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2012年2月

2012年2月24日 (金)

戦場に生き戦場に…… ~マリィ・コルヴィン死す~

 シリア滞在中の欧米ジャーナリストたちが、潜伏していた建物を攻撃されて、殺されました。

 テレビはみないので、日本の番組で、どの程度放送されたかわからないのですが、世界の主要メディアは、彼らの死をこぞってメインニュースにとりあげています。

 当然のことながら、彼らは政府批判のため、つまり「正確な」報道をするために入国しようとするため、国からの「正式な」許可は下りず、結果的に密入国をしています。

 シリア政府は、それを理由に、謝罪その他の正式対応は一切しないとコメントしました。

 犠牲になったジャーナリストの中に、サンデー・タイムズの記者であるマリィ・コルヴィンがいます。

 彼女は、およそ三十年にわたって、シエラレオネからチェチェンにいたるまで、世界の危険な紛争地ばかりを取材してきました。

 一年前には、あのカダフ大佐に独占インタビューもしています。

 以下は英BBCの映像です。

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 彼女は、中東を中心にジャーナリストとして活躍しました。

 他の人が見ることができないものを見、伝えることが使命だと考えていたのです。

 そして、それを身をもって実践してきました。

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 強すぎる勇気は、時に代償を求めます。

 2001年、彼女は、スリランカ内戦の取材中に爆発に巻き込まれ、左目を失明しました。

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「取材報道にリスクはつきものです。リスクを冒さずに取材はできません」

 その時のコメントです。

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 多くの他の紛争ジャーナリスト同様、彼女の母は、

 「娘は、大好きな仕事をしていて死んだのです」

 と、(表向き)淡々と彼女の死を受け入れているように見えます。

 単に危険という異常に、危険な仕事です。

 常に覚悟はされていたのでしょう。
 

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 凛々しい人です。

 これほど黒のアイパッチが似合う女性を、彼女以外では、アンジェリーナ・ジョリィ演じる「スカイキャプテン」のフランキィしか知りません。

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 最後に……

 シリアに密入国した際の、彼女のメールが残っています。

「オフロード用のバイクで、猛スピードで野原を横切るのはちょっと面白かった。近くにシリアの検問所さえがなければもっとよかったのに、近いうちに会いましょうね」

 戦争記者マリィ・コルヴィンは、2012年2月22日になくなりました。

 この世から、またひとり、ハンサムな女性がなくなったことを切にいたみます。

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オーバーテクノロジのレトロ・ヒーロー 好きよキャプテン! ~キャプテン・アメリカ~

 今夜、散歩がてら、ぶらぶらと近くのレンタルビデオ店に行ってみると、先日レンタルが始まって、大人気の「猿の惑星<創世記>」の横に、見たことのないタイトルが。

「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー」

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 そういえば、映画の予告を観たことがある。

 結構、シリアス調で、わたし好みだったような。

 幸い、20ほど並んでいるディスクのほとんどが借りられていなかったので、たまたま一つだけ残っていた「猿の惑星<創世記>」とともに借りて帰りました。

 帰ってから調べてみると、レンタル開始は24日から。

 だから、いっぱい残っていたんだなぁ。フライングなんだ。

 で、早速観始めて、いま観終わりました。

 鉄は熱いうちに打て、ともいいますので、早速、感想を書こうと思います。

 しかしながら、わたしは熱心なアメリカン・コミックブックの読者ではありませんから、キャプテン・アメリカについては、ほとんど知識がありません。

 放射能を浴びた蜘蛛に咬まれたのか、緑の放射線を浴びたのか、宇宙で特殊な宇宙船を浴びてスーパーヒーローになったのか。

 結論からいうと、キャプテン・アメリカは、ロケッティアと同じで、ナチスドイツと戦う、オールド・ファッションド・ヒーローでした。

 彼が活躍するのは、1942年頃なのです。

 原作は知りませんが、映画では、キャプテン・アメリカの正体は、ナチス・ドイツに対抗する超人部隊を作るために、戦略科学予備軍が行った、スーパー・ソルジャー計画の最初のひとりとして被験者になった、身長160センチの軟弱青年ロジャーです。

 詳細は公式サイトのオープン動画を観てもらうとして……

 サイトでも書かれているように、そして、わたしが映画館の予告で観て、観てもいいかな、と思ったのは(忙しさにかまけて結局DVDで観ることになりましたが)、なぜ、歴代ヒーローたちはタイツのコスチュームを着るのか、の答えがこの映画で示されているからです。(答えは彼らが、客寄せパン……いや、サイトをご覧下さい)

 それに、ヒロインが魅力的なのがいい。

 レトロな髪形、レトロな容姿、そしてレトロな服装、って軍服ですが……

 個人的に女性の服装は、「フリルひらひら」より「カッチリしたスーツ系の服装」が好きなので、軍服姿(ただしスカートに限る)の女性は好きという、個人的嗜好もあるのでしょうが、

 スーパー・ソルジャー計画が成功して、身長190センチ近くの、筋肉隆々スーパーボディを手に入れたロジャーですが、その能力は、成人男子の4倍ほど、って、他の数トンのクルマを、電車を、戦車を持ち上げる、スパイダーマンやハルクや、地球を逆回転させてしまうスーパーマンに比べたら、ちょっとばかしショボクネ?

