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2009年1月26日 (月)

「ヒトゲノムを解析した男」 J・クレイグ・ベンダー



                          ヒトゲノムを解読した男

 何かの研究をする時に、必要なものを知っていますか?

 企業につとめている方ならご存じでしょう。

「探偵にもっとも必要な能力が、推理力でも誰にも負けないタフネスさでもなく、顧客を見つけ出すチカラ」であり、「作家に必要とされているのが、文章をつづる技術でも斬新なプロットでもなく、駄作であろうとそれを認めてくれる編集者と、それを好んでくれる、しっかりとコアなファンをつかむこと」であるように、研究に必要なのは才能(人材)ではなくカネです。

 才能はカネで集まる。

 二十年近く前、わたしが音楽の仕事を始めたとき、最初に忠告されたのは「良い曲を作るための勉強をするよりアルバイトをして良い音源を買え」でした。

 極限すれば、小説であろうと音楽であろうと、アイデアは誰でも五十歩百歩。

 しかし、道具が良ければ、はじめのインパクトが違う。逆に言えば、音源が悪ければ、良い曲、アレンジでもアピールできない。

 もちろん、その先には、道具以上の厳しい競争があるのですが、まず道具が必要だったのです。


 研究もしかり。

 数学の整数論など、純粋理論の研究ならまだしも、いや、それすら生活のための金がなければ、「容疑者xの献身」のように、一介の数学教師としてくすぶらなければならなくなる。

 つまり、科学分野の研究においては、金がすべてだといっても過言ではありません。

 物理、化学、そして生命科学や生命化学の研究設備には途方もない金がかかる。



 ああ、その前に……

 わたし個人にとって、金は、ひどく大切で恐ろしいものです。

 明日必要な金が今日まったく手元になく、明日以降も入ってくる可能性がない、という恐怖は、味わったことがないと分からないものです。

 生きていくために金は絶対に必要です。

 しかし、同時に金は恐ろしいものです。

 なぜなら、いろいろな人のキモチを後ろにひきずっているから。

 これは、超自然的な意味で書いているのではありません。人間心理の意味で書いています。

 わたしたちは、潜在的に、手に入れた大金に、いろいろな人の「思い」が乗っていることを知っています。いっそ、ただのモノとして金を扱えればよいのですが、ほとんどの人間にはそれができません。

 だから、金、とくに大金は恐ろしい。カネは精神的質量の大きい物体だから。

 この年になって、つくづく思うのは、「人は身の丈以上の金をもってはいけない」、ということです。

 身の丈とは、働いた労働力と、それによって他者に分け与えたものの総量です。

 もちろん、それは金に背を向け貧乏をしろ、ということではありません。

 生きる心配を軽減してくれる貯金も必要ですし、住む家もいるでしょう。
 行きたい時に、すぐに海外旅行ができる程度の当座の金はぜひ欲しい。
 欲しいときに欲しいものが、そう躊躇することなく買うことができる状態でありたい。

 そんなものは、普通に働いていれば、充分「身の丈」のうちに入ります。

 わたしのいうのは、充分労働をせず、ほとんど不労所得で「金を右から左へ動かして」稼ごうとする輩と、それによって生み出される金のことです

 彼らは「彼らの人生を破壊する間違った金」を稼いでいるように思えてならない。

 だから、イイ年をして宝くじを買って一攫千金の夢をみている老人たちの気がしれない。

 まあ、それは、ある意味「かわいらしい、人間らしい願望、業なのだなぁ」とも思えるのですが、残念ながら、そんな風に達観して容認できるほどには、わたしは年をとっていません。

 そういった、愚かな老人たちが先導して、ただ金を稼いだ守銭奴たちを「勝ち組」として持ち上げていたのですから。

 ああ、またばからしい説教まがいを書いてしまった。

 ハナシをもとに戻して……




 上記のことは、人としてならともかく科学者としてなら話は違います

 金はいくらあっても足りない。あればあるほどいい。

 もし、世界のすべての金をやろうといわれたら、彼らは迷わず受け取るでしょう。

 そうでなければ、ホンモノの科学者ではないからです。それほどに研究には金がかかる。

 国がバックアップしてくれる場合もあります。しかし、その場合は、妙な制約がたくさんついていくることが多い。

 無能で政治力だけがある大御所がハバをきかせて、思い通りの研究ができないこともある。

 だから、時に科学者は、企業と手を結んで個人研究所を作り、手に入れた成果を企業に渡すかわりに、必要な金を得ようとします。

 おわかりのように、これには大きく2つの危険がともないます。

1.思ったような成果が上がらない場合
2.得た成果が、かなやアブナイもので私企業に渡してはいけない場合

1.の場合は、研究資金援助を打ち切られる。それが嫌なら、データを捏造(ねつぞう)して見かけ上の成果を生み出さなければならない。しかし、おそらくそれは長く続かず、科学者は、その名も研究も失うことになる。

2.の場合……これが難しい。なぜなら、人間としての「倫理」と科学者としての「すべて知りたいという欲求のために必要なカネ」との内的闘いになるからです。
 悪魔に魂を売って、企業に情報を丸投げする研究者もいるでしょう。
 あるいは、選んだ情報のみをパトロンに渡しつつ、それを利用してさらなる金を引き出させるという、アンビヴァレントな状態をコントロールしようとする学者もいるに違いない。


 前置きが長くなりました。

 今回は、そういったアンヴィバレントな闘いを続けている男の話です。


 タイトルのJ.クレイグ・ベンダーの名はご存じでしょうか?

