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2009年11月25日 (水)

世にあふれるオルタネティブ 〜女か虎か〜

「二者択一」、英語で「An alternative」と呼ばれる行為あるいはそれについて書かれた書物が世の中には種々(しゅじゅ)存在します。

 曰く、「あれかこれか」(セーレン・キェルケゴール)、「紙か髪か」(小松左京)、「生か死か」(映画その他多数)、そして「女か虎か」――



 キェルケゴールについては、その神サマ中心の彼の哲学思想よりも、彼の父ミカエルが自分のバチあたりな行いで、七人の子供全てがキリストが磔にされた(といわれている)34歳で死んでしまうと思いこみ、そう教えながら育ててしまったため(実際、長男とセーレン以外は34歳まで生きていない)、キェルケゴールは34歳の誕生日を迎えたときに、それが信じられず教会へ自分の誕生日を調べに行った、なんていう逸話の方が好きですね。



 「紙か髪か」は、小松左京氏のジョーク(たぶん)SF短編小説です。
 火星からやってきた細菌に放射線を当てたところ、あらゆる紙をボロボロにする性質をもって世界中に広がってしまった。
 記録媒体として未だ重要な紙を失うわけにはいかない。
 しかし、紙を救う方法はある。
 だが、その方法を使うと、紙のかわりに髪がなくなってしまうのだ。
 ドーする?
 結構、究極っぽいオルタネティブ。だが、案外、薄毛の人には歓迎されるかも……



「生か死か」は、1960年代の映画のキャッチコピーによく使われていますが、そういった惹句(じゃっく)的に使われる生死ではなく、まさしく「死の匂い」を嗅ぎ「死の味」を味わったという意味で、わたしの記憶に残るのは、かのフョードル・ドストエフスキーです。

 そう、「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」のドストエフスキーですね。

 ご存じの方も多いと思いますが、彼は、とある空想的社会主義サークルの会員となったため、1849年、官憲に逮捕され、銃殺刑の死刑判決を受けてしまいます。

 そして「死刑直前」に皇帝からの特赦が与えられ、からくも死の淵から生還し五年間のシベリア送りとなるのです。

 死の匂い?
 味?

 ご存じない方は幸せです。

 そう、死には匂いと味があります。
 わたしは、これまでに何度かそれを味わいました。
 一度は山で、もう一度は車で。

 身も蓋もないイイカタをすれば、恐怖によるアドレナリンと脳内物質の分泌によって、現実にはあり得ない匂いと味を感じるということなのでしょう。



 そして「女か虎か」……

 世界的に著名なリドル・ストーリーです。

 まあ、普通に答えを考えれば、そんなもの比較にもなりません。

 選ぶのは、モチロン女、というか女性に決まっています。

 もし「女か猫か」と問われたら……個人的には困りますが。


 いったい誰がこんな事をいいだしたのでしょう?
 
 二択の例として、いや究極の選択としての故事成語なのか?
 あるいは言い出しっぺがいるのか?
 
 結論からいえば、作者はいます。
 「女か虎か」は、もともと小説なのです。

 米国の作家、フランク・ストックトン(Frank Richard Stockton)が1884年に書いたのですが、その短編"The Lady, or the Tiger?"が、あまりに有名になり過ぎて、不幸にも彼の他の著作はほとんど覚えられていないようです。

 ストーリーの全文は以下に掲載されているので、読んでみてください。少し古くさい英語ですが、それほど難しくはありませんし、なかなかの美文です。



 老婆心ながら、内容を、自分勝手かつ大雑把に要約すると……


 昔々(つまりこれは寓話なのですね)、あるところに、半ば野蛮な国の王がいた。
 
 その性格、振る舞いは、つきあいのあるラテンの国々のおかげで、半ば洗練されてきているものの、まだまだ野蛮の域を出ておらず、強大な権力と相まって、日々、自由気ままな生活を送っているのだった。

 彼には自慢の場所がある。円形闘技場だ。

 そこは、格闘の場所であると同時に裁判所であり死刑場でもある。

 普段、些末(さまつ)な事件には無関心の王であるが、時に、彼の気を引くほどの大きな事件も起こる。

 その際、王は被告を闘技場に引き出して、玉座の反対側にある、ふたつの巨大な扉のどちらかを開けよ、との命を下すのだ。

 満場の観衆が固唾を飲んで見守る中、扉は開かれ、被告は、ふたつのうち、どちらかの運命をたどることになる。

 すなわち、女か虎か……

 片方の扉の奥には、腹を空かせた獰猛な虎が閉じこめられ、もう片方の扉の奥には、王自らが由緒正しい家臣の中から選んだ、被告の地位にもっともふさわしい愛らしい女性が待ち受けている。