 でも、いいんです。

「キャプテン・アメリカ」は、映画「スカイキャプテン」同様、実際の時代より科学の進んだ「オーバー・テクノロジ」設定の映画で、わたしはそういった設定が好きだからです(主観全開でもうしわけありません)。

 彼の敵は、ナチス党内部に創設された、ナチス科学武器開発部ヒドラ党、そのリーダー、ヨハン・シュミット(レッド・スカル)で、彼は、当時のナチスの例にもれず、オカルティックなイコン(まあ、キリストを突き殺したロンギヌスの槍とか、キリストの棺とか、キリストの聖杯とかですね)のミステリー・パワーと科学を融合させたレーザーみたいな究極武器を開発しています。

 それに対して、キズの回復力が優れているとはいえ、常人の四倍の体力の男が対抗できるとは思えないのですが……

 ご存じとは思いますが、現実のナチス党は、近代史上まれに見る、オカルト・ミステリー軍隊でした。

 彼らこそ、マダム・ブラヴァツキーの後継者。本気で、キリストの聖杯を探し求めた希有の軍隊なのです。

 しかし、ヒドラの面々が、両腕を斜め上に突き上げて、「ハイル・ヒドラ」っていうのはどうにかならないかなぁ、と思いますが。

 もうひとつわたしが気にいった点を。

 時代設定が1940年代で、出てくる実験機械のダイアル、目盛り、スライダックなどがレトロ感いっぱい、わたしの大学の実験室にもあったようなものばかりで、それも良い感じなんですね。

 たとえていうと、初代版「ハエ男の恐怖」だとか「ガス人間第一号」(八千草薫演じる踊りの師匠が本当に美しい!)の実験室に似てるんです。これがいい。

 こんな感じです。

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 最後はちょっと悲劇的な結末を迎えますが、これはこれで良いでしょう。

 繰り返しますが、設定は、本当に魅力的です。

 主人公ロジャーは、脆弱で小柄で、肉体的に弱者で、4度の入隊志願を4回とも落とされた兵士不適格者ですが、その精神の強さと魂のタダシサは、ピカイチな男です(このあたり、ヘナチョコ時代のスパイダーマンに似ていますね)。

 それ故に、スーパー・ソルジャー計画の中心人物、ドイツからの亡命者であり、戦略科学予備軍(SSR)の科学者であるエイブラハム・アースキン博士は、肉体頑健な他の候補者でなく、ロジャーを選んだのです。

 もともと肉体的に強い、「美女と野獣」のガストンみたいなヤツは、魂の強さを持てずに、却って、肉体の優位さを自分の値打ちと勘違いして、邪悪さを増大させてしまうのだ、と博士は考えているのです。

 肉体的に弱くても、力に負けない、という精神の人間にこそ、強い力を与えるべきだと。

 これは正しい見識でしょう。

 健康で身体能力に恵まれてインターハイなどに出られる学生と、ぜんそくや病気を押して、なんとか登校している学生のあいだに、魂の強さの優劣はありません。

 というより、極言すれば、頭角を現すスポーツ選手は『ただ健康でよく動く身体に恵まれただけ』で、身体の動くうちは、イケイケでがんばれるでしょうが、いったん怪我や故障に見舞われると、それに耐えられなくなることも多いでしょう。

 もっとがんばって成績を上げることは得意でも、思い通りにならない身体を押して、人並みにがんばる苦労には耐えられない。

 だからこそ、身体に恵まれた、あるいは問題なく生活を送ることができる我々は、そのことに感謝し、ハンディキャップをもつ人々のことを考えねばならないのです。

 いや、横道にそれました。

 SFX的には、それほど派手なものはありませんが(なんせ、成人男性の4倍ほどの能力ですから)、主人公の誠実な人柄と相まって、なかなか魅力的な話に仕上がっています。

 あと、トミー・リー・ジョーンズのトボけた上官の演技や、(おそらくは)中国を意識したアジア系主要メンバーの存在、現在制作中のアベンジャーズ(マーベル・ヒーロー集合映画)への布石として、アイアンマンのトニー・スタークのオヤジが出演していることなど、書きたいことはたくさんあるのですが、まあ、とにかく観てください。

 時間のムダ、と思わないはずですから。


 あ、ラストのラストまで映像が入っているので、エンドロールが始まったからといって、トイレに立ったり、止めたりしないで、最後まで観てくださいね。

 損しますよ。

 なお、以下のサイトには、「キャプテン・アメリカ」についての素晴らしいトリビアルの記事があります。

 ご覧になってください。
  http://blog.movie.nifty.com/herojungle/2011/10/post-2a46.html

 最後に……おそろしく精巧な1/6フィギュアも発売されているようです。

 参考までに写真を掲載しますが、あなた、買いますか?

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2012年2月23日 (木)

アデューはアディオス、さようなら  ~さらば友よ~

 いま、スカパー:シネフィル・イマジカで、「さらば友よ」(1968France)を放映しています。

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 「冒険者たち」同様、子供の頃、深夜映画で観て、強烈な印象を受けたフランス映画です……って、あれ、英語をしゃべってますね。

 タイトルも「ADIEU L'AMI」じゃなくて、「FARAEWLL FRIEND」になってる。

 ああそうか、たまにある、フランス映画の英語吹き替え版、なのだな。

 声を聴くと確かに本人の声ですね。

 ブロンソンはフランス語が話せるし、アラン・ドロンも英語が話せるから問題ないのでしょう。

 これまでに何度か観たものは、すべてフランス語だったので、ちょっと違和感がありますが、言葉が分かるのはいい。

 子供の頃は、なんだか分からないガイコクゴを話していた二人が、分かる言葉で話すのを観るのは、なんだか不思議ですが、その分、映画のミステリアスな(「さらば友よ」のどこがミステリアスというムキもおありでしょうが)部分がなくなってしまったような、一抹の寂しさがあります。

 「ピアニストを撃て」や「勝手にしやがれ」には、それがあるのですが、って、それはおまえがフランス語をわからないだけジャン!

