アースシー)中を逃げ回る話です。



 あるいは、小松左京氏の恐怖の名作「影が重なる時」――

 ある日、ある小さな町の人々は、自分だけに見える静止した自分の影の存在に気づく。 他人は、平気でその影をすり抜けるが、自分だけは、そこに物理的に何かがあるようにぶつかってしまうのだった。

 まるで、その空間が、そのヒトのためだけに「予約」されているように。

 やがて主人公は、某大国が、近日中にスーパーノヴァ水爆の実験をすることを知り――自分の影が、つんのめった姿勢で静止している公園で、鳩に餌をやっている老人から、彼の影が持っている新聞が今日の日付であることを教えられ、恐怖のあまり駆けだし、自分の影に重なったとたん、強烈な光と熱が……
という話です。

 いやあ、影の話ってのはだいたい怖い話が多いのですね。

 もうやめましょう。


 それでは最後に口直しを。

 上で書いた「影を売った男」のエンディングについてです。


 影をなくしたことで人々から疎(うと)まれ、愛する町娘と結婚できなくなりそうな彼の前に、約束通り1年後に影を買った男が現れます。

 「影を返してほしい」

 そういう彼に、男は言い放ちます

 「臨終の際に魂を渡すならば」

 なんだやっぱり、コイツも死神だったんですね。


 まこと、『死神』は、西洋のご都合主義のキカイ、ギリシア劇におけるデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神:主人公が困ると天井からぶら下げられたゴンドラで救いにくる神)のような存在です。

 不可思議が欲しければ死神を出せ。

 教会もそれなら許してくれるはず、なんて打算も見えてしまう。

 書かれたのが19世紀初頭ですから仕方がないのかも知れませんが。

 さて、そういわれて、影を売った男はどうしたか?

 悩んだあげく拒絶するんですね。

 当然、町娘との結婚はオシャカ。

 しかし、その後、彼は偶然から魔法の古靴(一歩で28キロ進む)を手に入れ、自然研究家として世界をかけめぐるのです。

 物語後半、作者シャミッソーへの呼びかけの体裁をとったこの話(つまり、現実の男として描いているのですね。ホームズものみたいに)は、最後に影を売った男:ペーター・シュレミールが充実した人生を送ったことを記して終わっています。


 なんだ、やっぱり影なんてなくても平気なんじゃないか、なんてね。

 しかし、こういった、妙に先細りでない太い話は好きです。

 日本でも、モンテクリスト泊のように、復讐をとげた後、若く美しい女性と手に手をとって、裕福に世界を旅する船旅にでる、なんて話が欲しいですね……無理でしょうが。

 矢作俊彦の「暗闇のノーサイド」あたりが、わずかにそれに近いのかも知れませんが、ちょっと甘い気がします。


 蛇足ながら書いておくと、最初に書いた「アバンタイトル」通称アバンは、アニメなどのオープニングで毎回使われるプロローグのことです。本来なら英語で「プレタイトル」と呼ぶべきところを、実写組・映画組にナメられたくなかったのか、アニメ界の人々がフランス語と英語が「ないまぜ」になった妙な言葉を生みだしてしまったようです。

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ちょっと元気のない菖蒲と元気な猫

 「ブリトー」の回でも書きましたが、昨日、近くの公園に菖蒲を観にいってきました。

 ここに写真を載せておきます。


 夕方近くのうえ曇っていましたが、おかげで人混みも少なく気温も快適で、気持ちよく歩き回ることができました。

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 全ての写真はクリックすれば大きくなります。

 菖蒲園コーナーに行く前でも、随所で花は咲いています↓。

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 まあ、だいたい菖蒲園といっても、この程度のあまり大きな規模のものではないのですが……↓

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 望遠レンズを使って遠近圧縮してやると、ちょっとは群生しているように見えます。

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 お約束の望遠を用いた背景ボカシ撮影です。時期を逃したのか、少し元気がありません。しおれています。

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 これは葉の感じが気に入っています↓。

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 花は元気がありませんでしたが、コイツは元気でした。
 公園にすみついているノラネコです。
 園内には、随所に猫に餌をやらないでください、という無粋な看板がありました。

 人なつっこい、可愛い猫でした。

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2012年6月 9日 (土)

リアル・スティールが教えてくれた ハンバーガーでは「ない」小さなロバ

 映画「リアル・スティール」は、このブログでも取り上げたことがありますが、なかなか面白い映画でした。
 佳作映画の常で、自分の知らないことを、直接ではなくてもいろいろ教えてくれるからです。
 良い映画・小説とは、なにがしか教養小説(映画)の側面があるものなのですね。
 で、「リアル・スティール」が何を教えてくれたかというと……
 作品の中で、初めて父チャーリーが息子マックスとロボット・ボクシングに出かけ、惨敗(ざんぱい)を喫したあとで、チャーリーがマックスに紙袋をわたしていいます。
「ハラが減ってるだろ、食え」
「なんなの?」
「ハンバーガーだ」
「嫌い」
「ガキのくせにかぁ?まあいい、オレが食う。これを飲んどけ」
 マックスは、父親のバカみたいな戦い方、先を見ない愚かな生活にがっかりしているのですね。
 そして、ハンバーガーの代わりに飲まされた炭酸飲料で胸が悪くなったマックスは、気分なおしのために父親と廃材置き場に忍び込み、スパーリング・ロボット、アトムと運命的な出会いを果たします。
 そのアトムと、乗り気でないチャーリーと共にマックスはボクシング場に向かい、結局、アトムは最低ランクの「動物園」(実際に廃動物園)とよばれる場所で試合をすることになります。
 その直後。
「闘わせてみればすぐに(アトムが強いと)わかるよ」とマックス。
「そうか、おまえは運がいい、明日の午後、『動物園』という素敵な場所で闘わせてやる」
「やった!」
「それで一巻のおわり」
 そういって、チャーリーは息子に紙袋を渡します。
「ハンバーガーは嫌いだって言っただろ」
 チャーリーは袋を取り上げ、口で袋を咬み開けていいます。
「ブリトーだ!」
 これです。
 ブリトー!確かに聞いたことがある。
 なんとなく、初めてニューヨークに行った時にマクドナルドで売っていた「ファヒータ」に似た感じのする記憶が(ファヒータって結局日本では未発売ですね。去年ニューヨークに行った時には見かけなかったし――消えた?)。
 韓国のピンデット(緑豆でつくったチヂミ)みたいな印象のある食べ物だったような……
 そう思って調べてみると、発音から分かるように、やはりメキシコ料理でした。
 トウモロコシの粉の薄焼き「トルティーヤ」で具材をつつんだベトナムの生春巻きみたいなものですね(あっちはライス・ペーパーを使いますが)。
 スペイン語で「小さなロバ」を意味するブリトーですが、その由来は、ロバの耳に似ているからとも、ロバの背中に積む巻いた毛布に似ているからともいわれています。
 そして、今、日本では、コンビニエンス・ストアの定番となりつつある勢いのようです。
 それで、わたしも名前ぐらいは知っていたのでしょう。
 コンビニエンス・ストアには、ほとんど行かないので、詳しくは知らなかったのです。
 しかし、気になる。
 そこで、本日、近隣の公園に菖蒲を見学にでかけたついでに、駐車場近くのセブンイレブンに寄って探すとありました。

