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2010年10月11日 (月)

「四千万歩の男」の残したもの……は、実際デカかった

 昨日、「完全復元伊能図 全国巡回フロア展」に行ってきました。

 伊能忠敬が制作した日本地図を「原寸」で展示する催しです。

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 まずは、チラシからその主旨を引用してみましょう。

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「2010年は、伊熊測量開始210年に当たります。

 下総国佐原(現千葉県香取市)の商人・伊能忠敬は、49歳で隠居後、50歳のとき江戸に出て天文・暦学を修め、55歳の1800年から72歳の1817年まで17年かけて日本全国を実測し、正確で美しい日本地図を遺しました。

 各地でウオーク日本1800や伊能忠敬ゆかりのウオークが計画・実施されています。

 この催しとともに、伊能図の原寸大複製を作成し公開する「完全復元伊能図全国巡回フロア展」を各都道府県で開催することを企画しました。

 いよいよ、待望の奈良で開催します。

 伊能忠敬は1806年冬に四国の測量を終えて、冬に奈良を測量しました。これた「大和路測量」です。測量作業とともに寺社仏閣を巡っています。その即席を辿ってください。」

 しかし、この伊能図『全』展示、さあ測量210年記念です、さっそく展示しましょう、といった簡単なものではありません。

 なぜなら、幕府に提出されたものは明治6年の皇居炎上の際に焼失し、東京帝国大学に保管されていた伊能家控図についても、大正12年の関東大震災で焼失したからです。

 よって、わたしが子供の頃は、そういった地図を作った人がいたよ、という史実と、縮小された複製地図だけが残っていただけだけでした。

 それが、伊能大図、全214枚のうち、アメリカで207枚!が発見されたため、現代の写真技術を使うことで、伊能忠敬らが作成したものと同じ美しい地図が蘇りました。

 ここで、注意しなければならないのは、およそ200年前に作られた地図の大きさです。

 当時は、もちろん紙の地図で、現代のように、画面をフリップしたり、ピンチしたりして、移動、拡大・縮小ができるようなものではありません。

 したがって、地図一枚一枚がデカい。なんせ実測図ですから。

 これをもとに、より使いやすい伊能中図、伊能小図が作られたわけです。

 写真でみれば分かるように、一枚が、およそ全紙(新聞紙見開き一枚)サイズ以上(実際は畳一畳)のサイズです。

 それが、214枚ある。巨大ナリ。

 展示会のタイトルに「フロア展」とあるのは、もちろんフロア展示するからなのですが、もうひとつ、その地図を床に敷いて、その上を歩き、直(じか)に伊能図を見ることができるという意味があります。

 人々はこのように↓地図の上を歩き、ひざまずきながら興味ある土地を見ているのです。

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 展示物が巨大すぎて、普通の会場では展示できないため(と、おそらく費用を安くあげるため、アカデミックな催しであるため)に、展示会場には、各地の市や大学の体育館を充てているようです。

 写真でみればわかるように、一見、ただの体育館で、特に何もない展示場です。

 しかし、会場内を歩く人々の熱気は相当なものです。

 皆、飽きずに地図に見入っています。おそらく、自分の住んでいる場所、生まれ故郷、出かけた場所が、200年前にはどうだったのか調べているのでしょう。

 会場内には巨大なブリッジが造られ、その上から、巨大な日本地図を鳥瞰(ちょうかん)することができるようになっています。

 しかし、こうやって見ると、日本って大きかったんだなぁ。

 政治でも地理でも、すぐにアメリカやアフリカと比較するから小さく見えてしまう。

 あの辺の土地って、無人の場所がほとんどの荒野なんだから、単純比較すること自体がおかしいのですよ。

 地図の多くは、海岸沿いの正確な測量を心がけているため、日本中央部の峻険な山々は白く抜け落ちていますが、海岸線の正確さは驚くべきものです。

 しかし、なにぶん200年前の地図です。

 京田辺市やあきるの市などの「笑止な観光目当て造語土地名」あるいは「イメージ先行無理矢理ひらがな土地名」が無いのはもちろんのこと、意外に、現在、知らぬ者のない土地が地図上にない反面、無名な土地ながら、当時から記載されているものが多数あります。

 北海道の多くの地名は、現在のように漢字を当てられず、カタカナのままであるものの、クナシリ島の測量の正確さには驚かされます。
 
 
 さらに、会場内には、当時の測量道具や測量方法を記したパネルも展示されています。

 その一つに、このようなものがありました↓。

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 伊能図が、実際に何年まで日本地図として使用されていたかを記した図です。

 これから、昭和の初めまで伊能図が使われていたことがわかります。

 まさに、国家百年の計。

 この展示会は、今後もまだまだ日本全国を巡っていく予定のようです。

 近くで催された時は、ぜひ足を運ばれるよう、おススメします。

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