 あらすじ、その他はここらへんでどうぞ↓。

 記憶では、男臭いだけの「咳してもガイ二人」というカンジの印象があるのですが、前半の、ブロンソンがプロデュースするパペット・ヌードショウ(金髪美人を人形に見立ててストリップ・ティーズさせるやつ)や、医師ドロンが行う健康診断で、女性たちがトップレスっぽくなるシーンなど、結構オンナくさい(って、つかっちゃダメなのかな)映画だったんですね。

 登場する喫茶店などが、70年代を先取りしたような、プラスティック製品多用オレンジ一色センスで、懐かしさに、なぜか切なくなってしまいますが、それより、ドロン演じる医師が、ビルの窓から眺めるフランスの街並みの方が、胸を締め付けます。

 なんでもない、ビルの並ぶ都会の風景なんですが、なぜでしょうか。

 この映画の10年前に撮られた「死刑台のエレベーター(1958)」にも、同様な景色が出てくるのですが、それほど感慨は感じないのです(モノクロ映像だからかも知れませんが)。

 あるいは、60年代フランスの都会の街並みは、70年代日本の先取りでもあるからでしょうか。

 そういえば、「地下室のメロディ(1963)」の冒頭シーン、例の印象的なメロディに乗って、ムショから出所したジャン・ギャバンが歩くパリの街並みは、無機質なビルが闇雲に建設されつつある、まるで大阪万博前後の日本の建設ラッシュのようでありました。

 youtubeで見つけましたが、なんと、着色されてる!
 ちょっと、印象が変わるなぁ。↓

 もうすぐ、映画が終わります。

 いずれにせよ、色調の美しい、印象深い名画であるのは確かです。

 願わくば、「死刑台の~」のように、時代を現代に移した、デキの悪い日本製のレプリカが作られませんように。

 蛇足ながら付け加えると、子供の頃、ラストの、ドロンの叫びの意味がわかりませんでした。

 今や、あれを「スタイリッシュな演出」として、持ち上げるのが当然ということになっているようですが、わたしは、その前の「タバコの火付け」の方が好きなのです。

 ラスト近くのドロンのセリフ、「弾は残っていないんだ!」は、「理由なき反抗」におけるジェームス・ディーンのラストの「弾は抜いたのに!」とオーバーラップしますね。

 どちらも国家権力によって、犯人は射殺されてしまう……

 さあ、映画が終わりました。

 おう、オヤジ、酒とカップとコインで賭をしないか!?

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USA紀行写真掲載開始!

 ちょうど一年前に、ひと月ほど旅行したアメリカ合衆国の写真をアップします。

 自家製ブログにて、連続アップする予定です。

 更新するたびに、ここで紹介させていただきます。

 以下のサイトでご覧になってください。

 かぶらや PHOTOS

  今回は、ロサンゼルスからサンフランシスコ、ラスベガスといった西海岸を中心に掲載します。

 貧乏、もとい清貧旅行なので、派手な事件は起こりませんが、なかなか面白い旅行でした。

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 上は、ロスからシスコへ向かう飛行機から撮影したものです

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2012年2月21日 (火)

あざといドンデン返しは是か非か? ~コフィン・ダンサー~

 このところ、アニメやフィギュアなど、柔らかめ?の話が続いたので、久しぶりに本の話をします。

 この年始に、どこの局であったか、地上波民放深夜枠で映画「ボーン・コレクター」(1999年制作)を放映していました。

 主演:デンゼル・ワシントン(若々しい!)、アンジェリーナ・ジョリー(ほぼ映画初主演の初々しさ)

 これについては、別項で書こうと思いますが、ご存じない方のために、ざっと説明すると、優秀な捜査官であったリンカーン・ライム(デンゼル・ワシントン)は、捜査中の事故で脊椎を損傷し、首から上と片方の指先だけしか動かせない身体になってしまう。

 しかし、頭脳の明晰さはそのままで、彼は、ベッドに寝たまま、持ち込まれる様々な物証(情報じゃないところがミソ)をもとに、緻密な推理を組み立て、犯人を追い詰めるのだった。

 その彼の「身体の一部」として、実際に現場に出向き、掃除機をかけて細かい物証を収集する若き美貌の女性捜査官アメリア(アンジェリーナ・ジョリー)との出会いを描いたのが「ボーンコレクター」でした。

 そのシリーズ二巻目が、この「コフィン・ダンサー」です。

 題名の由来は、今回の犯人である、決して姿を現さない正体不明の殺し屋の、唯一判明している特徴が、腕に彫られた「棺桶(コフィン)の前で踊り子が踊る」図柄のタトゥだからです。

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 オビに書かれた惹句(コピー)↑でもわかるように、この犯人も、精神が壊れかけた異常者っぽいですね。

 まあ、実際そうなんです。

 ディーヴァーは、ちょっと異常を来した犯人(ミスリード用のオトコだとしても)が好きなんですね。

 しかし、作家ジェフリー・ディーヴァーの、一番の特徴は、その『あざとい』とさえ言える、というか、『エエ加減にせぇや』というほどの「無理矢理っぽい」ラストの大ドンデン返しなんですね。

