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2009年12月25日 (金)

孤独で暖かい猫のはなし(犬も出てます): ボルト

 ディズニーの「ボルト」を観ました。

 観終わってすぐに観返しました。

 それを観終わって、また観返しました。

 さすがに三度目は、作業をしながら「ナガラ観」しました。

 そして……つまり、非常に恥ずかしいことに、わたしは、このディズニーのコドモ向け映画を好きになってしまったのです。

 しかし――言い訳するようで嫌なのですが、決して、犬のボルトが気に入ったのではありません。

 これからは内容に突っ込んだ話になりますので、未見の方はお読みにならないでください。

 いいですね?

 映画が始まってすぐに、WALL・Eと同じ濃い画質のCG、同じ人間のキャラクタデザインに、最後まで見続けられるか心配になりました。

 ちらっと予告で観た通り、天才科学者に改造されたスーパードッグが、飼い主である彼の娘ペニーを守って――と思ったら、そうじゃなくて、ボルトは自分がスーパードッグだと思いこまされているだけの役者犬だったのですね。

 そして、ボルトは偶然の事故でハリウッドからニューヨークへ送られてしまいます。

 (役の上で)悪漢に狙われているペニーを心配するボルトは、一刻も早く彼女のもとへ戻ろうとしますが、そこで彼は自分がスーパードッグでもなんでもないことを知り――

 あー書いているだけでツマンナイ話だ。

 つまりは、主役を犬に変えただけの「トゥルーマン・ショー」(ジム・キャリー主演)的ストーリーでしょう。

 自分が映画俳優だと気づかないまま生活をしている――

 と、思ったら、ガツンとやられました。

 始まって30分で、この映画の本当の主人公(わたしにとっての、です)、ヒロインが出てきたからです。

 彼女はニューヨークに住んでいました。

 鳩を使ってエサを集めさせ、稼ぎの悪い鳩に対しては「あたしはイイんだけど、このツメとアタシのお腹が直(ちょく)に話をして、お前たちに悪さをしてしまいそうだよ」と、脅しをかける――痩せっぽちのメス猫ミトンズ。

 公開前から、映画館前のポスターで彼女の姿は知っていました。でも、映画を観るまではオスだと思っていたなぁ。

 彼女のハスッパな態度、ちょっとかすれた声(英語も日本語も)、そして身繕いする態度や、ちっちゃな口元――あぶないなぁ、惹きつけられる、いかんいかん。

 やがて、世間にスレたミトンズは、世間知らずのボルトに脅されて、一緒にハリウッドへ戻る旅、つまり大陸横断旅行をともにすることになります。

 そうです。

 この映画はロード・ムービーなんですね。

 ハリウッド映画で、動物が出ているロード・ムービーと来たら、オモシロクないわけないのですが、もし視点をボルトに固定して、この映画を観ていたら、なんてコトのない駄作になってしまうところでした。

 それほど、ボルトという犬の行動は杓子定規でマジメすぎて面白みがない。

 ところが痩せ猫ミトンズの目線で観ると一転して素晴らしく魅力的な映画に変わってしまうのですね。

 彼女は「孤独な猫」だからです。

 やがて自分に特別な力などないことに気づいたボルト、自分が映画の中のキャラクタに過ぎなかったのだと知ったボルトとミトンズは、心を通わせていきます。

 このあたりウマイなぁ。

 かつて、手ひどい裏切りを受けたこと(後述)で、他者を信じることに臆病になってしまった、まるで猫のようにすましたミトンズ(猫だけど)が、ボンボンだけど性格のまっすぐなボルトを好きになっていく様子が、旅の経過とともに語られてほんとうに良いんです!

 何度も我に返って「子供向け映画なのに!」と思ってみても、やられる!ってわかっていても、結局はやられちゃうんですね。

 もう、わたしは完全にヤラれてしまいました。わしづかみですよ。

 彼女はボルトを好きになった、だから離れたくなくなってしまった。

 好きになったら、あとで別れるのが辛いことがわかっているのに。

 臆病に、ちょっとずつすり寄って、それでも鷹揚なボルトが気にしないことを知って、本当に好きになってしまった。

 何度観ても哀しくなるのは、大陸を横断してラスベガスまでやって来たミトンズが、食料が豊富にあるのを知り(何せベガスですから)、おまけに夜には花火が上がるベガスをすっかり好きになって、ボルトに黙ってこっそり段ボールで二人分の家を作ってそれを彼に見せる場面です。

「すまないミトンズ。それでも俺はペニーのもとへ戻るよ」

 そういうボルトの耳を引っ張って道路沿いへ連れ出したミトンズは、「ボルト」の出演番組の看板を示していうのです。

「あたしを見て。あたしはリアルよ」そして看板のペニーをさして「あれはホンモノなの?違うでしょう」

 まるで、テレビのアイドルに憧れるボーイフレンドの前で、恋を告白する幼なじみみたいな感じですね。

 そして、あくまでペニーのもとへ帰るというボルトに対し、激情に駆られた彼女は、ヒトイキに自分の秘密をしゃべってしまうのです。

「人間を信じちゃダメ、それが人間のやりかたなの。大好きだって顔をする。いつまでも一緒だってフリをする。それで、ある日、荷物を全部まとめて引っ越していくの。本当に大事な人だけを連れてね。いらなくなった猫は置き去りにして」

 ここです!

