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2009年1月

2009年1月31日 (土)

手帳をスーパー手帳にする技(ホントは教えたくないんだなぁ)

 前に、メールマガジンでは紹介したのですが、これからお話しすテクニックは、手帳術と読書の効率を格段にアップしてくれる、魔法のような方法です。

 使うのはこれ↓




 そう、トレーシングペーパーです。別に高いものではありませんし、どこにでも売っています。


 そして、ありきたりのペーパーを変身させるモノが、これです↓




 仮止めスティックのりです。
 
 いろいろなメーカーから出ていますが、フエキの「スティック仮止めのり」は、100円ショップで売っていて、もっとも安く、わたしの愛用品です。




 上記トレーシングぺーパーを、手帳サイズ、あるいは、本のページより一回り小さいサイズに切って、「仮止めのり」をぬると透明付箋紙ができるのです。


 実は、透明付箋紙は、無印などで商品化はされていますが値段が高い。

 とても、どんどん使うことができない値段なのです。


 しかし、上記の方法で自作すると、いくらでも使うことができるようになる。


 これを大量に作って手帳や本に貼ります。


 前にも書きましたが、わたしの手帳は無印文庫手帳です。

 こういった「一冊になった」手帳の欠点は、なかなか、あとから書き足しができないことです。

 しかし、この付箋を貼ると、その上から追加情報を書き足していけるのです。




 特に図書館などで借りてきて書き込めない本に貼ると、その上からラインをひいたり、印をつけて使うことができるのが良い。




 実際使ってみると、これは便利ですよ。

 本当に、使い方によって、これは他の人に教えたくないほどに便利な道具になるのです。

 ぜひ、一度おためしください。

 もちろん、暗記用の目隠しシートとしても使うことができます。

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2009年1月30日 (金)

嫌らしきモノ、汝の名はイクナニ学

 アン・シャーリーとわたしには共通点があります。

 え、シャーリーって誰かって?

 アヴォンリーいち大きなチョウチン袖の……じゃなくて背の高い赤毛の女性ですよ。
 世界的に有名な。

 別名「赤毛のアン」

 秀才だった彼女も「イクナニ学」は苦手だった。

 そして、秀才でなかったわたしも「イクナニ学」が苦手でした。

 三角方程式や行列、ベクトル方程式や微分積分は、まだなんとかなったのですが、図形はとにかく難しかった。

 中学の頃に遊んでいて、図形の基礎をきちんとしておかなかったからです。

 ある時期、オトナになってから、集中的に学習しなければならなくなって、それ以来、すっかり苦手意識も薄まり、どちらかといえば好きになりました。


 しかし、中学の頃は本当に図形は嫌いでした。

 幾何学(キカガク)という名前すら口にしたくなかった。

 だいたい、もともと食うに困らぬ貴族たちの、サロン的遊びから始まったものじゃないですか。
 次の会合までに、何か新しい法則を見つけ出して、皆をあっといわせてやるのじゃ、みたいなね。

 だから、ワケのわからない補助線や垂線を引いて問題を解くことになる。

 たとえば、こんなのがありますね。

 三角形の面積は、底辺X高さで決まるから、底辺BCさえ決めてしまえば、平行線上のどこに頂点Aをとっても面積は同じ、というやつ↓。






 リクツじゃわかるけど、感覚的には理解できなかったなぁ。
 だって、ずうっと、遙か先に点A’をとっても、真上のA点の時と面積が同じだなんて、おかしいじゃないですか。

 あとね、これもアタリマエなんですが、以下も成り立ちます。






 ここで、ポイントは三角形の高さ、つまり平行線の間隔が分からなくても、とにかく、底辺が3分の一だから、面積もデカ三角形の3分の一になるということです。



 あとひとつ、平行線の間で線をクロスさせると、三角形が二個できますが、それは相似形なので、対応する辺の比は同じになります。↓




 これを組み合わせると、下のようなイヤラシイ問題が発生するのです。











「AB=6cm、BC=10cm,∠BAC=90°の平行四辺形ABCDがある。BCを三等分する点をE,Fとし、ACとDE、DFとの交点をそれぞれG,Hとするとき、四角形GEFHの面積を求めよ」





 アー疲れた。

 図形描画は長らくMACの「クラリスワークス」で書いていたので、WINDOWSで書こうとすると、適当なソフトがなくて困ります。

 マイクロソフト謹製ソフトは、サイテーに使いにくいし、PHOTOSHOPもイマイチ、Illustlatorも書き出しにくいので好きじゃないし花子は使い方を忘れたから、仕方なくFLASHで図を描いてイメージ出力したのですが、疲れました。


 ですから、解答はまた今度。

 上記のテクニックを組み合わせれば、ちゃんと解けます。

 どうか、みなさんも(特にオトナの方は)サビついた知識をフル動員させてやってみてください。

 ちなみに、最終的な答えは、22/5です(分数!)。

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鏑矢の風鳴り(目次) NO.3




 今回から体裁をかえました。政治と要望の(少し)あった小説作成技法の
 二本立てにします。

1.政治・経済トピックス
 ●「オバマはヘビースモーカー?報道されない真実」
 
2.小説の書き方 〜その1〜
 ●「アイデアを得る」
   いかに情報を手に入れ、アイデアに昇華するか。

5.後記
 ●インフルエンザにマスクは効くの?


 メールマガジン登録は休止中です。

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2009年1月29日 (木)

さばら、そして勝利

 芸能人関係のニュースをここで書くことは、あまり多くはありませんが、昨日のニュースでふたつだけ気になったことを。

●ひとつめ。




 フォーリーブスの青山たかし(→現:青山孝史)肝ガンに死す。

 先日、「フォーリーブス再結成」と銘打ち、四人そろって「ブルドッグ」を歌い踊っているのを観たばかりなので驚きました。

 肝ガンだとは聞いていましたが、かなり進行していたんですね。

 わたしにとって、フォーリーブスで、はっきりと思い出すのは米発アニメ「ユーバード」のテーマだけなんですが、とにかく歌はうまかった。

 とても残念です。

 ジャーニー北川氏の「恋人」だったメンバーの一人(名前も一字もらってますね)を売り込むために他の3人が集められたことは「知る人ぞ知る」ところですが、結果的にフォーリーブスは大ブレイクし、現在のジャニーズ事務所の礎を築きました。

 現在、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の感がある「美少年」(酒の名じゃないよ。ちなみに、現在のジャニーズタレントがそうなのか個人的には疑問)ブンカを築いたのは彼らなのですから。


●ふたつめ。

 28日、東京地裁で、楳図かずお氏の自宅(通称「楳図御殿」あるいは、まことちゃん御殿)が景観の調和を乱すとして地域住民二人から外壁撤去を求められていた訴訟で、請求が棄却された。




 つまり、訴えた住民側が負けたということですね。

 こういった民事裁判は良いですね。基本的に当事者の利益の勝ち負けを争うわけですから、第三者としても、どちらか片方に思いっきり肩入れできる。

 わたしは、子供の頃から楳図氏の大ファンなの(同郷だし)で、ここからは全く一般論から外れてしまい感情的になってしまいますが、どうかお許しを。


 だいたい、その訴えたヤカラ二人って、どれほどのお方なのよ。

 近所に楳図先生の家が建っていることを、ありがたく思いこそすれ、訴えるだなんて考えられないな。

 もう楳図先生、故郷に帰って、ウチの近所、世界遺産法隆寺の横に御殿建てて!と言いたくなってしまうよ。


 キドリ京都やお高いヨーロッパではアタリマエ(と思っているんでしょうな。権威が認めるブンカは思考停止的に守らなければならない、と)であるように、街は美しく(って誰の基準よ)保たれなければならない、と思いこんだのでしょうか。

 おふらんすのセーヌ川沿いは、イヌの糞だらけだぜ。
 フランスでは、もうずっと前から街の清掃が大問題になっている。
 ドイツのパ酒場のトイレは、ほとんどが最低の不潔さだ。

 って、わたしがビンボーなとこしか知らないだけか?


 つまり、そういった「美的景観保存主義者」たちがお手本と標榜するヨーロッパも、倫理上、衛生上、景観上、そうたいしたことはないってことですよ。

 わたしの知人の妹が向こうの人間と結婚して暮らしているスイスでは、どんなに晴れていても、洗濯物を外に干せないといって泣いていました。
 ついでに、一日一回だけ作って、冷えたモノしか食べられないスイスブンカは、もうコリゴリとも。

 カリフォルニアに住んでいたイトコも、洗濯物を外の干せなくて嫌だといっていたなぁ。
 そのあたりのレジデンス・ルールだったらしいが愚かだねぇ。

 いわゆる、よくからかいの対象になる「郊外生活者」のミエってやつですかい?

 その点、イタリアじゃ、だいたい洗濯物を外に干すから好きなんだけど。


 もう、ブンメーカイカの時に、ただ科学力が上ってだけでブンカも上'と思ってしまった間違いから脱却してもいいんじゃないかなぁ。

 ヨーロッパなんて、宗教に狂って操られ、愚かしいことをやり続けてきただけの国々の集まりなんだからさ。


 だいたい、本当に酷い建物だったら住民がこぞって反対するよ。

 手を挙げたのが二人だけ?

 それとも、楳図先生が政治的圧力でもかけたのか?

 写真↑で見る限り、それほど酷いモノとは思えないしねぇ。

 あるいは、自分はそれほど気にならないけれど、誰かよそから来た人の「目障りじゃない?」という言葉で急に「基本的人権」などという、普段は忘れている言葉を思い出し、仲間を募ったけど「変わってていいじゃない」「楳図先生が近くに住んでいるなんて、なんかうれしい。グワシ」なんて声も出たりして、集まった同志は結局二人になったものの、いや、集まった人が少ないだけに、奇妙な使命感いや増して「撃ちてし止まん」とばかりにソショウに踏み切った、というところかもしれまない。

 少なくとも、
 北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ
 (雨ニモマケズ)
 という見識はないのでしょうな。



 なんとなく、こういった硬直思考は、どこかの老人が書いていた「近頃の日本語の乱れは許さん」系ピンボケ・ケイモウ本に似たところがありますね。

 中を読むと笑っちゃいますよ。

 我々が現在使っている、著者のいう「正しい」日本語が、たかだか100年あまりの歴史しかもたず、森鴎外や夏目漱石といった、明治期文学者たちの功績で形作られた新しい言葉であることを忘れ、自分が戦時中に習った言葉だけが正しいと錯覚して、生き物として変わり続ける言語を否定しようとしているのですから。

 まあ、気持ちは分からないでもないですけどね。

 先の二人同様、おっちゃんがやらねば、という使命感に燃えてしまうのは……

 でも、しかたないんですよ。言葉が変わっていくのは。

 そりゃあ、わたしも、イヌに餌をアゲルのも、こどもに〜してアゲルのも、早急(サッキュウ)ではなくソウキュウ'''に事を行うのも、胸が悪くなりそうなほど嫌なイイカタですが、皆が使うようになれば、そこに道ができる的な気持ちでないと、もう生きてはいけんのですよ。



 話をもどして……

 だいたい、(その人たちの好きそうな)ヨーロッパなどでは、芸術的に著名な方の邸宅が、近くにあることを誇るものだということを知らないのでしょうか。

 あ、ひょっとして、マンガ家だと思って馬鹿にしているな?

 しょせん、貸本マンガ家が功経(こうへ)たものだと。

 「へびをんな」(えーと「へび少女」だったかな?)作家だと。

 許さーん。

 そんなことは「漂流教室」を読んでからいいなさい。

 「14歳」や「神の左手悪魔の右手」を読んでから。

 それらと同じか、それ以上のモノを生み出してからモンクをいうのだ。


 もちろん、わたしも、才能があれば何をしても許されるとは思っていません。

 ただ、腹立たしく思うのは、おそらく、彼女たちも、これが平*郁*画伯のアズライト・ブルー・シルクロード御殿だとか、梅*龍*郎まっかっか邸宅なんかだと、それがどれほど奇天烈なものでも認めだろうことが(なんとなく)分かるからです。

 平*郁*画伯なら、梅*龍*郎なら、セケンも認めているからモンクは言えない。

 でも、変なマンガ家なら文句いっても大丈夫。

 そんな世知(せち)を感じるのが嫌なんですね。


 個人の権利を主張するときに、そんな右見て左見ての態度はいけない。

 だから、お二人には、ぜひ控訴をしていただきたい。

 そして、美しい武蔵野市の景観を守るために、さらに闘ってほしい。

 おそらく、毎日街を見回して「ああ美しい武蔵野市」と感動するのが趣味なのでしょうから。

 個人的には「楳図御殿のある個性的な武蔵野市」の方が好きですけどね。


 あーまたトガったことを書いてしまった。

 ココロ静かに暮らしたいのに……

「樹静カナラント欲スレドモ 風ヤマズ」(用法が少し違いますが)

 2/武蔵野市民のPAKA。

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2009年1月28日 (水)

科学技術で未来はバラ色 (まとめて一挙掲載)

 案外ブログって使いにくいなあ。

 5000字の制約が面倒なので、自家サイトにまるごと1-4をまとめてアップしました。

 分断して読むのが面倒な方はかぶらやのサイト上のdelphi調査で読んでください。

 こっちは、行間も調整していますし、文字が大きいので読みやすいかもしれません。

 あらためて見ると、デルファイ調査の(技術的実現時期/社会的適用時期)の時間のズレには、なかなか意味深なものがありますね。

 結構手間がかかりそうなのに、技術的に実現したらすぐに適用されたり、簡単そうに見えて、技術的実現時期と適用時期が、かなり離れていたり。

 このあたり、政府の「何がカネになるか」という目論見が見え隠れして面白いですね。

 しかし、前にも書きましたが、これって安倍相の時のホネブトでしょう?

 だったら、いま頓挫しているのかな?カレ政権を投げ出しちゃったし。

 変節がお得意の高市早苗(恥ずかしいが地元なんです)も、もうデルファイなんて忘れてるだろうなぁ。

 それに、今の首相は「骨太」ではなく、「難読」と「軸ブレ」「しがみつき」が本則のお方ですから。

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科学技術で未来はバラ色(4/4)

政府による科学予想(4/4) 〜デルファイ調査〜

31.家族の情報が把纏できる
「家族の関係が疎遠とならないように、バーチャル空間でも、家族の気配を感じられるような工夫がなされるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■各種の情報やサービスの提供により充実した生活を実現すると同時に、ユーザである遠隔地の核家族同士が相互に安全や健康を確認できるロボット(2013年/2017年)



32.インテリジェントステッキ
「バリアフリー、ユニバーサルデザインが進み、居住空間での行動が容易になる。また、身の回りを支援するロボットが活用される。さらに、高齢者の身体の状態に応じて移動や歩行をアシストする機器・システムが数多く実現され、高齢者が自立した社会生活を長く続けることができる」
●デルファイ調査の裸題
 ■障害者、高齢者の社会生活が格段に拡大する、高性能移動・歩行支援機器ノンステム技術(2011年/2017年)
 ■庭の手入れ、病人介護、家事など様々な目的に応じたロボットをリースするサービス(2013年/2021年)



33.合成音声/人工絹頗視覚ゴーグル
 高齢者および身体障害者は、利用者登録制度を通じ感覚補綴<ほてい>(感覚機能を回復・補充し、あるいはその劣化を抑制すること)のための治療を受けることにより、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を適正に補充し、不自由なく活動的な日常生活を送っている。熟達した訓練士が指導するリハビリテーションを受けることにより、義手・義足でも違和感なく短期間で使えるようになっている。
●デルファイ調査の課題
 ■日常生活活動拡大のための障害者評価・訓練プログラムの一  般化(/2015年)  ■認知障害者二言語障害者への意思疎通システム(2014年  /2023年)
 ■高次脳機能障害者の評価・治療法(2015年/2024年)
 ■味覚と物性を感知、分析する精密食味分析ロボット(2014年/2024年)
 ■コンピュータを用いて脳の運動関連活動を信号化・伝達することにより、脊髄・末梢神経を介さずに義肢などを随意的に制御する技術(2018年/2029年) 
 ■感覚機能を備えた義手・義足(2021年/2031年)



34.育児ロボット
「生活支援ロボットを含む家庭内セキュリティシステムにより、家庭内での子供の安全確保が行なわれている。
家庭内セキュリティシステムが地域セキュリティシステムと相互接続することにより、生活支援ロボットで対応ができない場合には地域で子供の安全が保証される仕組みが実現されている。
短時間であれば、安心して種々の用事のため、子供を家庭に置いて短時間の外出が可能となる」
●デルファイ調査の課題
 ■防災、防犯、介護支援機能に加え多様なサービスをユーザに提供する生活支援型ロボット等を活用した家庭用セキュリティシステムが相互に接続された地域セキュリティシステム(2014年/2021年)



35.リタイア(シニアライフ)
「どの地域でもインターネットなどの活用により、費用を気にせず低価格で自由に芸術活動を鑑賞できる。
また、遊び、芸術、文化活動にかかる個人的活動を促進する仕組みが実現され、シニアが地域で充実した生活を送れる」
●デルファイ調査の課題
 ■遊び、芸術、文化活動にかかわる個人の趣味的活動を促進し、それを学問あるいは技術の発達につなげるような仕組みが大学、企業、地方自治体で実現する(−/2014年)
 ■美術、演劇、映画、音楽、文学、その他の芸術活動において、少数の消費者しか存在しないため存立が危ぶまれている活動について、それらの消費者がインターネット等の通信手段を利用して、これまでよりはるかに低費用でそれらの芸術活動を鑑賞し、複製を入手するシステムが開発され、消費者が増加しなくとも、アクセス費用が
低下することで小規模な芸術活動についても採算が取れるようになる(2008年/2013年)



36.日本のバイオ技術と環境技術
「土着の微生物を利用して土壌中のダイオキシン類や重金属を効果的に除去する技術が実用化され、世界に普及している。環境影響評価のガイドラインの策定が各国共同で行われ、わが国の世界の生態系保護に員献している」
●デルファイ調査の課題
 ■植物・微生物を利用して土壌中のダイオキシン頬や重金属を効果的に除去する技術(2014年/2022年)
 ■化学物質(有害物質使用規制(ROHS)の代替物質を含む)のリスク評価のために社会的に合意されたツールの整備・標準化(−/2013年)
 ■湿地における生態系および生物多様性の再生技術(2014年/2021年)



37.クリーン発電
「風力や太陽光などの自然エネルギーによって発電された電力が一日を通して安定して供給され、CO2の削減に大きく員献する」
●デルファイ調査の課題
 1変換効率が年20%以1の大面積薄膜太陽電池(2015年/2023年)
 ■太陽エネルギー変換効率、3%以上の人工光合成技術(植物の光合成は1%程度)(2030年/2039年)



38.節水型農業技術
「少ない水で食料生産を行う節水型農業技術が日本で開発され、アジアや世界の水量の乏しい地域に普及する。
わが国は宇宙環境での生命維持システムの開発で世界のトップクラスの研究を行っており、限られた水で野菜や穀物を生産する装置のための技術が地上での農業にも応用できるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■宇宙で野菜、穀物、動物タンパク質等の食料が自給できる閉鎖生態系を利用する生命維持技術(2022年/2032年)



39.海水淡水化技術/循環型水処理
「地域単位で雨水や地下水を有効利用するコミュニティが形成され、日本の水処理技術によって水が経済的に循環利用されるようになり、世界にも普及する」
●デルファイ調査の課題
 ■逆浸透膜などによる、経済的・実用的な海水淡水化、汚染水  浄化技術(2006年/2013年)
 ■自然エネルギーの利用と雨水・地下水のシステム的利用を可能とする戸建住宅技術(2009年/2017年)
 ■長寿命⊥高安定性を有する分散型浄水処理技術(2012年/2021年)
 ■水質管理∴宋毒塩循環および衛生保持を可能とする分散型生態学的下水処理技術(2013年/2021年)