 だから、コフィン・ダンサーも、目に見える「それらしい犯人」以外に、さらに隠れた犯人がいるわけです。

 あ、これって、別にネタバレにはなりませんよ。

 だって、また別項で紹介するつもりの、ディーヴァーの「悪魔の涙」もそうだし、まあ、彼のほとんどの作品がそうなんですから。

 だから、結局、犯人っぽくない人物の中から真犯人を捜すわけですが、これが、当たらない。

 そこが、ディーヴァーのディーヴァーたる所以なのでしょうが、何度も繰り返されると、だんだんハナについてきますね。

 まあ、多くの人は、この「やられたぁ」感を感じたくて、ディーヴァーの作品を読んでいるような気がしますが……

 普段、わたしは、翻訳された不自然な文章(二、三十年ほど前に比べたらマシになりました)が、あまり好きではないので、外国の訳本はあまり読まないのですが、このシリーズの訳者に関していえば、あまり妙な言い回しを使わない人なので、読みやすいと思います。

 美しくない、変な日本語を読まされるぐらいなら、米アマゾンのサイトで、英語版テキスト・データを買って、iPad2のキンドルアプリで読んだ方がましです。

 おかしな訳より、英語の方がよほど意味がわかりやすい。

 しかし……

 余談ながら、書いておくと、

 昨年、アップル社が、必ずアップルストア経由でないと、ブックデータを買えないように規約を変えたため、以前は可能だった、iアプリから直截アマゾンサイトのデータを買うことができなくなってしまいました。

 その結果、ブラウザを使って米アマゾンのサイトに行き、あらかじめデータを購入(だいたい5ドル程度です)しておいて、あとからiアプリを開いてiPad2にダウンロードする、という二段構えの面倒くさいシステムになってしまいました。

 そろそろキンドルを買うべきかもしれませんね。

 ともあれ、この現代の「隅の老人」「鬼警部アイアンサイド」「ママ」ともいえる安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)リンカーン・ライムと、凄腕の殺し屋コフィン・ダンサーとの戦いは、読んで損はしないと思います。

 本の体裁として、ハードカバーなら450ページ一冊(1857円)、文庫なら上下の二分冊なので、わたしはハードカバーをアマゾンで買いました。

 いずれは自炊して、電子化することになると思いますが、ハードカバーはカットしにくいのですね。

 ついでに書いておくと、リンカーン・ライムシリーズは、

1.ボーン・コレクター
2.コフィン・ダンサー
3.エンプティー・チェア
4.石の猿
5.魔術師(イリュージョニスト)
6.12番目のカード
7.ウォッチメイカー
8.ソウル・コレクター
9.The Burning Wire(未訳)

の9冊が刊行されています。

 ディーヴァーは、安楽椅子探偵ライム以外にも、文字から人格を特定する筆跡鑑定人キンケイド(悪魔の涙)、仕草からウソを見抜くキャサリン・ダンスなど、数人のヒーロー、ヒロインを生みだし、作品によっては、それぞれのシリーズにクロスオーバー出演させることもあります。

 実際には、キャサリン・ダンスは、ライムシリーズのウォッチメイカーで脇役として登場し、人気があったため、スピンオフの形で「スリーピング・ドール」という作品が書かれシリーズ化したわけですが。

 ディーヴァー作品は長編なので、読むのはちょっと、という方は、上記映画「ボーン」・コレクター」から入られるのも良いかも知れません。 

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2012年2月19日 (日)

大人げない!まったく大人げない ハッピーセット「ナルトとサスケ」ゲット!

 お恥ずかしい、いや、まったくお恥ずかしいことですが、この金曜日から始まったマクドナルドのハッピーセット・ナルト疾風伝「ナルト」と「サスケ」のアクションフィギュアを手に入れてしまいました。

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 セットのポテトとパンケーキを食べまくって……

 マクドナルドでは、普段はコーヒーを飲むだけなのですが、今回は、がんばってしまいました。

 また、0分づき玄米の生活に戻らねば。 

 まわりからは、

「なんで、そんなものが欲しいワケ?」

「そんなものが欲しいんだ」

などと冷たい視線と冷笑を浴びましたが、コミック喫茶でこの金曜日から発売される、というのを知ってから、ずっと狙っていたのです。

 はっきりいって、造りは粗いです。それは覚悟していました。↓

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 しかし、個人的に、ジャンプ連載中の「NARUTO」は好きな作品なので、こういったフィギュアを一つは持っていたかったのですよ。

 これ以外に持っているのは、USJ前のジャンプ・ショップで買ったNARUTOカップだけですから。

 キャラクターのデフォルメが良い感じです。↓

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 コーヒーを飲み干すと、中からお色気の術が↓……職場で飲むのはちょっと恥ずかしいギミックですね。

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 手に入れたフィギュアは、台座部分が結合できて、上でナルトとサスケをクルクル回すと、どちらかが何かの拍子にコロリと台座から取れて、それで勝負が付く、という、紙相撲のような仕様です。

 ま、動きもチープなら、二人の表情もチープですが、これこそがハッピーセット、という感じでもあります。

 良い造詣のものが欲しければ、お金を出して海洋堂製を買いますからね。

 何にせよ、これはこれで良し。

 鉄人28号と赤毛のアン、サイボーグ009のフィギュアの横に並べておくことにします。

 あ、コミック版「NARUTO」については、いずれ項をあらためて書くつもりです。

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俺たちの人生は世界に影響なんてない ~TIGER&BUNNY OP2 ミッシングリンク

 昨年、深夜枠にも関わらず、スマッシュヒットを飛ばしたアニメがあります。

 その名も、「花咲くいろは」じゃなくて……

 「TIGER&BUNNY」です。

 http://www.tigerandbunny.net/

 このヒットは、実際の企業とのタイアップであったり(ヒーロー達のコスチュームに、実際の企業名である『牛角』や『ペプシ』『ソフトバンク』などがプリントされている)、常にヒーローモノを作り続けている桂正和のキャラクター・デザインによるものが大きかったでしょう。