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 ネットで調べたものより、ずいぶん小ぶりですが確かにブリトー。
 封を切って引っ張り出すと台紙ごと出てきます。
 こんな感じですね↓。

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 手でちぎって食べてみました。

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 お店のお兄さんが、備え付けの電子レンジで温めてくれたので熱々です。
 チーズの風味が強く、たいへんおいしい!
 これで、わたしもブリトー(ブリートともいう)体験者。
 今度は、トルティーヤを使って、自分で巻いて食べてみようと思います。
 考えてみると、今日、久しぶりに電子レンジで温めた食べ物を食べました。
 家に電子レンジをおいていないと、レンジを使った料理を食べる機会がありませんから。
 前にも書きましたが、ネイティブ・アメリカンのいうように「目に見えないものを信じてはいけない」と思って電磁波をつかった調理器具は使っていないのです(ウソ)。
 仕事柄、一日中、それこそ夜中まで電子機器に囲まれて生活していると、これ以上電磁波は浴びたくないなぁ、と思うのです。
 それに、電子レンジで温めたものが、どうもあまり美味しくないように思えてならない。
 焦げないから。
 蒸し器、フライパンいう道具を使って、ひと手間かければ美味しく温めることができるのです。
 牛乳を温めたければミルクパンがありますしね。なにもカップで直に温める必要はないでしょう。
 レンジ研究をしている知人によると、牛乳は、いちばん開発者泣かせの食材らしいですね。水みたいだけど水でない、という点で 
 レンジに関する面白い話は、また別項でします。
 まあ、ファミリーレストランなどで外食をすれば、間違いなくレンジが使われているので、家で使わない?だから何だ、というだけのことなのでしょうが。

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2012年6月 8日 (金)

焼けば食える―というか、かければ食える!

 世の中には、「焼けば食える」が口癖の人がいます。
 
 どんなものでも、焼きさえすれば、何とか食べられるんじゃないか、という、食い意地がはっているというか、サバイバル精神旺盛というか……
 
 
 しかし、個人的に、わたしは、「かければ食える」(言葉遣いが悪くて申し訳ありません)派なのです。
 
 
 何をかけるのか?
 
 もちろん、デザートにかける甘いソースじゃありませんよ。
 
 ちゃんとした食材にかける
 
 ショーユ?
 
 ウスターソース?
 
 しそドレッシング?
 
 もちろん、それぞれに素晴らしいソースです。
 
 しかし、わたしは、ここで声を大にして叫びたい。
 
 かければ食えるソース選手権の優勝者は、カレーであると。
 
 
 いやいや、そんなものでは、素材に負けてしまう場合がある。
 
 しかし、カレーなら大丈夫。
 
 バンドの中のドラマーのように、他の全てのインストゥルメントを打ち負かして、自分の思い通りに演奏を操ることができる。
 
 それほどカレーは力強い。匂いも味も、のどごしも。
 
 って、断っておきますが、わたしはカレーが、特に死ぬほど好きというわけではありません。
 
 ただ、長引くアウトドア生活などで、食事がマンネリ化した時、カレーは得難い助っ人となると言いたかったのです。
 
 実際にインドに行って、町の人々とともに安食堂で食事をすると、カレーというよりはカレー汁、つまり味噌汁に近いものを食べることになります。
 
 それは、日本で馴染みのカレーというより、濃い過ぎるガラムマサラがなんとなく生臭い感じさえする食べ物です。
 
 しかし、やはりカレーはカレー、少々食材が傷んでいても、その味と香りで食べることができる。
 
 暑いインドで、カレーが発達?したのは、偶然ではないのですね。
 
 インド人が偉大なのは、ゼロを発明したからではなく、アートマンとアーリマンを生みだしたからでもなく、ブッダの出身地だからでもなく、カレーを生みだした故だとわたしは思います。
 
 
 カレーをかければ何でも食える!
 
