« ヨザクラ | トップページ | 八分間の無限ループ ~ミッション:8ミニッツ ~ »

2012年4月23日 (月)

お前がいないとダメだ ~レポゼッション・メン~

278

 世の中には、後味(あとあじ)の悪い映画というものがありますね。
 観終わったあと、なんとも嫌な気分になってしまう映画が。

 例えば「未来世紀ブラジル」、「ミリオンダラー・ベイビー」「シャッター・アイランド」――最近の作品ではフランク・ダラボン監督の「ミスト」に至るまで、後味の悪い映画は、SF、ミステリの区別無く多種多彩です。

 今回、ご紹介する「レポゼッション・メン」も、最低の後味の悪さを持つ映画です。

 これは、2010年の作品ですが、劇場公開の際は、まったく気になりませんでした。
 しかし、レンタルビデオの店頭に並んでからは、なぜか眼についてしかたなくなりました。

 ジュード・ロウは、コールド・マウンテンのような文芸調の作品に出たかと思うと、AIで性機能を持つ、ジゴロ・アンドロイドを演じたり、クローネンバーグ監督の「エグジステンズ」で、生物を利用した奇妙なヴァーチャル・リアリティ世界を逃げる男を演じたり、名作「ガタカ」で下半身不随の遺伝子エリートを演じたりと、ちょっとB級のニオイのするSFの「汚れ役」を好んで演じる、というか、エージェントと共に出演を決めるところがあって、個人的には好きなのです。

 とくに、あのフルフルフルCG(つまり人間以外背景のほとんどがCG)作品、「スカイキャプテン」の製作・主演をしてからは、いつも動向が気になっています(今は、「シャーロック・ホームズ」でワトソンを演じていますね)。

 この「レポゼッション・メン」は、なんとなく不吉な予感がして、長らく借りずにいたのですが、先日、何も観るものが無かったため、ついにレンタルして観てしまいました。

 で、案の定の後味の悪さ。

 それでも、観終わって時間が経つにつれ、この映画の、後味の悪いエンディングとは違う側面が見えてきたので、それについて書いておくことにしました。

 時は近未来、ところはアメリカ。

 SFの描く未来には二つありますね。
 美しく機能的な街と科学的ではあるけれど荒廃してしまった街。
 この映画では、後者の未来が広がっています。
 数度にわたる戦争のために、科学は進んではいるものの、人々の心はすさみ、街にはゴミがあふれている、そんな世界です。

 その世界、未来だけあって医療技術は発達しています。

 個人的に、「医療技術の発達」には三つの道筋があると思っています。

 一つ目は、ナノテクノロジによる「自然な体のまま」病気や怪我を治療し、病気にかからない技術。
 二つ目は、IPS細胞などによる、生体臓器移植による治療技術。
 三つ目は、人工臓器による治療技術。

 現実的には、それぞれが、それぞれを補いながら、三つ同時に進化し医療技術が進んでいくと思いますが、この映画では、極端に人工臓器開発のみが発達した設定となっています。
 人工肝臓、人工腎臓、人工肺など、脳をのぞく、ほぼすべての人工臓器が開発され、多くの人々が、その恩恵を受けているのですね。
 体をこわしても、新しい臓器を使って、元気に長生きできる世界です。
 素晴らしい。

 しかし、最大にして、もっとも恐ろしい問題がひとつだけあります。

 人工臓器は、異常に高価なのです。
 映画本編でははっきりと語られていませんが、予告編では、人工肝臓や人工心臓に、8000万円程度の値がつけられていました。
 だから、多くの人々はそれをローンで購入することになる。

 ところで!
 レポゼッションメン、とは、本来何のことがご存じでしょうか?

