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2010年6月17日 (木)

結末が分かっている哀しさ クローンウォーズ

 始めは、「あまり怖くねーなー パラノーマル・アクティビティ」というタイトルで書こうと思っていたのですが、どうも悪口になってしまいそうなので、というか、もうタイトルで褒めてないのは丸わかりなのですが、それは次にまわすとして、今回は「スターウォーズ・クローンウォーズ」について書くことにします。

 この作品については、以前、本ブログで書いたことがあります。

 現在、シーズン2がNHKハイビジョンで放送されているところです。

 実写映画版のキャラクタをもとに極端にデフォルメされたCGには好悪が別れるところだと思いますが、絵柄を気にせずに観ると、これがなかなか良い作品なのです。

 実を申せば、わたしはスターウォーズ・シリーズが好きではありませんでした。

 最初の三部作(いわゆるエピソード4-6)は、映画館で観るどころか、つい最近まで内容は知っていても、どれひとつとして最後まで通して観たことなどありませんでした。

 エピソード1(ファントム・メナス)は、CGの出来が知りたくて、レンタルして観たのですが、あのジャージャーとかいう馬みたいな顔をしたイキモノがクド過ぎて、すっかり辟易(へきえき)してしまいましたしね。

 そのあと、これもデフォルメされまくった、五分だった十分だったかのショートアニメ版スターウォーズ(タイトルはたしか「クローン大戦」)を、どこかで放送していたのを見かけたのですが、駄作でした。

 しかし、今回のCG版クローンウオーズは違います。

 なんといっても、後のダース・ベーダー、アナキン・スカイウォーカーの言動が良い。
 彼と彼の師であるオビ=ワン・ケノービの洒脱(しゃだつ)な関係も……

 おかげで、今さらながら映画「エピソード2,3」を続けて観てしまいました。

 そして、物語の結末を観て、ふたりが命をかけた殺し合いをすることを知ってしまっただけに、クローン大戦における絶大な信頼関係、丁々発止のやりとりが、なおさら見ていて楽しく悲しくなってしまいました。

 ケノービとアナキンの師弟関係が、そのままアナキンと彼の弟子=女性パダ・ワンのアソータ・カノとの関係にオーバーラップされるという演出もニクい限りです。

 主人公アナキン・スカイウォーカーは、オビワンには兄弟子(同時に師匠)として尊敬と信頼、そして彼に認めてもらいたい故(そして多分に持って生まれた性格から)の無謀さを示しながら、同時に自分のパダ・ワン(弟子)であるアソータには、大いなる愛情と信頼と大らかさを持って接しているのです。

 アナキンが勇敢であればあるほど、共和国に誠実であればあるほど、そして自分の師匠と弟子に愛情の無垢さを示すほど、観ているのが辛くなる。

 有り体にいえば、映画のアナキンは役者の個性もあって、それほど魅力的ではありませんでした。

 いや、今は、演出が悪かった、といっておきましょう。

 しかし、クローンウォーズは違います。

「これほど勇敢で立派で高潔な英雄が、なぜ?」

 と思わせるエピソードがテンコモリなんですね。

 このCGシリーズには、もうひとり(もう一種類?)主人公がいます。

 タイトルにあるクローンたちです。

 だいたいね、おかしいと思うでしょう?

 古い時代のエピソード1-3では、最新型のロボットが、どんどん兵士として登場しているのに、時代の下ったエピソード4-6では、出てくるロボットは、どう見てもキグルミのC3POとドラム缶型のR2D2だけ、白い鎧を着た人間兵士たちが主戦力として出てくるんですから。

 そりゃ、映画の制作された時代を考えれば当たり前なんですが、「世界観としてはおかしい。整合つけろ!」と思っていたら、見事に整合させてしまったんですね。

 あの白いヨロイを着ていた兵士たちは、全部同じ顔をしたクローン兵だったんですから。

 やられたなぁ。

 エピソード1-3そしてクローンウォーズで描かれるロボットは、そのほとんどが、歯に衣着せず言えば「低脳」です。

 バカばっかり。

 返事も「ラジャラジャ」ですしね。

 聴いていてカンに触る。

 それに反して、高名なバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)の遺伝子から作られたクローン兵士たちは、全員が知的で勇敢です(そして同じ体格と同じ顔をしている!)。

 スターウォーズをご存じの方なら周知のごとく、勇敢で誠実な彼らも、最後は生み出された時から仕込まれていた「コントロール暗示」によって、共和国とジェダイ・ナイツを裏切り、帝国の兵士になってしまいます。

 そのため、アナキンと同じく、彼らの活躍は観ていて悲しくなる。

 しかし、CGクローンウォーズでは、まだ彼らは裏切っていません。

 誠実で勇敢、皆が同じクローンであることを誇りに思いながらも、個性を出すために、髪を金髪に染め、入れ墨をし、話し方を変える。

 これまでに、何度となく「無目的に戦う空しさ」を指摘するエピソードが積み重ねられ、彼らだけでなく、観ているわたしたちでさえ、クローンたちを無理矢理戦わせている共和国が悪いんじゃないの、と思えるようになりました(まあ、もともとクローン兵を作ったのは、ジェダイの敵、シスだったわけですが)。

 時に、自らの「戦うためだけに生まれた命」を疑問に思って軍を脱走し、辺境惑星で家庭を持つクローンも出てきます。

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 あるいは、帝国に通じる者も。

 こういった、細かいクローン兵士についてのエピソードを、織物でも織るように重厚に積み重ねながら、全100話を目指してシリーズは進んでいます。

 ああ、今、気づきました。

 スターウォーズとは、誠実で勇敢、高潔であった一人のジェダイと数万(数十万?)のクローン兵たちが、心ならずも「変節」してしまう哀しさを描いた物語だったのですね。

 もっとも、クローンウォーズでは、まだアナキンもクローン兵たちも、素晴らしいサムライ=ジェダイであり、誠実な兵士として描かれています。

 というより、後の悲劇を盛り上げるために、ことさら彼らの素晴らしい人格を描いているのが「クローンウォーズ」なのでしょう。

 手法としては、少々「あざとさ」を感じますが、それを忘れてストーリーだけを観れば、本当に、高潔な人々の戦いを、すっきりと楽しめる良いシリーズだと思います。

 機会があれば、デフォルメされた画を気にせずにご覧ください。

 

 

「高潔なジェダイと兵士たちは、最後にどうなるの?」

「変節し、裏切ってしまうんだ」

「じゃ、ぼくたちは」

「なに?」

「変わってしまう?」

「それはわからない」

「では、ぼくたち、最後はどうなるの?」

「それなら分かる」

「どうなるの?」

「みんな死ぬ」

「なんだ。結末だけは、わかってるんだ」

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