 その後、舞台化、映画化とこの作品の世界は広がり続けています。

 もう放送終了後から時間も経ちますし、そろそろ記録しておかねばと思って、ここに書いておくことにしました。

 わたしも、友人から「ひょっとしたら、お前の好きな分野に近いかもしれない」という、控えめ過ぎるリコメンドを受けたのですが、回の浅い時期にちょっと観て、そのあまりにバタ臭い内容とデザインに拒絶反応を引き起こして、それ以降、録画はするものの観なくなってしまいました。

 しかし、最終回近くなって、もう一度観て、なんだか、なぜかわからないけれど、泣けてしかたがなくなってしまったのです。

 訳がわかりませんでした。だって、ストーリーは、相も変わらずのバタ臭い未来都市を舞台に、いかにも桂正和が好きそうな、「ゼットマン」的スーパー・スーツ着用型のヒーローが暴れるステレオタイプのストーリーのままだったのに……

 その原因をしばらく考えてみて……わかりました。

 後半になって、変更されたオープニング・テーマの画と曲と歌詞に胸を射抜かれてしまったのですね。

 その曲は「ミッシングリンク」

 この詞が、痛い。

 人生も後半にさしかかった人間が聞くと、若者とは違う、イタサが胸に突き刺さって涙がでてくる。

 まるで、ARBの「Do it Boy!」の歌詞のように。

 桂正和のメジャー・デビュー「ウイングマン」のギミックである、書けばなにもかもが実現する『ドリムノート』を思わせる、自分の夢を書きつづるノートを主題に歌われた歌詞は、若者が聴くと「未来を奪われた怒り」を感じるのでしょうが、T&Bの鏑木・T・虎徹のように、盛りを過ぎたオトコが聞くと、また違う感慨と痛みを感じてしまうのです。

 いま気づきましたが、タイガーは鏑木虎徹だったんですね。かぶらやに似てる?
 

 最後に、Youtubeで見つけた、フル・バージョンの「ミッシングリンク」を載せておきます。

 作詞者、作曲者、編曲者、演奏者、歌詞などの詳細に関しては以下を。
       http://www.kasi-time.com/item-55266.html

 ついでに、テレビ版のOPも。

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考えすぎて袋小路 Windows8の新ロゴ

 昨日、マイクロソフト社が、来たるWindows8のロゴを発表しました。

 http://news.mynavi.jp/news/2012/02/18/005/

 こんな感じです↓

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 記事中にあるように

「プロジェクトにはデザインコンサルタントPentagramも参加し、Windowsブランドの歴史と価値、Metroスタイルの哲学、テクノロジー産業のトレンドなどをどのようにロゴに込めるか議論を繰り返してきた」

らしいけれど、出来上がったのが、GREE似ロゴ(使用フォントも含めて)ではシャレにならない。↓

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" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、キャッチフレーズはいいけれど。

 以前から、Windowsには二つの瑕疵(かし=キズ)がある(本当はキズだらけだけど)といわれていて、そのひとつが、『ロゴが窓なのに何故はためいているのか』でありました。

 確かに、初めはシンプルだったのに、いつのまにやら、多色化され、立体化され、透過処理された映像になり、どんどん懲りすぎたロゴになってしまいましたからね。

            参考画像↓

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 今回、Windows1のスタイルに回帰しつつ、「窓は、はためかない」という事実に基づいたロゴ作成になったようです。

 たぶん、このロゴを作るのに、何億もかかってるんだろうなぁ。

 肝心の、Windows8について、少し書いておくと、ご存じのように、今度のOSは、「アメリカではパソコン画面をテレビにつないで作業することが多い」という事実と、操作が簡単なタブレット端末で、多くの初心者をとりこんだように、パソコンにも初心者を招致したい、という思惑から、Metro-UI(メトロ・ユーザインタフェース)が導入されます。

 コンピュータを起動するとこんな感じにタイルが並んでいるのです(実際に各レクタングルはタイルと呼ばれるらしい)

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 で、今までのエクスプローラーの方がいいや、という人には、右下の青いタイルをクリックすると、従来型の画面が表示される。

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 つまり、二つのUIを同時に搭載しているのですね。

 またぞろ、決断できず、どちらかに決めかねて、両方とも採用してしまったあげく、内容を複雑にするというwindowsのお家芸が出てしまったわけです。

 どちらを使うかを、ユーザに丸投げで選ばせるのは、決して親切ではないのに……

 タブレットでしかコンピュータを扱ったことのない人々にとって、Metroは扱いやすいものなのでしょうが、これまで、不細工なOSに自分を合わせ、MSを支え、使ってきた人々にとっては、不便以外のなにものでもありません。

 OFFICE2007で導入された「リボン」と賞するメニュー・アイコンも、わたしにとっては拷問でしかなかったしねぇ。

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 ま、音楽工房内のすべてのマシンが、まだXPで、Windows7は、たまに他所にでかけて作業するだけのわたしが言うべき事柄でもないのかもしれませんが。

 受け身のコンピュータ操作、ネットの情報収集とメール送受信は、iPhone4sとiPad2で、充分な気がしますから。

 さすがに、こういった長い文章を打つ時は、家のマシンを使って、Filcoのキーボードで書く方が快適ですが。

 わたしの友人の持論は、クルマはメジャー・チェンジの直前、マイナー・チェンジの最終形態で買え、です。

 それが、もっとも安定しそのバージョンでの完成形に近いから、だそうです。

 もちろん、コンピュータOSにもそれはあてはまります。

 まあ、VISTAとWindows7のサポート延長も決まったようですし、わたしも、年内には7への移行をすませたいと思ってはいるのですが。

P.S.
書き忘れていましたが、もう一つの瑕疵は、「終了するのに、まずスタートボタンを押さねばならない」でした。これも解消されるようですね。

P.P.S.
 今、気づいたけれど、" humble, yet confident. " (謙虚に、しかし堂々と)って、まさか、ジョブズの、「Stay hungry,Stay foolish 」の向こうを張ってるんじゃないだろうねぇ。

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意思の力は緑色 ~グリーンランタン

 ランタンと聞くと、何を思い浮かべますか?