 こう考えるのは、わたしだけではないようで、もう10数年前になりますが、あの大森永が「カレーヨーグルト」なるもの発売したことがあります。
 
 
 これは――はっきりいって美味しくはなかった。
 
 だからすぐに消えていきました。
 
 消え去る前に、わたしはかろうじて、それを手に入れることができました。
 
 その蓋を、いまも大切にとっています。
 
 さあ、本邦初公開、ではありませんが、それがコレです。↓
 
ラベルに98年と印字されてますね。
 
 
 「ビックリなおいしさ」とは、こっちがびっくりしますが、その下の「電子レンジでの加熱はおやめください」ってのが泣かせますね。
 
 
 こんなものがあったんですね。
 
 さて、時はうつって、2012年。
 
 時代はここまで来ました。


 
 
 納豆会社の雄、「おかめ納豆」が売り出している『パンでも!ごはんでも!』
 
 「ごぱん納豆 カレーたれ」
 
 さっそく買って食べたところ、たしかに、ご飯でもパンでも結構いけるんですね。
 
 写真を見てください。パンに切り目をいれて、そこに納豆が突っ込んである……
 
 今の納豆は、わたしたちが子供のころのものと違って匂いもあまりしませんから、カレー味になっても、ほとんど違和感を感じません。
 
 一息に食べてしまいました。
 
 また買いに行かねば、と思っていると、不評であったのか、近所の店では見かけなくなりました。
 
 ガックリしていたところ、ちょっと離れた店にでかけたついでに売り場をのぞいてみると、あった、あった!ありました!
 
 さすがに、この店でもあまり売れていないのか、値引きシールが麗々しく貼られてたたき売りされていたため、まとめ買いをしました。
 
 それが上記写真です。
 
 みなさんも、売り場で見かけられたら、毛嫌いせずにチャレンジすることをオススメします。
 
 この、カレー納豆をひと口食べたら、だれでも「かければ食える」の神髄に触れることができるのではないかと思うのです。

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2012年6月 7日 (木)

なにかが道を去っていった ~レイ・ブラッドベリ死す~

比較的大きなニュースとして流れているので、みなさんご存じでしょうが、ファンタシーSF作家のレイモンド・ダグラス・ブラッドベリ(レイ・ブラッドベリ)が亡くなりました。享年91歳。
 
 訃報(ふほう)を聞いた時、最初に頭に浮かんだのは、
 
「まだ生きてたのかぁ」
 
などという不敬(ふけい)な、いや罰あたりな考えではなく、
 
「SF作家って長生きが多いんだなぁ」
 
でした。
 
 アルフレッド・エルトン・ヴァン・ヴォークト(本来の発音はヴァン・ヴォート)87歳、アーサー・チャールズ・クラーク90歳などSF作家、特に超有名な作家は長生きが多い。
 
 わたしも、超有名なSF作家になれば長生きできたかも。
 
 
 それはともかく、ブラッドベリといえば――
 
 ニュースでは「火星年代記」の作家といっていました。
 
 しかし、SF好きなら、彼の短編は捨てがたいはず。
 
 「太陽の黄金の林檎」や「ウは宇宙船のウ」「スは宇宙(スペース)のス」「10月はたそがれの国」
 
 長編なら年代記より「華氏451」か、本ブログタイトル、-その夜を境にぼくたちは永遠に少年時代と決別した-「何かが道をやってくる」のほうが個人的には好きです。
 
 火星年代記ならば、テレビ映画でロック・ハドソン主演のものが印象的でしたね。
 
 
 作品としては、「華氏~」あるいは「何かが~」が好きですが、自分の作風、考え方に大きな影響を与えられたのは、子供の時に読んだ年代記中のいち作品「長かりし年月」ですね。
 
 これについては以前にわたしも「僕の彼女はサイボーグ」の項で書いていました。
 火星の伝染病で家族を失った技術者が、孤独を癒すために、全身全霊をこめてつくりあげた家族のアンドロイド。
 
 『主人』である男が救助隊の到着を知って、歓びのあまり心臓麻痺で死んだ時に、救助隊の隊長が、妻のアンドロイドに尋ねます。
 
「彼が死んで悲しくないのですか?」
「あの人は、その能力を授けてはくれませんでした」
「それは良いことをされましたね」
「そう思います」
 
 隊長の呟く、「才能ある男が一心不乱に打ち込んだら、どんなことでも可能だったろう」という言葉も悲しく切ない。
 
 このあたり、松本零士が好んで描く「何もないところから徒手空拳で、宇宙船を作り上げるトチロー」的な執念を観じますね。
 
 
 加えて、ちょっとメランコリックで、センチメンタルでファンタジックな世界が、ブラッドベリのSF世界でした。
 
 華氏451は、未来の独裁社会における焚書(ふんしょ)について書かれた名著です。
 
 映画も名作で、物語のラスト、ファイヤーマン(普通は火を消す消防隊員ですが、映画では火炎放射器を持って本を焚書する男)であった主人公が、国家が消そうとする物語を後世に残すため、暗記暗唱しつつ湖のほとりをゆらゆらと歩く姿が印象的でした。
 
 
 
 ところで、皆さんは華氏と摂氏についてどのくらいご存じでしょうか?
 
 わたしは、子供の頃、温度なのになんで氏がついてるの?と不思議でした。
 
 長じて、摂氏の正式名称が「セルシウス度:C」で、考案者アンデルス・セルシウスの名を取ってセ氏あるいは摂氏と呼ぶことを知りました。
 
 それでも、華氏の正式名称が「ファーレンハイト:F」なのかは分かりませんでした。
 発氏あたりがふさわしいような気がしていたのです。
 
 のちにファーレンハイト氏の本名が、ガブリエル・ファーレンハイトであると知って、合点(がてん)がいきました。
 
 しかし、ガブリエルの「ガ」が「華」ですか?
 
 そりゃないんじゃないの?
 
 ちなみに摂氏と華氏の関係は下の式となります。
 
イメージ 1
 
 
 真水の凍る温度0度、沸騰する温度を100度として、それを100等分して一度を決めた摂氏ならわかりやすいのですが、ガブリエルはいったい何を思って、こんなワケのわからない温度を決めたのでしょうか?
 
