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2009年1月17日 (土)

NOTES まったくイタクナイ手術!



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 むかし、手術の際にメスをいれる場所が決まっている、つまり患部によって体を切る場所や方向が決まっているのを知って妙に納得したことがあった。

 それまでは、なんとなく、悪い場所(患部)の真上を切り裂き、内臓を引っ張り出してシリツする(BJピノコ風)と思っていたのだ。

 考えてみれば、対象となる臓器の位置、そこにいたるまでの内蔵の重なりや血管、神経を避けて体を裂こうとすれば、メスの入る場所が限定されるのは当たり前だ。

 シリツ(しつこいか?)とは何か。体を切ることである。

 しかし、本来、治療をするのが目的であるのに、健康な皮膚や内臓脂肪を切るのは本末転倒でもある。

 落語でよく使われる「助けようと思うて殺してしまうなんて医者の診たて違いみたいなモンや」ではないが、治すために体を傷つけるのは感覚的にもおかしい。

 まして、「大手術」ともなれば、胸のあたりから臍(へそ)の下まで続く傷跡を残すことになるのだ。


 昨年死んだわたしの父は、病気のデパートともいうべきガン体質で、若い頃から何度も体にメスを入れ続けてきた。

 そのたびに苦しむ姿を見て、わたしは、皮膚(外皮)を切って行う手術の患者への負担の大きさを常に考えさせられてきた。

 病で人が苦しむ一番の理由は痛みだ。

 だから、鎮痛効果にすぐれる、西洋からやってきた「コントロールされた毒物」=新薬に、東洋古来からの漢方薬は圧倒されたのだ。

 表皮には痛覚が多数ある上に、粘膜でないために回復が遅い。

 一度切れば癒着(ゆちゃく)に時間がかかり、その間、患者は歩くことも風呂に入ることもできず、さらに長く後遺症が残ることもある。

 その意味で、近年、皮膚を切る部分を最小限に抑える内視鏡(ないしきょう)手術が増えてきたのは、喜ばしいことだ。

 だが、2004年、米ジョンズ・ホプキンズ大が、それをさらに進めた術式を成功させた。

 それが、「経管腔的(けいかんくうてき)内視鏡手術:NOTES」だ。

 読んで字のごとく(余談だが、表意文字である漢字表記の、この言い回しがわたしは大好きだ)、管(くだ)を経る内視鏡手術、つまり、口や肛門、膣口などから内視鏡を挿入し、皮膚のかわりに内臓の壁を破って患部を切り取る、というものだ。

 いいかえれば体の穴(口)から入れる「胃カメラ」と、小さく皮膚を切って手術する「内視鏡手術」が組み合わさったものだ。

 ご存じの方も多いだろうが、胃カメラは小さなポリープ程度なら切除できるが、粘膜下の腫瘍切除は難しい。

 内視鏡手術は、開腹手術より負担は少ないものの、切った腫瘍を取り出すために4センチ程度の穴を腹に開ける必要がある。

 NOTESなら「切らずに体にもとからある穴を使う」ために、負担が極端に少なくなるのだ。

 昨年(2008年8月)、大阪大病院で、世界初のNOTES式の胃の腫瘍摘出が行われた。

 大阪市在住の女性が、胃の粘膜下にあった3センチ大の良性腫瘍を、膣口を経由し膣の壁を切って内視鏡を入れ切除されたのだ。

 女性によると、

「手術翌日なのにお腹に痛みが全くなく、ベッド上で普通に起き上がり病室を出て歩き回れた。おかゆと煮野菜の食事も出るし手術を受けたのがうそのようです」

ということらしい。

 膣壁は痛覚神経がまばらで痛みを感じにくい上に、粘膜であるから治りも早いのだ。

 さらに驚くのは鎮痛剤が不要であったことだ。

 執刀した消化器外科の中島清一助教の、

「実はもっとも痛めてはいけない部分(腹部)を医者は当たり前のように傷つけてきたのではないか。痛みは後遺症の重要な指標。痛みがなければ術後の回復も早い」

という言葉は、外科手術に携わる者が真摯(しんし)に受け止めなければならないものだろう。

 だが、現在、NOTESは研究段階だ。

 いくつか問題(医療側の)もある。

 ひとつは、医者の中に「医者としてのタブー:禁忌(きんき)」を冒す感覚が生じるのもそのひとつだ。
 従来の内視鏡手術では、内臓に穴を開けることは、重大なトラブルに直結する厳禁事項であったからだ。

 もうひとつ、胃カメラは「内科」、腹腔鏡は「外科」が担当するという臓器の壁を挟んだ医療界の「棲み分け」も某(なにがし)かの抵抗になるだろう。

 だが、そういった些末(さまつ)なことにとらわれず、医療の原点である「患者の立場に立った」治療を確立して欲しい。

 現時点で日本は世界最高レベルのNOTES実現国なのだ。

 中島助教はいう。

「NOTESは、10年後には内視鏡手術のように広まる可能性が高い。職人芸的手技(しゅぎ)に頼らないハイテク手術は医者志望の若者を取り戻す手段にもなる」

 ドラマとして「天才による奇跡のバチスタ手術」は面白いが、現実が求めているのは「誰もが安全に行える、平易で安定した術式」なのだ。

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