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2009年2月15日 (日)

もうひとつのホロビ 〜ハチはなぜ大量死したのか〜

 人は人と接することで、「何らかのストレス」を感じます。

 (ある程度思い通りになる)自分自身ではないのですから、それは当然の事なのですが、ストレスが過度になると、別項で述べたように、ガンを取り除くNK(ナチュラル・キラー)細胞を少なくして病気の危険が増します。

 霊長類としてみたヒトは「ヒエラルキー的」生物です。

 本能的にピラミッド社会を好んで、他者と自分を比較し、あいつよりは上、あるいは下、と上下関係を確認しつつ社会生活を営んでいかざるを得ない。

 動物の世界でも、階級社会であればストレスがあるんだろうなぁ、なんて思いますが、きっとヒトほど酷くはないのでしょう。


 しかし、ヒトは他の動物を圧して自然界にのさばり過ぎました。

 自分たちの都合で、他の生き物に過度のストレスを与えるようになってしまった。

 たとえば、盲導犬(あるいは介助犬)の平均余命が、一般の犬より短いというのはご存じでしょうか。
 常に飼い主に気を配り、まわりのヒト中心の環境に耐え、吠えず、鳴かず、「良き犬」を演じ続けるために、過度のストレスにさらされる結果だと考えられています。


 アメリカで、一昨年あたりから奇妙な出来事が続きました。

 働き蜂が巣に帰ってこなくなったのです。

 メタファーではありません。

 稼ぎ頭のお父さんが「家庭が嫌になって突然蒸発しちゃった」のではないのです。

 本当に、昆虫の働き蜂が巣を出たきり戻って来なくなったのです。

 巣に残されるのは女王蜂と幼虫ばかり。

 まるで、部下に見放された王がひとり城にたたずんでいるようで、少しばかり滑稽で憐れなのですが、それが全米に広がる現象となれば、笑っては居られません。

 働き蜂がどこかに行ってしまった。でも大量に死骸が見つかったというわけでもない。
 先に「蒸発するお父さん」という比喩を使いましたが、本当に、働き蜂が働くことに疲れて、巣を捨て、仕事を放擲(ほうてき)し、野に去っていったように見えるのです。

 ある人はこの現象をさして「イナイイナイ病」と呼んだそうです。

 さて、何が原因だったのでしょうか?




 この事件について書かれたのがローワン・ジェイコブセン著「ハチはなぜ大量死したのか」(文藝春秋刊)です。



 話の流れでおわかりと思いますが……答えは、あなたが考えられたこととはちょっと違います、おそらく。

 原因はひとつでは無いのです。

 ただ、上記現象(ムツカシイ言葉で「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群」と呼ばれています)の大きな原因が、ヒトが昆虫たちに与える「ストレス」であったと推測されています。

 本来、ナチュラルであるべき農業が過度に工業化された結果、蜂たちに強いストレスを与え、彼らの免疫を低下させ、ダニやウイルスに対する抵抗力を弱めた。

 さらに大量に用いられた農薬の複合汚染と相まって、時計仕掛けのように精密に機能していたミツバチを「アルツハイマー状態」に陥らせる。

 餌をもとめて野に出た働き蜂は、そこで行うべきことを忘れ、道に迷い、巣に戻ることなく死んでいった、そう考えられているのです。


 ここで、農業の「工業化」について説明をしなければなりません。


 まず、ミツバチの「ナチュラル・自然な状態」を考えてみます。

 働き蜂は、野に出て、本能の命じるまま、さまざまな植物から蜜を採取し巣に持ち帰ります。多様な植物から採取した蜜には、多様な栄養素が含まれており、我々がありがたがる「ロイヤルゼリー」なども、そういった複雑な栄養素から、完全なものが生み出されるのでしょう。

 しかし、今や蜂は、単に野に出て勝手に蜜を集める昆虫ではないのです。

 特にアメリカにおいては。


 近代アメリカ農業において、ミツバチは、コンバインや耕耘機と同じ費用対効果の率を上げるための道具になっているのです。

 なんとなれば、アメリカに代表される大規模果樹園において、本来自然の営みであるはずの「受粉」という行為は、100パーセント完全に行われ、確実に果実として収穫するためのルーティーンでなければならないからです。

 そのために、ミツバチは必要不可欠です。

 彼らが、果樹園内を飛び回って、確実に受粉をさせてくれるわけですから。


 そこで、近年、まず「経済的観点」から養蜂業をとらえるようになったアメリカ人はどう考えたか?

