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2009年6月20日 (土)

アメリカが求める聖母 サラ・コナー クロニクルズ




 スタートレックについて書くつもりでしたが、スカイパーフェクトTVで始まった(もうシーズン2がDVD発売されていますが)「サラ・コナー クロニクルズ シーズン1」(以下、クロニクルズと表記)を観たので、先頃、書いた映画に関連して少し追記します。

 T4の項でも書いたとおり、有識者の間ではT3は無かったものとすることが常識化していると思いますが、クロニクルズも、T3以前、T2後数年を経た時代から始まります。

 ジョンとサラ親子は、スカイネットではなく(T2でスカイネットの芽はつまれました)、サイバーダイン研究所破壊およびスカイネットの開発者(予定)ダイソン殺害の主犯として警察から逃亡を続けていましたが、やはりというか、そうでないと話にならない、というか、未来からやって来たターミネーターに襲われます。

 それを救ったのが、上の写真にある女性型ターミネーター・キャメロン(ってどういうセンスのネーミング?)です。

 まあ、そういったシノプシスはともかく、このテレビシリーズを、単なる映画の派生作品以上のものにしているのは、いちウェイトレスに過ぎなかったサラ・コナーという女性が、カイル・リースとの出会い、つまり歴史の力で聖母にされてしまった悲劇を描いているからです。

 だからこそ、この作品は、サラ・コナーのクロニクルズと呼ばれているのですね。

 そして、サラ以上に不幸なのは、母から「あなたこそが人類の希望」「英雄」と言い続けられるジョン・コナー少年です。

 自分で考えても、多少のネットワークの知識はあるにせよ(T2で描かれてましたね)、女の子にモテるわけでもなく、仲間の人気者でもない、そもそも、警察の眼を逃れ引っ越しをくりかえす彼に仲間ができるわけがない。

 やりきれない孤独を、未来から来た女性型ターミネーターに告げると、キャメロンは不思議そうな顔で答えます。

「あなたは、未来では、いつも大勢の人に囲まれている」

 こんな言葉は、ジョンを憂鬱にするだけで何の救いにもなりはしません。

 英雄としての自覚のない彼は、再び未来からの刺客が現れたことで、絶望しているサラに、「自分は英雄ではない、英雄なのはきっと母さんなんだ」と安易に責任を委譲しようとします。

 まだ息子が「ダメ」であることを再確認させられたサラは、絶望の涙を拭いて再び立ち上がらざるをえなくなるのです。

 サラ・コナーのクロニクルズ(年代記)の始まりです。

 わたしには、「宗教的な意味の聖母」を失いかけている米国が求めた新たな聖母(歌手のマドンナじゃないよ)こそが、サラ・コナーなのではないかと思えてなりません。

 今度の聖母が、平和を求めながら、銃を撃ち、傷つき、血を流す女性であるのは、ある意味、数度の負け戦と100年ぶりの内地への攻撃(テロリズム)および経済的疲弊を連続で体験したアメリカが、自分を守ってくれる母を求めているからなのかも知れませんね。

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