 一説には、彼が測ることのできた最も低い室外の温度を0度、彼自身の体温を100度とした、なんて話も聞きますが――冗談ですよね。
 
 だって、華氏ってけっこうオウベーでは普及してるんですよ?
 
 まあ、
 
 王様の鼻の頭から指先まで→1ヤード
 
 なんてフザけた単位が生き残っている国ですから、それぐらいはあるでしょうね。
 
 最後に、ワケのわかったような分からない単位というのをもうひとつ。

 
 マウスの移動距離の単位は、ドットでも、ピクセルでもなくて「ミッキー」といいます。
 
 
 あれ、何の話でしたか……
 
 あ、ブラッドベリ!失礼しました。
 
 ご冥福をお祈りします。

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2012年6月 6日 (水)

ビーナスの横断 ~金星の太陽面通過写真~

 昨日は天文的に珍しい「金星の太陽面通過」について(サワリだけ)お話しました。
 
 今回を逃せば、次回は105年後しか観ることのできない、ということは、よほどの延命方法が発見されないかぎり、わたしも皆さんも観ることができない天体現象です。
 
 ということで、一応、写真に撮っておくことにしました。
 
 しかし、どうも腕が悪いのか、上手く撮ることができません。
 
 というより、初めのうちは、金星がどこにあるのか分かりませんでした。
 
 だって、新聞などに載っているのと違う位置にあるのだから。
 
 まずは、つるちゃんのプラネタリウムのサイトをごらんください。
 
 上記サイトから、ちょっと画像を引用させていただきます。
 
 新聞などには、
 
イメージ 1
つるちゃんのプラネタリウムより転載
 
 と、こんな風にのっていたため、太陽の左上を観ていたのです。
 
 しかし、どうも黒い点は、真ん中あたりに見えるのですね。
 
 下は、わたしの撮った写真です。
イメージ 2
 
 なんとなく、真ん中左に黒い点が見えますね。
 
 拡大すると、
イメージ 3
 ブレていますが、今度は、はっきり見えますね。
 
 しかし、巷で、いわれているように、太陽の上の方をナナメに横切っていては、こんなところには、見えません。
 
 おかしいと思いながらも撮り続け、あとになって調べてみるとわかりました
 
 自転があるために、
 
イメージ 4
 天頂を上、つまり、われわれが「普通に上を見ている」と、このような軌道になるようです。
 
 わたし個人としては、この現象そのものより、この金星太陽面通過が、今後104年観ることができない、逆にいえば、105年後には観ることができると断言できる天文学の計算をすごいと思うのです。
 
 ケプラーの生きた時代から500年、渋川春海の時代からはおよそ300年、星々の関係を計算する技術と確度は、確実に進歩しているのですね。
 
 ちなみに、地球から金星を観た軌跡が美しい幾何学(きかがく)模様を描くことはケプラーが発見しました。↓
 
イメージ 5
 
 

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2012年6月 5日 (火)

金星太陽面通過に思う ~あるいは数学脳と囲碁脳~

江戸時代前期に渋川春海(しゅんかい、はるみ、とも)という人物がいました。
 
 今回はその人について書きましょう。

 わたしたちは、日々、なにげなくカレンダーを使っています。
 
 しかし、それは太陰暦から始まって太陽暦にいたり、なおかつ、惑星の移動軌道・速度のずれから、小刻みな修正を行わねばならない(うるう年やうるう秒ですね)という、実は、ややこしいものなのです。
 
 だから、このカレンダー・システム(暦法)というのは、その成立の歴史だけで何冊も本を書くことができるほどの一大ドラマであるわけです。

 6世紀に、大陸から暦(こよみ:暦法)が伝わって以来、9世紀になるまで、数度にわたって新しい発見・工夫の組み込まれた暦がもたらされ、日本はその技術を利用していました。
 
 しかし、輸入は9世紀に途絶え、暦法は、最後にその技術をつかんでいた公家一族の秘伝となりました。
 
 以来800年――
 
 ただ知識を覚えて使うだけの公家たちが、星々の観察と思索をおこなって「新しい暦法」を発明できるはずがなく……
 
 戦国時代をへて完全に武家社会となった江戸時代には、公家と武家の断裂・対立が顕著となったため、暦法は後生大事に「門外不出」を決め込まれました。
 
 さらにその大事な「暦法」すら、現実の天体現象とあわなくなって……
 
 
 多くの歴史家・歴史小説作家がいっていますが、歴史を俯瞰(ふかん:上からながめる)してみると、重大事件が発生するたびに、それをなんとかする事象・人物が確率以上に多くあらわれるものです。
 
 未曾有の大災難時に、そういった人物がまったく(といってよいほど)現れなかったのが、先の太平洋戦争であった、とは司馬遼太郎の言葉ですが、まあ、彼は、実際に戦争にかり出され、自分がブリキ製の戦車に乗せられて、あやうく死にかかったという体験が厳しすぎて、そういう発言をしたのでしょう。

 だって、それをいうなら、現場ではともかく、今回のゲンパツ事故も今になって振り返ると、トップ周辺は、口ばっかり達者な金儲けが得意の弁護士あがりのバカばっかりなように見えますから。
 
 いや、いまはコヨミの話ですね。
 
 その暦法が現実の天体運行と合わなくなった、しかし日本は鎖国中。

 
 いよいよ、日本独自の暦法が必要となった時に、渋川春海が登場するのです。
 
 春海を調べると、天文学者、囲碁棋士、神道家と書いてあることが多い。
 
 
 その春海が安井算哲であったころ、将軍や大名の囲碁指南役であった彼は、江戸城に登城(とじょう)する前に神社に向かったといいます。
 
 神社には、算術(数学)の難問を記した絵馬が掲げられていたからです。
 
 これを算額といいます。
 
 算額は江戸時代に花開いた文化で、人々は、神社や寺の境内で数学の問題を楽しむことができたのです。
 
 算哲はいわゆるプロ棋士でありましたが、囲碁のみならず、算術、そして算術をつかわなければ解き明かすことのできない天の理(てんのことわり:天文学)まで、その興味を広げていったのです。
 
 
 そこで、今回のタイトルです。
 
 囲碁が得意な人は数学も得意なのでしょうか?
 