40.地球観測衛星/CO2排出量
「人工衛星搭載センサーの高度化により、地球温暖化ガスの国別排出量などの高精度のデータが取得されるとともに、生態系・水循環、農産物など多様な情報をリアルタイムで入手できるようになる」
 ■二酸化炭素ガスの国別吸排出量を人工衛星により高精度で観測する技術(2014年/2022年)
 ■地球規模のセンサーネットワークを用いた、農林水産生態系における主要元素・物質循環モニタリングシステム(2019年/2029年)
 ■陸域における水、土壌水分、析出塩濃度、氷雪分布等を全地球的に空間分解能−km以下で測定する人工衛星
 ■搭載用マイクロ波放射計(2013年/2021年) 
 ■リモートセンシンク技術等を活用して、農産物の収穫予測や、森林バイオマス量、リアルタイムの海洋環境情報などに関して、あらゆる気候帯、地形帯を含む地球規模の農林水産資源や環境の実用情報を定期的に提供するシステム(2014年/2023年)
 ■植生の分布に関する高精度衛星搭載センサーおよびインターネットを利用した環境モニタリング技術(2010年/2019年)
 ■排出インベントリーデータがモニタリングによって検証される(2012年/−)
 ■様々な飛行体を用いて、試料の採取、測器の設置・回収等を機動的に行う海洋観測体制(2013年/2020年)



41.日本のエネルギー技術
「2003年に改正された分散型電源から自営線敷設が各地で整備され、地域の特徴のあるエネルギー源や負荷を組み合わせたマイクログリッドの実証実験が行われ、その成果は国内のみならず世界で注目される」
●デルファイ調査の課題
 ■家庭用小型コジェネレーションシステム(2009年/2015年)
 ■自然エネルギー、自然通風、自然採光などを利用した、エネルギー自立型建築システム(2008年/2015年)



42.小型原発
「原子力から水素が製造され、その技術がアジアを中心に世界で普及する。水素製造などの熱利用システムに供給するための比較的小型の原子炉システムが日本で開発される」
●デルファイ調査の課題
 ■中・小型熱電併給原子炉(2018年/2031年)
 ■原子力を利用した熱化学分解法によるエネルギー用水素製造プロセス(2021年/2032年)



 どうです?25が「いじめがなくなる」ではなくて「減少する」ってところがいいですね。
 あと「個人を大切にして子供に合った目的で勉強できる」とか「子供が子供らしく育つ社会」というのも、いかにもオカミって感じですね。男の子はスカートめくり、女の子はケンパ(って放言?)でもしろっていうのでしょうか。

 でも、それって「イノベーション」なんでしょうか?
 語源を調べたほうが良いんじゃないかな。

 イノベーションっぽいのは後半ですね。
 とくに42の「小型原発」ってのがいいですね。

 これってほとんどゲンバクですよ。

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科学技術で未来はバラ色(3/4)

政府による科学予想図(3/4) 〜デルファイ調査〜

21.耐震基準
「免振・制震技術が進展し、建物安全性を飛躍的に向上する。
高度センサー技術を応用し、様々な建築構造物、社会基盤施設の耐震性を的確に評価可能となる」
●デルファイ調査の課題
 ■建物安全性と財産保全制の飛躍的向上をもたらす免振装置・制震装置(2007年/2013年)
 ■高層建物やタンクなどにおける、長周期構造の海溝型地震に対する耐震性評価と補強技術(2009年/2014年)



22.太陽光発電
「発電単価4分の1を実現する低コスト化が実現し、戸建て住宅の約半分、集合住宅の15%に導入が進む。
2025年には屋根だけではなく、ビルの壁面にもカラフルでペインタブルな太陽電池が導入される」
●デルファイ調査の謙虚
 ■小型燃料電池高効率運用や太陽電池出力安定化の低コスト二次電池(2013年/2020年)
 ■高効率大面積薄膜太陽電池(2015年/2023年)



23.バイオマス燃料
「セルロースからの低コストエタノール製造技術が確立し、輸送用バイオマス燃料が普及する。
穀物だけでなく、草木類、稲藁、間伐材の利用が可能となり、国内バイオマス資源の活用が進み、地方の休耕田や里山が再生する。
バイオディーゼル燃料の製造技術が確立し、アジア諸国と強力したプランテーションが一般化する」
●デルファイ調査の課題
  ■石炭やバイオマス、廃棄物のガス化による発電/合成燃料製造技術(2010年/2018年)
  ■サンベルト地帯遊休地でのバイオマスプランテーション(2013年/2023年)



24.災害予報システム
「地震検知情報を瞬時に全国ネットワークに伝達し、地震到達前の迅速な初期活動を可能とする技術が実現する。
 個人レベルの位置情報が統合され、被災者の避難誘導や迅速な支援復旧を可能とする技術が普及する。
 センサーを内蔵し自己学習機能を備えた情報端末をネットワーク化することで、より詳細に災害情報が把握できる。
 災害危険地帯に迅速な非難勧告が可能となり、病院や公共施設等でも災害対策に活用される」
●デルファイ調査の課題
 ■地震検知全国ネットワークによる地震到達前情報伝達防災システム技術(2008年/2013年)
 ■中期的(5〜10年程度先)な大規模地震(M8以上)の発生  予測技術(2013年/2021年)
 ■個人携帯端末による避難誘導防災システム (2009年/2014年)



25.いじめ(の減少)
「子供の身体的、心理的な状態を見守り、いじめがなく、健やかに学べる教育環境を実現できる」
●デルファイ調査の課題
 ■マイクロマシンに基づく超小型健康管理デバイス(2015年/2025年)
 ■人間の生体情報や表情、視線等の非言語的な情報から意図を理解する技術(2019年/2028年)



26.個人を大切にして子供に合った目的で勉強できる
「子供の適性を早期に発見して得意分野の能力を伸ばす教育が可能となる。
より効率・効果・満足度の高いテーラーメードな教育手法が導入され、教師による教授を補うe-learningが活用されている。傑出した才能を育み世界的に高いレベルの学力水準を達成している」
●デルファイ調査の課題
 ■子供の考える力、創造する力、コミュニケーションする力などの健全な脳機能発達を促すメディア技術(2015年/2022年)



27.子供が子供らしく育つ社会
「感情の理解・表出や社会性が発達する幼児期の重要性についての知識が一般に広く普及している。それに基づいて、家族や社会が協力して子供の発達を見守り育むようになる。多くの子供が、成長期に自然との触れ合いを十分に持って、健全な情緒や遂行能力を獲得するようになっていく。
社会で守るべきこと、他人に気遣い、自分のできることで社会や人に貢献することを学ぶようになっている」
●デルファイ調査の課題
 ■子供の考える力、創造する力、コミュニケーションする力などの健全な脳機能発達を促すメディア技術(2015年/2022年)



28.電子マネー
「社会における基本的な経済活動を電子ネットワークベースに完全移管することを可能にするインフラである。
国内であまねく安心して使える電子マネーをその根幹とする。
これによりたとえば、1枚のカードで、すべての乗り物に共通の決済が可能になるだけでなく、貨幣、株式、保険、各種有価証券など経済活動に関係する価値情報のすべてが標準デジタルデータとして安全に流通することができるインフラである」



29.GPSセキュリティ端末/子供たちの安全/セキュリティセンサー
「地域セキュリティシステムが家庭のセキュリティシステムと接続され、ボランティアなどにより地域の各家庭内から、通学路や遊び場など地域全体で見守りが行われている。
さらに子供に問題が生じた場合には、地域を巡回パトロールするボランティア等が情報端末にリアルタイムで地域セキュリティシステムから情報が送られ、必要な場合にはただちに現場へ急行できるようになっている。
子供が安心して外で遊べ、地域コミュニティの中で様々な体験ができる環境ができている」
●デルファイ調査の課塵
 ■防災・防犯、介護支援機能に加え多様なサービスをユーザに提供する生活支援型ロボット等を活用した家庭用セキュリティシステムが相互に接続された地域セキュリティシステム(2014年/2021年)



30.見守るシステム
「監視システムの高度化により犯罪・事故の未然防止に役立っている。
大都市のように知らない人同士が隣り合って暮らす場所でも、安心して暮らすことができる」
●デルファイ調査の課題
 ■監視カメラがネットワーク化され、未然に挙動不審者を発見する自動的なサーベイランスシステム(2008年/2014年)
 ■顔と音声の認識により個人を99・9%以上の精度で本人であることを識別するセキュリティシステム(2012年/2018年)
■公共的空間に設置された監視カメラで認識し、人相・しぐさ・顔かたち・音声等を解析することにより、指名手配・重要参考人等の所在確認を支援する技術(2012年/2019年)



またまた5000字超えました。続けます。

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科学技術で未来はバラ色(2/4)

政府による科学予想図(2/4) 〜デルファイ調査〜

12.日本の環境撃ビジネス
「排ガス処理技術や水処理技術のような環境浄化技術、そして省エネルギー技術などに代表される日本が持つトップレベルの技術によって構築された、持続可能な循環型社会は海外でも羨望され、多くの国々からノウハウを学ぶために、多数の研修者が来日する。
アジアの若者が日本の大学などで環境について学び、帰国してから母国の環境経済を改革していく姿が数多く
見られるようになる。
また、優れた環境教育を受けた人材が世界の様々な場所で活躍するようになり、環境技術革新で環境ビジネスが拡大するとともに、日本企業の国際競争力が向上し、アジア・世界の環境市場を牽引する社会となっている。
こうした社会を支える日本の環境文化や価値観は、地球規模の環境問題が深刻化する中で世界が共生して行くためのパラダイムとしても高く評価され、先頭に立って実践する日本はアジアそして世界の中で大きな存在感を示す国となっている。」



13.CO2の削減
「石炭から大量かつ廉価に代替天然ガスを製造する技術が開発され、世界に普及する。石炭をガス化し、メタンを直接製造でき、付加価値の高い化成品を併産することができる」
●デルファイ調査の課題
 ■石炭やバイオマス、廃棄物のガス化による発電及び合成燃料  製造技術(2010年/2018年)
 ■環境にCO2を排出せずに石炭から水素を製造する技術  (2016年/2027年)
 ■非化石エネルギー等C02排出の少ないエネルギーを用いた  製造工程(2014年/2023年)
 ■電車等において回生エネルギーの蓄積や変電所のピーク時負荷軽減を図るための、フライホイールや燃料電池などの車載用エネルギー装置(2012年/2019年)
 ■二酸化炭素を海底下に国定する技術(2015年/2025年)
 ■CO2分離・隔離・貯留技術(2015年/2027年)



14.バイオ・エコ産業
「土着の微生物を利用して土壌中のダイオキシン類や重金属を効果的に除去する技術が実用化され、世界に普及している。環境影響評価のガイドラインの策定が各国共同で行われ、世界の生態系保護に員献している」
●デルファイ調査の課題
 ■植物・微生物を利用して土壌中のダイオキシン類や重金属を効果的に除去する技術(2014年/2022年)
 ■化学物質(有害物貿使用規制の代替物賞を含む)のリスク評価のために社会的に合意されたツールの整備・標準化(−/2013年)



15.アルツハイマーの薬/がん、心筋梗塞、脳卒中の適切な処方/臓器の再生/予防医療
「高齢者および身体障害者は、加齢により磨耗した骨を再生させる治療に例をみるように、細胞治療・再生医療により身体機能、運動機能や感覚機能を回復・補完している。
特に骨や筋等の運動器系を機能回復させることにより、日常生活に必要な動作が可能になり、活動的な生活を送っている。
また加齢とともにそのリスクが高くなると考えられている、脳梗塞や脳血管性痴呆、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に罹患した場合には、神経細胞の細胞治療・再生医療を受けることにより(機能を)回復する。
 さらに、骨粗しょう症の予防投薬や神経変性疾患の発生の発症予防等、身体の衰えや加齢に伴い増加する疾病に対して、予防的治療を積極的に受けることにより、高齢になっても疾病になりにくい身体を維持している。」
●デルファイ調査の課題
 ■老人性骨粗しょう症の予防法(2013年/2019年)
 ■病原体の同定と薬剤感受性の評価が1時間以内でできる自動  機器(2013年/2021年)
 ■肥満を効果的に改善する薬物(2014年/2021年)
 ■経口によるインスリン治療法(2014年/2021年)
 ■HIV感染を根治させる治療法(2014年/2021年)
 ■ウイルス性肝疾患を治癒させる薬(2014年/2022年)
 ■がんのオーダーメード治療(2014年/2023年)
 ■アトピー性皮膚炎などのアレルギ1疾患を根治させる治療法(2015年/2023年)
 ■動脈硬化病巣の局所治療が可能な遺伝子治療法(2015年/2024年)
 ■自己免疫疾患を治癒させる治療法(2018年/2025年)
 ■糖尿病の遺伝子治療法(2018年/2027年)
 ■胚性幹細胞を用いた障害臓器の再生治療技術(2020年/2029年)
 ■アルツハイマー病の根治薬(2019年/2029年)
 ■顎ソストロフィーに対する筋再生治療法(2020年/2029年)
 ■がんに対する遺伝子治療法(2018年/2029年)
 ■神経変性疾患発症予防法(2020年/2030年)
 ■がんの転移を防ぐ有効な技術(2020年/2030年)
 ■神経幹細胞の移植により、運動麻痺の回復を促進する治療法 (2020年/2030年)



16.コンピュータにより多様な人との意思の疎通ができる
「感覚・言語能力・認知機能に障害がある人が自分の意思裏表することを助ける意思疎通システムが発展し、他の人もこれらの人の考えにいまよりも注意を向け、的確に理解できるようになって、それぞれの生活の質が大きく改善している」
●デルファイ調査の課題
 ■障害者が自分の意思を言語に変換できるポータブル会話装置(2014年/2021年)
 ■認知障害者二言語障害者への意思疎通システム(2015年/2023年)
 ■病気などにより会話や筆談などが困難な人の意思を脳活動から読み取り、他者との円滑なコミュニケーションを支援する技術(2015年/2024年)



17.介護ロボット
「家庭用ロボットや支援機器が普及し、高齢者や身障者ができる限り自立して生活することを助ける。その結果、社会で働く能力を維持できる。
同時に、家族などの介護者の負担を軽減する社会システムが充実する。
介護専門家の育成・訓練体制や労働条件が整備され、この一環として、重度心身障害者の介護用ロボット・機器などの普及が進む」
●デルファイ調査の課題
 ■被介護者に不快感・不安感を与えず、入浴などについて介護者を支援するロボット(2012年/2016年)
 ■高齢者や身障者が、食事、入浴、排泄、娯楽などを介助者なしに自ら行うことを支援するロボットや機器を備えた住宅(2013年/2020年)
 ■重度心身障害者の介護用ロボット(2015年/2024年)



18.遺伝子情報診断
「個人は、体の中の種々の分子情報に基づいた高度診断法により、様々な疾病の早期診断を受けて、将来において重度な疾病にかかりやすいかどうかを予測してもらっている。疾病の易躍患性診断をしてもらい、病気のリスクを知ることによって、個人は健康維持に対するモチベーションを上げて疾病予防に努めている。その結果、病気になる年齢を遅らせることに成功している」
●デルファイ調王の課題
 ■生活習慣病のリスクを正確に反映する血液検査と尿検査(2013年/2019年)
 ■ゲノム情報による個別医療促進のための一般向け健康教育システムの拡充整備(/2020年)
 ■臓器、組織の移植における拒絶反応の早期診断法(2014年/2021年)
 ■ゲノムによる疾病の易篠患性診断法(2014年/2022年)
 ■DNA塩基配列情報から種々のゲノム機能を予測する手法(2014年/2022年)
 ■遺伝背景などを踏まえてがんや生活習慣病のリスクを推測できるバイオインフォマティックス(2014年/2023年)
 ■20個以上の糖単位が連なった糖鎖の配列を、分岐やリンケー ジを含めて自動解析する装置(2015年/2025年)
 ■lつの細胞を試料として、細胞内のすべてのmRNAの種類とコピー数を計測できる装置(2015年/2026年)
 ■ヒトゲノムの塩基配列解析を1日で完了することができる技術(20−5年/2026年)
 ■ほとんどすべてのがんの血液検査による早期診断法(2018年/2026年)
 ■生活習慣病のリスクをもたらす主要なSNPSの解明に基づくテーラーメード医療(2016年/2027年)
 ■がん化に関する複数の環境リスク因子間の関係が明らかになり、がんの有効な予防策が講じられる(2020年/2030年)



19.コンパクトシティ
「今後、100年単位の人口減少を想定した市街地目標規模を設定した都市計画が行われる結果、土地やエネルギーを最も効率良く利用できる、コンパクトな都市の空間形態が実現する。
住居/中心市街地/商業/産業地域が適正配置され、職住が近接する。
ゆとりある街区設計がなされ、乱雑な建物配置が抑制され、水と緑が調和した風通しの良いオープンスペースが都市空間に生み出され、美しい都市景観がもたらされる」



20.200年住宅
「長寿命な建物構造物が実用化されるとともに、既存建物を長期にわたり活用するための評価・保全・補強技術の開発も進む。
100年単位の時代の変化に柔軟に対応できる社会基盤の設計技術が確立し、耐用性に優れ、高効率、高性能、高信頼性かつデザイン性に優れた社会基盤・建築物が構築されるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■建物構造性能・環境性能のモニタリング・評価・保全技術(2009年/2015年)
 ■非破壊検査により既存構造物の健全性を調査し、合理的な補強をする技術(2009年/2015年)
 ■世代交代対応/業態変化対応可能な住宅・建築システム(2011年/2018年)
 ■高強度高じん性等に優れ、構造材料の性能を劣化させない溶接技術(2011年/2016年)
 ■鉄骨工事を大幅に合理化する、鉄骨のための高耐久二高性能接着剤(2014年/2023年)



またまた5000字超えました。続けます。

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科学技術で未来はバラ色(1/4)

政府による科学予想図(1/4) 〜デルファイ調査〜

 前回書いたイノベ家の一日の「デルファイ調査」があまりにも面白いので、おおよそ全部を、ここに転写することにしました。

 政府が命じて、科学者が予想した「科学の未来予想図」がここにあります。

 スキャニングして選択的に文字認識させたものですので、ところどころ誤字脱字があるかもしれませんがご勘弁を。

 文字ばかりで読みにくいかもしれませんが、42項目のうち、興味を持たれた箇所だけをお読みくだされば良いかと思います。

 わたしは、昔から、こういった科学者による『未来予想図』っていうのが大好きなんです。まあ、だいたい外れますがね。

 今回の世界恐慌で、これらの予想も後ろ倒しになるんでしょうか。



 ともかく、ようこそ、(政府が描く)バラ色の未来へ!


