« お前はもう死んでいる  〜グラン・トリノ〜 | トップページ | ガン予防は食べ物から »

2009年12月 6日 (日)

It is Written.そいつが運命だ 〜スラムドッグ$ミリオネア〜

 それが良いか悪いかは知らないが、わたしは子供の頃「女の子には優しくしろ」と強制的に教えられた。多くの同年代の少年がそう教えられたと思う。

「女の子に手を上げてはいけない」とも。

「人には」ではなく、「女の子には」だ。

 今なら「他の人に」手を上げてはいけない、と教えられるのだろうか。

 近くの広場で、子供同士が集まって遊ぶ時、おそらく誰かの妹だろう、小さな女の子が仲間に入っていることがよくあった。

 そんな時、イタズラをして逃げる際に小さな子は足手まといにはなるが、それが理由で、いじめられたり無視されたりしたことは無かった。

 皆でなんとなく庇いながら遊んでいたように思う。

 もちろん、わたしは男であるし、随分以前のことであるから、自分が知らぬ間にそういった小さい女の子を傷つけるような言動をしていたかも知れないし、事実関係を忘れているだけかもしれないが、少なくとも今に至るまで、そういった自覚や記憶は無い――いや、多分無いはずだ。

 大人になってからは……泣かされる方が多いかも。

 いったい、何の話?

 そうお思いだろうか?

 つまり、わたしがいいたいのは、幼い頃の男女差は、年齢が近ければ「社会的性差」ではなく単に「肉体的な強度の差」として表れる、ということだ。

 だから、子供たち、特に男の子に「女の子には優しくしろ」と躾けることは何ら間違いではない。

 男女平等を標榜するあまり「他者全般に優しくしろ」と教えたなら、却(かえって)って、自分より強いあるいは自分と同じ程度の体力の者(男子)は助ける必要がないと子供に自己判断され、拡大解釈された挙げ句、必ずしも女子を助けなくても良い、という結論になりかねない。

 人は、特に子供は易きに流れるものであるから。

 これは、命令を与える時に「適用範囲を大きくしすぎた」故の間違いだ。

 適用範囲を子供自身に判断させろというのは、そもそも酷なことだ。

 同様に「困っている人を助けよ」という教えは、例えば電車に座っていて、疲れた老人が前に立った時、「自分もすっかり疲れているのだ、だから、この場合困っているのは、わたし自身なのだから、席を譲る必要などない」といった判断にすり替えられる可能性が高い。