 なんとなく合っているような気もしますが……多少なりとも囲碁をカジった身としては、囲碁は数学というより、経験の蓄積によって得た盤面のイメージを感じ取る能力、イメージング能力、もっといえば、盤面の審美眼を培うゲームのように思います。
 
 囲碁では、よくイロが悪いだとかいいますしね。
 
 「なんだか、このあたりが気持ち悪い」なんて言い方は、軍略図から発展した将棋では生まれない表現でしょう。
 
 しかし、こと、ボードゲームのプログラミングから考えれば、なんとなく当たっているような気がします。
 
 終盤100手の全てを試す総枝刈法(そうえだかりほう)や、確率の概念を取りいれたモンテカルロ法など、現在のボードゲーム・プログラムは、「終盤13手総枝刈法」でスゴイソフトが生まれた!と感動した、黎明期の森田将棋プログラムをリアルタイムで知っている身には、まったく別世界です。
 
 そういった、数学理論や統計学までも取り込んでまで、ボードゲーム思考プログラムを強くしようとするなら、数学的なセンスが必要なのはわかるのですが、人間が囲碁を考える方法と数学思考のプロセスが似ているとは思えないのです。
 
 個人的な結論としては、数学脳と囲碁脳は別、ということですね。
 
 
 しかし、こと天体学と、それを用いる暦法については全く別です。
 
 速度を変えながら真円(まんまる)でない、楕円軌道上を動く多くの物体(太陽系の見える惑星だけで十個足らず)、それらの位置関係を実際にそこに行かずに計算で求めるのです。
 
 それは、もうほとんど純粋数学に近いものですから。

 ああ、ところで、みなさんは、速さと速度が違うことはご存じですね。
 
 一般生活では「同じ意味」でよいのですが、物理学で用いると「速さ」は単位時間に動く距離のみをさして、「速度」は、向きを含めて考えるのです。

 だから、円の上を10km/時でクルクル運動している球は、一般的には「速さ」も「速度」も同じですが、物理学の文脈で話す場合は、「速さ」は一定ですが、「速度」は時々刻々変化していると考えます。
 
 
 閑話休題――
 
 天体学は数学と切っても切れない関係がある。
 
 だから、数学が好きで、日々神社に出向いて算額の問題を楽しむ算哲の「数学的」才能を見込んだ老中たちから、新しい暦法づくりを命じられるのですね。
 
 江戸幕府の地盤固めをする上でも、公家に独占されていた暦作成の権利を朝廷から取り上げる必要もあったのでしょう。
 
 やがて、算哲は最新の暦研究と独自の観測・計算に基づいて「大和暦」を作りあげます。
 
 

 その、若き算哲の「恋と友情」を描いた冲方丁(うぶかたとう)氏原作の映画化「天地明察」が、来る九月に公開されます。
 
 さて、どんな作品に仕上がるのでしょうか。
 

 と、その前に、6日の朝には、もう一度、珍しい天体現象が発生しますね。
 
 金星が太陽を通過するのです。
 
 さあ、太陽観測グラスを用意せねば……
 
 
 
p.s.
ところで、いったい、いつから天体現象を「天体ショー」なんて下卑た呼び方にしてしまったのでしょうか?
 
「ショウほど素敵なビジネスはない」でしょうが、あれは人が演じてこそのもの。
 
 細かいかもしれませんが、厳密に数学で裏打ちされている天体現象を、ショー扱いするのはやめてほしいものです。

 またNHK先導か?

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スポーツは身体にわるい  ~運動者は求道者(ぐどうしゃ)であるべきか~

 世は、オウム真理教の逃亡犯が、密告され逮捕された話題でもちきりですが、わたしはヒネクレものなので、それについては書きません。


 新聞の「スポーツを考える」というコーナーで、ドイツ文学者の丘沢静也が、自身のスポーツ観について書いておられます。

 その内容が、含蓄(がんちく)と示唆(しさ)に富んだものものであったので、ここで紹介させていただきたいのです。


 が、その前に……

 スポーツ・運動が身体に悪い、ということが広く知られるようになったのはいつからでしょうか?

 少なくとも、わたしが子供のころは、運動不足はいけない、運動しろ、身体をうごかせ、スポーツに邁進しろ、スポーツの汗は美しい、などと、スポーツ礼賛の嵐であったような気がします。

 もちろん、スポーツは身体に良い。

 『ただし』やりすぎなければ。

 過度のスポーツは肉体的にも精神的にも人を蝕(むしば)み、生活そのものを破壊してしまいます。

 過ギタルハ及バザルガゴトシ


 適度の運動、スポーツが身体に良いことはいうまでもありません。

 が、問題は、何をもって「適度」であると判断するかです。


 さきの丘沢氏は、三十代半ばで、軽い運動を覚えて人生が変わったと書いておられます。

 少し引用しましょう。

「私にとって、運動は食事や排泄と同様なくてはならないものとなった。運動習慣病だ。ニーチェは、『人間は病気の動物である』と言ったが、どうせ病気なら生活習慣病より運動習慣病の方がいい」

 運動習慣病とは面白い表現ですが、その気持ちはわかります。

 氏は、この運動習慣病に「うまくかかり続けるため」に、頑張らないのが肝要だと断定します。

 芝生の上を、距離や回数ではなく、時間だけを決めてダラダラと走っていると心が軽くなる。「記録」も「記憶」も「感動」もほしくなくなる。

 氏は、なんだかいつのまにか、スポーツで金科玉条のように扱われるようになった上の三つの言葉など、有害で無用だと否定するのです。


「オリンピックの『より速く・より強く・より高く』に象徴される競技スポーツの文法を無視すれば静かなスポーツの気持ちよさ、マンネリズムの醍醐味(だいごみ)に浸ることができる」