(*)ここで、デルファイの中の年号は(技術的実現時期/社会的適用時期)を表す。


1.マイクロカプセルの診断

ヘルスチェック
「日常生活の主要なシーンとして家庭を例に挙げると、そこには、家族の健康状態をモニターする各種小型測定機器が常備されており、個人は携帯型の情報通信機器を通じてそのモニター情報を得て、常時、自らの健康状態を把握している。
健康情報は、時間がかからず、操作が簡便で、ほとんど痛みを伴わない検査・診断法で取得しており(血液・尿・汗などの微量・無痛採取と分析システムなどを利用)、健康状態を常時モニタリングするための体内哩込み型センサーチップを使う場合もある。
このように日々収集された健康モニター情報は、マイカルテ(個人の生涯健康医療電子記録)として記録され蓄積されている。
 個人の健康モニター値が異常を示すとアラート機能が作動し、その情報は医療情報ネットワークを通じて医療施設へと伝わる。
その情報を得た医師は、早々に適切な処方(電子処方箋による薬物・食事・運動療法を選び、バーチャル映像や音声を介して、家庭内の個人に納得のいくまで説明する。
薬剤の宅配等により、医師の処方の多くは家庭内で対応可能であり、深刻な病状の場合には医療施設で早期に適切な高度治療を受ける。
 個人情報の漏えいを防止するセキュリティシステムが完備されたマイカルテと医療情報ネットワークの利用により、個人の健康情報は安心してどこでも持ち出し可能であり、他の医療施設に移動、あるいは海外の医療施設を受診する際に多重診察や検査を受ける必要がなく、安心して医療を受けることができる」
●デルファイ調査の課題
 ■個人すべての検査結果、病歴、投薬などの医療情報をカード1枚に蓄積し、利用できるシステム(2009年/2013年)
 ■家庭における健康管理と異常時の診断システム(2012年/2018年)



2.食品のICタグ
「無線ICタグがあらゆる分野に普及して、多くのモノに無線ICタグが付けられ、コンピュータがモノを認識できるようになる。
 青果物、食肉、鮮魚、加工品などの食品には、RFIDタグなどを貼付して、消費者が、場所、時間、温度、湿度、衝撃、パッケージ開封の有無などの生産〜流通履歴データを簡単に確認できる」
●デルファイ調査の課題
 ■商品や食材の電子タグなどに付与される電子情報と物流・POS・宅配が連動したトレースシステム(食材・リサイクル)の一般化(2009年/2014年)
 ■食品の大半をカバーする世界的トレーサビリティ・システム(2011年/2019年)



3.立体的なゲーム・ネット新聞
「 趣味噂好や行動特性、また時間、場所、周囲の状況を察知し、個人に適応した情報やサービスが提供される」
●デルファイ調査の課題
 ■いつでもどこでも映画を楽しめるようなディスプレイ装置(2015年/2024年)
 ■家庭内で眼鏡をかけず、かつ疲れないで視聴できる立体TVのl般化(2014年/2023年)



4.バーチャルカンパニー
「 オフィスを持たず、事業経営はすべてインターネット上で行う年商1000億円規模までのバーチャルカンパニーが可能となるので、大規模事業まで能力しだいで自分で設計できるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■オフィスを持たず、事業運営はすべてインターネット上で行う年商1000億円規模のハーチャルカンパニー(-/2013年)



5.カーシェアリング
「 ITを用いて交通需要をリアルタイムにきめ細かく把握する技術や、高精度な渋滞発生予測技術が進展することで、道路交通需要の適正化が効果的に実現できるようになる。
都市生活者にとっては自動車の個人所有が必要不可欠ではなくなり、カーシェアリングなどの共同所有形態や、HOV(相乗り)やレンタカーシステムの利便性も改善され、マイカー需要が適正化されるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■大都市部における交通量の最適二最小化(TDM)の完全な実施(2019年)
 ■個別配送増加による都市内交通混雑を抑制する都市内共同配送システム(2010年/2017年)



6.ITS交通事故減・追突防止システム
「 事故の原因となる人的要因を未然に防ぐ機能が交通機関や交通基盤社会に導入され、交通システムの安全性が増す」
●デルファイ調査の課題
 ■車車間通信システムを活用した出会い頭などの事故防止システム(2009年/2016年)
 ■センサーにより自動車故障/事故予知判断ができるシステム(2011年/2016年)
 ■交通事故を未然に回避することのできる自動操縦機能を有する自動車(2013年/2020年)



7.公共交通
「公共交通と、低環境負荷自動車および道路インフラが高度情報システムにより統合した、新たな都市交通システムが実現する。公共交通の利便性が向上し、自動車への依存が抑制される。
道路インフラと自動運転技術が統合することで、交通事故につながるドライバーの判断ミスを大きく低減できるようになる」
●デルファイ調査の課題
  ■高速道路等における安全・円滑に自動走行する自動運転システム(2012年/2020年)



8.外国人の労働者
「高付加価値の産業を振興し国際競争力を向上させるため、高い能力や技術を有する外国人の管理職・専門職への活用が一般化する。
共働において重要なコミュニケーション、相互理解を助け、言葉の背景にある文化、慣習や社会規範の情報を提供するシステムが使われる」
●デルファイ調査の課題
 ■売上額の2分の1が海外で発生するような多国籍化した日本の大企業では、その中枢を担う管理職、専門職の3分の1以上について外国人労働を活用するようになる(-/2016年)
 ■単に言語を通訳するにとどまらず、発言の背景にある文化、慣習や社会規範などの情報を表示して国際コミュニケーション、相互理解を促進する技術(2013年/2021年)



9.自動通訳機
「多言語の自動通訳機を介してのコミュニケーションが一般化する。また、日本語−英語間の文書の自動翻訳が日常生活、専門分野ともほぼ問題がない精度に達する。
さらに、一般の会話が外国語と同時通訳可能になり、ごく普通に使われるようになる」
●デルファイ調査の課題
 ■言語のリアルタイム翻訳機能が付加された電話の一般化(2017年/2025年)
 ■webの自動言語翻訳機能の向上によりWeb上の多言語にわたる情報を特定一言語で容易に検索可能になり、必要な情報を瞬時に世界中から引き出すことのできる知識のレポジトリー・システムが構築される(2010年/2015年)

10.無排気ガス車
「燃料電池自動車や小型の電気自動車等の低環境負荷自動車が実用化し、都市内での日常的な短距離移動目的で、多く使われるようになる。
運行ルートが決まっているバスやゴミ収集車などには、中・大型車であっても電気自動車や燃料電池車が使われるようになる。
再生可能エネルギーを用いた水素製造技術や低コスト水素輸送技術が確立し、本格的な水素社会実現に向けて普及活動が開始される。
都市間移動や幹線物流には、バイオマス燃料を活用した高効率エンジン車やハイブリッド車が中心となる」
●デルファイ調査の課題
 ■燃料電池を搭載した交通機関(自動車、船舶など) (2012年/202一年)
 ■燃料電池自動車への水素供給インフラネットワーク(2013年/2023年)
 ■煤塵、NOX等の出ないクリーン燃料(水素を除く)(2014年/2021年)



11.教育で実際の社会人の体験を聞かせるリタイア後の地域活動
「映像・苦声のコンテンツから内容に関するデータを自動的に抽出できる技術が実現されており、シニアが保有する経験や知恵を子供に伝承する情報へと簡単に編集できる『潜在知の顕在化』システムが実現されている。
この結果、シニアが中心的となり、豊富な経験を次世代を担う子供に語る地域活動が行われている。世代間のコミュニケーションが進み、シニアが活き活きと生活している」
●デルファイ調査の課題
 ■高齢者、身体障害者が情報ネットワークに参加しやすい情報端末機器およびソフト(2009年/2014年)
 ■映像・音声のコンテンツから内容のメタデータ(情報に関するデータを表すデータ)を自動的に抽出する技術(2013年/2020年)



5000字超えました。続けます。

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いのべーしょん万歳 政府広告マンガの妙

 昨日、行きつけの古本屋で面白い本を見つけました。

 今から20年後を描いたユートピア漫画です。作者(原案)は、内閣府イノベーション25戦略会議委員の江口克彦氏。作画は藤井龍二氏……知らない人です。発行は2007年7月。


 わたしにとって、ユートピア的未来都市といえば、まず思い浮かぶのが、小松左京氏の「空中都市008」ですね。確か人形劇にもなっているはずです。

 ほかに、小学校の頃読んだ「2001年の世界」というのもありました。

 それらの未来では、2001年の時点で、超音波シャワーが生まれ、東京-大阪間には時速500キロのリニアが走っていましたが……実現したのは、一人一台の無線電話(いわゆるケータイ)ぐらいでしょうか。




 どうです。「2025年伊野辺(イノベ)家の1日

 磯野家(サザエさん)にかけてあるのかもしれませんが、イノベ家って……いかにも、オカミ主導の広報漫画といった体(てい)で、読んでいて楽しくなります。

 新聞などで一面をつかって載っている、ターゲットもマーケティングもよくわからない、あのテの漫画ですね。

 とにかく、なんかやってます感が目に見えるようにしておけ、という。


 「あとがき」にある作者の、発刊コンセプトを少し引用すると、

「本書は『内閣府イノベーション25戦略会議』で八ヶ月間繰り返された議論の一部を多くの読者に漫画化して紹介し、そのことを理解していただきたいという意図でまとめたものである」

だそうです。

 下のようなチャチ(失礼!)な画の漫画で「〜ものである」なんて納まれると、なんだか面映(おもは)ゆく感じますね。

 それに、後に述べるように、ネガティブな部分をまるで示さずに「八ヶ月間繰り返された議論」っていわれても、「この程度にそんなに時間かかるのかよ」って感じです。

 ついでに、高市早苗イノベーション担当大臣(当時)の「まえがき」も引用しましょう。
 
 けっこう面白いですよ。(内閣名、役職名など、すべて当時)

『二〇〇六年九月二六日に発足した安倍内閣では、イノベーション担当大臣というポストが新設され、私がその任にあたることとなった。
 組閣の三日後、安倍総理から、「日本社会に新たな活力をもたらし成長に貢献するイノベーションの創造に向け、医薬、工学、情報工学などの分野ごとに、二〇二五年までを視野に入れた長期の戦略指針『イノベーション25を策定してほしい」とのご指示があった。
 その後、約八カ月の時間をかけて、イノベーション25戦略会議の七名の有識者委員とともに、策定作業に取り組んできた。
 そして、この度、イノベーション25戦略会議の委員としてご活躍いただいた江口克彦氏のご好意により、「イノベーションの創造で私たちの暮らしがどう変わるのか」を分かりやすくお示しする漫画を出版していただくこととなった。
 この浸画を読んでいただくとお分かりいただけるが、安倍内閣が目指す「イノベーション」とは、単に技術革新だけではなく、広く社会システムの刷新も行うことで、画期的・革新的な成果を上げることである。
(中略)
 ここで示した未来の技術は、総合科学技術会議有識者議員や日本学術会議会員をはじめとする多数の学者の英知を結集するとともに、延べ二五〇〇名の専門家が参加したデルファイ調査も活用し、現代の科学的知見をもって予見できる限りの技術的裏付けをしたものであることも付言したい。
 この「イノベーション25は、閣議決定を経て、早速「骨太の方針二〇〇七」に反映される。
つまり、来年度予算や税制から、二〇二五年に向けての取組みがスタートするのだ。
 しかし、私は、その実現への道のりは相当険しいものになると思っている。
 当然のことながら、現在の日本が直面している様々な課題は、科学技術の力だけで夢のように霧消してしまうわけではない。
 本来は「政治」が本気で解決しなければならない喫緊の課題から目をそらすべきではないことを前提に、議論を続けてきた。』

 ホネブトの方針って、なんだか懐かしいですねぇ。

「投げだしの方針」じゃないんですかね

 コミックの絵柄ですが、こんなものです↓。






 各章ごとに、「イノベーション・コラム」もついています。↓







 内容はすごいですよ。ロボットが普通に我々一般人の世話をしています。
 車は、所有する時代ではなく、カーシェアリングする時代だそうです。
 数年前にアルツハイマーになった女性は、実験段階の薬で完治しています。
 人々は生体チップを体にとりつけており、再生臓器も普及しています。

 政府主導の未来予想図である「デルファイ調査」の年号も書かれています。
 (デルファイ調査とは、文部科学省が、1971年よりほぼ5年おきに実施している技術予測調査のことです)

 全体としては、陽気で明るく、かつて20世紀に、わたしたちが「21世紀かくあるべし」と願った未来像にあふれた漫画です。

 が、どうしても、お上特有の「上から目線」という印象はぬぐえません。

 有り体にいえば、実態に即していないというか……もちろん、政府公報なのですから、悪いことは書けませんが、それにしても嘘くさい。

 第一次大戦以後の100年で、わたしたちは、科学が我々の生活に変化をもたらし、考え方すら変えてしまうこと、つまり利益と表裏一体の弊害をもたらすことを、骨身にしみて知ってしまいました。

 だから、ただ「個人のDNAに応じた処方が施され、完全な治療ができるようになる」と書かれても、そのまま鵜呑みにすることは、もはやできない。
 そこには、恐ろしい弊害が存在することを、わたしたちは知ってしまっているから。

 ただ、個人的にバラ色の未来を描いていた「空中都市008」が好きだったわたしとしては、こういったオプティミスティック・フューチャーは好きです。

 実際にこうなったら、どれほど良いかと切に願います。

 ただ、嘘くさい。

 営利を目的とした、一般の漫画では、とても、これだけ楽天的な内容が企画を通ることはないでしょう。

 その意味で、こういった政府主導漫画は、原子力発電推進コミック同様、採算度外視で言いっぱなしに好きなことが書けてうらやましく思います。

 いったい何部刷られたんだろうな。

 ちなみに、わたしは、アメリカの「デルファイ予測」(別項で書いたプログラム言語DELPHIと同じ表記。古代ギリシャにおいてアポロンの神託(オラクル)を受けたのがデルファイ神殿であったことに由来)は知っていましたが、日本でも、早くからデルファイによる統計予測が行われていたことは、寡聞(かぶん)にして知りませんでした(しかも、延べながら2500人の科学者動員!とは↑)。

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2009年1月27日 (火)

これを買って損は無い(はず) 〜教科書でおぼえた名詩〜





 ふらりと入った本屋で何気なく手にしたのが、この本でした。

 もちろん平積みではありません。

 目立たぬ書架の、目立たぬ場所に、ひっそりとおかれていました。

 手に取った瞬間、目に入ってくるのは、なんだか郷愁(きょうしゅう)を誘うヒマワリ畑の写真。

 さすがに、わたしが子供の頃でも、茅葺き屋根の家は、ほとんど見かけませんでしたが、とにかく奇妙な懐かしさに誘われて、ページを繰り、目次を見ると……

 日本人なら誰でも、小学校あるいは中学校の国語の教科書で目にしたことのある詩が、あるわあるわ、ずらりと並んでいます。

 コピーには、
「昭和二十年代から平成八年までの日本の中学、高校の国語教科書千五百余冊の中から、誰もが知っている二百五十篇の詩、漢詩、訳詩、短歌、和歌、俳句を精選したまさに国民的愛唱詩歌集」
とあります。

 およそ、今成人している人なら、一度は目にしたことがある詩歌集というわけです。

 収録されている詩人も多彩です。

 萩原朔太郎、高村光太郎、宮沢賢治、島崎藤村、土井晩翠、武者小路実篤、国木田独歩、釈迢空、高見順、伊東静雄、蒲原有明などなど。

 個人的に、高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」が載っていたので有頂天になってしまいました。

 あと、若き天才少年、谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」とかね。

 巻末にうろおぼえ索引、作者・題名索引が載っているのも便利です。

 この本は、ご夫婦で、あるいは親子でワイワイいいながら音読するのが正解でしょう。

 案外、親子で同じ詩を習っているものですから。

 とにかく、これはオススメです。


 私のおすすめ:
教科書でおぼえた名詩 (文春文庫PLUS)

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2009年1月26日 (月)

「ヒトゲノムを解析した男」 J・クレイグ・ベンダー



                          ヒトゲノムを解読した男

 何かの研究をする時に、必要なものを知っていますか?

 企業につとめている方ならご存じでしょう。

「探偵にもっとも必要な能力が、推理力でも誰にも負けないタフネスさでもなく、顧客を見つけ出すチカラ」であり、「作家に必要とされているのが、文章をつづる技術でも斬新なプロットでもなく、駄作であろうとそれを認めてくれる編集者と、それを好んでくれる、しっかりとコアなファンをつかむこと」であるように、研究に必要なのは才能(人材)ではなくカネです。

 才能はカネで集まる。

 二十年近く前、わたしが音楽の仕事を始めたとき、最初に忠告されたのは「良い曲を作るための勉強をするよりアルバイトをして良い音源を買え」でした。

 極限すれば、小説であろうと音楽であろうと、アイデアは誰でも五十歩百歩。

 しかし、道具が良ければ、はじめのインパクトが違う。逆に言えば、音源が悪ければ、良い曲、アレンジでもアピールできない。

 もちろん、その先には、道具以上の厳しい競争があるのですが、まず道具が必要だったのです。


 研究もしかり。

 数学の整数論など、純粋理論の研究ならまだしも、いや、それすら生活のための金がなければ、「容疑者xの献身」のように、一介の数学教師としてくすぶらなければならなくなる。

 つまり、科学分野の研究においては、金がすべてだといっても過言ではありません。

 物理、化学、そして生命科学や生命化学の研究設備には途方もない金がかかる。



 ああ、その前に……

 わたし個人にとって、金は、ひどく大切で恐ろしいものです。

 明日必要な金が今日まったく手元になく、明日以降も入ってくる可能性がない、という恐怖は、味わったことがないと分からないものです。

 生きていくために金は絶対に必要です。

 しかし、同時に金は恐ろしいものです。

 なぜなら、いろいろな人のキモチを後ろにひきずっているから。

 これは、超自然的な意味で書いているのではありません。人間心理の意味で書いています。

 わたしたちは、潜在的に、手に入れた大金に、いろいろな人の「思い」が乗っていることを知っています。いっそ、ただのモノとして金を扱えればよいのですが、ほとんどの人間にはそれができません。

 だから、金、とくに大金は恐ろしい。カネは精神的質量の大きい物体だから。

 この年になって、つくづく思うのは、「人は身の丈以上の金をもってはいけない」、ということです。

 身の丈とは、働いた労働力と、それによって他者に分け与えたものの総量です。

 もちろん、それは金に背を向け貧乏をしろ、ということではありません。

 生きる心配を軽減してくれる貯金も必要ですし、住む家もいるでしょう。
 行きたい時に、すぐに海外旅行ができる程度の当座の金はぜひ欲しい。
 欲しいときに欲しいものが、そう躊躇することなく買うことができる状態でありたい。

 そんなものは、普通に働いていれば、充分「身の丈」のうちに入ります。

 わたしのいうのは、充分労働をせず、ほとんど不労所得で「金を右から左へ動かして」稼ごうとする輩と、それによって生み出される金のことです

 彼らは「彼らの人生を破壊する間違った金」を稼いでいるように思えてならない。

 だから、イイ年をして宝くじを買って一攫千金の夢をみている老人たちの気がしれない。

 まあ、それは、ある意味「かわいらしい、人間らしい願望、業なのだなぁ」とも思えるのですが、残念ながら、そんな風に達観して容認できるほどには、わたしは年をとっていません。

 そういった、愚かな老人たちが先導して、ただ金を稼いだ守銭奴たちを「勝ち組」として持ち上げていたのですから。

 ああ、またばからしい説教まがいを書いてしまった。

 ハナシをもとに戻して……




 上記のことは、人としてならともかく科学者としてなら話は違います

 金はいくらあっても足りない。あればあるほどいい。

 もし、世界のすべての金をやろうといわれたら、彼らは迷わず受け取るでしょう。

 そうでなければ、ホンモノの科学者ではないからです。それほどに研究には金がかかる。

 国がバックアップしてくれる場合もあります。しかし、その場合は、妙な制約がたくさんついていくることが多い。

 無能で政治力だけがある大御所がハバをきかせて、思い通りの研究ができないこともある。

 だから、時に科学者は、企業と手を結んで個人研究所を作り、手に入れた成果を企業に渡すかわりに、必要な金を得ようとします。

 おわかりのように、これには大きく2つの危険がともないます。

1.思ったような成果が上がらない場合
2.得た成果が、かなやアブナイもので私企業に渡してはいけない場合

1.の場合は、研究資金援助を打ち切られる。それが嫌なら、データを捏造(ねつぞう)して見かけ上の成果を生み出さなければならない。しかし、おそらくそれは長く続かず、科学者は、その名も研究も失うことになる。

2.の場合……これが難しい。なぜなら、人間としての「倫理」と科学者としての「すべて知りたいという欲求のために必要なカネ」との内的闘いになるからです。
 悪魔に魂を売って、企業に情報を丸投げする研究者もいるでしょう。
 あるいは、選んだ情報のみをパトロンに渡しつつ、それを利用してさらなる金を引き出させるという、アンビヴァレントな状態をコントロールしようとする学者もいるに違いない。


 前置きが長くなりました。

 今回は、そういったアンヴィバレントな闘いを続けている男の話です。


 タイトルのJ.クレイグ・ベンダーの名はご存じでしょうか?