 もちろん、たまには、そういった判断もアリだとは思うが、あまりそれが頻繁であるのは明らかに間違っている。


 映画「スラムドッグ$ミリオネア」を観た。

 ご存じのように、第81回アカデミー賞8部門受賞の作品だ。

 この映画に対するわたしの気持ちは複雑で、長らくの間、観たくないという気持ちと観たいという気持ちが6:4で拮抗していた。

 観たくないと考えた理由はいくつかある。

 まず、監督が「トレイン・スポッティング」のダニー・ボイルで、あの作品のような幻覚的な映像を見せられてはたまらない、と思ったのだ。

 次に、舞台が、インド、ムンバイのスラム街であるということも、観ることを躊躇する理由のひとつだった。

 近年、工業国として名を為してきたインドも、ほんの数年前まで(いや、おそらく今も一部地域を除いて)貧富の差が著しい国だった。

 その貧しさの度合いはハンパではなく、貧困層は地面にナナメに藁を立てかけただけの小屋で眠り、工業廃液が混じる緑色の川の水を飲んで暮らしていたのだ。

 ムンバイではなかったが、わたしも数年前に、その事実を目の当たりにしたことがある。

 あの貧しい暮らしを映画で再び観るのはつらい。


 でも、結局、観てしまった。

 確かに名作だった。近頃アテにならないアカデミー賞受賞もダテではない。

 一番印象に残ったのは――

 その前に、作品のアウトラインを。

 ああ、例によってネタバレが入っていますので、未見の方はお読みにならない方が良いと思います。

 ストーリーは単純明快。

 インドで国民的人気のテレビ番組『クイズ$ミリオネア』で、青年ジャマールが次々と難問をクリアし、ついに億万長者になるクイズの挑戦権を得る。

 そこで番組は時間切れとなり、続きは明日ということになって、局を出たジャマールは警察に収監される。

 無学な彼が、一問のミスもなく正解を続けることに、司会者が疑惑を持ち、警察での取り調べを要求したのだ。

 非人道的に過酷な詮議(せんぎ)に耐えて、ジャマールは自らの生い立ちを話しはじめる。

 その生い立ちの中にこそ、彼が全問をクリアしてきた理由があった……

という感じなのだが、上で書いたように、一番印象に残ったのは、幼かったジャマールと兄サリムが、宗教的迫害の犠牲となって母を失った時のエピソードだった。

 母を殴り殺され、暴徒から逃れた二人の後を、同じく両親を亡くした女の子がついてくる。

 だが、サリムは足手まといの彼女を拒絶し、仲間にいれようとはしない。

 やがて、雨が降り出し――

 雨宿りする二人から少し離れた路上で、少女はずぶ濡れになりながら、声をかけてもらうのを待ち続ける。

 インドのスラムに暮らす身よりのない子供、特に兄のサリムに「女の子には優しくする」というような道徳的な考えは全く無い。

 男も女もない。兄弟であるか他人かという区別があるだけだ。

 正に弱肉強食。弱い者は死ぬ赤貧の生活なのだ。

 このあたり、日本の古い道徳観を教えられて育ったわたしなど正視に耐えない。
 先に書いたように、厳しい環境で、野放図に放置すると子供は際限なく利己的かつザンコクになってしまうという良い例だ。

 だが、よくぞ描いて見せたダニー・ボイル。
 さすがはインドが舞台の映画。
 これは、子供をあるいは女性を見かけ上大切に扱う日本や欧州・アメリカでは考えられない展開だ。

 もちろん、少女が、そのまま雨の中で野垂れ死にするわけはない。

 夜も更け、サリムが寝込むとなし崩しにジャマールは女の子を雨宿りさせてしまうのだ。

 女の子は、ラティカーと名乗った。

 ジャマールの、永遠の恋の始まる瞬間だ。

 かつて、イラン映画「運動靴と赤い金魚('97)」がアカデミー外国語賞を受賞し、日本で公開された時、誰かが「なんと子供力のある映画なのだ」と書いていたのを覚えている(当時、日本では、赤瀬川 原平の提唱する「老人力」なる言葉が流行っていた)が、「スラムドッグ$ミリオネア」も激しく強烈な「子供力」のある映画だ。

 子供たちは元気に駆け、飛び、盗む。

 喰っていくためには仕方がないのだ。

 このあたり、野坂昭如の書いた「焼け跡派」の子供たちが戦後暮らした生活と重なる部分もあるだろう。

 一方、子供たちを利用して金儲けをしようとするギャングたちもいる。

 このヤクザものたちの行動が不気味で、かつ不愉快だ。

 詳細は作品を観てもらうこととして――


 少し違う話をしよう。

 この映画の素晴らしい点のひとつは、登場人物のスタンスがブレないことだ。

 映画の冒頭、ジャマールの兄サリムは、弟が必死の努力で手に入れた映画スターのサインをあっさり売って金に換えてしまう。

 それ以来、金と権力に執着し続ける人生を送ったサリムは、最後に、かつて彼が邪険に扱い、挙げ句ギャングのボスに貢ぎ物として差し出し、顔を疵つけたラティカーを、今、正にクイズのファイナル・アンサーに応えつつある弟のもとへと逃がすと、バスタブに金をばらまいてその中に身を沈め、銃を構えたボスがやってくるのを待つのだった――死ぬために。

 金に始まり金に終わる、ある意味ブレのない短い人生を彼は送ったのだ。

 弟が、ただ独りの少女を愛し続けたように。

 なぜ、無学なジャマールが難問を解くことができたのか?
 そこには何も謎は無い。ただジャマールが過ごしてきた18年の人生の折々に、クイズの答えが折り込まれていた、というのが正解だった。

 映画の冒頭、英語で「ジャマール・マリクは、あと一問で20ミリオンルピーを手に入れることができる。いかにして彼はそれを成し遂げたのか?」と表示される。

 その答えは映画の中の『クイズ$ミリオネア』と同様、四択で示され――

A.インチキした。
B.ツイていた
C.天才だった
そして、四つ目が、
D.It is Written(運命だった)

となっていた。

 ラスト近く、駅の構内でジャマールとラティカーが再会し、しっかりと抱擁を交わし、彼女の頬に残る大きな傷跡にジャマールが口づけする中、表示される文字もそれと同じ

D.It is Written(運命だった)

 つまり、この映画は、たったひとりの幼い少女を愛した少年が、運命に導かれ恋を成就する物語なのだ。

 何ともうらやましい話である。

p.s.
 英国の監督によるイギリス映画とはいえ、やはりインドが舞台、映画のラストは登場人物が群舞するダンスでシメとなる。
 このあたりが、日本でも馴染みのあるインド映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」あるいは日本映画「ナトゥ 踊るニンジャ伝説」を彷彿させて面白い。ちなみに、この映画はアカデミー作曲賞と歌曲賞を受賞している。(他には、作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、録音賞も受賞)



|

« お前はもう死んでいる  〜グラン・トリノ〜 | トップページ | ガン予防は食べ物から »

銀幕のこと(映画感想)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: It is Written.そいつが運命だ 〜スラムドッグ$ミリオネア〜:

« お前はもう死んでいる  〜グラン・トリノ〜 | トップページ | ガン予防は食べ物から »