 わたしは、ヤマヤ(山男)時代が長かったので、ランタンといえば、キャンドル・ランタンやオイル・ランタンという、山小屋やテントで使う灯りを思い浮かべてしまいます。

 なんというか、牧歌的で、穏やかで、落ち着いて、さあ、忙しかった一日も終わったし、ゆっくりしようか、といった感じですね。

 だから、前に、グリーンが着こうが着こまいが、ランタンという単語に、スタイリッシュな印象はありません。

 で、グリーンランタンのスイタイルをみると、前回書いたグリーン・ホーネットに似た、というか、ミスター・インクレディブルのような、というか、オリビア・ハッセー主演の「ロミオとジュリエット」の仮面舞踏会というか、そんな感じの目の周りだけ隠す妙にぴったりとしたマスクをつけた、ちょっと間抜けな感じのするヒーローなんですね。

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 ――グリーンランタン

スーパーマン、スパイダーマン、バットマン、ハルクは知っていても、あまり日本には馴染みのないスーパーヒーローです。

 まあ、わたしも、名前程度なら聞いたことがありました。

 でも、よくわからない。

 わたしが、グリーンランタンに対してもっていた印象は、魔法使いみたいな、なんだか不思議なヒーローなんだなぁ、というものでした。

 だって、家に置いたランタンから、指輪にエネルギーをチャージして、お出かけするんですよ。

 WaonかEdy、Suicaあるいは昨今ハヤリのEV車みたいにね。

 日本のアニメでいうと「遊星少年パピー」が一番近いかな。

 パピーの場合は、パピー星のエネルギー・タンクから、エネルギーを伝送して主人公のペンダントにチャージするのでしたが……

 さて、グリーン・ランタンです。

 どこかのスマートフォンみたいに、まめにチャージが必要な忙しいヒーローですが、その能力はスゴイ。

 意思の力で無から有を生みだすのですから。

 キャプテン・フューチャーにおける『物質生成の場』を個人の能力として持っているのですね。

 昔つくられた、グリーンランタンのアニメで使われていたのが、災害で落ちた橋に向かって列車が突進してくるシチュエーションでした。

 この時、グリーン・ランタンは、意思の力でレールを生みだして列車を救うのです。

 つまり、意思の具現化で人々を助けるのが、グリーン・ランタン(以下GLと表記)なんですね。

 今回の映画でも、そういった物質生成能力が遺憾なく発揮されています。

 原作では、何世代ものGLが存在しますが、映画で扱われたのは、二代目のGLでした。

 敵に攻撃されて、瀕死の重傷を負ったGLのひとり(GLは宇宙全体で、3,600人!いる。名称はグリーンランタン・コーズ)が、宇宙の辺境である地球に流れ着き、そこで指輪に後継者を選ばせる――そして選ばれたのが、本映画の主人公だったというストーリーです。

 昨今のコミック映画化としては珍しく、時代設定を現代にしただけで、主人公が、自分勝手に責務を拒否したり、自分の能力に酔って恥ずかしい行動をしたりはしません。

 この点で、わたしは、同じ緑でも、スズメバチ(ホーネット)よりは(ランターン)の方が好感が持てるのです。

 宇宙最古の万能種族オアは、かつての宇宙実験の失敗から、我々の宇宙へ「悪」エネルギーを呼び込んでしまいます。

 オアたちは、その責任をとって、悪と戦うグリーンランタン・コーズを結成し、「全宇宙の生き物の意思の力」を一つの星に集め、選ばれた3,600人のグリーンランタンたちへ、エネルギーとしてそれを与えるのです。

 それがつまり、緑色の光、生きる意思。

 しかし、オアのひとりが、より強いパワーを求めて、意思ではなく恐怖をエネルギー源としたあげく、自分自身がその悪の意思に取り込まれて、宇宙の住人たちに恐怖を与えたのち、それを吸い取る怪物になってしまいます。

 その怪物に重傷を負わされた異星人のGL、アビン・サーから、リングを渡されて、地球人初のGLになったハル・ジョーダンが、地球を守って戦うのが、今回の映画のメイン・ストーリーです。

 ラストには、なんとなく続編を匂わせるシーンがあったりして、個人的には、楽しみであったりもします。

 週末の夜の暇つぶし、恋人とカウチっぽく、ポテトっぽく過ごすには、適当な映画だと思いますね。

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おバカの、おバカによる、おバカのためのヒーロー ~グリーン・ホーネット

 久しぶりに、新しい映画(ビデオ)の話をしましょう。

 実際のところ、グリーン・ホーネット、スーパー8、アイ アム ナンバー4や、世界侵略:ロサンゼルス決戦(こいつは試写会が当たりました)、グリーン・ランタン、ファイナル・ファンタジーなど、新作DVDは、どんどん観ているのですが、現代映画に関しては、いまひとつ元気なく、書く気にならなかったのですが、そうも言っておられず、備忘録として描いていくことにしました。

