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2012年5月25日 (金)

砕けて折れた男の復活 ~リアル・スティール その2~

 前回は「リアル・スティール」について書きましたが、少し書き足りなかったことがあるので、追記します。
 この映画は、親子の絆(安易で、イマドキのワカモノが好きな言葉なので、わたしは嫌いですが)の再生劇であると同時に、無言のロボットの存在と息子の期待に応えて、挫折し、プライドも人生も砕けてしまった男が、再び立ち上がる復活劇でもあります。
 というより、その側面があるからこそ、ある意味、本歌どりした「オーバーザトップ」より感銘をうける作品に仕上がっているのです。
 「オーバー~」で、スタローンは、まだ腕相撲のチャレンジャーでした。発展途上の男です。
 かたや「リアル・スティール」のチャーリーは、世界ランキング2位の男に敗れ、そののち敗退を続け、やがては自分の人生の舞台であったヒューマン・ボクシングすらロボット・ボクシングに取って代わられ、それなのに敵であるはずのロボット・ボクシングのオペレーターとして、いまだボクシングに関わり続けようとしているダメな挫折者です。
 おそらく心の底では、自分の人生の舞台すら消し去った、迫力ある残酷なロボットボクシングを、そしてロボットそのものを憎んでいるのでしょう。
 自分自身でも気づかないうちに。
 だから彼はロボットをぞんざいに扱う。
 本来なら、メシのタネであり、自分の二度目の人生の舞台で自分の身代わりとして闘うロボットを大切にせず、意識しないまま憎んでしまっているから、彼はロボットに冷たい。
 ロボットが破壊されると、腹を立てるけれども決して『悲しまない』。
 それが人生の挫折者、チャーリーの悲しさでもあるのですね。
 しかし、人間に近い小型サイズの、タフボディだけが取り柄の旧世代スパーリングロボットATOMに出会って、彼は徐々に変わっていく。
 軽蔑するフリをしながら、期待と尊敬の眼差しを時折おくってくる息子の視線に徐々に応えながら。
 物語のラスト近くで、音声認識装置が壊れたATOMに、チャーリーが「どう闘うか」を、リングサイドでシャドウ・ボクシングをしながら指示するシーンは、その前の、彼の「かたくなな拒絶が息子の懇願によって溶かされたシーン」と相まって、この映画の白眉(はくび)となっています。
 自分の誇りをかけた舞台で全否定され、折れてしまった男。
 かつて、リングで自分を叩きのめし、今はテキサスの牧場で裕福に暮らしながらチャーリーを利用するボクシング仲間に、さらにバカにされ続ける情けない男。
 人間の居場所が無くなったボクシングをスッパリと諦めきれない惨めな男。
 最終ラウンドの終了ゴングが鳴った瞬間は、彼が、人間としてではなく、父としてでもなく、『ボクサー』として世界戦のリング(サイド)で復活を果たし、折れた気持ちを真っ直ぐにし、砕けた心を拾い集めて完全な形に戻した瞬間でした。
 自分の気持ちが折れたままであるためか、わたしは、こういった「魂の復活劇」が好きなのです。
 その意味で、「リアル・スティール」は、わたしの好みの映画のひとつになりました。
 男は、やられっぱなしでは生きてはいけないものですから。

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