 遺伝学に多少なりとも興味があれば、クレイグ研究所の名は耳にされたことがあるでしょう。

 そして「ヒトゲノム解析プロジェクト」も。

 彼の名はセンセーション汚れにまみれてマスコミで多数取り扱われているのです。




 本来、生き物の研究は個別研究が主で、多人数でおこなう「プロジェクト」にはなじまない。

 それを、遺伝病の研究から端を発して、やがては「人間の細胞内にあるDNAすべて=ヒトゲノム」を解析する必要を感じた米国の研究者たちが、ワトソン(あの二重螺旋の)を中心にプロジェクト構想を立ち上げたのが80年代半ば。

 当時、NIH(米国衛生研究所)でアドレナリン受容体(受容体については「薬が効かなくなるメカニズム参照」)研究をしていたクレイグは、この新しい構想に惹かれる。

 彼の恩師が、彼をさして、

「空っぽのプールへ飛び込むのが好きなやつ」

と評した無謀さがそうさせたのだろう。

 だが、もうひとつの恩師の言葉、

「そして、ちゃんとタイミングを見計らっていて、底にぶつかる前に、プールは満水になっている」

の通りに、クレイグは、社会的な奸智(かんち:は言い過ぎか?)も併せ持っていて、それが後に、彼に私研究所を設立させることになるのだ。

 ゲノム解析チームに参加したクレイグは、「解析装置を並列すれば機能が高まると考え」て、「三台の装置を並べ世界最大の解析センターを作り、DNAのタンパク質を作る部分だけを読み取る」ことを提案するが却下される。

 彼は思う。

ワトソンのせいでNIHにはびこるようになった官僚的で煩雑(はんざつ)な手続きが科学への専心を妨げる」

 わたしたちからとってみれば、歴史上の人物であるワトソン博士を俗物まがいと見なすあたり、クレイグ自身も充分歴史上の人物たる資格をもっているのだろう。

 プロジェクトを飛び出した彼は、ベンチャーという「空のプール」に飛び込む。

 ベトナム戦争に衛生兵として参加し、仲間の数多(あまた)死ぬ戦場から生還できたことが、「命を賭して何かをなしとげたい」という気持ちを生んだのだという。

 彼は、設立したJ・クレイグ・ベンター研究所(J.Craig Venter Institute)で、ショットガン法という全DNAを細分化して解析し、もう一度組み立て直すという、解析チームから見れば無謀としかいえない方法でヒトゲノムに挑戦し、他の研究者たちに向かって「皆さんのほうは、マウスのゲノム解析に集中したほうがいいでしょう」と放言し物議をかもした。

 上記でわかるように、ベンターの名はつねに「ゲノムで名を売り、儲けようとする悪者」であった。

 最近でも、人工生命の創造近づく!などという記事があった。


 しかし、自伝によると(作者の身びいきが多分に入っているにせよ)、ショットガン法は、皆の気を引く奇策ではなく「解析ソフトを開発した上で可能と判断しての選択」であり、ベンチャー企業設立も「アイデアや夢や将来性に投資してくれる後援者を求めて」のことだった。

 とくに、「利益優先」をあからさまにするパトロンと闘いながら、「情報公開」と「利益」の両立に努力する姿は驚嘆に値するものだ。



「ヒトゲノムを解析した男」にはもうひとつの側面がある。

 書物のなかで、ベンターは、自身の遺伝子を解明し克明に表記している。

 ドーパミントランスポーター遺伝子の10回反復は、多動性障害に関連しているそうだが、ベンターはこの特徴を遺伝子に持つことを公表した。 

 その上で、彼はこう記している。

「それがわたしの行動を引き起こしているのだ---もし、この複雑な性格が、ちょっとした遺伝子の反復のせいだと信じられるのであればの話だが」


 遺伝子研究の最前線で戦う彼が、自著の中で、終始遺伝子至上主義をとらず、環境の重要性を説いていることは、我々に何か大切なことを示唆しているような気がしてならない。


(上記は、中村佳子氏の書評を参考に私の意見を加えて書かせていただきました)


 私のおすすめ:
ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝 [本]

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2009年1月25日 (日)

2009年頭の体操……だけどこれでいいのか、センターテスト!

 今年もセンターテストの時期になりました。

 新聞をスクラップしていると、今年の問題も載っています。

 別項でも書きましたが、「学生の学力は本当に落ちているのか?」「勉強は簡単になっているのか?」を確かめるために、こういった実際の問題をやってみるのも一興でしょう。


 まだ問題が解けるか少し心配でしたが、数学の問題を解いてみました。

 新聞から取り込んだものなので、少し見にくいですが、興味のある方はごらんになってください。
 
 ま、だいたいこんなモノです。

 まず第1問の1ですが、オーソドックスに因数分解ですね。↓

 回答欄で、yの係数が1であることと、数字が1桁(あるいは0)であるのがわかるので、まあ、それほど難しくないでしょう。

 しかし、第1問の2!

 これは参った。わたしは論理思考ができないので、昔からこの手の問題が苦手だったのです。

 二次不等式の解法はともかく、命題の否定はつらい。

 えーと、ド・モルガン?なんて考えながら、なんとか正解できました。





 第2問は、二次関数のグラフの頂点問題?です。

 昔から、このテの問題と積分を使った回転体体積なんかは大好きでした。

 平方完成すれば、あとは計算力だけですね




 あと、外接円と三角形で余弦定理などを使う問題があって、最終的なわたしの結論は

「センターテストの数学は数十年前から変わっていない」

でした。

 もう少し、簡単な小問を一番に配した方が良いような気もしますが。

 しかし!

 ひとつ、非常に気がかりなモノを見つけてしまいました。

 最近の高校のカリキュラムについて、わたしは無知なのですが、センターテストの後半、選択問題にプログラム問題があったのです。(たぶんイマドキの常識なのでしょうが)↓


 えー、でも、これってBASIC?

 プログラマがもっとも陥ってはいけない、どこにどうプログラム・フローが流れているか分からなくなる『スパゲッティ・プログラム』の温床、「GOTO文」が堂々と問題に使われています。





 ところで、みなさん「スパゲッティ・プログラム」ってご存じですか?

 数十年前、わたしがプログラムを始めたころは、ゲームなど、まだテープ・ベースで供給され(ミニ・フロッピィすらまだなかった。石器時代だねこりゃ)、ほどんどのパソコン好きは、雑誌I/Oなどに掲載されるBASIC+マシン語のプログラムを手打ちで入力していました。

 後学のために、入力しつつ、どうなっているのか自分なりに解析するのですが、そこはプログラムを書いているのが大学生や高校生などの素人の悲しさ、処理の流れが、あっちへ飛び、こっちへ戻り、と、まるで皿の上のスパゲッティが絡まるように、すっきりしないものが大半で、あまり勉強にはなりませんでした。

 後に、DELPHI(つまりPASCAL)を知った時、ある処理をまとめ、パッケージ化されたプログラム(サブルーチン)がきれいな塊にまとまらず、その結果、プログラムが「あっちへ飛び、こっちへ飛んで」分かりにくくなる一番の原因は、元の流れに帰ってくることを前提としない、行きっぱなしが可能な「GOTO文」にあることを知りました。

 PASCALではGOTO文を基本的に使わないのです。

 BASICにも、本流に戻ってくる「GOSUB文」はあるのですが、なぜか初学者には説明されません。

 プログラム言語学者の間では「初学者に、安易にGOTO文を教えるべきではない」といわれています。

 ある処理を行ったあと、必ず元の流れに戻ってくるのが、わかりやすい、つまりバグの少ないプログラムを書くための必須事項なのです。


 しかし、センターテストでは、GOTO文が出題されています。

 ということは学校の授業で、それをメインに習っているのでしょう。

 GOTO文って、初心者に教えやすいのかなぁ。

 わたしは、呼び出すと数値を返してくれる「関数呼び出し」の方がわかりやすいと思うのだけど。

 だいたい、GOTO文は、あとあと役に立たないのです。

 たとえば、ある学生が、WEBアートに目覚めてFLASHを使い始める。

 少し凝った動作をさせようとすると、ACTIONSCRIPTを使わなければりません。

 しかし、そこにGOTO文などないのです。

 世の中のほとんどのプログラム言語は、数多く用意された「サブルーチン:関数群」を組み合わせてプログラムを作るのです。

 あとあと役に立たない、しかも、「分かりやすくバグの少ないプログラム」の根幹を揺るがすGOTOコマンドを大学入試問題に使って良いのかなぁ。

 個人的に、わたしは、GOTO文を多用する「BASICの普及」こそは、数あるMicrosftの悪行の代表的なものだと思っています。

 それに、他の選択問題に比べたら、なんだか簡単過ぎるような気もするなぁ。

 かつての共通一次の「倫社・政経」ではありませんが、分野によって難易度が変わるのは、よくないでしょう。

 ですから、高校教育では、一刻も早くBASICをやめ、PASCALやC言語(は、ちょっと偏っているからなぁ)を採用して欲しいと思うのですが、この流れはかわらないかな。


 プログラムについては、「オブジェクト指向」や「クラスの継承」、C言語における初学者挫折のトリデ「ポインタ」などを、この「コンピュータのことども」に、文魂理才(別項にて説明)目線でやさしく書いていきたいと考えています。


 以下のトラックバック先に、舌足らずなわたしなどより、分かりやすくまとめたプログラム史?が、簡単に書かれています。

 どうか、ごらんください。

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2009年1月24日 (土)

なんか当たり前 〜睡眠不足で風邪をひく〜

 米カーネギーメロン大研究チームが、米医師会神(JAMA)に掲載した調査によると「睡眠不足で風邪をひきやすくなる」ことがわかったそうな。

 調査の詳細はともかく、睡眠が7時間未満の人は8時間以上眠る人に比べて、2.9倍も風邪をひくらしい。

 また、睡眠の中で、ベッドで寝ている割合92%未満の人(うたたねする人)は、睡眠のほとんどをベッドで寝ている人に比べて5.5倍風邪をひくという。

 居眠りはイカンということですね。

 上の結果は、体重や社会的地位とは無関係とのこと。

 つまり、風邪をひきやすい環境下にあっても、充分な時間(8時間以上)、質の高い(布団で寝る)睡眠を取っていれば、発症しにくいのだそうです。

 昔からいわれているように、風邪をひかないためには、栄養のあるものを食べて、よく眠ることが大切なんですね。

 みなさん、できてますか?

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ブラックベリーの誘惑

 こんどは、ネットがらみのオバマ大統領ネタを。

 オバマ氏はブラックベリーの愛好家だった。

 食べ物の話ではない。

 カナダRIM社が開発したスマートフォンブラックベリーのアディクト(中毒者)だったのだ。




 オバマ氏は、ブラックベリーを、つねにベルトのホルダーにつけ、ヒラリー氏と戦うときもマケイン氏と戦う時も、親指で小さなキーボードを操作する姿を報道され続けた。

 しかし、オバマ氏からオバマ大統領になったがために、彼はブラックベリーを食べることができなくなってしまった。

 側近や彼の弁護士が所持を許さないからだ。


 理由は二つ。

1.暗号化されたメールが何者かに解読され、情報が流出するおそれがあること。

2.「情報公開法」によりメールの開示を求められ、思わぬ面倒に巻き込まれないため。

 二番目の、法律で大統領(公人)の個人メールまでを公開させるというのが、アメリカらしくて凄いが、「思わぬ面倒」という含みを持たせた言い方に、ついニヤリとするのはわたしだけだろうか?

 オバマ氏も人間である。しかも40代の精力的な男性だ。

 「どこから、ビル&モニカのような醜聞が紛れ込むともしれない」というまわりの心配は、しごく当然のことだろう。

 オバマ氏は、就任前、インタビューに答えてこういっている。

「ホワイトハウスの外とコミュニケーションを保ちたいのだ。(側近が)用意する管理された情報とか、いつもいい話しかしない人、私が部屋に入るとき、起立して迎える人からの情報ではだめだから」

 見識である。

 これを、ジャパン発電子街好きのお殿様に聞かせてやりたい。

 まあ、生まれながらのお殿様、最初の選挙演説で、街宣車から「下々の皆さん」と呼びかけたという逸話のある御仁には、とうてい理解できない考えなのだろうが。




 あ、下のトラックバックを見てください。
 どうやら、オバマ大統領は、ブラックベリーを食べ続けることができるようです。

 彼の「下界とのパイプを閉ざしたくない」という言葉が、風穴をあけたとのこと。

 しかし、大統領宛のメールはすべて記録されるってすごいなぁ。


 ただ、経済的劣勢にある巨大国家(軍事的にも)のトップが「ネット依存している」という事実は多少心配ですね。



 マスコミはこぞってオバマ礼賛をしています。

 まるで、あの小泉元総理が誕生したときのように。

 しかし、マス・メディアが子供のように英雄にあこがれてはいけません。

 景気のよいリーダーが現れた時、炭鉱夫とともに地中深く降りていくカナリアのように、危機アンテナをピリピリさせるのがマスコミの役目です。

 少なくとも、英雄リーダーをケネディ以来持たなかったアメリカよりは、つい最近、小泉を総理大臣にしてしまった日本のほうが、調子のよいトップの危険性を知っているはずですから。

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一番長く、一番短かった男

 今回も、ちょっと政治がらみです。

 これほど政治関係のはなしを書くんだったら、政治書庫を作ったほうがいいのかな、とも思うが、いまはたぶん未曾有の事態、アメリカの理想を一身に体現した黒人大統領、オバマ氏誕生の前後なのだから、彼についての話題が多くなるのは仕方がないかもしない。


 さて、今回は、一番長く一番短かった男の話。


 まず、アメリカ歴代大統領名を。

 1.ジョージ・ワシントン
 2.ジョン・アダムズ
 3.トーマス・ジェファーソン
 4.ジェームズ・マディソン
 5.ジェームズ・モンロー
 6.ジョン・Q・アダムズ
 7.アンドリュー・ジャクソン
 8.マーティン・バンビューレン
 9.ウイリアム・ハリソン(*)
10.ジョン・タイラー
11.ジェームズ・ポーク
12.ザカリー・テイラー
13.ミラード・フィルモア
14.フランクリン・ピアス
15.ジェームズ・ブキャナン
16.エイブラハム.リンカーン
17.アンドリュー.ジョンソン
18.ユリシーズ・グラント
19.ラザフォード・ヘイズ
20.ジェームズ・ガーフィールド
21.チェスター・アーサー
22.グロバー・クリーブランド
23.ベンジャミン・ハリソン
24.グロバー・クリーブランド
25.ウイリアム・マッキンリー
26.セオドア・ルーズベルト
27.ウイリアム・タフト
28.ウッドロー・ウイルソン
29.ウォレン・ハーディング
30.カルビン・クーリッジ
31.ハーバート・フーバー
32.フランクリン・ルーズベルト
33.ハリー・トルーマン
34.ドワイト・アイゼンハワー
35.ジョン・F・ケネディ
36.リンドン・B・ジョンソン
37.リチャード・ニクソン
38.ジェラルド・フォード
39.ジミー・カーター
40.ロナルド・レーガン
41.ジョージ・H・W・ブッシュ
42.ビル・クリントン
43.ジョージ・W・ブッシュ
44.バラク・フセイン・オバマJr


 以上が歴代大統領だ。

 有名な人も、「誰それ?」な人もいるのは、日本の歴代総理大臣と同じだ。

 毎日新聞によると、上記44人の大統領(実際は22代と24代が同一人物なので43人)の中で、第9代大統領ウイリアム・ハリソン(*)が、もっとも長く、もっとも短い大統領として歴史に名を残しているそうだ。


 彼は、就任演説史上「もっとも長い就任演説」を行った。

 ご存じのように、冬のワシントンD.C.はひどく寒い。
 わたしも実際に見たが、ポトマック川沿いには露天のアイス・スケートリンクが作られ、子供たちが嬌声をあげているほど寒いのだ。

 ウイリアム・ハリソンの就任も冬。

 オバマ氏と同様、寒風吹きすさぶ野外のワシントンで、彼はコートも身につけず1時間40分もの長演説をおこなった。 

 おかげで、就任直後から体調を崩し、いったんは快方に向かったものの、一ヶ月後に肺炎で死んでしまった。

 史上もっとも就任期間の短い大統領になったのである。

 これから得られる教訓は、スピーチと女性のスカート……はともかく、ハナシは短い方が良いということだ。

 オバマ大統領のスピーチも、長くても15〜20分と予想されていた。

 実際の演説時間は、さきほど動画で確認したところ18分20秒だった。

 歌のピッチでも話す速さでも、目に見えるテンポの指示がないかぎり、どうしても速くなっていくものだが、さすがにオバマ大統領は演説の達人だ。

 願わくば、その演説卓越した演説の能力で、米国民を正しく導いて欲しいものだ。

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巧(たく)まずして怪演 〜トライアングル〜

 前にもどこかで書きましたが、わたしは海外在住の友人に頼まれて、地上波のドラマを録画しています。

 めったに中身は見ないのですが、たまにきちんと録れているか確認するために内容を観ることがあります。

 その際、面白そうなのがあると、何週間かためてからまとめて観ます。

 最近では、「チームバチスタの栄光」や「流星の絆」「夢をかなえるゾウ」などを観ました。


 先日、録りためた動画ファイルに目を通したところ、『関西テレビ放送開局50周年ドラマ「トライアングル」』に、とりつかれてしまいました。




 内容自体は、それほどたいした謎があるわけではありません。

 よくある「登場人物たち(主人公すら)が、知っていることを話さないが故の謎」を中心に物語が作られています。

 こういった、黙秘の謎(かぶらや命名)タイプのミステリは、「なぜ、彼らが黙っていたか」がポイントで、ここにヒネリがないと「なぁんだ、時間のムダだった」ということになりかねません。


 ごらんになっている方はおわかりでしょうが、「トライアングル」は、主人公、江口洋介が演じる元医師にしてインターポールの係官?、郷田が、どういう名目からか(研修ということになっています)日本にやってきて、とっくに時効になった殺人事件を追いかける、というはなしです。

 その主人公、ゴウダ(名前がタケシならジャイアンなのに、残念!)は、上で書いたように「はっきりモノをいわない」「知っていることを全部視聴者に見せない」「妙に含みのあるキャラクタ」として造形されています。

 これは、演じる上でかなり難しい役どころだと思います。

 しかし、ここで江口洋介の演技がすばらしい

 実のところ、彼について、わたしはよく知りません。

 若い頃も知りませんし、最近?では「白い巨塔」に出ていたようですが、わたしは田宮版の大ファンなので、リメイク版をほとんど観ていないのです。


 歯に衣着せず、いい切ってしまえば、「トライアングル」の俳優江口洋介は、明らかにダイコンです。

 これも最近観た「金田一シリーズ」で、芸達者にかこまれてダイコンに見えていた稲垣吾郎メンバー(この呼び方覚えてる?)の演技すら確かなものに見えてくるほどに……
(誤解なきように。わたしは、稲垣メンバーの金田一シリーズは、そのエキセントリックな演出も含めて好きです)


 他の登場人物から何か言われるたび、数年前、イチローがオバマばりに「変わらなきゃ」を連呼していた某自動車会社のCFそっくりに、アカラサマに視線を上にやったり、下にやったり、あげく無意味に斜め上を見上げたり……目の体操かよ!

