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2010年3月24日 (水)

俺を返せ! ゲームとしてのどろろ評価

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 蛇足ながら付け加えると、「どろろ」を、ゲームとして客観的に判断すると、サイコー!なゲームではありません。

 操作性もよく、チュートリアルは親切ですが、何人かが書いておられるように、ゲームバランスが悪い点がある。

 ショッパナはそう難しくないのですが、全七章+終章のうち、第三章がサイコーに難しいのですね。

 それ以降は、百鬼丸が強くなりすぎて「カツカツの勝利」、ナロウ・エスケイプってのがほとんどなくなるのです。

 エンディングの、さらにあとに続く終章「どろろ」は例外として……

 何度も繰り返し、最初からゲームをする「ヤリコミ」もありません。

 ザコ敵は、後半使い回しが多く新味に欠け、ボス敵にいたっては、ほぼ同じヤツがでてくることもある。

 しかし、個人的にはそれで良いと思います。

 「どろろ」は、ゲームというより、原作その後を描きたいという人々が、たまたまゲームというメディアを使った作品だと思うからです。

 ゲーム自体を楽しむというより、プレイヤーに、ストーリーと雰囲気を味わってもらいたい、昨今の劇場版アニメのように、話題づくりのためだけに声の通らない活舌(かつぜつ)の悪いアイドルタレントを使うのではなく、はっきりと明瞭に話す声優たちの声に酔い、雨宮慶太の文字にシビれながら、名作の完結を観てもらいたい、そんなコンセプトだということが、痛いほど伝わってくる。

 だから、何度も繰り返しゲームをして、スペシャル武器を探したり、称号をもらったりする必要はないのです。

 確かに、それで定価8,000円は高いのかも知れません。

 まあ、アニメのDVDなどは、30分6,000円前後と高いのが相場ですから、そう考えれば適正とも思えますが。

 だからこそ、廉価版、いわゆるBEST版が実売価格2,500円で売られている今、このゲームはやってみる価値があるのではないかと思うのです。

 なんせ、製品のコピーに「俺を返せ!」と高らかに記す制作者たちの作品なのですよ。

 彼らは、百鬼丸が「生まれながらにすべてを奪われた男」で、どろろが、魂以外のすべて=『俺』を取り戻すための遍歴を描いた手塚作品の名作だということをよくわかっている。

 その完結編を観ることができて、さらにゲームで参加することもできるんだから、文句なんてないと思うのです。

 命がけの危険な旅をともに過ごしてきた、百鬼丸とどろろが、ラストでイイ感じになるのもなんだか嬉しいですし。

 今、気づきました。
 五年後のどろろが女性らしくなっているのは、ただ単に年頃になったからではなく、醍醐景光が作りつつある平和のもとで、肩肘を張って男としていきる必要がなくなったためなのでしょう。

 動画で観ることもできますが、このゲームの最後の言葉、どろろが百鬼丸の手に頬を寄せ、囁くよういいう「アニキ」ということばの「甘い響き」、声優の面目躍如な声音をゲーム後にぜひ味わってほしいと思います。

 その意味で、「どろろ」を単純にゲームとして評価することは、わたしにはできません。

 これは、体験できる「どろろ物語」なのですから。

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