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2010年4月27日 (火)

実写版クレヨンしんちゃん バラッド BALLAD ~名もなき恋の歌~

 山崎貴監督「BALLAD バラッド 名もなき恋の歌」を観ました。

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 何せ、原作が原恵一監督の「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ戦国大合戦」なのですから、大きな破綻(はたん)はなく、綺麗な映画に仕上がっています。

 ヒロインも、昨今ハヤリの体がデカい(いや、スタイルが良いというのですな)声の野太い男性化女性ではなく(地上波テレビは頼まれて録るだけでほとんど観ないドラマオンチなので「荒垣結衣」という女性が誰かわかりません)、草薙 剛も全裸事件後の反省もあってか、キチンと演技をしているため観ていて気持ちがよいのです。

 また、時代考証、というほどではないにしても、草薙演じる井尻又兵衛が、大沢たかお演じる敵役(かたきやく)大倉井高虎(おおくらいたかとら)の「本陣」に乗り込んだ際に大倉井側の近臣が叫ぶ、

「下郎(げろう)推参(すいさん)ナリ!(*)」

は、まことに時代モノらしいモノイイで嬉しかった。

 何でもないことですが、近頃は、このへんを現代語で済まして平然としている脚本(テレビドラマは言うに及ばず、著名な脚本家の有名な時代モノ映画でさえ)がほとんどなのです。

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(*)ご存じのように、「見参」は目上の人に会う言葉(あるいは目上の人がわざわざ会ってくれるの意)、「推参」は、呼ばれていないのに、勝手に押しかけてやってくる場合に使います。

 だから、かつて、町でよく見かけた獅子舞(ししまい)などは「推参」でした。
 突然、家の軒にやって来て勝手に踊り、幾ばくかの報酬を要求したのですから。
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 シンちゃんの両親を演じる筒井道隆、夏川結衣の「宮藤官九郎風テンパー」ではない「抑えた演技」も好感が持てます。

 まあ、個人的には、侍たちに襲われ、咄嗟(とっさ)に武器として車から取り出した棒らしきものが「ボディーブレード」(覚えてますか?)で、ぷるぷるしなるだけで役に立たなかった、なんて原作アニメであったギャグを筒井道隆にやってほしかったのですが。

 しかし、こと感動という点から観ると、残念ながら今回のシンちゃんは、キャラクタがマジメ過ぎて、彼が又兵衛にぶつける「現代の似而非(えせ)平等・自由で培われた叫び」が、アニメのしんちゃんほど我々の胸をえぐらないのです。

「死んでしまうかも知れないんだから、好きだったら告白するのが当たり前だろ!」

 なーんてのは、フツーのコドモが封建社会を目の当たりにしたらフツーに口にしてしまう、どうってことのない陳腐(ちんぷ)な台詞(せりふ)なんですから。

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ戦国大合戦」が素晴らしい作品たり得たのは、平和が当たり前の時代に生まれ、親をからかい下品ネタを尊ぶ、いわゆる「ワルガキしんちゃん」が、愛しても告白できない常識、今日笑っていた親しい人たちが明日には死んでしまう危険な世界といった、「自分の悪ノリジョークとシャレでは、どうにも変えようのない」戦国という時代と対峙(たいじ)した時に見せる、彼が自分を守るため常に身にまとっている「お笑い武装」を解いたナマの姿と「魂の叫び」が、我々のハートを直撃するからです。

 その点さえクリアしていれば、アニメ同様「どうやって戦国時代に来て、どうやって帰ったのか分からないなぁ」とか「もうー、大沢たかお、あっさりと負けを認め過ぎ!」とか、現代に帰るしんちゃんに「又兵衛と結婚したかった?」と質問されて、最後に姫が口にする「今まで、これほど人を好きになったことはなかった……」という、どこかの水泳金メダリストがいったような台詞も気にならなかっただろうになぁ。

 だって、姫は、幼なじみの又兵衛をずっと好きだったから強大な権力を持つ高虎(大沢たかお)の求婚を蹴ったわけですよ。その時まで、又兵衛を好きなことに気づいていなかったような口ぶりはおかしい。

 いや、というより、この言い方では、これまで姫さんは何度も恋をしてきたように聞こえるじゃないですか。

 現代女性じゃあるまいし!

 いや……それともしてきたのか?

 しかし、本来、映画の冒頭で銃に撃たれて死ぬはずだった又兵衛が、しんちゃんの叫び声でいったんは助かったものの(あるいは一時的に時空が歪んだため?)、彼が現代に戻る時タイムパラドックスを避けるために結局死ななければならなかった、という設定は、アニメの説明不足を補って余りあると思います。

 これは素晴らしい。

 少なくとも、わたしには納得できました。

 映画「バラッド」
 ――アニメではなぜかあまり気にならなかった「戦国という殺伐(さつばつ)とした世でありながら、登場人物がみな良い人過ぎる」という感じが多少ひっかかりますが、ご覧になっても良いかと思います。

 特に「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ戦国大合戦」をご覧になっていないなら、まずは感動されることでしょう。

 ALWAYSの山崎貴監督が、アニメ版原作に傾倒するあまり「名作はリメイクしない」というモットーを破ってまで作った作品なのですから。

 BALLADが、わずかながらアニメに劣った原因が何なのかを知るために、両方を観比べるのもひとつの楽しみ方だろうと思います。

 今、気がつきましたが、ALWAYSの流れで、BALLADなんですね。

 じゃ、次回は、TRAGEDY……かな?

 いや、A、Bときたら今度はC……CRAZYか?

 それとも……CONFESSION!

 ああ、「告白」は違う監督によって映画化されていますね。

 もっとも、あれは泣くような作品じゃないですが。

p.s.

 上の「推参ナリ」と関連させて少し付け加えると、この映画は、言葉遣いや立ち居振る舞いなど、ところどころ時代考証的にイイカゲンなところもあります(「そなたは賛成するのか」など)が「できるだけ正確に当時を再現したい」という監督の気持ちは痛いほど伝わってきます。

 たとえば、姫が城内を歩くと、彼女の姿を目にした家臣たちは、うち倒れるように地面にひれ伏して彼女の通り過ぎるのを待ちます。

 これを、宮藤官九郎的大げさ芝居だと考えてはいけない。

 彼女は正真正銘のオヒメサマなのですから、下級武士にとっては雲の上の人、ああいう態度は当たり前です。

 極端な話、彼女の気に障ったら処刑もあり得るわけですから。

 さらに、後半部、戦いに撃って出た又兵衛を見守るために姫が櫓(やぐら)に走るシーン。

 彼女の走り方に注目してください。

 明治以前の人々は手を振らずに走ります。

 当時の人々が、身分によって走り方が違っていることはご存じでしょうが、彼女は手を袖に隠して奴凧(やっこだこ)のように走っています。

 これは武家の走り方なんですね。

 本来、武家の女性は走らないものですが、どうしても走らねばならない時は、この格好になるわけです。

 ちなみに、後世、江戸時代に現れる飛脚は、片腕を前に突き出しもう片方をその手に添えて、やはり腕を振らずに走ります。

 こういった、細かい点も楽しみながら、BALLADをご覧になるのも良いかと思います。

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