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2009年12月 5日 (土)

お前はもう死んでいる  〜グラン・トリノ〜

 夕食後、散歩がてら近くの本屋とレンタルビデオ店をハシゴして、「スラムドッグ・ミリオネア」と、棚に一つだけ残っていた「ハリーポッター and the Half blood prince」(邦題が何だったか忘れました)を借りて来ました。

 「スラム・ドッグ〜」は、公開当時から観に行きたかった映画ですが、あの麻薬幻覚映画「トレインスポッティング」の監督による、インドのスラム街を舞台にした映画、ということで及び腰になってしまい、これまで観る気になれなかったのです。

 それを、つい先ほど観終わりました。

 その感想は――しばらく時間をおいてから書くことにします。あまり性急に印象を書くと勢いで誤ってしまうことがママありますので。

「ハリーポッターthe Half〜」については、まだ観ていません。
 原作を読んだはずなのに、どんな話だったのかも忘れてしまいました。
 ブログに感想を書いたような記憶もあるのですが、それも思い出せません。

 まあ観たら思い出すでしょう。
 だったら観なきゃいいのに、と思われるかもしれませんが、「乗りかけた船」あるいは「毒喰らや皿まで」の例えの通り、途中でやめるのは気持ちが悪いので最後まで追いかける予定にしているのです。

 さて、「グラン・トリノ」です。

 こっちは、しばらく前に観たので、きっと良い具合に、印象と記憶が整理されていることでしょう、していると良いな。

 ご存じの方も多いでしょうが、「グラン・トリノ」はクリント・イーストウッドの監督・主演作品です。

 始めのうち、彼は、役者としてではなく、監督としてのみ映画に関わろうと考えていたそうですが、頑迷で一本気な元軍人の役柄に惚れ込んでしまったために、主演を演じたのだといわれています。

 タイトルの「グラン・トリノ」は70年代のフォードのヴィンテージ・カーです。
(ここでいうのは日本語のヴィンテージです。英語のvintageに逸品の意味はありません)

 50年代、朝鮮戦争に兵士として赴き、帰国してからは、フォードの(おそらくは)ラインで働いてきた主人公にとって、グラン・トリノは単なる愛車ではなく象徴としての意味を持っています。

「若く、力強かった頃の自分とアメリカ」の。

 だが、今や彼も老い、映画のファースト・シーンは愛妻の葬儀から始まります。

 と、このあと、じっくり映画について語っても良いのですが、それは他のブログや映画レビューで何度も行われているでしょうから、ここでは、少し違った角度からのアプローチを試みましょう。

 ともあれ、映画をご覧になっておられない方のために、ざっくりストーリーを紹介しておきます。

 ネタバレも入っているので、未見の方は読まないでください。

 独りになった彼は、ソリの合わない二人の息子、人の気持ちの読めぬオロカモノにしか見えない孫たちとほぼ絶縁し、愛犬と二人、否、ひとりと一匹の寡黙な生活を始めます。

 彼の住む、ミシガン州デトロイトの住宅地も、決して平穏な地域というわけではなく、ヒスパニック系とアジア系のギャングが、常時小競り合いをくり返しています。

 頑迷で偏屈な主人公コワルスキーは、気分的人種偏見者です。

 当然、隣に住んでいる、英語を話さないアジアの小国出身のモン族という小さな黄色人種が何となく気にくわない。

 だから、その息子タオが、ギャングのイトコに唆(そそのか)されて、愛車グラン・トリノを盗みに来ると、銃で脅して撃退してしまいます。

 しかしながら、その件がもとで、チンピラどもが隣家に暴行を加えようとするのを、家の近くで五月蠅(うるさ)い騒ぎが起こることに腹を立てた(それと少しの正義感もあった)コワルスキーは、やっぱりギャングたちを得意の銃で追い払うのでした。

 感謝したモン族の人々のパーティーに招待されたコワルスキーは、そこで彼らの家族の暖かさに触れ、徐々に心を開き始めます。

 映画の冒頭で、すでに自身の血のつながりに絶望していたコワルスキーは、彼らのために、(彼の目から見て)ちょっと弱々しいタオを「男らしく」鍛えようと決心します。

 タオも、一見乱暴でぶっきらぼうな老軍人が、実は優しいハートを持っていることを知って慕い始めます。

 が、このまま、メデタシメデタシで終わってしまったのでは話になりません。

 もちろん事件は起こる。

 タオにちょっかいをだしたチンピラを、コワルスキーが痛めつけたのを根に持ったギャングたちは、タオの家に銃弾を撃ち込んで、タオの姉を暴行します。

 すぐに「男として」ケリをつけに行こうと叫ぶタオ。

 しかし、コワルスキーは、方法を考えるからしばらく待て、とタオを止めます。

 ギャングの暴力に、「男らしい男」として、暴力をもって対していたコワルスキーは、それが、朝鮮半島で自分が冒した過ちをなぞっているだけだ、ということに気がついてしまうのです。