 そして、氏は続けます。

「スポーツの語源は『気晴らし』であり、競争の意味はない」 と。

『より速く・より強く・より高く』は変わること、新しいことこそ意味があるという立場から生まれたスローガンだが、実は変わらないもの、ささやかな日常こそが大切なのだと、私たちは311以後痛感したのではないか。


 すばらしい見識であると思います。


 わたしには、現代という時代が、「見かけ上」プロフェッショナルとアマチュアの敷居が低くなったかのような『錯覚』を与えようと、教育とマスコミ報道による思考操作をしようと躍起になっているように思えてなりません。


 女の子は考えます。あの子がアイドルなら、わたしだってなれるはず!


 純粋能力主義のスポーツ界にあってさえ、アマチュアは思います。
 プロにはかなわないまでも、せめて、それに近づきたい。

 だから無理をしてしまう。

 あげく、肩から上に肘があがらず、腰痛で歩くこともままならず、膝痛(しっつう)で買い物に行くことすらままならなくなる。



 最後に、氏は、ある作家の書いた「走ることについて語るときに僕の語ること」をさして、こういいます。

 あ、どうせすぐにわかるので書いておくと、作家とは村上春樹です。

 「あの話を読んでいると息苦しくなる。

 走る楽しさが、ほとんど伝わってこない。

 スポーツを競技スポーツの文法で考えている。

 マラソンを完走することに小説を書くことを重ねている」


 これにはわたしも同感です。
 

 村上春樹は、おそらく「やるからには一番」を至上命題のひとつにしている人なのでしょう。


 もちろん、努力の目標を最上位に持っていくのはまちがっていない。

 しかし、こと自分の肉体を酷使する運動・スポーツを行うにあたって、たかがブンピツ屋が、自分の得意分野の、脳内処理作業がほとんどの小説書きと比べてマラソンを無理して頑張り、それをファンに披露するのはいかがなものか。


 もっといけないのは、スポーツで頑張りすぎるのはよくないのではないか、という、我が身をふりかえる余裕ある姿勢が、彼からはあまり感じられないことです。



 さきの丘沢氏は、以下のように文章を結んでいます。

 「求道者のようなその姿勢をカッコいいと思う人はたくさんいるらしいが、仕事の文法にとらわれない脱力系スポーツも、手軽で楽しい」



 アベベ、ザトペック、円谷(つむらや)幸吉など、走る上で求道者の表情になり、求道者としての末路を歩んだマラソンランナーは過去に多数います。

 しかし、彼らの多くは、国の栄光、自身の名声など、本来スポーツには無関係なお荷物を担いで走ったが故の求道者ブリだったのではないと、わたしは思うのです。

 だったら、自分で気ままに走るのに、グドーシャになる必要はないんじゃないでしょうか。

 走るだけでなく、バットの素振りやウッドの素振り、ラケットの素振りも含めて、運動する上で「グドーシャ」になると、たいてい肉体には悲劇が訪れるのだから(この場合は手ひどい腰痛です)。


 わたしには、アマチュア・スポーツに関する限り、素人のグドウシャ化は、ドウをとったグシャ(愚者)化と同義のような気がするのです。

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呟きに翳り? ~ツイッター、日常的に利用」は8%止まり米国~

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 インターネットCNNの日本語版に、「ツイッターのブームに陰り? 「日常的に利用」は8%止まり 米国 」という記事が載っています。
 

 詳しくはそちらを読んでもらうとして、要は、現在、「ツイッターを日常的にチェックしているのは米国人の8%にとどまるという」ということのようです。

 フェイスブックやgoogle+が順調にユーザー数を増やす中、ツイッターユーザーの増加数は、増えてはいるものの、それらには及ばないということで、オバマ大統領までは政治的ツールとして使っていたツイッターも、そろそろ「終わったコンテンツ」(オワコン)ではないか、というのですね。

 インターネットのように、日々、新しいコミュニケーション・ツールが生みだされている世界では、より新しいものが、愉しそうで便利である(実際過去のツールの不満を改良して作られているのだから使いよいことも多い)ように思えて、そちらに乗り換える人もいるでしょう。

 しかし、ここで誤解を恐れずにいわせてもらえば、ツイッターは、消えはしないでしょうが、早晩、頭打ちになるネットアイテムであると、わたしは思っていました。

 理由はいくつかありますが、その根っこはひとつです。

 それが「ツイッターをツイッターたらしめ」「可能性を広げ」「最終的に人から見限られる」理由が。


 かつて、ツイッターのことをよくわかっていなかったメディアは、ツイッターの説明として、よく「ミニブログ」などという表現を使いました。

 これは、なかなか意味深な言葉です。

 使っておられる方なら実感されているように、ツイッターは、ブログとは全く違います。


 ツイッターの重要で主要な要素は「タイムライン」であり、時々刻々、時間とともに、様々な人々の「ちょっとした思いつきや意見、自分のサイト紹介」などが、引用したりされたり、しながら「芋ヅル」式に画面を流れていきます。

 上で書いた「ツイッターをツイッターたらしめているルール」が、そういった、ちょっとした意見交換、思いつきの発露を可能にします。

 それは、字数制限140文字ということです。

 400字詰め原稿用紙一枚の半分すらない字数制限。
 
 それはつまり、掘り下げた意見を書くな、思いつきとムードを書け、人との緩いつながり(キツイ場合もある)を、言葉の掛け合いで緩く感じて楽しめ、という、コンセプトなのでしょう。

