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2010年8月13日 (金)

夏がくれば思い出す ~終戦は真夏の出来事~

 夏、といえば、連想するものが――

 昼ならば、輝く太陽、海の家、「氷」のノボリ、はじけ飛ぶ水しぶきに女性の素敵な水着姿、夜ともなれば、若い女の子たちのほっそりとしたウエストにキュッと締まった帯も初々しい浴衣姿、ちょっと汗ばんで上気した頬に、ゆったりと風を送るうちわ、手をつないで見上げる夜空、漆黒に咲く色とりどりの花火――

 なんて夢のような情景ばかりであれば、どれほど良いでしょう。

 しかし、奇(く)しくも日本に生まれ、戦後教育をうけた者であれば、8月がくれば思い出すのは(あるいはマスコミなどのリーディングによって思い出させられるのは)、史上初めて「生活する民間人の頭上に落とされた」二種類の原子爆弾(リットルボーイが高濃縮ウラン、ファットマンはプルトニウムを用いたもの:「アジア人に対する放射能爆弾の影響を知るため」違う種類の爆弾を違う場所に投下したとされる)と天皇による玉音放送でしょう。

 個人的に、人々が玉音放送を聞くイメージというのは、

「猛暑の中、流れる汗を拭おうともせずに、じっと真空管式ラジオを見つめる人々」

です。

 そう、現代日本において、終戦とは「うだるような暑さの中の出来事」なのですね。

 もちろん、戦争が終結するのは夏だけではありません。

 世界を見渡せば、真冬のさなか、木枯らし吹きすさぶ中での終戦を経験している国も少なくない。

 日本だって、大阪冬の陣の終戦(停戦)は冬だったわけです。

 しかし、我々日本人にとっては、いわゆる「さきの大戦」の印象が強すぎて(あるいは「さきの大戦」が直近の戦争であり残された資料も多く、それを体験した人々がまだ生きているために)、戦争といえば「太平洋戦争」「終戦といえば1945年8月15日」ということに条件反射的になってしまうのですね。

 もし、イタリアがコシヌケにも真っ先にケツヲワラズ、返す刀で日本に宣戦布告セズ、ドイツがもう少しガンバリ(とはいえ、一説によると、自殺直前のヒトラーは過労過ぎて、自殺しなくとも、あと数週間で死んでいたらしいですが……)さえすれば、日本の終戦は冬になっていたかも知れません。

 あるいは、一年で、もっとも気候の良い、春先や秋口のうららかな日になっていたかも知れないのです。

 しかし、いろいろな地方、色々な時代の激しい戦争をみても、そういった季候の良い時期に終戦を迎えたものは、それほど多くありません。

 逆にいえば、こういうことです。

「戦争勃発(ぼっぱつ)」後の、振り上げたコブシをおろす「終戦」という決断は、寒熱冷暑(かんねつれいしょ)の厳しい時期に、それに耐えかねたように行われることが多いのだ、と。

 しかし、それでも、日本の終戦は、西行法師のあの句のごとく、

「願わくば 桜の下にて 春死なんその如月の 望月のころ」

であって欲しかった。

 過酷な時代を生きた人々に、冷徹な宣告をする日であるならば、せめて季節は美しくあって欲しかったのです。

 それが、戦争を知らないわたしの、単なる感傷にすぎないことはわかってはいるのですが……

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