 ご存じのように、アメリカは車社会です。
 だから、皆、自動車に乗る。
 もちろん、全員が現金で車を買うわけではありません。ローンで買います。
 中には、車のローンの支払いが滞(とどこお)る者も出てくる。
 すると、レポゼッションメン、いわゆるレポメンの出番となるわけです。
 レポメンは、文字通り、ローンの未払いのカタとして、彼らの乗る車を「回収(レポ)」するのが仕事です。
 こういった業種の人々は実際に存在して、それをもとにした現代映画も多く作られています。

 中でも有名なのは、ヤク中をカミングアウトしたチャーリー・シーンの兄、エミリオ・エステベス主演の映画で、そのものずばり「レポメン」というSF映画です。

 同業のレポメンたちを出し抜いて、やっと回収した車のトランクを開けたら、宇宙人の死体が入っていた、というトンデモなく不運な男の話なのですが、これは一応、自動車を回収するレポメンの話でした。


 しかし、ジュード・ロウ主演の映画のレポメンは、車ならぬ人工臓器を回収するのです。
 重要な、いや、それほど重要でなくとも、臓器を無理矢理抜き取られたら死ぬしかありません。

 この映画のレポメンは殺人者でもあるわけです。

 その合法殺人者レミーを、ジュード・ロウが、髪形をハゲ気味の奇妙なちょんまげ髪にして熱演しています。二枚目なのによくやる!

 
 レミーには友人がいます。
 レポメンの同業者ジェイク(フォレスト・ウェティカーが好演)です。

 レミーとジェイクは幼なじみです。
 幼い頃から体の大きかったジェイクに対して、何度も果敢にケンカを挑んだレミーに、ジェイクは一目置くようになります。
 いつしか親友となった彼らは、その後に起こった戦争にも、そろって参戦し、お互いの命をかばい、バカをやらかして青春を過ごした彼らでしたが、戦争が終わって街に帰ると、自分たちの居場所がどこにもないことに気づいたのでした。

 「普通」の仕事をするには彼らの手は血に汚れすぎていたのです。

 そこで、平和な街でも戦争を疑似体験できる、レポメンに就職したのです。

 ジェイクは独り者ですが、レミーには妻子がいます。
 やがて、レミーは、血なまぐさい現場のレポメンではなく、内勤にかわれと妻にいわれ、ついにそうすることを決意し……

 そして悲劇が起こります。
 あるミュージシャンの心臓を回収しにいったレミーが回収対象者にAEDを使おうとすると電流が逆流し、彼の心臓を焼いてしまったのです。

 すぐに、人工心臓が埋め込まれ、レミーは莫大な借金を背負うことになります。

 やがて、その金利が払えなくなり、レミーは国外逃亡しようとし、ジェイクに追われることに。

 さらに悲劇が続き、いよいよ最後に……始めに書いた、最低の後味の悪いエンディングに突入します。

 ここではっきりと書くことはしませんが、おそらく、このエンディングは、あの「未来世紀ブラジル」からインスパイアされたものでしょう。

 あの映画も後味が悪かった。


 この映画を観終わってから、しばらくして気づいたことがあります。

 それは、ジェイクが「同性愛」というような表面的なものではなく、もっと深い部分でレミーを愛していた、ということです。

 レミーの末路は、ひとりの男に愛されすぎていたが故の悲劇だった。

 ジェイクは、子供の頃、レミーに殴られて彼を意識し、共に生死をくぐりぬけるうちに、レミーのない人生を考えられなくなってしまった。

 彼なしではやっていけなくなった。
 だから、レミーを失いたくない彼は、あんなことを……

 かつて小松左京氏は、短編「星殺し」で、主人公T・Kが、同僚にして戦友グスタフを死なせた生物惑星を「怒りで殺した」時に、

「おれたちこそ、真のカップルになれたはずなのだ。おれにとっての君、君にとってのおれ……これほどふさわしいもの同士がまたとあろうか?」
 
「君は”男”だった。おれも”男”だ。ヘラクレス同士の愛が、去勢された役人どもや、ひ弱なガキどもに理解できるわけはない。だから、俺のこの傷心も、誰も理解できまい」

と言わせました。

 少し意味合いは違うかもしれませんが、わたしには、「レポゼッション・メン」のジェイクの行為に、同様の気持ちがあったような気がしてならないのです。

|

« ヨザクラ | トップページ | 八分間の無限ループ ~ミッション:8ミニッツ ~ »

銀幕のこと(映画感想)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159899/54541606

この記事へのトラックバック一覧です: お前がいないとダメだ ~レポゼッション・メン~ :

« ヨザクラ | トップページ | 八分間の無限ループ ~ミッション:8ミニッツ ~ »