 だから、「今食事中で、チャプスイを食べてます」(そんなヤツぁいないかぁ)などという、何の意味も無いツイートが、多くを占めることもある。

 それに適用できていない「文字畑の人」たちは、「続けます」などとかいて、何枚ものツイートを連続させて、自分の意見を書こうとしますが、それはツイッターの本則に外れているような気がするのです。

 そんなに書きたいなら、自分のブログやサイトへのリンクを張って、そこで書きたいことを書けば良いと思うのですね。

 もちろん、フォローする人の選択によっては、(ある程度)真面目で有益なツイートが集まる事もあります。

 が、しかし、文字数の少なさが、そこでもネックとなってしまうのです。

 140字は、雰囲気(漢字で覚えれば『絶対』にフインキとは読みませんよね)を伝えるのには適していますが、意見と詳細な情報を伝えるのにはまったく不向きだからです。

 だから、実質、字数制限がなく、他のサイトの助けもなく、自分だけで写真などを表示できるフェイスブックに人気が移りつつあるのだと思います。
(あの、友だちかも?の正確さにはぞっとしますが)

 ブログも意見公開の場所として、手作りのサイトに変わって、一定の地位を占め続けると思います。




 ツイートの増加加速度が鈍化したのには、それとは別の理由もあると思います。

 上で、ツイートは、「雰囲気を共有し」「緩いつながり感を得る」ためのツールである、といったことを書きましたが、実は、もう一つ、全く別な側面を持っています。

 それは、ひとたびコトが起これば、「情報の収集ツール」として無類の強さを誇るということです。

 昨年の大震災、原発事故、大津波を考えれば自明ですね。

 当時は、それなりに、流言飛語を抑える自浄作用も示しましたし。

 140字という制限、情報のバトンタッチ(引用)のしやすさは、情報の拡散に非常に向いています。

 だから、中東の革命などでも、重要な役割をになったのです。


 日本では、ツイッター人気が、まだ盛んな気がします。

 それは、昨年の災害の記憶が残っているがゆえ、つながる安心が必要だと思う深層心理が関係しているのかもしれませんね。
 

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偶像崇拝も楽し ~AKB総選挙~

 来る6日に、あの「AKB総選挙」があることを知りました。

 アイドルの人気投票であることは知っていましたが、それが、「あまりに人数が多いため、全員がテレビやCDで歌うことができないため、秋元康が勝手に決めていたところ、『自分の好きなメンバーが選ばれない』と、苦情が出て、ならば投票で決めようじゃないか、と、始まったのが総選挙だった」ことは知りませんでした。

 まあ、それは表向きで、実際は「CDを買わないと投票できない」というシステムで、そのために、一人で何十枚もCDを買うファンがいる、というのは、伝え聞いてしっていました。

 それについて、やっかみ半分に揶揄非難する人もいるようですが、個人的には、お金を払う本人が喜んでいるならよいだろうと思います。

 年代的に、アイドル全盛時代を生きてきたものの、残念ながら、わたしはアイドルに夢中になったことがありません。

 おそらく人間がひねくれすぎているのでしょう。

 ちょっとハスに構えた友人でさえ、部屋に遊びに行くと、意外なアイドル歌手のポスター(桜田淳子だったなぁ)が張られていましたし、わたしのイトコの部屋は、中森明菜のポスターで、壁が見えなくなっていました。

 自分の手の届かない場所に、そんな夢中になる対象がいるなんて、とんでもなく幸せなような気が、今ならするのです。

 そういう偶像を信じるには、現実的過ぎた自分の若いころが少し恨めしい気もします。

 ただ、不思議なのは、わたしなどが子供のころのように、スタァに関する情報量が極端に少なかった時代ならともかく(明星や平凡ぐらいでしたか)、今のように、生写真やら細かい情報が、ネットにあふれている時代なのに、偶像を崇拝できる人が多いことです。

 あるいは、現代のスタァは、ネットの向こう側にいるがゆえに、仮想人格・仮想偶像(妙な表現ですが)としての魅力が増加されて、まるで二次元(コミック・アニメ)の美少女のような魅力を、アニメ世代の若者に与えるからかもしれません。

 集団アイドル、というのも、人気のポイントかも知れません。

 キレイ美人な娘より、ちょっと地味目な娘のほうが自分にも可能性がある(わきゃないんでしょうが)ような気がするし、新しく入れ替わった娘を早めに見つけ出して、自分が育てた気になる(こういったことは、ジャニーズでもあるそうですが)こともあるでしょう。

 このあたり、相撲の世界と似たところがありますね。

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また逢う日まで ~尾崎紀世彦死す~

 歌手の尾崎紀世彦氏が亡くなりました。

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 69歳という年齢は、男性の平均余命からすると、短いかもしれませんが、あれだけの大ヒットを飛ばした人物にしては長生きなのではないかという気もします。

 なんとしても売れたいと思っている歌手が、大ヒットを手に入れるという功名を手に入れるためには、何かかわりに失うものがあるように思うからです。

 いや、これは何も、一時、子供たちがコミックやアニメから学習して連発しまくっていた「等価交換」という安易な考え方ではありません。

 尾崎氏については、他の方が書かれるでしょうから、わたしは少し違う視点から話をしてみようと思います。

 それは歌唱法、つまり歌い方の変遷というものについてです。

 いかなる人生の苦痛からか、あるいはもともとからか、尾崎氏がかなり変わった人だとのうわさは聞いていましたが、それとは別に、彼の「歌い方」が年とともにひどく変わってしまったことが気になるのです。

 とくに、この15年ほどは、たまに歌謡番組に出てくるたびに、尾崎氏の「また逢う日まで」の発声タイミングが、まるでベーヤン(堀内孝雄)なみに3小節は(ウソ)ズレているように聞こえて心配でした。

 しかし、これは特に彼に限ったことではなく、山本リンダ氏なども、そんなにタメた歌い方して……どこで覚えてきたの?ってくらいに、ウラウラを引っ張りまくって歌っていますからね。