 遺伝学に多少なりとも興味があれば、クレイグ研究所の名は耳にされたことがあるでしょう。

 そして「ヒトゲノム解析プロジェクト」も。

 彼の名はセンセーション汚れにまみれてマスコミで多数取り扱われているのです。




 本来、生き物の研究は個別研究が主で、多人数でおこなう「プロジェクト」にはなじまない。

 それを、遺伝病の研究から端を発して、やがては「人間の細胞内にあるDNAすべて=ヒトゲノム」を解析する必要を感じた米国の研究者たちが、ワトソン(あの二重螺旋の)を中心にプロジェクト構想を立ち上げたのが80年代半ば。

 当時、NIH(米国衛生研究所)でアドレナリン受容体(受容体については「薬が効かなくなるメカニズム参照」)研究をしていたクレイグは、この新しい構想に惹かれる。

 彼の恩師が、彼をさして、

「空っぽのプールへ飛び込むのが好きなやつ」

と評した無謀さがそうさせたのだろう。

 だが、もうひとつの恩師の言葉、

「そして、ちゃんとタイミングを見計らっていて、底にぶつかる前に、プールは満水になっている」

の通りに、クレイグは、社会的な奸智(かんち:は言い過ぎか?)も併せ持っていて、それが後に、彼に私研究所を設立させることになるのだ。

 ゲノム解析チームに参加したクレイグは、「解析装置を並列すれば機能が高まると考え」て、「三台の装置を並べ世界最大の解析センターを作り、DNAのタンパク質を作る部分だけを読み取る」ことを提案するが却下される。

 彼は思う。

ワトソンのせいでNIHにはびこるようになった官僚的で煩雑(はんざつ)な手続きが科学への専心を妨げる」

 わたしたちからとってみれば、歴史上の人物であるワトソン博士を俗物まがいと見なすあたり、クレイグ自身も充分歴史上の人物たる資格をもっているのだろう。

 プロジェクトを飛び出した彼は、ベンチャーという「空のプール」に飛び込む。

 ベトナム戦争に衛生兵として参加し、仲間の数多(あまた)死ぬ戦場から生還できたことが、「命を賭して何かをなしとげたい」という気持ちを生んだのだという。

 彼は、設立したJ・クレイグ・ベンター研究所(J.Craig Venter Institute)で、ショットガン法という全DNAを細分化して解析し、もう一度組み立て直すという、解析チームから見れば無謀としかいえない方法でヒトゲノムに挑戦し、他の研究者たちに向かって「皆さんのほうは、マウスのゲノム解析に集中したほうがいいでしょう」と放言し物議をかもした。

 上記でわかるように、ベンターの名はつねに「ゲノムで名を売り、儲けようとする悪者」であった。

 最近でも、人工生命の創造近づく!などという記事があった。


 しかし、自伝によると(作者の身びいきが多分に入っているにせよ)、ショットガン法は、皆の気を引く奇策ではなく「解析ソフトを開発した上で可能と判断しての選択」であり、ベンチャー企業設立も「アイデアや夢や将来性に投資してくれる後援者を求めて」のことだった。

 とくに、「利益優先」をあからさまにするパトロンと闘いながら、「情報公開」と「利益」の両立に努力する姿は驚嘆に値するものだ。



「ヒトゲノムを解析した男」にはもうひとつの側面がある。

 書物のなかで、ベンターは、自身の遺伝子を解明し克明に表記している。

 ドーパミントランスポーター遺伝子の10回反復は、多動性障害に関連しているそうだが、ベンターはこの特徴を遺伝子に持つことを公表した。 

 その上で、彼はこう記している。

「それがわたしの行動を引き起こしているのだ---もし、この複雑な性格が、ちょっとした遺伝子の反復のせいだと信じられるのであればの話だが」


 遺伝子研究の最前線で戦う彼が、自著の中で、終始遺伝子至上主義をとらず、環境の重要性を説いていることは、我々に何か大切なことを示唆しているような気がしてならない。


(上記は、中村佳子氏の書評を参考に私の意見を加えて書かせていただきました)


 私のおすすめ:
ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝 [本]

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