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2009年4月28日 (火)

時はうつろひ言葉はかわる 〜問題な日本語〜

 先日、電子辞書を買ったと書きました。

 例の仕事が終わってからは、あまり使わなくなっていたのですが、昨日、何気なくスイッチを入れて、何十種類もある収録辞書を確認していると(今まで何が入っているのかも知りませんでした)、「問題な日本語」(大修館書店)を見つけました。

 これについては、どこかで読んだことがあります。

 例によって、若者とそれに乗じたマスコミ、そして「自分をいつまでも若いと思い」たがり、「若者の気持ちが分かるから、若者コトバを使うことができるのだと錯覚し」たがる愚かな老人たちによって、異様なほど広がってしまった誤読、湯桶(ゆとう)読み、重箱読みオンパレードの変則コトバの羅列辞書なんだろうなぁ、と思いつつ、中身をみると……これが面白いっ!


 全体の形式はQ&Aタイプで、「最近、〜という言葉を耳にしますが、耳障りです。これは正しいのでしょうか?」や「〜といういいかたをよくしますが、間違いではないでしょうか?」という、学校文法をしっかり勉強し(かつ、ちょっと頭のカタい)人が憤りを覚える「現代コトバ」がズラズラと並んでいて、半分はあきれ、もう半分は我が意を得たりの気持ちで、まったくもってコソバゆくなる内容です。

 たとえば……

「全然いい」「全然平気だ」などの言い方をよく聞きますが、「全然」を肯定表現に使うのは間違いではないでしょうか?

や、

 何かというと、「……じゃないですか」と言ってくるのが耳障りです。失礼な表現ではないでしょうか?

などの、いかにもその通りといった質問などです。


 前者は、たしかに副詞の呼応で、「全然」は「ない」という否定をともなうと習った記憶がありますし、じゃないですか(尻上がり)は、「ンなもん知らねェよ」と言い返したくなる不快な表現ですね。


 こういった疑問に対して、文法と言葉の専門家たちが、マジメに真摯に(同じだけど)答えているのが素晴らしい。

 以前に、「間違った日本語」(だったかな)といったタイトルの本を読んだことがあります。

 比較的人気があったようで、続編も何冊かでていたようです。

 略歴を見ると、作者は戦前生まれの人で、特にコトバの専門家ということではなく、最近乱れている日本のコトバに義憤を感じての著作だったようです。

 しかしながら、その内容はというと、なんともスカスカで、面映ゆく、こそばゆく感じられるものでした。

 さきの「じゃないですか」あるいは敬語の間違いなど、取り上げている題材は「問題な〜」と似ているのですが、それに答える筆者のスタンスが、「これは間違っている」「正しくはこうだ」「こんな使い方はすぐにやめなければならない」といった、自分が教わった話し方以外は絶対に認めない、といった、老人性頑迷癖を前面に押し出したものだったからです。

 どうも、彼は、自分が(おそらく昭和十年代に)教わった言葉の大半が明治以降に確定したものだという事実を理解していなかったのでしょう。

 我々がいま使っている言葉の多くが、江戸時代以前の非言文一致体、ソレガシ・ゴザルから、夏目漱石や森鴎外といった先人たちが懸命に模索しつつ発展させてきた、100年に足りない歴史しか持たぬ新しい言葉だという認識がない。



 極限すれば「正しい言葉」などは存在しないのです。


 言語に興味のある人なら誰でもご存じのように、コトバはイキモノです。

 日々変化し、差し替えられ生み出されていく。


 だから、即断はいけません。


 今は耳障りでも、時の流れに耐え、立派な言葉になるバカ言葉もあるでしょうから。


 わたしにとって、マギャク(真逆)などは、その最たるもので、早く消え去って欲しいと願ってはいますが、やがては、これも日本語として定着するかもしれません。


 現在、我々が「由緒正しい日本語」と思って使っている言葉も、江戸時代のシャレ言葉や言葉遊びから生まれたものが、数多くあるのです。


「問題な日本語」の回答者たちが素晴らしいのは、そういった「言語に対する感覚」を、正しく持っていることです。

 彼らは決して即断、断罪をしません。


 文法的、歴史的に分析して最後にこう付け加えるのです。

「こういった表現が定着するかどうか、いましばらく見守っていく必要があります」

 ただ、敬語の誤りについては、明確に否定をしています。

 これも正しい。

 敬語は一定のルールにのっとって、誰の、誰に対しての謙譲、敬語なのかが決まるものなので、例外を増やすとルール自体が不安定になってしまうからです。


 「問題な〜」については、また改めて書きたいと思っていますが、その中で、ひとつ気に入ったものをご紹介しておきます。



Q:雰囲気(ふんいき)を「ふいんき」という人が増えている気がします。このまま「ふいんき」が定着の方向へ向かうのでしょうか?

A:(前略)「雰囲気」という漢字がありながら、それを「ふいんき」と読んでしまうということは、「雰」を「ふ」と誤読し「囲」を「因」と混同した結果かもしれません。

 「ふいんき」の漢字表記「雰因気」に「因」が多く使われていることが、この推測を支えてくれるようです。

(中略)

「ふいんき」「フインキ」のように、それが漢字に還元されることなく使われている場合もあるということは、それが口頭語として使われ、耳を通してすんなりと理解されていることを物語っているようです。

「不陰気」という漢字表記からは、無教養な単なる当て字といった印象しかうかがえませんが、その一方で「ふいんき」という語形の進出ぶりがうかがえます。

 ひるがえって考えますと、「ふんいき」→「ふいんき」は、「ん」と「い」が入れ替わっただけですから、これと同じような現象は、

  あらた(新)→あたら→あたらしい
  さんざか(山茶花)→さざんか
  ちゃがま(茶釜)→ちゃまが

などにも見られます。前二者は定着した例です。

 最近では「おさわがせ(お騒がせ)」を「おさがわせ」という人も少なからずあるようです。

 「ふいんき」が、今後とも成長増殖し、新しい形で定着するかどうかは予断を許しませんが、我々としては、語形や意味の変化は、人の想像を絶したところで、意外な形で起こるものだということも考慮にいれて、注意深く見守っていくしかないのではないでしょうか。(鳥飼浩二氏による)

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