 今回は、グリーン・ホーネットです。

 もともとは、ラジオ・ドラマで、1966年には、ショーファー(運転手)役のカトーをブルースリーが演じるテレビ番組も制作されました。

 面白いのは、スパイダーマンやハルクのように、もともとコミックであったのが、ラジオドラマや映画化されたのではなく、90年代にラジオドラマがコミック化された作品だということです。

 わたしも、子供のころ、ブルースリー出演の作品をテレビで観ていました。

 同時代に放映された、アダム・ウェスト主演のバットマンほどには馬鹿げておらず、ブルースリーのアクションも華麗で、個人的にはバットマンよりこちらの方が好きでした。
 ホーネットが、英語で「ブンブン唸るスズメ蜂」の意であるのも、この番組で知りましたしね。

 が――

 タイトルにあるように、今回の映画化で、わがスズメバチは、おバカの、おバカによる、おバカのためのヒーロー映画に成り下がってしまいました。

        証拠写真↓

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 ハリウッド映画にはよくありますね。

 なんだか、あごが二つにわれた、大柄でいかにもヤンキー(日本の若者を指す意味ではない)っぽい思考停止型の男が、「ホウホゥー」などと奇声をあげながら、踊ったりするシーンが。

 そういえば、ハスラー2でトム・クルーズもそんなことやってたな……

 この映画は、正しく全編それです。

 本来なら、お馬鹿な主人公(ボンボン)を、相棒である天才発明家にして格闘家のアジア人ショーファーが、「仕方がねぇなコイツは、俺がいないと」って感じで、抑えにまわって、引き立てる、というスジだと思うのですが、この映画は、二人ともおバカ。

 金にあかせて、調子にのって、奇声を上げて、むちゃくちゃ暴走するだけ。

 ここ十年で、一番愚かで、無思考型のヒーロー(とも呼びたくない)じゃないかな。

 ストーリーもご都合主義だし。

 個人的には、キャメロン・ディアスの健在な姿を確認できたのが、唯一の収穫といえる映画でした。

 

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2012年2月17日 (金)

謎の男ソラノ(自作小説:PDF)

 二月に放送する予定のラジオドラマ用原作です。

 内容をざっと紹介すると……

 ある街に、ソラノと呼ばれる男が現れたことから騒ぎが持ち上がる。

 ソラノは、名前は有名だが、誰も見た者がいない。つまり、顔を見たものを必ず殺す凄腕の殺し屋なのだ。

 ソラノが、街の権力者を狙っていることがわかり、ギャングたちは、八方手を尽くして探しだそうとした。

 しかし、一向に見つけることはできない。

 ソラノは、どこへ行ってしまったのか……

 大恐慌下のアメリカが舞台のちょっとピカレスクな話ですが、いかがでしょうか?

 短い話なので、お読みください。

 最近、ジェフリー・ディーヴァーを続けて読んでしまったので、ちょっと、あざといドンデン返しをマネしてみました。

  PDFダウンロード(205k)

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その人は美しく、お節介、健気でおきゃんな役の似合う人だった ~淡島千景死す

 このところ、わたしが楽しみにしているものの一つに、BSプレミアムで放送されている、「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」があります。

「楢山節考」(当然、1958年制作の木下啓介版)などの有名ドコロはともかく、今回紹介する、「本日休診」(1952年渋谷実監督)のような、こういったきっかけがない限り、わたしのような凡俗の人間が観るはずのない映画を、選んで放映してくれるのが嬉しいのです。

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 「本日休診」は、昨今の韓国ドラマのような「劇的な展開」はなく、ただ淡々と、「戦後日本の貧乏生活を、老齢にさしかかった医者の目を通して描く佳作です。

 ドラマティックな展開はない、と書きましたが、それでいて退屈することがない。
 これは名作の本質です。

 貧乏で貧相で貧しく(って、みんな同じ意味ですが)、世知辛く、もの悲しい景色が、モノクロ映像を通じて描かれると、一種、つるりとした硬質の美しさをもって胸に迫ってくる。

 貧乏長屋のドブ板すら、なんだか妙にきれいに見える。

 息子を戦地で亡くし、甥を後継者にして、戦後に医院を再開した老医師が、医院再開一周年を迎えて、医院を休みにし「本日休診」の札を掲げるところから物語は始まります(昭和27年:晩年悪役の多かった柳永二郎が素晴らしい)。

 そこへ、戦争で頭がおかしくなった男(今で言うPTSDですか)、警察、チンピラ・ヤクザ、大阪から状況するなり暴行される少女、無一文の盲腸患者、兄の金のために権力者に身体を委ねる女性などが、次から次へと登場する悲喜劇、というのが「本日休診」のあらすじです。

 しかし、その登場する役者が何とも豪華。

 男の意地で小指を落とすから麻酔をしてくれ(という時点でチンピラというのがわかります)という小悪党が、すっきりとした二枚目の鶴田浩二!

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 脇役の脇役、ちょっとだけ顔を見せる医院に務める看護婦が岸恵子(わたしには、どうにも、この人が美しいとは思えないのですが……)。

 ダチ公である無一文の盲腸を患者を入院させ、本日休診で人手が足りない、という医師に「戦時中、俺は衛生兵だったから外科手術は手伝えるぜ」と言い切り、金を払いたくないばかりに、最後には、ロープで二階の入院部屋から友だちと脱出するセコい男に、なんだか悪い面がまえの多々良純(って、若い人はしらないかな)。

 貧乏ながらも真っ直ぐに育ち、暴行された女性を好きになる好青年を演じるのが、佐田啓二。

 戦争の後遺症で精神異常をきたし、未だ戦地にいると勘違いして、道往く人すべてに、敬礼、整列を要求する男に三國連太郎!

