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2009年4月30日 (木)

暖かさも一代限り……なのか

 以前に書いた、わたせせいぞうの「ハートカクテル」の一篇に、「暖かさも一代かぎりなんて」という秀作があります。

 松岡直也の切ないピアノ曲に乗せて、若い二人が、港ちかくのレストラン、というより明治生まれの老人(作品自体もう二十年以上前なんですよ)とその妻二人でやっている『洋食屋』といった方がふさわしい店で、久しぶりの逢瀬を楽しむ短編です。

 春ながら窓の外は名残の雪。
 煉瓦造りの古い瀟洒(しょうしゃ)な建物の中には、よく磨かれた木の床、その上のアラジンらしき石油ストーブには暖かそうに火が点(とも)されています。

 食事をしながら、男性が彼女に説明します。
 「シェフの剛蔵さんは、むかしに跡継ぎの息子さんを亡くされてね。後継者もいないから、この店も彼一代限りで終わってしまうんだよ」
 墨で書かれた手書きのメニュー。少し傾いた柱時計、よく磨かれたナイフとフォーク。それらすべてが一代で終わってしまうということだ。

 感傷にひたりながら、店を出ようとする二人をウェイトレスの老女が呼び止める。
「お嬢さん。ビールが残っていましたから(瓶ビールなのだ!)栓をしておきました。お持ちください」
「ありがとうございます」
 彼女は、はめていた手袋をとると、両の手で丁寧に瓶を受け取り、優しく抱くようにかかえた。

 そして、男性のモノローグ。
「二十年後も、僕はこの光景を鮮やかに思い出すだろう。モノクロの古い映画の縦長のシーンのように」

 若い人はご存じないでしょうが、昔、シネマスコープ(FOXの商標:テレビと比率の違う形式・今の16:9[ビスタサイズと同等]のようなもの)で撮影された映画が、テレビ放映される時は、最初とラストが横方向に圧縮されて、妙に縦長な映像になってしまったものでした。(わたしなぞ、子供心に、若き日のクリント・イーストウッドやジュリアーノ・ジェンマの大写しの顔は、縦長の印象しか覚えていない)

 例によって、甘ったるさ過剰の内容ですが、音楽の秀逸さと相まって、なかなか印象的な作品になっています。

 5分足らずの作品としては出色の内容といっても良いでしょう。

 で、どうして、こんなことを書いたかというと、わたしは田舎うまれのために、そのような、「骨の通った」洋食屋というものに入ったことがなかったのです。

 そりゃあ、戦後(っていうほどトシじゃないけど)すぐに店を開けて、以来、喰うためにずっとやってるうどん屋ダゼ、定食屋だ、業務用のコナを使いまくるちょっと気取ったレストランみたいな店、なんてのは、近くにたくさんありましたし、入りもしました。

 でも、どうもそれらは、戦後の復興にともなって徐々に発達した外食産業の域を出ていません。

 言い換えれば、ブラウン・ソースを業務用のコナを使わずに、ずっとタマネギを炒め続けてつくるような、気合いの入った洋食屋ではなかったのです。


 まあ、イマの子供たちにしても、小ぎれいなレストランはたくさん知っているでしょうが、そのほとんどは、チェーン店系の「デキアイ粉つかい」の店ばかりで、ホンモノの洋食屋など知らないでしょう。

 また、それらは化粧レンガを多用した見せかけ瀟洒の小ぎれいな店が多いと思います。

 わたしは、一度、そんな店ではなく、店の造りは平凡でも、シェフがきちんと料理をつくる「洋食屋」で食事をしてみたかったのです。

 なかには、本場フランス帰りのシェフが丁寧につくる「ホンモノのフレンチ・レストラン」なんてものもあるでしょうが、それらは価格と内容の差がありすぎるように思えますね。


 わたしは普段、玄米ごはんと薄味の料理ばかり食べているので、外で食べる料理はすべて美味しく感じてしまうのです。

 だから、味の違いがよくわからない。

 たとえば、世の中にまずいラーメン店が存在するのは分かります。
 わたしにだって、それぐらいは分かる。

 でも、「うまいラーメン」と「最高にうまいラーメン」の違いが、わたしにはよくわからないのです。

 趣味の問題じゃないの?ですね。

 正確にいうと、東海林さだお氏がいうように、マニアックな趣味以外で、うまい料理の優劣をつける必要を感じないのです。

 料理人が腕を競うのはいい。

 でも、シロウトが、美食家きどりでシタバラをつきだして、グルメ・グルマンぶって、ウマイ店を追い求めるのはちょっと本道とは違う気がします。

 タイヤ会社の出している冊子(今は本として売ってましたか?)の、星の数に踊らされる生活は個人的にはしたくないなぁ。

 それに、そういった店には、例外はあっても、ミョーな気取りがあることが多いし。

 そうでなくても「歴史」と「シェフの意気込み」が店内にあふれているような店は、ちょっと入りにくいものですから。


 大阪のミナミにだって、「重亭」や「バラの木」といった良い店はあります。
 でも、それらは多少入りにくい感じがするんですね。
 ちょっと食べに行くか、の洋食ではないような。

 オダサクの「自由軒」は、昔は好きでしたが、最近は「大衆洋食屋」としてのプライドを持ち過ぎ(というかテレビ番組で紹介されすぎ)たのか店の雰囲気が悪くなったため、行かなくなってしまいました。




 ともかく、わたしは、シェフがきちんと料理を作っているけれど、気取ったところがない洋食屋、そんな店に行きたかったのですね。

 でも、そういった店に行くには、「剛蔵じいさんの店」じゃないけど、やっぱり港に近い、つまり昔から「外国」に近かった場所に行かなければならないのだろうなぁ、でも、わざわざ行くのはメンドウだしなぁ(なんて思う時点で行く資格はないようにも思うけど)、と半分あきらめていたのです。



 しかぁし、先日、一週間近く滞在した横浜のホテルのすぐそばで、そんな洋食屋を見つけたのです。

 道路に面したガラス窓から中を見て、誘われるように入ってみると、中にあるのは、カウンターとテーブルがいくつかで、そのカウンターには、外国人男性と日本人女性、それに彼らの子供らしき栗色の髪の男の子が座っていました。


 カウンターの中では、老人のシェフがフライパンを懸命に振っています。

 ウェイトレスは、彼の妻らしき女性とアルバイトの女の子だけ。

 注文したポーク・ステーキには、特製の味噌ソースと、丸まま焼かれたベイクド・ポテトが添えられています。

 アニメーションとは違って、床は黒板油引きではなく、アラジンのストーブも燃えておらず、柱時計はなく壁もレンガではありませんでしたが、手書きの優しい文字のメニューと丁寧な料理は、満足のいくものでした。




 翌々日、今度はハンバーグを食べましたが、これも美味しかったなぁ。

 いつ行っても、老シェフだけが調理しているようだけど、この店も「暖かさも一代かぎり」なんだろうか……

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