« サイフォンが使えない……パーツ購入 | トップページ | 金持ちはケチ、なのか? »

2012年5月25日 (金)

英語の話を英語で読む意味と意義

 昔、中学生の頃でしたか、英語を勉強しようとして、対訳の物語や英語のテープなどをよく買っていました。
 そのなかのひとつに、「Sorry wrong Number」があります。
 1943年5月25日に米国で放送されたラジオドラマを収録したテープです。
 「古い作品なので、雑音などで聞き取りにくいことがあります」という英語アナウンスのあと、『SUSPENSE~』という印象的な男性のタイトルコールで始まるこのドラマは、声を演じたアグネス・ムアヘッドの迫真の演技で、ラジオドラマの金字塔とよばれるようになりました。
 なぜ、今更、そんな古い作品の話を持ち出したかというと、先日、知り合いの劇団で、「私は殺される」を演じると伝え聞いたからです。
 個人的に、演劇特有の大げさな身振り手振りは好きではないので、普段はあまり気にもしないのですが、なんとなくストーリーを聞くと、どうも、それが「Sorry wrong Number」らしい、とわかり、調べてみると、やはり「Sorry wrong Number」の邦題は「私は殺される」でした。
 英語のタイトルしか知らなかったので分かりませんでした。
 映画などでも、早めに原題でチェックしておいて、日本での放映を待っていたら、いつのまにか、よく分からない知らない変なタイトルで公開されていた、なんてことも過去にはよくありましたね。
 最近は、英語をそのままカタカナ読みにすることも多いので、そんなことは無くなりましたが……
 ここで、少しストーリーに関して書いておきます。
 オリジナルは、病弱で癇性やみの女性が、夫に電話をかけようとして、交換手に依頼したところ(何度もOperator please!が繰り返されます)、混信して、誰かの殺害計画を聞いてしまうところから、ストーリーは始まります。
 やがて、殺し屋に依頼しているのは夫であり、殺されるのが自分だと気づく頃から、ムアヘッドの声のトーンは絶叫に近くなり、緊張感はいや高まり、最後には……という結末を迎えます。
 交換手が出てくる(初演1943年ですから)ストーリーなので、現代劇には移せないだろうと尋ねると、今回の劇も、当時の時代設定をそのまま使っているようでした。
 いや、何をいいたかというと、こういった古典的名作や、少し前の偉人の名言などは、結構英語の例文で覚えていることが多いのですね。
 旺文社、原仙の英文標準問題精講などでも、バーナード・ショーやキップリングなどの文章(入試問題からの抜粋ですが)が使われ、オウベイ知識人の一般的なものの考えかたを格言を交えて覚えることができました。
 あと、アーム・チェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)の代表作でもある、バロネス・オルツィの『隅の老人』や『シャーロック・ホームズ』『ロビン・フッド』『ミニヨン』なども英文で知りました。
 なかでも「ロビン・フッド」は、大好きでした。
 今、思えば、「ロビン・フッド」こそが、対訳といいながら、最初から最後まで、英語の本を読み通した初めての本だったのです。
 西洋版「梁山泊」の話ですからね。おもしろくないわけがない。
 とりわけ好きだったのは、物語のラスト、年老いたロビンがベッドの上で弓を構え、「弓の落ちたところに自分の墓を作ってくれ」と、リットル・ジョンにいい、窓に向かって矢を放つシーンです。
 かつての力強い腕力はすでになく、ポトリと窓のすぐ向こうに落ちる矢。
 「どうだった?」
 そう尋ねるロビンに、親友にして相棒、片腕のリットル・ジョンは、
「見事な弓勢(ゆんぜい)でした」
と答え、満足げに頷いたロビンはそのまま死んでいく……
 ですから、数年前に制作されたリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ主演のものは、まったく認めることはできません。
 ロビンのオヤジが民主化運動のアジテーターで、マリアンが剣をとって闘う女闘士ぃ?
 現代の風潮に迎合するのもよいですが、あまりに改竄するのは、原作、伝承作品ですが、に対して失礼です。
 あれなら、まだケビン・コズナー主演の方が、本物の英国の森の雰囲気である湿っぽさで、シャーウッドの森を表現していて、好感が持てますね。
 わたしのロビンのイメージに、一番近いのは、ロビンの晩年を描いた名作、ショーン・コネリーとオードリー・ヘプバーンによる「ロビンとマリアン」でしょうか。
 英文では、ロビンの墓を前にして、ロビンの手下、MERRY MEN(陽気な野郎ども)が歌う歌で物語の幕を閉じます。
 おれたちゃ陽気な盗賊さ
 ロビン・フッドとメリー・メン
 シャーウッドの森の中
 通る時には 気をつけな
 悪党どもは 気をつけな
 陽気に盗んで 陽気にくらす
 楽しい 森の生活も
 ロビンフッドの亡きいまは
 ロビンフッドのメリーメン
 二度と再び姿は見せぬ
 二度とこの世に現れることなからん
 これまでも、いろいろな解釈によって映画が作られ、これからも新解釈で作られていくでしょうが、わたしにとってのロビン・フッドは、子供の頃に読んだこの物語ただひとつです。
 当時は、一代の英雄物語を、英語で読めたことがうれしく、それも、わたしのこの作品への愛着の要因であると思います。
 残念なことに、引っ越しを繰り返すうちに、わたしの「ロビン・フッド」はどこかにいってしまいました。
 新たに買おうとしても、もう書店では売っていないようです。
 いまは、もっぱら、映画を教材とした英語学習が主となっているようです。
 たしかに映像があって、映画を観たあとで英語を聞けばわかりやすいとは思いますが、個人的な経験からいえば、英語で最初に接する文学や物語があってもよいと思うのです。
 
 「隅の老人」と「シャーロック・ホームズ」シリーズについては、また別に書きます。

|

« サイフォンが使えない……パーツ購入 | トップページ | 金持ちはケチ、なのか? »

森羅万象気になること」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159899/54797206

この記事へのトラックバック一覧です: 英語の話を英語で読む意味と意義 :

« サイフォンが使えない……パーツ購入 | トップページ | 金持ちはケチ、なのか? »