 しかし、いかにもそれが怪しい。

 ヒドク怪しい。怪しスギル。うさんくさい。何か企んでいそう!

 意味もなく、とつぜん作る笑顔も「含み」があるように見える!


 そして、おそらく彼はそれを意図していない……

 つまり、ダイコン演技が、巧まずしてイカガワシく怪しい男を見事に体現しているのです。

 これはキャスティングの妙として、プロデューサー賞賛しなければならないでしょうねぇ。

 今後の展開はどうあれ、「トライアングル」

 江口洋介氏の怪演を鑑賞するだけでも、観る値打ちはあるようです。

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2009年1月23日 (金)

ああ、じゃりン子チエの……え、ちがうの?

 今回は、とくに政治がらみの話ではありません。

 ま、ちょっとは政治に関係しますが、なぁに、ただのヨタ話なので気楽に読んでください。

(あらかじめ断っておきますが、今回のハナシには、何ら政治上のバイアスはかかっておりません。たんなるヨモヤマ話です)



 クローン増殖したのでない限り、ヒトには親が存在します。

 事情があって一緒に暮らしていないこともあるでしょうし、早くに亡くしてしまうこともあるでしょうが、昔風にいうところの「木の股から生まれてきたわけじゃない」のが、我々人間のすばらしい点であり、同時に不幸なことだとわたしは思います。

 生き物は、生まれた時点で、親の遺伝子を担って生きていくことを義務づけられています。


 その上、生物学上の親とひとつ屋根の下で生きて行かねばならないことも多い。

 というか、複雑な事情がないかぎり、親と一緒に暮らしながら成長する人がほとんどでしょう。


 一概にはいえませんが、だいたい女の子は父親の影響を受け、男の子は母親の感情的束縛を受けて成長するようです。


 不幸にも、わたしは男に生まれたので女性についてはよくわかりませんが、男の子については、オイディプス王のハナシなど、父母との関係については、いろいろと寓話もありますね。

 わたし自身は、父親と、それほど険悪な関係にはなかったと思いますが、有り体(てい)にいうと、仲良し親子と呼べる状態にはありませんでした。

 それは、わたしが父の期待を裏切ったデキの悪い子供であった上に、勝手につとめていた会社を辞めて自営業を始めたりしたのがいけなかったのですが……



 さて、ここからが本題です。

 世の、父と息子の関係が本当のところどうなのかは、わたしにはわかりません。

 しかし、現実問題として父親が自分の名を息子につけることはよくあります。(さすがに、最近は、男の子に「翔」とか「大輔」「翼」をつけるのが一般的でしょうが)

 祖父から「亀」をもらい、父から「英」をもらって「亀英(かめひで)」とか(ソンナ奴ぁ居らん?)、父親から「嘉(よし)」母親から「美」をもらって、「嘉美(よしみ)」とかね。


 聞くところによると、わたしはウラナイ師に画数でつけてもらったようなので、親とは関係のない名前なのですが、親から名前の一部をもらって名付けられた子供は、いったいどんな気持ちになるのでしょうか?

 そういった名前をもつ友人に、メールで尋ねてみたところ、「いやだった」「若い頃はいやだったけど、子供ができたら、それほどでもなくなった」「なんともおもわなかった」という返事を受け取りました。

 この中では、「若い頃はいやだったが、子供ができたら、それほどでもなくなった」というのが、面白いですね。

 息子は、自分が「世界でただ独りの存在」だと思いたがりますが、親は子供を「自分の分身」だと考えたがる気持ちがあるのです。

 親になって、その気持ちが理解できて名前にたいする嫌悪感が薄れたということなのでしょう。

 しかし、みなさん、考えてみてください。

 日本人はまだ良い。

 大部分が、親の名前の一部をもらうだけで済んでいますから。

 しかし、西洋には親とまったく同じ名前をつけられる子供たちがたくさんいるのです。

 そう「ジュニア」です。

 ちなみに、わたしが一番よく知っているジュニアは、アントニオ・ジュニアです(西洋じゃないし人でもないけど)。



                             アントニオフィギュア

 しかし、彼は、その名を嫌っていなかった。
 その理由は、親子が離れて暮らしていたからだとわたしはニラんでいるのですが……
 毎日、ひとつ屋根の下で暮らしていると、どうしても嫌になることはあるでしょう。


 千原ジュニアについてはよく知らないので、おいておくとして。


 もうひとりの「世界的に有名なジュニア」は、親の名を嫌って自らに名前をつけました。

 ヘンリー・ジョーンズ・ジュニア、つまり「インディ・ジョーンズ」です。






                          ↑こんなの売ってるって知ってた?


 彼は「ジュニア」を嫌うあまり、犬の名を自分の名前にしてしまったのですね。


 あと、二世、三世っていうのもあります。
 これについては、あの有名過ぎる三世の例もありますから、言及しないでおきます。
 彼は初代のことも、二世のことも嫌っていませんでしたね。
 どちらかというと、尊敬していたようです。


 そして、先日、ついに、ヘンリーより有名なジュニアが誕生しました。

 バラク・フセイン・オバマ・ジュニア第44代合衆国大統領です。




 恥ずかしながら、ついこの間まで、わたしは、彼がフセインであることも、ジュニアであることも知りませんでした。

 だって、ふだんは、バラク・オバマとだけ呼ばれていたじゃないですか。

 まあ、確かに、長い名前は省略して呼ばれるのが一般的ですが、どうも、彼が「ジュニア」を前に押し出さなかったことには、名前を売り込む上での政治的作為を感じてしまいますね。

 父親がブッシュならば、迷わずジュニアを前に出したでしょう(彼はジョージ・ウオーカー・ブッシュでジュニアではなかった)。

 しかしながら、わたしは、どうしても、

『よほどの政治的有名人でないかぎり次期大統領候補が「誰かの分身=ジュニア」であることを表に出すことは得策ではない』

 と、オバマ陣営が考えたのではないか、と穿(うが)った見方をしてしまいますね。

 それは、おそらくわたしの品性がお上品ではないからでしょう。

 なんといっても、合衆国民が世界を代表する合衆国大統領を唯一無二の存在であって欲しいと考えたがることは、ありそうなハナシですから。


 ともかく、問題山積(もんだいさんせき)のアメリカ経済を立て直すために、今、世界で一番有名なジュニアは名前などにかまってはいられません。

 フセイン・ジュニアは、世界経済のために、力の限りを尽くさねばならないのです。

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2009年1月22日 (木)

ニューディール政策の真実

 政治の話ばかり続くので、いい加減やめようと思ったが、やはり書いておかないと気持ち悪いので書いくことにする。






 昨日、バラク・オバマ氏が大統領に就任した。

 就任演説を巡っては、さまざまなコメントが各界からなされた。

 どれもそれなりに、おもしろく、なるほどと思うものであった。

 ある者は、これまでの「やりゃあデキル」的な調子の良さが影を潜め、現実に即した厳しさを表に出した演説であったという。

 それはそうだ。

 誰がみたって、強欲という台風の通り過ぎた後のアメリカの「大地」は、ペンペン草も生えないほどに荒れている。

 責任ある立場になってまで調子の良いことをいっていたら、思うように成果が上がらない時に、何をいわれるか知れたものではないのだから。


 またある者は、今まで親しさを強調するあまり、バラク、バラクとファースト・ネームで呼ばれ続けて重々しさが不足してきたが、大統領ともなれば、そういった軽々(けいけい)な扱いをされないように、ちょいマジメ気分を出したのだ、といった。

 これなんか、面白くはあるがモノゴトの表層だけを見た他愛のない意見として無視してよい部類だろう。



 だが、どうしても目を反らしてはならない重要な内容を、あの就任演説は含んでいた。

 それは、バラクが、彼のアメリカを「戦争を恐れない」「戦争を容認する」国である、と宣言したことだ。

 「そりゃあ、ジョージだって、ビルだって戦争はしたさ、だから、なんてことはないし、あれってアフガンのことだろ」と、簡単に簡単に考えてはいけない。

 現状のアメリカは、しつこいようだが未曾有の不況下にあるのだ。

 前回の大恐慌の時は、別項で書いたフーバーの失策によって、より状況がひどくなった。

 が、ここで、わたしは、前回のフーバーの項に、ある事実を付け加えねばならないことを告白しなければならない。


 それは、フーバーのせいで不況がひどくなったのではない、ということだ。

 もちろん、フーバーはしくじった。

 だが、もしフーバーが、ルーズベルトのようにニューディール政策を行ったとしても、たいして違いはなかっただろうという、とも考えられるのだ。


 ニューディールとは何か?

 中学校の歴史で習って、だいたいの人は知っているはずだ(ね?)。

 ポーカーなどのカード・ゲームで、ディールといえば、カードを配ること。
 だから、New Dealは、配ったカードを戻して、新規にカードを配ることをさす。

 恐慌化のアメリカで配るカードとは何か。それは、国主導の経済政策のことだった。

 ありていにいえば、ニューディール政策とは、公共事業を大量に興(おこ)して、国主導で経済を活性化することだった。

 そして、1933年ごろからルーズベルトは、それを行った……が、実際は、たいして成功しなかったのだ。

 多くの人は、アメリカがニューディール政策で恐慌から立ち直ったと考えているが、実のところ、アメリカを救ったのは経済政策ではなかった

 それほどまでに、自由の国、アメリカにおいて、政府主導の経済政策は正しく機能しなかったのだ。

 実際、統計的にいって、ニューディール後も失業率は二桁を割ることはなかった

 では、何がアメリカの不況を終わらせたのか?

 1933年からの政策が不発に終わりながら、アメリカ経済が立ち直ったのはなぜか?

 年代から考えて、もうおわかりでしょう。

 そう、第二次世界大戦がアメリカの大恐慌を終わらせたのだ。

 ご存じのように、戦争は、当事国の経済を疲弊させるが、周辺国、特に軍需産業を持つ国の経済を異常に活性化する。

 日本が1945年の敗戦の痛手から立ち直ったのは、はっきりいって1950年の朝鮮戦争があったからだ。

 アメリカの経済学者たちが算出した第二次大戦時の経済効果は、ニューディール政策の約7倍、アメリカのGDP(国内総生産)の約3割だったそうだ。

 去る1月10日、オバマ大統領は、世界が彼に寄せる、過度の期待「Obama Expectations」 に対応するために、就任演説に先立ってラジオ演説をした。

 その中で彼は、総額8250億ドル(約74兆円)を使って、最大400万人の雇用を創り出すといった。

 雇用を生み出すのが、グリーン・ニューディール政策(環境面における公共投資)だ。

 アメリカにおいては、すでにニューディール政策が、恐慌に効かないことが証明されているのに、オバマ氏が、それを打ち上げなければならなかったということは、打つ手がないことの逆証でもある。

 上記、第二次大戦の経済効果を現在のアメリカに当てはめると、つまり、当時、ニューディール政策でなく、戦争で得た経済効果を、現在のアメリカのGDPに比例させて考えると、3兆5000億ドル(約300兆円)必要な計算になるのだ。


 もう一度見て欲しい、オバマ氏が打ち出したグリーン・ニューディール政策は74兆円。
 世界大恐慌の時に、実際に立ち直るのに必要だった金額は、現在に照らし合わせば300兆円

 当時の「高い金利を維持していた銀行」と違って、現在のアメリカは「ゼロ金利政策」をとっているために、企業が金を借りやすいとはいえ、それを考えにいれても、エコノミストの一致した意見は、200兆円は必要、というものだ。

 まるで足りない

 そこで、なんとなく背筋が寒くなってくるのが、先の「わたしのアメリカは戦争を否定しない」というオバマ大統領の宣言だ。

 いやな言い方だが、国家間には友情はなく信義もない

 国が考えるのは、自国の利益だけ。

 歴史を見ても、条約なんてあって無いがごとしだ。

 昨日のは今日のカモ

 うまいッ!(自画自賛、愚神礼賛)

 今のアメリカなら、自分が戦争をするならまだしも(まあ、やらないでしょうしできない。アフガンは別として)、他国を戦争マガイの状況に追い込んで、経済を立て直すことぐらいしかねない。

 アメリカを潤すほどのカネを持っていて、潜在的にいがみ合っている国、しかも、地理的に遠く間違ってもアメリカ本土に火種が飛び火しない国、アメリカを牛耳っているユダヤ人が関係しない国。

 そんな国をふたつ挙げろといわれたら日本と中国でしょう。

 おまけに、二国は、アメリカにもっとも金を貸してくれている国だ。

 CIAが介在して、二つの国をに戦争マガイのくすぶりを発生させれば、米国の経済は安泰。


 考えたくはないが……



 ともかく、第44代合衆国大統領になったバラク・オバマ氏は、最低の不況下の国を引き受け、戦争を肯定した。

 大不況を逆転イッパツ吹き飛ばす方法は限られている……


 だからこそ、我々は、同盟国として、あの国の行く末を、注意深く見守らなければならないのだ。

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2009年1月21日 (水)

鳥の歌 〜使い方次第で活きるボーカロイド〜

 ちょっと政治の話が続いたので、今日は違う話題を。

 曲がりなりにも音楽に携わるものとして、初音ミクに代表される(いや、代表はLEONかな)ロボット歌手の存在は、どうしても気になります。

 ロボット歌手:ボーカロイドは、一般の音楽用シーケンサー同様に、ピアノロールで、タイミングと音の高さ・長さを決めて、そこに日本語歌詞をいれるだけで「正確」に歌ってくれます。

                         ボーカロイド「初音ミク」



 たいしたものです。

 10年前には、これほど簡単に、素人がソフトに歌を歌わせることができるなんて、想像もできませんでした。

 そこには「体調不良」も「機嫌の善し悪し」も存在しません(実際、歌手の風邪ひきだとか機嫌の悪さというのは手に負えないことがあるのです)。


 たしかに、操作に慣れないうちは不完全な歌を作ってしまいがちです。

 たとえば、ブレスを入れ忘れて、聞き手を窒息させそうになったりね。

 おもしろいものです。人は、歌を聴くとき、無意識に息継ぎを期待しているために、ブレスがないとだんだん苦しくなってくるのですね。

 操作に習熟すれば、アタックのタイミングやブレスも絶妙にいれて、だんだん人なみの歌になってきます。

 とくに、初音ミクは、高音部で少し違和感が出るものの、1万円ちょっと値段から考えてもなかなか良いソフトだと思います。


 異論はあるでしょうが、歌手へのガイドライン(見本の歌)として、ロボット歌手にまず歌わせることは歌謡指導においてかなり有効だと思うのです。

 楽器の音を聞かせるだけよりは、歌、それも音程の正確な歌を聴かせる方がはるかに良い。

 作曲者のセンセイの下手な歌など聴かせるのはかえって逆効果でしょう。





 話はかわりますが、大晦日に録音したラジオ番組「今日は一日”アニソン”三昧ファイナル」で「鳥のうた」が流れました。


 「鳥のうた」というと、恥ずかしながら、まずわたしが思い出すのは、あの杉田かおるの「鳥の詩」です。

 その次だとクレマン・ジャヌカン作曲「鳥の歌」ですね。

 ジャヌカンは、15世紀フランスの僧侶で世俗歌謡の作曲家、シャンソンの祖ともいわれています。 

 「鳥の歌」は、歌といいながら擬音語や擬態語を取り入れているのが特徴です。

 しかしながら、英語やドイツ語ならともかく、フランス語で歌われると、わたしなどは内容がまったくわからなくて少しも良いと思えませんでした。

 かといって、日本語訳の歌は聴いたことがない……が!

 思いついて検索してみたところ、YOUTUBEで初音ミクによる「鳥の歌」を見つけました。

 しかも、日本語訳の。

 それを聞いて、すっかり「鳥の歌」ファンになってしまったのです。

 お世辞にも技術的に凝った表現をしているわけではないのですが、ボーカロイドだけあって音程の正確さは一級品です。

 こういった、テンポの激しい混声曲は、声質より音程の正確さの方が重要な気がしますね。

 ぜひ、一度お聞きください。

 歌詞自体は他愛のないものですが、歌声の掛け合いがたいへん楽しい!

 特に擬音語になってからは、声の不自然さも気にならなくなりますから。





                           ボーカロイド「LEON」



 ボーカロイドといえば、他に、YAMAHAのサイトには、英国の歌手をサンプリングした「LEON」↑を使って、日本のフォークソングに挑戦したこんな曲もあります。



 これは、なかなかのものですよ。

 なんといっても、外国人の声をサンプリングして、日本語を歌わせているのがイイ!

 ぜひ、一度お聞きください。


 ちなみに、ラジオで流れた「鳥の詩」は2000年にKeyから発売されたゲーム『AIR』の主題歌……だそうですが、聞いたことがありませんでした。

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2009年1月20日 (火)

第44代 オバマ大統領誕生 ← フーバーを忘れるな

 「フーバー」という名前を知っていますか? 