 そう、王は自然の気まぐれに被告人の罪を決めさせるのだ。

 女性を選んだ場合、被告が清廉潔白であったことが証明されたわけであるから、彼は、その聡明な女性と娶(めあわ)されることになる。

 その際、すでに男に妻や子供がいようが許嫁(いいなずけ)があろうが、おかまいなしに。

 それが野蛮かつ万能である王の決定であるがゆえに。



 王には娘がいた。あでやかで美しく、その性格は父同様、情熱的かつ尊大である……
 当然のことながら、王は王女を溺愛した。

 やがて、王女はひとりの男に恋をした。

 男は美丈夫で勇猛果敢な若者だった。

 ふたりの密かで甘やかな恋は数ヶ月間続いたが、いずれ王の知れるところとなり、若者は捉えられ闘技場に引き出された。

 王国の掌中の玉ともいうべき宝に手を出した若者は、闘技場に集まった誰の目にも、罪人であった。

 王は叫んだ。「どちらかの扉を選べ」と。

「女か虎か」


 それに先立つこと、王女は、持って生まれた聡明さと黄金と女の意思によって、かつて誰もが知り得なかった秘密を手に入れた。

 すなわち、どちらの扉に虎が、女がいるのか、を。
 
 だが、同時に王女は知ってしまった。

 頬を染め顔を輝かせ、扉が開くのを待つ女が誰であるかを。

 無実を勝ち取った若者が手に入れるのは、王宮の中でも比類無いほどに美しく愛らしい娘であった。
 王女は、この者を憎んでいた。
 これまで幾度となく、この美しい娘が、己が愛人に憧れの眼差しを向けるのを見た、否、見たように思った。
 それだけでなく、その眼差しは時に受け入れられ、返されたことさえあったのではないのか?
 二人が話をしているのを見かけたことがある。ほんの一瞬ではあったが……だが、多くを語るには充分な時間だ。たいしたことのない話題であったのかも知れぬ。誰が知ろう?
 愛らしい顔をしながら、王女の想い人に眼をあげるような娘だ。
 連綿と野蛮な血を祖先から受け継いた王女は、その血の激しさをもって、静かな扉の向こうで頬を染め、震える娘を憎んだのだった。


 振り返って王女を見つめた若者は、その瞳の中に、彼女が首尾良くやった証を見た。
 かねて彼が期待したとおりに。

「どちらだ?」無言にして一瞬の問いが投げかけられ、瞬時に王女は答えを返した。
 クッションの上に置かれた右手で右を指し示したのだ。

 若者は向きを変え、毅然と、そして颯爽と無人の闘技場を歩き、右の扉を開けた。


 さて、扉から現れたのは女だったのか、虎だったのか、と作者は問いかける。

 若者が捕まって以来、目覚めている時も夢の中でさえ、獰猛な牙の待ち受ける扉を恋人が開ける瞬間に恐怖して、王女は、何度その顔を両の手に埋めたことだろう。

 だが、それより王女が頻繁に思い浮かべるのは、もう一つの扉を開く場合だ。

 女の扉を開き、若者の顔に天にも昇るかのような喜びの表情が浮かぶことを思うと、王女は髪を掻きむしり、その心は苦悶に引き裂かれる。

 女のもとに駆け寄る恋人の姿が見える。女の頬は上気し、その瞳は勝ち誇っている。
 群衆は二人を祝福し、その歓喜の声は王女の絶望の叫びなどかき消してしまうだろう。

 いっそ瞬時の死を受け入れ、来世あるいは祝福された場所で王女を待つ方が、彼のためではあるまいか。

 だが、あのおぞましい虎を、悲鳴や流される血を思うと……

 王女の決断がどうであったかは、軽々(けいけい)に扱われてはならない。また、わたし(作者)がこれに答えられる唯一の人間である、と自惚れるつもりもない。

 よって、わたしはそれを読者に委ねることにする。

 開いた扉から出てきたのはどちらだったのだろう。


 ――女か虎か……



 以上です。

 いやあ、美文体、というか、寓話っていうのは良いですねぇ。
 訳して書いていて楽しくなってくる。

 それはともかく、この、「ぷつり」と断ち切られたような物語は、発表当時から様々な論争を引き起こしました。

 単純に考えれば、答えはふたつ。

 女か虎か。

 しかし、王女の立場から見れば、答えは四つある。

・若者に虎の扉を示し、愛人の虎の手にかかるを見て自らも命を絶つ。
・若者に虎の扉を示し、昂然(こうぜん)と頭(こうべ)を掲げて愛人の死するを見守る。

・若者に女の扉を示し、二人の手をつなぐを見て自ら命を絶つ。
・若者に女の扉を示し、二人の手をつなぐを毅然と見守る。

 さて、どうでしょう?

 ね、だからオルタネティブは面白い。

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