「蜂に蜂蜜を作らせて販売するより、求めに応じてアメリカ全土の果樹園に蜂を連れ歩いて受粉作業をせる」方がカネになる。

 日本の養蜂で考えてはいけません。

 カリフォルニアのアーモンド畑など見渡すかぎり延々とアーモンドの木しかない。

 カリフォルニアのアーモンド畑の総面積は3,000平方キロ。

 多様な植生がないと、絶対に多様な虫は生育できません。

 だから、アーモンドの木しかない大地には、アーモンドを受粉させるべき虫がほとんどいないのです。

 一見緑豊かに見える、延々とアーモンド畑が続く大地は、実は、砂漠の荒れ地のように不毛です。

 いや、皆さんご存知のように、砂漠には、その環境の適応した、多種多様な生命が存在する。

 なれば、カリフォルニアのアーモンド畑は、宇宙空間と同じくらい不毛な土地なのです。


 だからこそ、「経済的」に業者が食い込める余地がある。

 開花期には「一箱いくらの契約」で養蜂業者が蜜蜂をつれて各地を回ります。

 大きな間違いは、蜜蜂をあたかも「受粉のキカイ」として扱ったことでした。

 かれらも生き物であり、先のロイヤルゼリーで分かるように、多様で複雑な栄養を必要とする。

 見渡す限りアーモンドの花しかない土地で、アーモンドの蜜だけを集めて、ナチュラルな栄養を採ることができるものでしょうか。

 さらに、畑に農薬が散布されていることが問題を加速します。

 蜜蜂は「仕事をするため」に様々な土地を連れ回される。

 その土地とちでは、微量ではあるものの、様々な種類の農薬が撒かれているのです。

 蜜蜂はそういった、様々な毒物(農薬は毒だ)を体内に蓄積していきます。

 科学者の調べでは、十数種類の農薬を体内に濃縮していた蜂もいたようです。

 それらは、ヒトヘの農薬への影響と同様、即座に蜂を殺すほど強力ではなくても、(対象が蜂ではないものの)虫に効果的な毒を長期間体内にため込んだ蜂が、時計仕掛けのように「正確緻密」な蜂社会を維持できるものでしょうか。

 むしろ(これが適当な表現かどうかは別として)アルツハイマー状態になって当然なのではないでしょうか。

 そういった状態になった蜂は、蜜を採ることを忘れ、巣に帰る道を失念し、路頭?にまよって荒野で死んでいきます。

 集団ではなく、三々五々と。

 人間よ、もうよせ、生き物を自分たちの欲望のために使うのは

 と、つい、高村光太郎気分になってしまいますが、こういった感想は、あながち間違ってはいないでしょう。

 つまり、生き物を何かの「ための道具」に使ってはならないということです。

 機械の発達していなかった時代ならともかく、どうしても使わねばならない時、たとえば水牛に鋤(すき)を引かせて畑を耕す時などには、充分手をかけて可愛がり、「ちょっとだけ頼むよ」と言葉で話しかけて「やってもらう」という気持ちが必要なのですよ。

 無理矢理ひきまわし、サア働け、では虫といえども納得はしない。

 やがて、彼らはアカラサマにヒトを攻撃をせずに、黙って姿を消すという抗議手段に出るかもしれません。

 そういった無抵抗主義的絶滅という抗議は、結果的にもっともヒトに対して厳しい結果をもたらすものなのではないでしょうか。


 人間よ、もうよせ。

 このまま王様然とした態度で他の生物を圧迫し続けたら、やがてはあの女王蜂のように、他の全ての生き物たちに別れを告げられ、最後は地上に自分だけぽつねんと残された裸の王様になるだろうから。


 私のおすすめ:
ハチはなぜ大量死したのか /ローワン・ジェイコブセン/著 中...

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