 これはいったいどうしたことでしょう。

 年をとって、コブシをいれて歌いたくなったということでもないでしょうに。

 それに、みんながみんな変ってしまうということもない。

 欧陽菲菲氏の「雨の御堂筋」などは、いま聞いても違和感がほとんどありません。


 あるいは経てきた年輪を、かつてのヒット曲を歌う際にも示したいという気持ちがあるのかもしれない。



 今も、ニュースでは尾崎氏の「また逢う日まで」を、昭和46年、平成5年、平成15年と、続けて流していますが、記憶どおりに時代を経るにしたがってタメが大きくなるのがわかります。

 彼の代表曲なのだから、本人がどう歌おうと勝手なのですが、最初のヒットから知っている身としては、オリジナルの歌い方を通してほしかったと思うのです。


 しかしながら、歌い方はともかく、晩年は病をえて、その中での歌唱であったと聞いていますが、豊かな声量とパンチある歌声に変わりがなかったのはさすがです。


 歌のうまい人でした(これは馬鹿にしてるんじゃありません。歌手で歌の下手な人間はたくさんいますから)。


 ご冥福をお祈りします。

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「煙草をくれ」「吸わないんだ」「え?」 ~世界禁煙デー~

 5月31日は世界禁煙デーでした。

 日本における禁煙の状態はどうなっているのでしょう。

 製薬会社のファイザーのインターネット調査によると、


勤務中は、

   建物内はすべて禁煙 33%
   禁煙室で分煙    47%

となっているようです。


 さらに、受動喫煙を防ぐ試みとして、

   勤務中は禁煙(休み時間含む)  10%
   休み時間だけ禁煙        32%

と、合計40%が勤務中は禁煙としているとのことです。



 これについての禁煙推進団体のコメントは、

「こういった環境においては、いちいち煙草を吸いに建物の外に出たりしなければならず、仕事の効率が落ちるため、結果的に個人が禁煙をしなければならないだろう(良いことだ)」

でした。


 では、外国はどうでしょう?

 特にアジアは?

 なんせ、世界禁煙デーですから。

 たとえば中国は?

 何かにつけて規模の大きい国です。

 と思ったらさすが、まず喫煙者数が、現在(2012年)3億人超!

 受動喫煙者数が7億4000万人。

 喫煙が原因とされる病気の死者数が年間100万人超。
 2050年には年間300万人が喫煙によって死ぬと予想されているのだそうです。


 さすがに、これはマズイと考えたのか、国をあげて禁煙運動をすすめているそうですが、中国には「人に煙草を勧める習慣」があるため、なかなか浸透しないようです。

 そういえば、かつて日本でもありましたね。
 「煙草、吸うか?」
 「お、ありがとさんです」

 「煙草、吸うか?」
 「いや、自分は吸わないもんで」
 「なんだよ。煙草も吸わないのかよ」

 そんなやりとりで、吸わなきゃ仲間になれない、コミュニケーションがとれない、ひいては、オトコとして見られない、のがイヤで喫煙に入る人もいたはずです。

 しかし、特に近年を考えると、煙草(自体)がカッコイイから吸う、というのが多いんじゃないでしょうか?

 個人的には、年配の女性が、視線を空中に放って放心しながら、タバコの煙を肺一杯に吸い込んで、鼻からふぅーっと吐き出す、なんてシーンは、人生の辛さと重みと渋さ、切なさを感じさせて好きなんです(健康被害を考えたらそうもいってられないのですが)。

 うちの祖母がそんな吸い方をしていたなぁ。
 彼女の友だちたちもね。

 しかし、若い女性、特にライト系、メンソール系を好む人たちは、すぱすぱと口の中だけで煙草をフカしているだけに見えて、「吸わないなら吸うなよ(意味不明?)」と思ってしまうのです。

 それじゃ、自分を含めて、まわりを受動喫煙させるだけだから。

 カッコつけで吸うタバコならやめたほうがいい。


 そう思う人々は結構多いんですね。

 香港では、いま、パッケージをダサくする運動が盛り上がっています。

 煙草の箱の50%→75%(って、ほとんど全部ですよ!)に、健康被害の警告文を載せさせようと……


 さらに、パッケージの写真がひどい。

 スマートで、カッコイイデザインなんてトンデモナイ。

 まるで、缶ビールの表面に、どくろマークがついている感じ。

 百聞ハ一見にシカズ、です。

 ご覧になってください。あまり気持ちよくない写真なので載せたくはないのですが……

328

                      失明するぜ!

329

                 子供に煙を吸わせるな!

330

                  口腔癌や食道癌にもなるよ


331

               急速に肌が老化するわよ(読めますね)


332

                 喫煙は家族にも害がおよぶ

333

                    肺ガンにもなるよ

 と、ひどいパッケージです。

 もちろん、煙草会社は、こんなパッケージの採用は反対しています。




 あるいは、香港とは違う試みをする国もあります。

 オーストラリアは、パッケージを全銘柄同じものにして、名前だけで消費者に区別させようとしています。

 おそらく、そのデザインもパッとしないものにしようとしているのでしょう。




 しばらく前の、日本のみならず、世界の映画やテレビをみても、ほとんど全ての男性、あるいは女性が煙草をすっています。

 ある時はイキに、ある時はアンニュイに……

 日本のテレビドラマの再放送を観ても、

 あの男優が、あんな若い可愛い頃の、あの女優の顔にタバコの煙を吹きつけてるー

なんてシーンはざらにあります。



 いずれにせよ、煙草の葉を燃やして吸引する禁煙は消えていく運命であるようです。

 願わくば、多くの方が、禁煙という(本人にとっては良いか悪いかわかりませんが)大地にソフトランディングされることを祈っています。

 だいたい、いまの煙草は高いしねぇ。

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