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2009年5月28日 (木)

わたしの好きな風景

 しばらくカタい話が続いたので、ちょっとヨタ話を。

 かなり前から、今回のタイトル「わたしの好きな風景」について書きたいと思っていたのですが、先に書いてしまいたいテーマが次々と現れるので、先延ばしにしていました。

 実は、今も、ふざけたアンデッド映画「ゾンビーノ」や、金曜の夜に二十本近くあるDVDの八割が残っていて、絶対面白くないだろうな、と思って借りた「地球が静止する日」について書きたくて仕方がないのですが、「一回につき一つ」はモノゴトを順序正しく片付けていく鉄則ですから、それらは次回以降にまわします。

 で、「わたしの好きな風景」です。

 誰しも、まあ「これがなんといっても一番好きな景色」と断言できるほどではなくても、何となく好きな風景というものは存在するのではないでしょうか?


 たとえば、朝焼けに輝く草原、夏の日差しに炙(あぶ)られる海の家のトタン屋根、夕暮れの浜辺、星明かりの下うずくまる黒い山々……

 かつて目撃して衝撃を覚えた鮮烈な景色、あるいは子供の頃、毎日のように目にして脳裏に焼き付いた光景などが、そういった風景原体験と呼ぶべきものになるのでしょうか。


 しかし、わたしの好きな風景は、どこの国のなに、と限定できるものではありません。

 どこの国でもいい。

 いや、あらためて考えたら、そもそも風景ですらないような気がしてきた。


 もったいつけずにいえば、わたしが好きなのは「コンクリートを流し込まれて固まりつつある庭」です。

 家々の隙間や畑の細い小径(こみち)でもいい。

 両側や四方を荒板で囲まれて、そこにコンクリートが流し込まれている。

 あたりにはまだ石灰のニオイが残っていて……

 そして、その半乾きのコンクリートには、絶対に猫の足跡がなければならない。

 犬でも良いけれど、できたら猫の肉球あとが、施工者の涙ぐましい努力を台無しにしながら、のんきに、しかも絶対にデザイン的にあってはならない位置に、つまり庭をシンメトリに分断するようなことはなく、でたらめに(しかも少し蛇行しながら)斜めに横切っているような。

 ちょっとザラザラした表面のコンクリートでもいいけれど、キレイにならされた職人芸の表面についた肉球あとがより好ましいな。

 季節は出来れば春、あるいは夏。

 寒い季節じゃない方がいい。


 最近はあまり目にすることもなくなった気がしますが、わたしが子供の頃は、そういった「猫の足跡が残った半乾きのコンクリート」がどこにでもありました。

 人によっては、塗り直しもメンドウだから足跡のついたまま庭や道を使ったりしてね。

 当時は、まだ速乾性セメントが普及していなかったために、そういった「不幸な事故」がよく起こったのでしょうか?


 しかし、なぜ、わたしはそんな光景が好きなのでしょう?

 自問してみると、よくはわかりませんが、きっと、そういった景色が、わたしにとってノンビリとゆるやかな時間の代表例であるからのような気がします。


 作業が終わり、暖かい春の日に放置されたコンクリート。

 そこへ猫がやって来てツルツルの面を目にする。

 すべすべの面をみたら、そりゃあ猫はもう通るしかない。

 そして、コンクリートの上にトボけた足跡が残されることになる。


 人々が汲々と生活し、余裕がなく、利己的で損得勘定ばかりしている時代には、そういった、のんびりした光景がなくなるような気がするのですね。

 コンクリートを流した庭の周りに鉄条網を張ったりしてね。

 というわけで、わたしの好きな風景は「猫の足跡が残ったコンクリート面」です。


 みなさん、最近そんな光景を見たことがありますか?

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