 ここに、わたしは大いに不満がある。

 英語で聞くか、あるいは日本語字幕で観ていると、上の「いらなくなった猫は置き去りにして」の部分が「leave their declawed cat behind to fend for herself(ツメを抜かれた猫をあとに残し、独りで何とかやっていけって)」になっているのです。

 ご存じの方は知っておられるでしょうが、アメリカの猫、とくに飼い猫は、家や飼い主を傷つけないために「declawed:外科的にツメを抜かれる」のです(この一事をとっても、アメリカという国がペットをどう扱っているかわかるでしょう)。

 そう、そして、ここで最初の鳩を脅しつけていたシーンの謎?がとけます。

 ミトンズは、常々「この悪いツメを出して欲しくなかったらいうことを聞きな」と、鳩を脅かしていたのですが、彼女にはツメがなかった。

 つまり、彼女は、一度たりとも実際に鳩を傷つけたことはなかった――

 殊更にツメを強調していたのは、おそらく、愛していた者によってそれを奪われてしまったからなのかも知れません。

 日本語吹き替えだけで聞いている人には、その辺が分からない。

 でも、ここは、かなり大事な部分です。

 ミトンズという、やせっぽちで孤独な猫の、心の底にある優しさと悲しみが理由が凝縮されたセリフなのですから。

 いったい、なぜ、そんな吹き替えにしてしまったのでしょうか?

 アメリカの事情がわからない人を混乱させたくなかったから?

 あるいは、コドモたちに、猫を飼うときにツメを抜くなどというヤバンな行為をアメリカ人がしていることを教えたくなかった?

 いずれにせよ、個人的にはこの部分は大いに不満です。

 おそらく、飼い主に可愛がられていたミトンズは、猫としてもっとも大切なツメを無くしたまま、突然、路上に放り出され、筆舌に尽くしがたい辛酸をなめたのでしょう。

 ツメのない元家猫が、いったいどうやって野良の生活をやっていけるというのでしょうか?

 だから考えた。小さな頭で必死に。

 鳩を脅してエサにありつくことを。ウソをついてね。

 ボルトに出会ったばかりの頃、陸橋の上からぶら下げられて緑の目の男について尋ねられ、適当に答えて「おまえはウソばかりだ」とボルトに決めつけられた時の彼女の表情とセリフを思い出してください。

「そうね、あたしってサイテー。自分でもウンザリ……」

 家から放り出されても、幸い、彼女は独りで生きていけるほどに強かった。
 でも辛かったのでしょう。楽しかった家の生活など思い出したくもないくらいに。

 始めのうち、彼女は、ボルトに「自由が好きだから家を出た」といっていたのですから。

 そう思って、あらためて彼女を見ると、左耳がギザギザに切れているのに気づきます。

 ホント、苦労したんだなぁ。

 結局、ボルトは、ひとりでハリウッドへ行き……ミトンズは、やっぱり彼の後を追います。

 このあたり、彼女が、幼い頃から可愛がられて育ったのが分かりますね。根が優しく、情が深い。

 おそらく、ミトンズはいっぱい傷ついて、そして同時に少しも傷つかずにボルトと出会ったのです。

 素晴らしい。

 その後、なんかボルトは、うまく立ち回って、お約束のペニーとの再会、そしてハッピーエンドとなるのですが、そんなことは、もうどうでもよろしい。

 ありがちな筋立てだったし――

 ただ、新しい飼い主のもとで、ミトンズが、それまでの半眼ではなくクリクリとした瞳で、のびのびと暮らす姿を見つつエンドロールが流れるのを観るのは、この上もなく幸せでハッピーな気分です。

 好きになったんだから仕方ないなぁ、こりゃ。

 ともかく、映画を観ずにこれを読んでしまった人、ならびに日本語吹き替えだけで映画を観てしまった人は、ぜひ、上のツメの部分を字幕で観てください。

 ミトンズという、痩せたメス猫の目線で観れば「ボルト」は素晴らしい映画なんですから。

 あー、最後に少しだけ蛇足と心配を――

 映画のラストで、ボルトとの生活を守るために、ペニーは子役を辞めてしまいます。

 それまでのシーンから想像するに、売れっ子のペニーは、シングルマザーとの二人暮らしのようです。(日本の場合は知りませんが、ハリウッドの場合は、だいたい、コドモを必死に売り込むのは、ステージママであることが多いですから)

 つまり、ミトンズたちも、シングルマザーとの生活に入るわけですが、問題なのは、彼らの住む家がやたらとデカいことです。

 母親も働いていないようだし、いくらこれまでの蓄えがあるといっても(子役のギャランティはそれほど高くないハズ)、あの生活が維持できるか心配になってきます。

 塩辛いことをいうようですが、せっかく幸せになったミトンズが、ある日再び、独り空き家に残され、ペニーと母は「本当に大切な」ボルトとライノ(ハムスター)だけをつれて去っていった、ということがないように、一刻も早く、ペニーには別の子役でカムバックして欲しいと思います。

 つまり、「働けペニー、ミトンズのために!」ですね。


ボルト
3,360円

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