 ご存じない方もおられるでしょうし、知っている人も、何パターンかに分かれると思います。

●ひとつ、望月峰太郎著、コミック「バタアシ金魚」に出てくる迷?犬フーバー

                             PDFダウンロード



●ふたつ、伝説のFBI長官ジョン・エドガー・フーバー




 司法局の小さな部署にすぎず、悪徳捜査官、政治ゴロ、麻薬中毒者までが巣くうお荷物的部署だったFBIを、DNA鑑定やプロファイリングなど、最新の科学と強大な組織力を武器に徹底した犯罪捜査を行う組織に叩き上げた男。
 1924年、弱冠29歳の年に就任し、以来48年間、ケネディやニクソンなど八代の大統領に仕えた彼は、第二次大戦中に大統領からお墨付きを得た盗聴を用いて手に入れた歴史の裏側の情報、いわゆるフーバー・ファイルを武器に、終身名誉監督、じゃなくて終身FBI長官の地位を手に入れる。

 フーバーの闇の深さにおぞましさを感じ、彼を排除しようとしたJFKは、第二次大戦中ナチスのスパイ容疑をかけられた女に情報を漏らしていたネタをもとに圧力をかけられる。
 打倒フーバーを託した弟ロバートも、マリリン・モンローとの密会をネタに、行動を封殺されてしまった。その後、JFK、ロバート.Kが相次いで暗殺されフーバーは安泰となった。

 以後、フーバー・ファイルは膨張を続け、1972年5月2日、フーバー死去の際には多数の黒服の男たちがフーバー邸を家捜ししたと伝えられているが、見つけ出すことはできなかった。

 今も、フーバー・ファイルは、死海文書(*)(しかいもんじょ)やファティマ予言の書(*)のように、もしも公開されれば世の中に一大センセーションを巻き起こす「恐怖の書」(一部の人々にとって)としておそれられている。



*死海文書(しかいもんじょ)
1947年に、若い羊飼いによって発見された古文書。
 洞窟からヤギを出そうとして洞窟に石を投げ込んだところ、その石が、およそ二千年間巻き物を収めていた多くの陶器の一つに当たったのだ。その後、考古学的な発掘調査により、11の洞窟から資料が発見・回収された。それら資料は、ほとんどは直ちに公開されたが、第4洞窟で発見された文書だけは長年にわたって公開されなかったため、さまざまな憶測を呼んだが、1995年に5分冊で公刊された。





*ファティマ予言の書
 1917年、ポルトガルの一寒村、ファチマに住む3人の幼女の前に聖母マリアが6回にわたって出現し、「人類の未来にかかわる3つのメッセージ」が託された。
 第一と第二のメッセージ(予言)は、25年後の1942年にバチカンから発表された。第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発に関するもので、いずれも細部にいたることまであまりにもピタリと的中していた。
  そこで人々は、第三の予言の発表を待ち望んだ。なぜかこの予言だけは、1960年まで公表してはいけないとメッセージされていたからである。
年まで公表してはいけないとメッセージされていたからである。
  だが、予言は1960年になっても発表されなかった。
  第三の予言を読んだ法王パウロ六世が、内容の重大さにショックを受けて卒倒し、「これは人の目に絶対に触れさせてはならない。私が墓の中まで持っていく」といって、発表を差し止めてしまったからである。
  その後も第三の予言は秘密文書として、バチカン宮殿の奥深く、今も厳重に秘匿されており、そのため「ファティマ第三の秘密」ともいわれている。
                   コンノケンイチ・著 「ファティマの予言」より




●みっつめが、この項で書きたかったハーバート・フーバーだ。



                          アメリカ合衆国 31代大統領。

 大統領選を「どの鍋にも鶏一羽を、どのガレージにも車二台を!」というスローガンで圧勝したフーバーは、1929年3月4日の就任式の大統領就任演説で「今日、われわれアメリカ人は、どの国の歴史にも見られなかったほど、貧困に対する最終的勝利日に近づいている」と語った……

 のだが、ご存じのように、この直後、アメリカは「ひゃくねんにいちどのみぞうゆうのきんゆうさいがい(byたろう)」=世界恐慌に突入したため、何ら有効な策を打てず、その無能ぶりが歴史に刻まれてしまった大統領だ。

 その、あまりの無能ぶりに腹を立てた米国民は、(彼にとって)ありがたくない、さまざまな言葉を生み出した。

 たとえば「フーバーフラッグ
 ポケットの中身を裏返して引っ張り出し、ひらひらさせる無一文のサインだ。

 そして「フーバーブランケット
 防寒のために体に巻く新聞紙のことだ。

 「フーバーの革」は段ボール。
 
 フーバービル(町)は、住処(すみか)を失った人々が集まって小屋やテントを建てて暮らしていた場所(現代日本で言えば派遣村といったところか)で、ジョン・スタインベックは、あの「怒りの葡萄(ぶどう)」の中で「町という町の外れにフーバー・ビルがあった」と書いている。

 フーバービルでの生活は、栄養失調で死ぬ子供が続出し、不衛生さを理由に地元警察による追い出しや迫害もうける悲惨なものだった。

 フーバー自身は慈善家であったらしい。

 だが、国が行う貧困救済の支出には強硬に反対し、経済政策への自信を示すために不況下でも贅沢(ぜいたく)な暮らしを続けたため反感を呼んだ。

 時は流れて2009年。状況は同じく、未曾有(みぞう)の恐慌下のアメリカ。

 あと数時間後に誕生する、合衆国初のアフリカ系大統領、バラク・オバマ44代大統領は、歴史にどのような名を残すのだろうか?




 フーバーで示されるように、緊急事態下では個人の資質は問題とされない。

 オバマが慈善家でも名演説家でも意味はないのだ。フーバーも演説はうまかった。

 必要なのは能力だ。

 だから、彼が示す最初の100日に注目したいと思う。

 願わくば、「オバマ・フラッグ」や「オバマ・ビル」が、使われることがないか、使われるにしても、良い意味で人々の口に上るようになって欲しいものだ。

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2009年1月19日 (月)

心臓と肺をセットで 〜日本初の心肺同時移植成功〜

 以前にNOTESについて書いたが、本日、朝刊を読んだところ、一面に「阪大病院で日本初の心肺同時移植成功」というタイトルが踊っているのが見えた。

「カァさん、また阪大病院がやったよ!」

 日本初の快挙。

 次々と「日本初」の「快挙」が行われる阪大病院、おそらく大学内で怪我の功名争いが起こっているのだろう(怪我は余計だが)。



 しかし、「心配同時移植」は、言葉としてよく耳にはするが、改めて内容を知ると一種常軌を逸した手術のような気がしてくる。

 なにせ、ドナー(臓器提供者)の心臓と肺をつながったまま取り出して、レシピエント(被移植患者)に納めるのだ。

 想像するだけで気が遠くなるような作業量だ。


 そして、移植を成功させるためのハードルも、途方もなく高い。


1.移植される心臓と両肺が健康であること。
  つまり交通事故などで、二つの臓器(実際は三つ)のすべてが損傷をうけていないことが必須。

2.ドナーとレピシエントの体格が似ていること。
  ということは、女性と男性では成り立たないことが多いということだ。

3.さらに阪大病院では移植実施の条件を、ドナーが近畿周辺で出た場合のみに限定している。

 3については、欧米では移植後5年生存率が50%を下回るために、日本初の手術を試みる阪大病院としては、少しでも条件を良くするために臓器を運ぶ時間を短縮したいためらしい。


 驚くのは、90年代前半には、肺だけを移植するより、心臓も同時に移植する方が生存率が高かったために年200例前後行われたということだ。

 だから「心配同時移植」という言葉を、よく耳にしたのだろう。

 考えてみれば、心臓と肺をセットにしたほうが生存率が高いのは、おそらく心肺をつなぐという作業が不要なことと、心臓と肺の拒絶反応を考えなくて良かったからだろう。

 作業がひとつ増えるたび、接触する臓器が増えるたびに生存率は下がっていくものだから。

 しかし、年間200例。そのうちの、どれだけの患者がどのくらい生存したのかは、おそらく知らない方が良いのだろうな。

 そういった手術の蓄積で、バチスタを含む(あれは移植ではないが)さまざまな心臓手術が開花したのだ。



 いずれにせよ、昨日の手術は成功した。日本の医療が一歩前進したのだ(移植という拒絶反応を前提とした治療を選んだ結果としての、長い予後治療があるにせよ……)。


 ワタクシゴトで申し訳ないが、昨年ごく近しい人が心臓関係の大手術を受けた。

 昼過ぎから深夜まで、13時間以上待合室で待っていた時の気持ちは、おそらく経験したものにしかわからないだろう。


 ともかくも、日本初の心配同時移植は成功した。

 あとは、患者とその家族のために一日も早い回復を祈るのみだ。

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ある朝、目が覚めると配管工のジョーは……

 オバマ氏に絡んだ話題をもう一つ。

 ある朝、目覚めると一匹の巨大な虫になっていたのは、カフカの「変身」に出てくるグレゴール・ザムザだ。

 余談ながら、わたしの中では、かんべむさし氏作「氷になった男」の主人公、ミズコール・サムサが「命名ナンバーワン」の登場人物なのだが、それはともかく……

 手塚治虫の傑作連作「メタモルフォーゼ」第1話は、確かSF的にアレンジした「変身」を扱っていた。

                           メタモルフォーゼ詳細



 その中で、手塚治虫は、おそらく誰もが違和感を持ったであろうザムザの末路、行く末に決着をつけるという快挙を成し遂げた。

 ある男が巨大な虫になっていた?

 よし、不条理ながらそれはいいだろう、認めよう。

 だが、虫とはなんだ?

 カフカの描くような形態の虫は、だいたいにおいて何かの虫の幼虫のことだ。

 放っておくと、虫はやがてどうなるのだろう。

 そう、幼虫はいつまでも幼虫ではない。やがてサナギになり成虫となって空に羽ばたくのだ。

 政治犯?として遺伝子変換刑に処され、イモムシに変えられた手塚版ザムザは、政治犯収容所で、通常一週間ほどで死ぬはずのところを、残飯を喰い、しぶとく生き残ってサナギとなり、最後に美しい成虫へと変態を遂げ、看守を刺し殺し大空へ飛び立って行ったのだった。


 まあ、成虫になりきれず死んでしまう本家「変身」は、閉塞感たっぷりの不条理作家カフカの作品らしくはあるのだが。


 と、そんなことを書きたかったのではない!


 ザムザではないが、世の中には、たまに「ある朝目が覚めると事態が急変していた」人間がいる。


 「ある朝目を覚ますと有名になっていた」のはバイロンだった。出版した詩集が好評だったからだ。


 そして、昨年10月、突然有名になり、「ある朝、目を覚ますと20人以上の記者に囲まれていた」のは、オハイオ州在住(当時)のジョー・ワーゼルバッカー(34:当時)だった。


 彼は、遊説にきたオバマ議員(当時)に税金に関する質問をした配管工だ。





 3日後、当時対抗していたマケイン議員がオバマ議員とのテレビ討論会で、突然「配管工のジョー(Joe the Plumber)」と呼びかけた。




 ジョーをダシにして両候補は20回以上彼の名を挙げ減税案を競った。


 彼ら二人は台風だ。巨大な自然現象に似た荒ぶる神だ。一般人は、そういった台風に巻き込まれてはならない。

 だが、運悪くジョーは巻き込まれてしまった。

 プライバシーに関する意識も高く、さらにそれを守るすべも知っている政治家と違い、「配管工のジョー」は、いきなりマスコミのプライバシー攻撃にさらされてしまったのだ。

 おかげで、ある朝目を覚ますと「ジョーは丸裸にされてしまっていた」のだ。

 マスコミは、すぐにジョーを発見し、こと細かく報道し始めたから。

曰く、

 ジョー・ワイゼルバッカー、34歳。離婚して13歳の息子がいる。州税1182ドルを滞納中。配管工の免許を持っていない……


 どうも、マスコミの下世話(げせわ)さは洋の東西を問わないようだ。

 配管工のジョーが「配管工の免許」を持っていないなんてシャレにもならないではないか。

 嵐のような大統領候補二人の戦いに巻き込まれたジョーは悪夢の体験をした。



 以来、三カ月、配管工のジョーの生活は平穏になったのだろうか?

 それとも、サブプライムローンに端を発した未曾有の恐慌に巻き込まれ、さらなる嵐に翻弄されているのだろうか?

 わたしはそれを知ることはできない。

 なぜなら、巨人ふたりに弄(もてあそ)ばれた人形(G.I.ジョーならぬPlumberジョー)は、彼らが触っている間こそ脚光を浴びたが、遊び終わって放置された時点でスポットライトは消え去り、再びライトに照らされることなどないのだから。

 一方、マケイン氏を押しのけ大統領レースに勝利したオバマ氏は、ライムライトを浴びつつワシントン入りをし、明日、クライマックスを迎えることになる。

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オー列車で行こう 〜オバマ氏列車でワシントンD.C.入り〜

 みなさん、もうご存じのことだと思うが、オバマ次期大統領が、飛行機でなく、車でなく、列車
を使ってワシントン入りしたようだ。




 生誕200年をむかえる第16代米大統領エイブラハム・リンカーン(1809−1865)の顰(ひそ)みにならってのことだそうだが、まあ、一言で斬ってしまえばリンカーン人気に便乗する腹づもりなのはミエミエだ。



 脊髄小脳失調症 5 型 (SCA5) 症であったといわれるリンカーンは、その病の特徴を示す、歴代大統領の中でもっとも高身長で長い手足をしていたが、その反面顔が細く「大物力」に欠けていた。

 そのことを自覚していたリンカーンは、ある少女から「おひげを生やせば?」と言われて実行し、以来、暗殺されるまで髭をそることはなかった。



 個人的には、オバマ氏も細面(ほそおもて)なので髭を生やした方が大物力が備わると思うのだが……


 
 それはともかく、オバマ氏はリンカーンを真似て、アメリカ人があまり使わない列車で都入りした。

 日経ビジネスオンラインは、その行いを「’O’列車で行こう」と報じた。

 蓋(けだ)し名言といえるだろう。

 おそらく一行は議事堂横1キロたらずのユニオン駅に到着したのだろう。

 以前、ワシントンに行った時に、ホワイトハウスからワシントン記念塔、スミソニアン博物館から議事堂へと歩き、ユニオン駅のカフェでサンドイッチを食べたのだが、日曜ということもあって駅構内は閑散としていた。

 印象に残ったのは、公園のいたるところでリスを目にしたことだ。



 生誕200年で、クローズアップされるリンカーン人気にあやかるため、さらにオバマ氏は宣誓時に用いる聖書もリンカーンが使ったものを使用するらしい。

 共和党だったリンカーンに対し民主党のオバマ氏が同じ聖書を使って宣誓するというのも、ちょっとなぁ、という感じだが、同じイリノイ州を地元とする有名政治家ということで無関係ではないということのようだ。





 個人的にわたしが納得いかないのは、オバマ氏が崇拝しているでもない(少なくとも一番傾倒しているわけではない)リンカーンを姑息に利用していることだ(米政治家なら当たり前なのだろうが)。

 もちろん「奴隷制度廃止を掲げたリンカーンを敬愛しているのだ」といわれればそれまでなのだが。
 

 モニカ・ルインスキー事件大統領(って、はっきりクリントンっていいなさいって)には、高校生の時に、ケネディ大統領と握手して政治家を志したという、はっきりしたイベントがあった(映像も残っている)。

 だが、オバマ氏とリンカーンの接点がイマイチよくわからないのだ。

 実のところ、オバマが傾倒しオフィスに肖像を飾っていると噂されている人物は他にいるのだから。

 おそらく皆さん、もうご存じでしょう。

 おまけに、その人物も昨年今年と映画が公開されてクローズアップされている英雄だ。


 しかし、やはりこの時期に、彼への、エルネスト・チェ・ゲバラへの傾倒を前に押し出すことは得策ではないのだろうなぁ。


 かといってキング牧師じゃ、白人の支持者たちの反応も心配だろうから、今年、生誕記念イベントも目白押しのリンカーンに落ち着いたのだろう。





 だが、100歩譲っても、宣誓時に着る純白のシャツの下のアンダーシャツはゲバラの顔がプリントされたTシャツであって欲しいと思うのはわたしのワガママだろうか。

 透けて見えるかもしれないが……

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2009年1月18日 (日)

薬が効かなくなるメカニズム

 睡眠薬などでよくいわれるように、薬は飲み続けると効きにくくなります。
 
 これには、ふたつのメカニズムが作用しています。

 一つは、「飲んだ薬を肝臓がすぐに分解してしまうようになる」からです。

 一般に薬はほとんど肝臓が分解します。

 最初に体内に入ってきた薬物に対しては、肝臓も対処に時間がかかりますが、何度か続けてやってくると、その薬に対する備えができて、肝臓が一瞬で分解できるようになるのです。

 つまり、一種の薬に対する免疫効果のようなものが肝臓には備わっているのです。


 もう一つは、薬にはターゲットがあることが関係します。

 薬は、血液中に溶けて体を巡るわけですが、ただぐるぐると回っているだけでは、作用を及ぼしません。

 何らかのターゲット(受容体)を薬が刺激して効果があらわれるのです。

 しかし、同時に、体には、薬がねらっているターゲットを減らそうとする働きも生じます。

 体にはホメオスタシス(恒常性)があるので、毒も薬も異物として認識ターゲットとなる物質を減らしてしまうのです。

 そこから考えられるのは、薬物乱用による体への悪影響です。

 たとえば、ある薬が体の免疫を高めようと免疫物質に作用するとします。

 はじめのうちは良いでしょう。確かにその薬は効きます。

 しかし、あまりに大量かつ長期にそういった薬を投与し続けると、対象となる免疫物質を、体が現減少させてしまう可能性があるということです。

 これでは、薬の投与が本末転倒の結果を招いてしまいますね。

 前にも別項で書きましたが、薬、特に西洋からやってきた新薬は毒です。

 コントロールされた毒。

 だからこそ、我々は、なるべく薬にたよらず、体に備わった自然治癒力を活性化させる生活を心がけなければならないのです。

 これ以後、しばらく、免疫学者、安保 徹(あぼ とおる)教授の唱える免疫理論とそれを生かす方法をご紹介しようと思います。

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一杯のコーヒから〜長生き!




 珈琲は嗜好品としてもおいしいものですが、健康効果も見逃せません。

 そこで、今回は珈琲の健康効果について書きます。


 まず、珈琲は、男性の膵臓(すいぞう)ガンのリスクを下げます。

 さらに、肝ガンは、珈琲をほぼ毎日飲む人は男女ともリスクが約半分に減少したというデータもあります。

 1日の珈琲摂取量が増えるにつれ肝ガンの発生率は低下し、1日5杯以上飲む人は、まったく飲まない人に比べて4分の1まで下がるそうです。

 また、女性の結腸ガンや子宮体ガンでも、珈琲をたくさん飲む人ほどガンの発生率が低いといわれます。

 膵臓ガン発見されにくい病気で、発見された時には手遅れであることが多い。

 ですから、日ごろから珈琲を摂取することで予防できるなら、どんどん飲むべきでしょう。

 近年、北米シアトル系、いやはっきりいうと、スターバックスの日本進出などで珈琲を飲む女性が増えているのはよいことです。

 珈琲を飲むことで、結腸ガンや子宮体ガンを予防できるのですから。


 あと、珈琲以外で発ガンのリスクを下げる食品を列挙しておきます。

 まずは緑茶

 特に女性で、胃ガンのリスクを下げるといわれています。実際、女性は血液中の緑茶ポリフェノールの濃度が高いほど胃ガンになるリスクが低いのです。

 ただし、タバコをすう場合は予防効果はありません

 男性にとって、緑茶は前立腺ガンを抑える可能性もありますが、大腸ガンや上記の子宮体ガンや膵臓ガンには効果はありません。


 野菜は、少量食べるだけでも、胃ガンのリスクを下げますが、大量に採っても大きくリスクが下がることはないようです。

 食道ガンでは、キャベツ、大根、小松菜などの野菜で、発ガンのリスクが低下することが分かっています。

 特に、野菜は、喫煙+大量飲酒といったもともと発ガンリスクの高い人ほど効果が大きく、発ガン率は8倍→3倍と大幅に低下します。

 野菜+果物の合計が、一日あたり100g増えると、食道ガンのリスクは2割下がります。

 ですから、酒とタバコでアルコールに溶けたニコチンを食道や胃に流し続けている人は、野菜を採るべきなのです。

 肺ガンや大腸ガンでは、野菜や果物の摂取とは関係ないようです。

 魚のコゲも、毎日何キロも口にしない限り影響はありません。

 白色人種にとって有害な太陽の光も、日本人には、ビタミンDを増やし大腸ガンの予防になります。

 まあ、シミ、シワの原因にもなりますから、陽の光はほどほどにしなければなりませんが。

 以上、まとめると、珈琲をしっかり飲んで野菜と果物を食べ、緑茶を飲みつつ太陽の下を歩き、塩ひかえめの食事を採ることが、ガンに対抗する有効策ということになりますね。

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2009年1月17日 (土)

NOTES まったくイタクナイ手術!



