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2009年10月 7日 (水)

いよいよ台風上陸  〜出版界にAmazon Kindleがやってくる〜

 いま、伊勢湾台風以来という勢力の台風18号が日本を通過中ですが、それ以上の台風が日本を襲来しつつあります。

 かねてより噂のあった、Amazon Kindle(キンドル)が日本にやってきます(10月19日発売:発売価格270ドル:約2万4000円)。




 日本語でいえば電子書籍リーダーということになるのでしょうか、ネットを通じて直接Amazonから購入でき、一冊あたり(の情報量)の金額が、数分の一になるところが、読書家にとっての旨みでしょう。(アメリカではEVDOという接続規格を使ったアマゾン・ウィスパーネットを利用するため接続が無料)

 逆に、売り手の側からいえば、物理的な本の装丁が必要ないために、余計なコストをかけずに書物を販売できます。

 書籍版ipodというカンジですね。

 わたしの小説のうちのいくつかは、acrobat形式でダウンロードしてお読みいただけますが、あれの小型端末版ということです。


 音楽こそ買ったことがありませんが、わたしもapp storeでソフトはいくつか買いました。

 確かに、店頭で買うより、ダイレクト・ネット販売は値段も安く手軽です。

 iphoe用のソフトに、青空文庫を読むソフトがあり、これを使うと青空文庫のサイトに自動でアクセスして古典の名作を読むことができます。

 kindleも、ちょうどこういった感じではないかと思っています。

 当面は、英語のみの扱いだそうですが、やがては、日本の書籍も扱うようになるでしょう。

 Kindleひとつに二百冊(英文字で)の書籍を収めることができるそうなので、通勤の合間などに気になる本を読むサラリーマンも増えることでしょう。




 端末自体も、けっこう良くできているようです。
 重さは319グラムでと軽く、バッテリーはネット接続を切っていれば一週間ほど保つといいますから実用性はあるでしょう。

 実際、視認性、操作性のそれほどよくなかった、nintendo DSの日本文学ソフトも結構売れたようですから、ソフトが充実すれば、通常の出版業界の脅威になるかもしれません。

 が……です。

 しかしなんです。

 kindleには決定的に書けているモノがある。

 本にあって、kindleにないもの、それは重さとニオイです。

 ハードカバーの美しい装丁は、その重さと相まって、持っているだけで喜びがあります(すべての本ではありませんが)。

 そして、そのニオイも。

 ニオイ?

 そう、本にはニオイがある。

 よく、本屋に行くとトイレに行きたくなるといわれているようですが(ようです、と書いたのは、わたしには、ついぞそういう経験がないので)、それも、本が発するニオイが排尿、排便を誘発するからだそうです。

 そう、現実の本には、その書籍ごとの重さを含め、ヒトの肉体に影響を与えるなにかがある。

 かつての「ポパイ」も「ホットドッグ・プレス」も、我慢できないほどクサイ雑誌でした。さすがに、今ドキ、あれほど強烈なニオイの雑誌にはお目にかかれませんね。



 おそらく、こういった電子書籍については、これから論争が起こり、やがて「どちらも良い点があるから、短所を補い合って共存していけば良いでしょう」などといった、優等生的結論が主流となることでしょう。

 そして、必然的に、昔ながらの本は姿を消していき、新刊は絶え、古い本は好事家(こうずか)のみがあつかうレア商品となり果てるのでしょう。

 しかし、あの、テレンス・スタンプ主演の映画「私家版」も、本が本という体裁をとっているからこそのミステリですし、先日放映の始まった「戦う司書」(こいつはアニメですが)は、ヒトが死んで本になるのがキモの作品です。

 フランソワ・トリュフォーの名作映画、「華氏911〜それは自由の燃える温度〜」あ、これはムーアだった間違いまちがい……じゃなくて、華氏451(レイ・ブラッドベリ原作)の、思想統制された未来で、あらゆる物語の本がファイアーマン(消防士ではなく、正しく火炎放射器をもった焚書マン)によって焼き尽くされる世界に似た変革が、深く静かに進行していきそうな気がします(ちなみに華氏451度は摂氏232.7度。自由ではなく紙の燃え始める温度です)。

 まあ、こちらは焚書(ふんしょ)ではなく、書物の形態を変えるだけではありますが。
 この流れは止められないのでしょうね。
 レコードがCDに自然に代わってしまったように。

 こんなものは、ただのセンチメンタリズムに過ぎませんがね。

 確かに、本はかさばります。おまけに重い。
 わたしが最近、よほどのことがないかぎり、ハードカバーを買わないのは、その値段ではなく重さのせいです(たぶん)。

 何年か前に戸棚が壊れて以来、書庫に、2x4材で、強固な本棚を作りつけはしたものの、これ以上本が増えると家が危ない状態になっているのです。

 インドで体をこわし、陸路たどり着いたカトマンドゥのゲストハウスで見つけた井上ひさしの「巷間辞典」(エッセイ集)を、ベッドで寝ころびながら、何度もむさぼり読んだのは、ひさしぶりに接した日本語であった以上に、それが日本の文庫の体裁、装丁であったからです。黄ばんだその紙質すら嬉しかったことを思い出します。

 これが、ホテルに備え付けられた端末(場末の安ホテルにそんなものが設置されるとは思えないけれど)のディスプレイ上に映し出された日本語であったなら、あれほど、飢(かつ)えた気持ちを慰めてくれたかどうか、わたしにはわかりません。

 最近、よく耳にする、自分にとって「役に立つ」本だけを「必要な部分だけ切り刻んで読み捨てる」読み方をするタイプのヒトなら、こういった電子書籍は願ったりかなったりなのでしょう。

 わたしにもそういう部分はあります。

 いずれにせよ、情報のデジタル化とネット販売は時代の流れのようです。

 かつて、石版や石碑に文字を刻んでいた時代にパピルスが現れた時も、このような感傷があったのかもしれません。

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