 この三國に対する、まわりの人々の接し方がいい。
 皆が優しく彼につきあってやるのだ。

 そこには、彼こそが、「あの」まだ傷跡も記憶も生々しい戦争の被害者なのだ、という、共通意識があるからでしょう。

 三國の行動は滑稽で、それにつきあう人々の行動も、一見バカバカしく見えますが、そこには、ユーモアとペーソスが確かに息づいています。

 観ていて涙が出てくる。

 あ、自分で書いて、気づきましたが、最近、『ペーソス』という言葉を耳にしませんね。

 アイデンティティだのリビドーだのといった「自分中心の言葉」は、よく聞きますが、アイロニーだとかペーソスといった心のヒダを表す単語……ああエレジィも聞かないな。

 ご存じのように、ペーソスとはPATHOS、倫理社会などではパトスと習いますね。

 日本語では「もの悲しい情緒」と訳されることが多い。

 ユーモア(本来この発音なのに、英国ではいつのまにか、Hを発音してヒューマーだって!)とは正反対(マギャクっていう、お笑い芸人から広まったバカ語は使いたくないねぇ。ま、どうせ定着するだろうけどさ)の言葉です。

 ユーモアとペーソス、かつて、人情喜劇映画の紹介に、かならず使われたこの言葉は、今や、ほぼ死語となってしまいました。

 おもろうて やがて かなしき うかいかな

 というような、しみじみとした、もの悲しさより、ガイコク風の「うぇーん、わーん、ぎゃー」と叫ぶ爆発的感情表現(あーいやだ)の方が現在の日本人には合うらしい……

 そんな日本人いらねぇよ。

 仕事もせず、妹に金を頼って、バクチに精出すダメ兄に、旧版「白い巨塔」の東教授役でおなじみの中村伸郎。この人は、年をとってからの「超インテリ役」しか知らなかったので、この映画における貧乏な長屋のダメ兄貴ってのが、なんとも新鮮でした。

 そして、そして、そして……兄の金のために、鶴田浩二という恋人がいながら、闇屋らしき権力者の男に身を任せ、あげく妊娠し、その子がお腹で死んでしまったために、つねに貧血とめまいに襲われている娘役を、美しくきれいで、眉目秀麗で、すっきりとした立ち姿で、えーい、私の貧相なボキャブラリでは表現できないが、その上、お節介で、おきゃんで清潔な性格が、ぴったりと似合う淡島千景が演じています。

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 特にわたしが好きなのは、「君の名は」(もちろんオリジナル。リメイクがあるそうですが、わたしは知りません)で、主演の岸恵子演じる真知子の友人、美しく、きれいで、眉目……もういいって?そしておきゃんで、気っ風がよくて、さっぱりとして、優しくて、何事にも負けない魂の力強さを感じさせる(岸恵子演じるマチコとは正反対の)水商売の女性、綾ですねぇ。

 そうそう、「君の名」は、もそうですが、この「本日休診」も、出てくる若い女性は、ほぼ全て美しい。

 さすが、「映画女優みたいな」、という表現が生きていた時代です。

 いまみたいに「どこにでもいるおねーさん」や、「明日からわたしもテレビの向こう側に行けるかも、だって、あの人よりわたしの方が……」なんて、間違っても思えない人々が登場していた銀幕なんですから。

――ほぼ……「すべて」うつくしい女性が出ている、と言えないのは、岸恵子のオタフク顔が、時折、画面に映るからです。残念だなぁ。

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 わたしは、女性の値打ちは美醜にはないと信じる者ですが、同時に、昭和二十年代の映画女優の値打ちは美しさにアリ、と固く信じているのです。

 ま、彼女の人気は、その容姿でも演技でもなく、彼女がハラの中に持っている自意識の高さ、ガイコク好き、あげくガイジンと結婚していつのまにか国際通扱い、という、見識と生き方にあるのでしょうなぁ。

 そんなのに憧れるのはつまんねぇけどね。

 だったら、誰もやらない時期に赤毛パーマを貫いた淡谷のり子の方がずっとカッコいいや。

 閑話休題

 淡島千景が昨日なくなりました。

 享年87歳。

 彼女は、戦中戦後と宝塚の娘役のトップスターとして活躍しました。

 その美しさ、凛々しさは、数度だけ演じた男性役を観た宝塚近郊に住んでいたある男が、彼女を主役にしたハナシを描きたくて仕方がなくなって、ついに漫画に描いてしまったあげく、それをアニメにしてしまったほどです。

 仕方ないよなぁ、手塚治虫。

 あのくりくりした瞳と髪形を見たら「リボンの騎士」を描いてしまうよなぁ。

 その後も、モリシゲと組んだ夫婦善哉、駅前・社長シリーズでは、やっぱり色っぽくおきゃんな芸者を演じ、コメディエンヌとしての才能を開花、そのスゴさは、美しさと芸風にあやかりたいと、淡路恵子やホシュピタルの扇千景が、名前の一字をもらって芸名にしてしまったほどでした。

 上記、名前をもらったバカ役者と違い、かつがれてホシュピタル政治家になることもなく、いち女優として一生を過ごされ、晩年も、つい最近まで日本俳優連合名誉副会長を務められました。

 美人薄命を返上する、太く長い生き方は、まことに見事。

 ま、岸恵子が、まだ生きてるのはわかりますけどね。

 最後に、彼女の芸名のもととなったとされている、小倉百人一首、源兼昌が一首を……

 淡路島 かよふ千鳥の なく声に いく夜ね覚めぬ 須磨の関守

 長い間おつかれさまでした。元気にお眠りください。

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