                      (画像をクリックすれば大きくなります)

 むかし、手術の際にメスをいれる場所が決まっている、つまり患部によって体を切る場所や方向が決まっているのを知って妙に納得したことがあった。

 それまでは、なんとなく、悪い場所(患部)の真上を切り裂き、内臓を引っ張り出してシリツする(BJピノコ風)と思っていたのだ。

 考えてみれば、対象となる臓器の位置、そこにいたるまでの内蔵の重なりや血管、神経を避けて体を裂こうとすれば、メスの入る場所が限定されるのは当たり前だ。

 シリツ(しつこいか?)とは何か。体を切ることである。

 しかし、本来、治療をするのが目的であるのに、健康な皮膚や内臓脂肪を切るのは本末転倒でもある。

 落語でよく使われる「助けようと思うて殺してしまうなんて医者の診たて違いみたいなモンや」ではないが、治すために体を傷つけるのは感覚的にもおかしい。

 まして、「大手術」ともなれば、胸のあたりから臍(へそ)の下まで続く傷跡を残すことになるのだ。


 昨年死んだわたしの父は、病気のデパートともいうべきガン体質で、若い頃から何度も体にメスを入れ続けてきた。

 そのたびに苦しむ姿を見て、わたしは、皮膚(外皮)を切って行う手術の患者への負担の大きさを常に考えさせられてきた。

 病で人が苦しむ一番の理由は痛みだ。

 だから、鎮痛効果にすぐれる、西洋からやってきた「コントロールされた毒物」=新薬に、東洋古来からの漢方薬は圧倒されたのだ。

 表皮には痛覚が多数ある上に、粘膜でないために回復が遅い。

 一度切れば癒着(ゆちゃく)に時間がかかり、その間、患者は歩くことも風呂に入ることもできず、さらに長く後遺症が残ることもある。

 その意味で、近年、皮膚を切る部分を最小限に抑える内視鏡(ないしきょう)手術が増えてきたのは、喜ばしいことだ。

 だが、2004年、米ジョンズ・ホプキンズ大が、それをさらに進めた術式を成功させた。

 それが、「経管腔的(けいかんくうてき)内視鏡手術:NOTES」だ。

 読んで字のごとく(余談だが、表意文字である漢字表記の、この言い回しがわたしは大好きだ)、管(くだ)を経る内視鏡手術、つまり、口や肛門、膣口などから内視鏡を挿入し、皮膚のかわりに内臓の壁を破って患部を切り取る、というものだ。

 いいかえれば体の穴(口)から入れる「胃カメラ」と、小さく皮膚を切って手術する「内視鏡手術」が組み合わさったものだ。

 ご存じの方も多いだろうが、胃カメラは小さなポリープ程度なら切除できるが、粘膜下の腫瘍切除は難しい。

 内視鏡手術は、開腹手術より負担は少ないものの、切った腫瘍を取り出すために4センチ程度の穴を腹に開ける必要がある。

 NOTESなら「切らずに体にもとからある穴を使う」ために、負担が極端に少なくなるのだ。

 昨年(2008年8月)、大阪大病院で、世界初のNOTES式の胃の腫瘍摘出が行われた。

 大阪市在住の女性が、胃の粘膜下にあった3センチ大の良性腫瘍を、膣口を経由し膣の壁を切って内視鏡を入れ切除されたのだ。

 女性によると、

「手術翌日なのにお腹に痛みが全くなく、ベッド上で普通に起き上がり病室を出て歩き回れた。おかゆと煮野菜の食事も出るし手術を受けたのがうそのようです」

ということらしい。

 膣壁は痛覚神経がまばらで痛みを感じにくい上に、粘膜であるから治りも早いのだ。

 さらに驚くのは鎮痛剤が不要であったことだ。

 執刀した消化器外科の中島清一助教の、

「実はもっとも痛めてはいけない部分(腹部)を医者は当たり前のように傷つけてきたのではないか。痛みは後遺症の重要な指標。痛みがなければ術後の回復も早い」

という言葉は、外科手術に携わる者が真摯(しんし)に受け止めなければならないものだろう。

 だが、現在、NOTESは研究段階だ。

 いくつか問題(医療側の)もある。

 ひとつは、医者の中に「医者としてのタブー:禁忌(きんき)」を冒す感覚が生じるのもそのひとつだ。
 従来の内視鏡手術では、内臓に穴を開けることは、重大なトラブルに直結する厳禁事項であったからだ。

 もうひとつ、胃カメラは「内科」、腹腔鏡は「外科」が担当するという臓器の壁を挟んだ医療界の「棲み分け」も某(なにがし)かの抵抗になるだろう。

 だが、そういった些末(さまつ)なことにとらわれず、医療の原点である「患者の立場に立った」治療を確立して欲しい。

 現時点で日本は世界最高レベルのNOTES実現国なのだ。

 中島助教はいう。

「NOTESは、10年後には内視鏡手術のように広まる可能性が高い。職人芸的手技(しゅぎ)に頼らないハイテク手術は医者志望の若者を取り戻す手段にもなる」

 ドラマとして「天才による奇跡のバチスタ手術」は面白いが、現実が求めているのは「誰もが安全に行える、平易で安定した術式」なのだ。

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2009年1月16日 (金)

「ハドソン川の奇跡」は良いけれど

 15日、ニューヨークで、離陸直後の飛行機が機体異常を起こしハドソン川に墜落しました。



 その記事を読んで最初に思ったのは「乱気流が事故原因ではないか」ということでした。

 実際は、鳥をエンジンに巻き込んだための不調だそうです。


 真っ先に、乱気流が頭に浮かんだのは、以前にワシントンからニューヨークへ小型機で移動した時、死ぬような思いをしたことがあるからです。

 当時、搭乗するまで、どんな飛行機なのか知らないまま、空港で誘導指示にしたがって歩くうち、ウイングの一番端に導かれました。

 野外に出ると、バスに毛が生えた(ってドンナの?)大きさくらいの、おもちゃのような飛行機が停まっています。

 すっきりスマート」でなく、「ちょっと太短い」機体の小型機が。

 見たこともないような短いタラップを登ると、サングラスを掛けた機内員が、荷物を搭乗口横のくぼみに置きチェーンをかけてくれました。

 驚いたのは機内の狭さです。

 なんというか、天井が、「やっぱり飛行機って筒型をしているんだ」とはっきり分かるようなアールを描いて壁になり、シートのすぐそばに落ちてきているのです。

 シートは、横4人がけで10列ほど。

 満席になっても40人ほどです。

 もちろん満席ではなく、人影もまばらでガイジンばかり(って、アンタがガイジンや)。

 と、さっき荷物を固定してくれたパーサー(だと思っていた)が、さっと歩いて、機内先頭部のカーテンを開けました。

 なんとそこには操縦室が!

 もう、ハイジャックし放題って感じですよ。

 すると、二つある操縦席のうち、左に座っていた男性が振り向いて、マイクを片手に「ご搭乗ありがとうございます。わたしが機長のジョン・スミスです」とやり始めました。

 どうやら、さっき荷物を持ってくれたのがコ・パイ(副操縦士)で、今、アナウンスをしているのが、操縦士のようです。

 いわゆる、なんたらアテンダントは、乗っていないらしい。

 一方的にアナウンスすると操縦士はカーテンを閉めました。

 すぐに飛行機はタクシーイングを始め、直ちに離陸。

 滑走距離も、むちゃくちゃ短い。

 以前に、チョモランマ(エベレスト)山頂見学飛行機に乗ったことがありますが、あの時の遊覧飛行機のほうが、機体サイズも大きく滑走路も長かったような気がします。

 もちろん、機体は双発(プロペラエンジン二機)です。

 まあ、それでも、ワシントン近辺はよかった。

 多少の揺れとエアポケット乱発気味ではあるものの、あまり小型機であるということを意識させない飛行状態だったからです。

 ビシっとスーツを決めた白髪の男性や、ちょっとジゴロっぽい黒人男性、イタリア系らしく洒落た服を着ている中年男性といった搭乗仲間も、少々の揺れにはびくともせずに窓外や新聞を見ています。

 しかし、例によってカーテンを開け、後ろを向きながらアナウンスを始めた機長(って、だれが操縦しているんだ?)が、「もうすぐラガーディア空港です」といった途端、機体が異常に揺さぶられ始めました。

 どうやら、マンハッタン島近くの気流が不安定なようです。


 いきなり、機内の人間の「これぐらいの揺れは慣れているぜ合戦」が始まりました。

 機長が「シートベルトを着用してください」とアナウンスしても、誰もそんな言葉を守りません。


 わたしも、何度か「わっ」叫びそうになりましたが、なんとか堪えていると、その様子を余裕の新聞越しに横目でみた白髪の紳士がフッと鼻で笑います(確かにそんなふうに見えた!アイツ笑った)。

 しかし、「天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」「因果応報」「盛者必衰(しょうじゃひっすい)の理(ことわり)」なんでもいいや、とにかくバチは当たる!

 徐々に、揺れとアップダウンは、ジェットコースターもかくや、と言わんばかりにエスカレートしていき、しまいには、イキナリ30メートル(たぶん)ほど真下に落下しました。

 さすがに、この時は、斜に構えたジゴロ黒人も「オウ」と叫び、シャレモノイタリア中年も組んだ足をほどいて手すりにつかまり、余裕カマシの白髪男性は、新聞を引きちぎりそうになりました。

 その後は、これはマズイと思ったのか、皆シートベルトを締め、新聞をたたんで、おとなしい乗客となったのでした。

 窓の外を見ると、マンハッタンのビル街と自由の女神も見えていました。

 海面に陽光が反射して、きらきらと美しい模様が飛行機と共に走ります。

 なんて思っている間も、飛行機は上に下に斜めにと、滑るように不安定な飛行を繰り返しているのです。

 飛行機自体が小さいこともあったのでしょうが、実際にマンハッタン近辺の気流は、かなり不安定なようです。

 やっと、無事着陸した時には、期せずして大きな溜息をつきました。

 他のライバル(勝手に決めた)たちも、愚かな見栄はやめ(と思えた)、ほっとした顔をしています。

 という甘酸っぱい経験?から、初めに「ハドソン川に旅客機墜落」の記事を読んだ時に、乱気流のせいだと思ったのでした。


 幸い、今回の事故では、パイロットの大活躍によって人的被害は無かったようなのですが、穿(うが)った見方をすると、ちょっと操縦士を持ち上げすぎじゃないかなぁ。

 彼は、必要なことをしただけでしょう?

 いわゆる、ハプニング時のルーティンワーク(は言い過ぎか)をしただけ。

 日常茶飯に、同様の行いをする船長やバスの運転手など存在するはずです。

 犠牲者が出なかったのは、ハドソン川という事故現場が幸いしたこともあるでしょう。

 あの辺には、警備船もフェリーも多数いる。救助の「フェリーが殺到」なんて記事もありましたね。


 英雄大統領就任以外は、暗い話題が多いアメリカのことですから、マスコミも政府筋も、独りでも英雄は多い方が良いと考えたのでしょうが……

 わたしは、つい人間の弱い面を考えてしまうので、英雄に祭り上げられたパイロットの行く末が心配になります。

 必要以上に持ち上げられた人間、あるいはその回りの者(子供たち)は、道を踏み外すことが多いものですから。

 それこそ、お節介似すぎないのでしょうけど。

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ああ、こんなの作られてたんだ 〜ヘルボーイ ゴールデン・アーミー〜




 先ほど、ためていた新聞のスクラップをしていて、去る9日からヘルボーイ第二弾(だよね)「ゴールデン・アーミー」が公開されているを知りました。

 調べてみると、なんとヘルボーイ(「ロストボーイ」の怪力男ロン・パールマン)と発火女性リズ(セルマ・ブレア)との間に子供ができるという無茶な設定↓の映画のようです。



 だいたい、地獄生まれのヘルボーイ(ってマンマじゃない)と人間女性って、遺伝子が合うのでしょうか?

 なんて、不毛な科学考証はおいておくとしても、今回は、何となく「タイムマシン」の未来人、ジェレミー・アイアンズっぽいエルフの王が敵になるようです。↓



 原作はコミックだそうで、わたしも絵柄は見たことがあるけれど内容を読んだことはありません。

 内容自体は「スポーン」のように他愛のないものですが(ファンの方、失礼)、設定に魅力的なトコロがあるため、ヘルボーイ1の頃から、わたしはこの作品が好きでした。

 何が良いかというと、ヘルボーイの顔、というかデコがいい。

 写真を見ればわかるように、ヘルボーイの額にはドデかいボッチ、突起があります。

 これは何かというと「悪魔の角」なんですね。

 角をへし折り、切り口をヤスリで整えてあるのです。

 端折って書くと、人間の敵であることを拒絶して自ら角を切り落とした魔物。

 それがヘルボーイです。

 その証がこの額のボッチなわけです。

 ですから、魔界に取り込まれそうになると、ヘルボーイの額からはロングホーンのような、シャモアのような角がニョキニョキと伸びてくるのです。

 まあ、一種のデビルマンですかね。

 内容的には、デビルマンの方が100倍くらい深いですが。

 ヒマがあれば映画館に行っても良いですが……まあ、DVDで観ることになるかなぁ。

 どなたかご覧になられた方は、感想をお知らせください。

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2009年1月15日 (木)

待ち時間5分は待たないのと同意 〜USJ ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド〜

 本日、年間パス更新のためにUSJに出かけて来ました。

 娯楽の少ないわたしの(本を読んだり小説を買いたり、このブログを書くことも、わたしにとっては実は娯楽ではないのですよ)純粋に気を抜ける数少ない場所が、USJのアミティ・ランディング・レストラン窓辺の席なのです。

 席に座って、ジョーズの船から下りる人々を眺めながら食べるミネストローネと珈琲こそが、わたしの明日への活力、というのは言い過ぎですが、平日、何も用事がないときに、ふらりと出かけて、アトラクションに乗ることもなく、アミティや湖畔のベンチに座って景色を眺めるのが何だか好きなんですね。

 だから年間パスは必須です。

 しかし、ご存じのように本日はヒジョーに寒かった。

 よって、園内はガラガラ。

 水辺のベンチに座るなんてとんでもない。空には「木枯らし28号(ウソ)」が飛び回っているんですから。当然、ピーターパンも中止。ついでに、どうしていつも30分待ちになるかわからないETも点検中でした(ファンの方には申し訳ないですが、ロスで最初に乗った時もワケがわからなかったなぁ)。


 おかげで、普段は並んでまで乗ろうと思わない、ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドが5分間ちだったので、ついゲートをくぐってしまいました。

 ご存じだとは思いますが一応説明しておくと、「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」はUSJのジェットコースターです。

 木製の正統派コースターではなく、スクリューとスパイラルと高速アップダウンを混ぜたタイプで、その特徴は、世界に類を見ない(って書いてあったと思う)、あらかじめ用意された5つの曲の中から、発車時に各人が選んだ曲を、自分だけ聴きながらライドできることです。


 前に一度、雨の日に15分待ちだったので乗ったことがあるのですが、その時ですら少しは列に並びました。

 しかし、今日は、列が全くない。

 普段は、クネっているはずのウエイティング・ラインは、まっすぐにアトラクション乗り場の階段まで伸び、そのまま階段を二段とばしで駆け上がると、心の準備をするまでもなく目の前にコースターが……

 わたしの前にコースターに乗り込んだ独り乗りの男性と、わたしと、二人組の女性の4人が一列に並んで乗りました。

 しかぁし、その男性も二人の女性も「いかにも乗り慣れてます」という態度で、最初のアップヒルから余裕のハンズアップをかましてくれるので、ついわたしも対抗意識を燃やして手を上げなければならなくなりました。

 もともとの体質か、数十年単車に乗り続けているための慣れか、比較的無茶なスピードには強いのですが、やはり急降下する瞬間の内蔵が持ち上げられる感覚には、つい手が下がりそうになります。

 特に、最初の急降下がつらかった。あやうく手を下ろしそうになりましたが、横目で左右の男女をみてなんとかこらえました(って、イイトシして誰に対抗してるんだか……)。

 それ以外の、斜めに回転したり、スクリュー回転するのは、バイクみたいなものなので平気、というより、レールの上を走っていると分かっているのでほとんど恐怖は感じません。

 ああ、そうか、あれって恐怖ではなくて気持ち悪いから手を下ろしそうになるんだ。いま気づいた。


 しかし、なんでみんな、あんなバカみたいにハンズアップするんだろうねぇ。

 昔、ホットドックプレスの創刊号だったか、創刊二号だったかで(って古ーい!)「アメリカじゃジェットコースターで、手を上げて勇気を示すんだぜ」というのを読んで、子供だったわたしは、コースターで手を離したら危ないんじゃないかなぁ、と不思議だったのですが、そのころからムコウでは安全バーがあったのですね。


 でもさ、手を上げて、何かイイコトあるのかな。

 少なくとも、わたしは、一人で乗っているんだったら、ぜったいそんな愚かなことはしないな。

 もちろん、誰かが横に乗ってて、それが女性だったりすると間違いなくハンズアップしますけど(ってガキかよ!)。

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2009年1月14日 (水)

根源はカモである マルクス兄弟もびっくりのインフルエンザの黒幕


 わたしたちが子供の頃は、インフルエンザといえば、香港A型だのB型だのといったわかりやすい名前のものだった。

 それが、いつのまにかH5N1などという型番で呼ばれるようになってしまっている。

 名前が難しくなると、内容も難しいように感じられ、挙げ句、治療困難な難病のように思えてくるから不思議だ。

 が、実のところ、インフルエンザの問題点は、その増殖速度のすごさにある。

 たった一個のウイルスが、数時間で数百万倍になって体内に蔓延するため、次々と患者が増えていくのだ。

 いわゆるインフルエンザ・パンデミック、感染爆発であるが、ご存じのようにインフルエンザ自体は治癒困難な難病ではない。

 ワクチンもあれば予防接種も(一応)ある。

 あらためて考えると、インフルエンザの本当の恐ろしさ、というか、恐怖の原因は人間の過剰人口にあるのだ。


 もし、人口50人の村でインフルエンザが流行るなら、豊富に用意したワクチンで簡単に対処できるだろう。

 だが、人口500万都市で感染が始まれば、たちまち薬が足りなくなる。

 ワクチンは、現在のところ、作るのに半年近くかかる上、どの型(後で説明)が流行するか、はっきりとわからないため、半分、目をつぶって、エイヤっと(もちろん傾向も統計も使うだろうが)型を決め(H3N2やH1N1など)撃ちしているのだから。
 
 もし、予想したのと完全に違う型が流行すれば、ワクチンは、たちまち足りなくなって感染爆発が都市を襲うことになる。

 ご存じのように、交通機関の発達で世界は狭くなり、例えばヨーロッパの地方都市で発生したインフルエンザは、数時間で世界に広がるといわれているからだ。


 では、そもそも、インフルエンザとはいったい何なのだろうか?


 アフリカのどこかで、密かに残っていたウイルスが、珍獣の輸入とともに都会に入り蔓延するのだろうか?
 では、なぜ冬に流行るのか?寒さで体力が低下するのと、空気が感想するのを差し引いても、ちょっとおかしい。

 答えは簡単だ。


 以下、先日、たまたまウチの「MAGIC TV」のキーワード予約録画「インフルエンザ」でひっかっかって録画されていた番組の要約です。

 内容が面白かったので、自分の備忘録もかねてまとめてみました。


 先ほどの答えですが、それは「すべてのインフルエンザ・ウイルスはカモに由来しているからだ」です。

 もともと、カモが持っている、亜種も含めた様々なインフルエンザウイルス(理論上144種あることが知られています:カモには無害)が変化して人間に害をもたらすのです。

 下の図は、カモのインフルエンザ・ウイルスの模式図です。

 見て分かるように、ウイルスの表面には逆三角形のものと、クギ型の二種類の突起があります。





 逆三角形型のものをHA、クギ型のものをNAといい、それぞれ、

 HA:16種類、NA:9種類

 あります。

 その型の組み合わせを考えると 16x9=144種類。

 図にすると以下になります。




 おわかりですか?