 やがて、彼は、それまで頑なに拒んでいた教会に行き、懺悔し、軍人仲間の理髪店で髭を剃ってもらい、約束どおりの時間にやって来たタオを地下室に閉じこめて、ギャングの巣窟に向かいます。

 そして銃を抜くフリをし――ギャング全員の銃弾を受けて死亡するのです。

 ギャングたちは全員つかまり、丸腰の人間を暴殺した罪で長期刑に服すことになりました。

 死後、彼のグラン・トリノは、血による繋がりではなく、魂によるつながりの息子タオに譲られ、ラストシーン、その車に乗って海辺を走り去って行くタオの姿がエンド・クレジットと重なります。

 あれ、気がつくと全部書いてしまってますね。まあ、いいか。

 という内容なので、映画のコピーである、

「俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。
         少年は知らなかった、人生の始め方を。」

は、正しいでしょうし、ほとんどのレビューや感想は、その立場に立ってのものとなるでしょう。

 では、わたしの考えを書きます。

 わたしは、この話で、もっとも重要なのは、冒頭の「妻の葬儀」であると考えています。

 マスキュリン、つまり「男らしい男」を体現している彼は、感情を表に出しません。

 葬儀の間中、孫娘のヘソピアスに顔をしかめ、若造神父の浅薄な警句に、モゴモゴと口の中で不満を呟き続けています――が、わたしは、この時点、つまり妻が死んでいなくなった時点で彼もまた死んだのだ、と思うのです。

 彼にとって、妻は、多くを語らずとも朝鮮戦争の痛みを分け合い、支えてくれた人生の戦友、精神的支柱であったのでしょう。

 もっといえば、彼の半身そのものであった。

 その妻が死んだ――

 つまり、映画の冒頭から、コワルスキーは、すでに「リビングデッド」生ける屍になっていたのです。

 ただ、彼の矜持、生きてきた人生が、女々しく(最近は使っちゃダメかな)妻を思って泣き暮らす日々を許さない。

 実際、彼自身も意識していないでしょう。

 このあたり、あたかもあの矢吹ジョーが、力石徹が死んだ時点で実質死亡しながら、あとは、ただ死に場所を探してボクシングを続けたのと似ていますね。

 だから、その後の、人生の終末を予感させる喀血や、タオや彼の姉スゥとの交流は、コワルスキーが「死に道」を得るための通過点にしか過ぎません。

 おそらく、わたし以外でこんなことを書いている人は誰もいないでしょうが、わたしにはそう思えるのです。

 予告を観ただけで、分かったように書くのは気が引けますが、ディズニーの「カールじいさんの空飛ぶ家」とは、その点が違っています。

 あの映画では、ともに人生を添い遂げた最愛の妻エリーを失っても、カール爺さんは死を考えません。もちろんそれは、彼には伝説の場所「パラダイス・フォール」を見つけ出すという「目的があった」からですが……

 コワルスキーには目的がない。重荷を共に支えてくれる妻も逝った。
 そして、五十年経とうと彼を解放しない、半島の悪夢の想い出が日々彼を嘖(さいな)み続ける。

「俺は兵士だった。兵士は命令に従うだけだ」
 そう彼はタオにいい、自分にもいいきかせているのでしょう。
 しかし、同時に、コワルスキーの良心が、常に彼を問い詰め続けていることが彼の言葉の端々から伺えます。
 曰く、
「その通り、お前は正しい、だが、お前自身の正義は、心はどうだったのだ?」

 妻を失った今、孤独のうちに悪夢と闘い続けることができないことを知った彼は、彼が彼らしく、「男らしく」生きていられるうちに、自らの手で幕を下ろしたかったのではないかと、わたしは考えるのです。

 だから、彼は、他に様々な解決方法が考えられるにも関わらず、彼自身の命と引き替えに、ギャングを一掃してしまったのですね。

 蛇足ながら――

 ヴィンテージ・カーは、日本語では「年代物の逸品自動車」と訳されると思いますが、ここで、問題なのは「年代物」というところです。

 年代物は、何かにつけメンテナンスやパーツの入手に金がかかります。

 ちょっと走ってはタイヤを交換、遠乗りしたらオイル総入れ替えなどと、貧乏人には到底維持できるものではありません。

 だから、タオに車の維持ができるかどうか、わたしはひどく気がかりなのです。

「命の恩人から譲られたマシンを手放すくらいなら、銀行強盗でもやってヤルゼ」なんて思い詰めはしないか、と。


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