 そうです、この行と列の組み合わせが、冒頭に書いたH5N1型というものなのです。

 わかりやすく赤で示したのがH5N1型です。

 先に書いたように、このウイルスは人には無害です。

 ところが、これが、ニワトリや七面鳥やアヒルに感染することがあり、そうなると、その鳥を殺す毒性を持ってしまうのです。

 ほら、何年か前に、鳥インフルエンザで養鶏場のニワトリを全部殺すというのがあったでしょう。

 あれですよ。

 これを「高病原性鳥インフルエンザ」と呼びます。
 ヒトには感染しますが、ヒト→ヒトの感染はありません。
 おもに鳥を殺すインフルエンザで、養鶏場などに多大な被害をもたらすものです。


 人間に害を及ぼすインフルエンザ・ウイルス(ヒト→ヒト感染型)は、カモ→ブタ→ヒトの順で変化します(新型インフルエンザ出現のメカニズム)。

 先に述べたように、ブタに感染するウイルスは、カモが持っているウイルスのどれかです。

 ということは144種類。

 ごく大ざっぱにいうと、我々が受ける予防接種は、1/144の確率で当たるだけなのです。


 嬉しいことに、つい先頃、日本の研究グループによって、すでに分離して人類が手にしていたH1N1型などのウイルスに加え、足りないものを研究室で合成し、われわれ人類は144種類すべてのウイルスを手にすることができました。

 つまり、上の図の青玉すべてのウイルスを、いま人類は持っているわけです。

 これらのウイルスは、ワクチンを作るときの素、タネになります。

 専門家によると、鳥インフルエンザ・パンデミックは必ずあるそうです。

 しかしながら、冒頭で書いたH1N1型インフルエンザは、あくまで鳥インフルエンザがヒトに感染したものです。致死率はかなり高いのですが、それほど危険ではありません。
 なぜなら、新型インフルエンザではないからです。

 では、何が新型インフルエンザなのか?

 鳥→ヒトではなく、ヒト→ヒト→ヒトこれが、新型インフルエンザです。

 ヒトからヒトに感染(うつ)る。

 過去において、以下のような新型インフルエンザが流行しました。

●1918年スペイン風邪(H1N1型)が新型インフルエンザとなりました。これは人類にかつてない被害をもたらし、日本で40万人以上、世界では4000万人以上が死にました。

●1957年アジア風邪(H2N2型)は、ブタを介してヒトに感染したウイルスです。

●1968年香港風邪(H3N2型)は直近の新型インフルエンザです。


 こうしてみると、10〜40年間隔で新型インフルエンザが出てきます。

 直近が1968年で、最大周期が40年ですから、2008年あるいは2009年が、かなり怪しいということになります。

 いつ発生してもおかしくない。

 その際、先に述べた144種類のウイルスが役にたちます。

 それをタネにワクチンを作れば良いのですから。

 ただ、それら原初ワクチンは、初期の感染には有効かもしれませんが、ヒト→ヒトの感染を繰り返すうちに、ウイルスが変遷する可能性があり、その際は、それに応じたウイルスを開発していかねばならないそうです。


 いま、ワクチンの摂取方法も進化しつつあります。

 国立感染症研究所では、インジェクション(注射)によるものではなく、鼻にスプレーして摂取するワクチン(経鼻[けいび]ワクチン)を開発しています。

 インフルエンザウイルスが、最初に、人間にとりつく鼻粘膜に直接ワクチンを吹き付け抗体を作るという、わかりやすい方式ですね。


 過去、鳥インフルエンザが発生した国を地図で示すと、アフリカ大陸西部及び南部、つまりモロッコや南アフリカ共和国は入っていません。

 だからといって「よし、わかった。冬の間はそれらの国に避難だ」と考えるのは早計(そうけい)です。
 だって、アフリカには、マラリアやツェツェフライによる感染、あるいは未知の病原菌などが、確かに残っていますから、我々のような脆弱(ぜいじゃく)な人間にとっては、かなり危ないのです。

 わたしは、インドですら病気になりましたから。

 あと、オーストラリアは鳥インフルエンザが発生していません。

 これは、カモの飛行コースではないからでしょうか?

 「じゃあ、冬の間、オーストラリアで過ごせば安心じゃないの」というわけでもなさそうです。

 オーストラリア大陸のすぐ上、ミクロネシアから連なる島々で鳥インフルエンザによる死亡が確認されているからです。

 オーストラリアは、あくまでまだ発生していない国というだけのようです。

 先にも書きましたが、交通機関が発達していますので、どこの国が安心というのは、もはや考えられないようです。


 結局のところ、我々個人にできるのは、手洗い励行とマスク着用ぐらいでしょうか。

 国は、人権を守りつつ公共の福祉を優先させ、菌をまき散らす特定体質の人々(スーパースプレッダー)をいち早く隔離するのが得策でしょう。

 また、これほど医学が進んでも、やはり正しい昔の言葉があります。

「病は気から」

 そう、ストレスをためず、気持ちよく毎日を過ごすことが、インフルエンザ予防には大切でしょうね。

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2009年1月13日 (火)

イノセント・ゲリラの祝祭




 海堂 尊氏の「イノセント・ゲリラの祝祭」を読みました。

 読み終わっての感想は、あまりありません。

 正確にいうと、小説「イノセント〜」に対しての感想は、です。

 なぜなら、この作品は、これから始まる「厚労省」対「A.I.(*)導入派」のパワーゲームの序章に過ぎないから。



*A.I.
 死亡時画像病理診断(オートプシー・イメージング)
 検査機器を用いて、遺体に損壊を加えず、死因を特定する診断法。
 いわゆる非破壊検査の一種。
 解剖医の不足から、年間数パーセントしか行われていない不審死診断を、飛躍的に向上させるものと期待されている……らしい。




 はっきりいえば、本作から、海堂氏はミステリとしての「バチスタ」から、より政治性の強い、松本清張的社会小説へ舵(かじ)をきったということです。

 第二作の「ナイチンゲールの沈黙」が、ミステリとしてハズし気味だったため(別項で書きます)、おそらくは、彼の本道である社会小説、しかも彼がそれを社会に訴えるためにバチスタを書いたといわれている「AI導入」を、小説の軸に据えなおしたのでしょう。

 ご当人も「某医療機関の病理医として世間に訴えたい問題があり、それをフィクションに盛り込んでいる」と述べられています。




 この3月映画公開される、小説第3作「ジェネラルルージュの凱旋」あたりから、そういった感じは受けましたが、「イノセント〜」に至っては、ついに満足?な殺人事件すら発生しなくなりました。




 考えてみれば、海堂氏は「バチスタ」の頃から「ミステリ部分の真相は、そう意外ではない」(選評時の大森望氏)と評されていたわけだし、ミステリ的なギミックがそれほど得意ではなく、こだわりもないのでしょう。

 瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」を読んで、当時、分子生物学の実験をやっていた海堂氏は、こういう小説なら自分にも書けそうだ、と考えたらしい。

 ということは、彼の、小説へのとっかかりは、ホラー、というか怪奇小説だったのかな。

 おそらく小説の体裁にはあまりこだわりがないのだろう。

 と、いうより、やはり、世の中に伝えたい(AI導入)欲求が強すぎるのでしょう。

 今回の「イノセント〜」は、もう田口、白鳥ペアの進むレールは敷いた、あとは、ミステリという余計なコロモは脱ぎ捨てて、厚労省や既得権益団体をバッサリ斬って、AI導入後の良き未来を語って行こう、という感じが見え見えです。

 結論からいえば、一冊の本として出版するには、「イノセント〜」は失格です。

 これから始まる大河ドラマの序章としてなら許せる範囲ですが。

 大河といえば、登場人物が、どんどん肥大化、というか増えていってますねぇ。

 覚えられるかなぁ。

 それはともかく、

 かつて、その謎に惹かれて読み始めた読者へのサービスとして、できれば少しだけでも、ミステリの香りを残して欲しかったと思うのは、わがままでしょうか。

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2009年1月12日 (月)

体はイタクナイ、イタイのは……心  〜久坂部羊「無痛」〜

                           「無痛 他の人のレビュー」



 いつだったか、無痛症の少女のビデオを見たことがあります。

 痛みとは体の警告です。それをやったら体に害が及ぶからやめなさいという。

 痛みの感覚のない少女は、信じられないほど腕を曲げ、足をまわし、首を傾けて本をよんでいました。

 はっきりとした自覚のない幼年期には、まわりの大人が注意しないかぎり怪我をしてしまうこともよくあったそうです。


「痛みがない」で、わたしがすぐ思い出すのは、手塚治虫の「どろろ」です。

 最近、映画化されたので、皆さんご存じでしょうが、日本統一を成し遂げるという父の願掛けのために、体の各部と暑さ、寒さ、痛覚すら奪われてしまった百鬼丸が、妖怪を倒して体を取り戻す話です。

 物語の中で、どろろが百鬼丸にボヤきます。

「暑さを感じないなんて、アニキは便利だよな」
「便利なものか。気がつかないまま、いつ寒さで凍え死ぬか、暑さでうだり死ぬがわからないだぜ」

 医師であった手塚氏は、もちろん無痛症についても知っていたでしょう。


 もうひとつ、痛覚のない男の話をしておきます。

 それは、スパイダーマンの「サム・ライミ」が、かつて生み出した「ダークマン」です。

 敵の罠に落ち、受けた全身火傷の痛みを緩和するために脳手術を受けた主人公は、皮膚の感覚を失います

 体に流れ込む情報が極端に少なくなった彼の脳は、「寂しさのあまり」、時折暴走を起こし、爆発的な怪力を発揮するようになるのです。

 「脳が寂しがって」という考えは、わたしも大好きで、何度か自作のギミックとして使ったことがあります。


 おそらく、「痛覚が無い」というのは、特に医者出身の作家にとっては、ひどく魅力的なテーマでしょう。

 体に痛みはない、だが心の痛みは?

 確かに魅力的です。


 さて、実のところ、「無痛」の作者、作家久坂部羊(くさかべよう)について、わたしはよく知りません。

 先日、新聞の広告でドでかく「無痛」の広告があったので気になっていたのです。

 なにより、

「カラマーゾフの兄弟」のスメルジャコフも、「ブラックジャック」のドクターキリコも、そして「羊たちの沈黙」のれくたー博士も今、この小説の中にいる……

という巨大な惹句(じゃっく=コピー)が気になりました。

 著者略歴に「大阪大学医学部卒業で医師、小説「廃用身」でデビュー、第二作「破裂」が10万部を超えるベストセラーとなる」とあります。

 やはり、医者なのですね。

 広告の紹介文を、もう少し引用しましょう。


 神戸市内の閑静な住宅地でこれ以上ありえないほど凄惨な一家四人残虐殺害事件が発生した。事件に大きく関わる二人の医師、為頼(ためより)と白神(しらがみ)。
 彼らは顔を見ただけで症状を完璧に当てる驚異の診断能力を持っていた。
 だが、この天才医師たちは、まるでブラックジャックとドクターキリコのように正反対だった!


 さすが幻冬舎、という感じですね。

 小説のコピーに、有名コミックの登場人物を引いてくるとは。しかも、「どろろ
で「無痛」の主人公を生み出した手塚治虫のキャラクターを。

 本屋に行って、手にしてみました。ざっと速読してみます。

 少しだけネタばらしをすると、二人の医師は、特に異能者というわけではありません。
 医師の診たては、まず問診から始まります。「どこが調子悪いんですか?吐き気は?」とかね。

 次に、彼は聴診器を患者にあて、聴診をします。

 そして、最後に患者に触れて触診をする。

 しかし、同時に医師は(本当は)最初から、患者を目視して、視診しているのです。

 現在は、エコーやCTなど、さまざまな機器で検査を行い、病気を発見します。

 では、その検査結果と、目で見た患者の特徴に因果関係はないのか?

 そこに、微細ではあるものの確かな因果関係がある、というのが、見るだけで症状を当てる二人の医師の存在根拠だったのですね。


 
 面白そうなので、書庫が重くなるのを覚悟で買ってみたんですが、よく見ると初版は2006年4月25日でした。


 新聞広告は文庫発売のものだったんです。

 まあ良いですけど、ハードカバーは文庫より重いので心配です。

 さっそく読み始めました。


 そうすると、すぐに分かる事があります。

 久坂部氏は文章がうまい。

 単文を重ねて、次々と複雑な内容を読者に送り込んでくる。

 読みやすいので、どんどんページが進む。


 ですが……最初に気づくべきだったのだなぁ。

 コピーに、レクター博士が出てくるって書いてあったでしょう。

 医学界の権力闘争、なんてものは一切出てこない物語ですが、かわりにスプラッタまがいの人体解剖殺人が出てくるんですね。「粘膜人間」のような(は、いい過ぎかな)。


 もう、そういうのは筒井康隆の「問題外科」だけで充分ですよ。


 おまけに、出てくる登場人物のほとんどが「臑(すね)に傷持つ」どころか、肉体異常と精神病一歩手前の病的人物ばかりで、気持ちが滅入ってしまいます。


●十代で自分を産んだ母親に虐待され、自閉症になる少女。
 
●先天的に尖頭症(せんとうしょう:頭が小さく尖る)で無痛症の青年。

●停留睾丸(ていりゅうこうがん=睾丸が腹腔に留まり、一見睾丸が無いように見える先天異常)で生まれた医師。

●子供の頃、脊椎カリエスにかかって背骨が湾曲している医者。


 殺された主婦も、かなり問題発言&行動の多かった人物のようです。


 唯一、母親に甘やかされて高校を中退し、人生を転落し続けているダメ男だけが、正常(つまり、普通に悪人)にみえるのは皮肉です。


 意外にも、物語の中核を為すのは「無痛」ではなく、「なにを今さら」という感じの「刑法39条(*)」でした。

 作者は、この法律を、かなりな執着心をもって攻撃をします。

 参考文献を見ると日垣隆氏の「そして殺人者は野に放たれる」があり、なるほどと納得しました。日垣氏はこのルポで名を上げたジャーナリストです。



(*)刑法39条については、ご存じでしょうが、一応書いておくと、「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を軽減する」というものです。
 近年は、異常殺人が発生するたびに、大体この法律が問題になりますね。

 一部には「刑法39条は、世界に類を見ない温情法である」と非難する声もあります。
 実際、その通りなのですが、精神的な病に冒されている人間に、闇雲に罪を問うことが良いとも思えません。
 たたし、39条の適用を泥酔者と麻薬中毒者にも適用するのはやり過ぎです。



 そういった、病的な物語の傾向をのぞくと、「無痛」は、よくできた話です。
 
 ちょっと問題だったのは、なかなか事件が、つまり物語が収束しないことです。

「一挙891枚」の書き下ろしで、のこり15枚になっても、犯人は野放しに犯罪を繰り返しています。

 そして、あっというまに終劇(フィナーレ)。

 神の声(作者説明)によって、その後の経緯を説明し、了。

 もうすこし、配分を考えて書けば、中身の詰まった小説になったのに残念です。

 あるいは、書き下ろしで900枚を超えたあたりで、ストップがかかり、編集者に削られたのかもしれませんね。

 そう考えれば、たたき込みのラストも頷けます。

 一見、竜頭蛇尾に見えるかも知れませんが、書き残しはありませんから、作者は作家としての務めは果たしています。



  以後は余談です。

 誤解をされる方も多いので断っておくと、作家が、長編小説を書くのは、それほど苦しいことではありません。

 前にどこかで書きましたが、スペックを細かく書き込めば、たちまち枚数は稼げるからです。

 苦しいのは始めだけです。

 書き始めは30枚でも100枚でも苦しい。

 しかし、だいたい150枚を超えたあたりで加速がかかり始めます。

 300枚を超える頃には、小説の運動エネルギーはトップギアに入って、止めようとしてもなかなか止まらないほどになります。

 そう、物語には質量があるのです。

 実際、長編を書くのは簡単です。

 1000枚でも1200枚でも。書けといわれたらいくらでも書くことができる。

 それができないなら、プロフェッショナルの作家ではありません。

 書くのは簡単。

 難しいのは、あたりまえですが長編の面白い話を書くことです。

 これをクリアできる作家は数えるほどでしょう。

 ですから、いいかげん、長編をありがたがる風潮(とくに出版社側の)はやめたほうが良いと思いますね。

 映画化、ドラマ化などの利益を考えれば仕方がないかもしれませんが……

 ともかく、作家のストーリーテリングの能力を見るなら、短編か中編を読めば良いのです。

 そこには、彼が長編で書くべきエッセンスが詰まっているのですから。

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2009年1月11日 (日)

「チームバチスタの崩壊」

 先日、小説「チームバチスタの崩壊」(受賞時タイトル、出版にあたり崩壊→栄光に変更された)を読了しました

 わたしが、最初にこの作品に触れたのはコミック喫茶でした。
 コミック化された同作(全一巻)が「話題書のコーナー」に置かれていたので、それを読んだのです。
コミックチームバチスタの栄光


 もう、かなり前のことです。

 それ以前に、書評で、原作が不定愁訴外来の講師が調査をする医療ミステリの雰囲気を持つ前半パートと、厚生労働省の役人白鳥が登場して一気に劇画化する後半パート(文庫では、その部分で上下二冊に分冊されているはず)に別れていて、「このミステリーがすごい」大賞を受賞するだけのことはある、というのも目にしていました。

 次に、友人に頼まれて録っていたテレビ・ドラマ版を観ました。
 最終回が終わるのを待って、年末イッキ観したのです。




 テレビ・ドラマ版に関しては、たしか最終回のひとつ前だった思いますが、某新聞系サイトで、ひどくけなされているのを読みました。

 評者は、一話のほとんどを会議室の会話に終始し、仲村トオル演じる白鳥がキレまくり、無意味なバラの予告が行われたことに立腹していたのです。

 確かに、視聴者の多くが女性であることも考えてか、脚本家に女性を配して書かれた脚本は「Dr.コトー」もかくやというほど、なみだ、ナミダのオンパレードでした。

 しかし、わたしは、なんとか整合をつけてよく書ききったと思っています。

 だいたい、原作とも映画とも違う犯人を、脚本の段階でイキナリ作り出せというのが無理なのです。
 詳細を調べていないので、原作者の海堂尊(かいどうたける)氏が絡んでいるかどうかは知らないのですが……

 ただ、最後の殺害方法は、残念ながらお粗末過ぎました。

 万年講師が、吊り上げた心臓を、メスが入る瞬間に少し持ち上げる?

 プロフェッショナルなら、術野がビデオ録りされていることは知っているはずですから、通常あり得ない行為です。

 しかも、アメリカで心臓移植した自分の娘を術死させたのではないかと、疑った挙げ句、それが目の異常によるものかどうか試すため手術中の患者を使って確かめるなんてあんまりです。

 前後の彼の言動から考えて、そういった突発的な異常行動に出ることは考えにくい。

 まして、彼の娘は術中死ではなく、拒絶反応による予後不良によって死んだのですから、素人でも、恨むべきは内科医であることは自明です。

 彼は医者なのですから、この点でもあり得ない。

 疑問を持てば、いくらでも他に検証する方法はあったはずなのですから。

 最近のライトノベルやその亜流のように、ジェットコースター展開のみを追いかけるハナシなら、登場人物がその性格を豹変させることはあり得ます。

 しかし、それではストーリーのしっかりした土台、モーメントの中心が失われライト過ぎるハナシになって、重みと深みが失われてしまいます。

「あービックリした。でも、ありえねーよな」ですね。

 録画され、ビデオ販売はあるものの、基本的に繰り返し観られないテレビには、常にそういった、大量生産・大量消費、タレ流しの「なしくずし」展開に陥る危険性があります。

 
 文芸評論家の川村湊氏がかつて書いた、「『物語の起伏』だけが身上のような物語を延々と展開する若手作家たちに『作家』としての苦行を見ているようで、痛ましく思える」という言葉を思い出します。

 ストーリーに起伏を持たせるために、手術室に置かれたバラというのもキツい。
 原作でも言及されていましたが、どんなに小さなものでも、何か異物がオペルームに入るということは、部屋に雑菌が増えるということです。

 ワケの分からない異物を患者のすぐそばに置くなんて考えられない。

 テレビだからいいんじゃない?という甘えがミエミエです。

 おそらく、時間もなく、予備調査もできず、少しだけタレ流しに対する甘えもあったのでしょう。

 そもそも、原作が売れ、映画化され、その後でテレビ化という流れに無理があったのでしょうね。

 キャスト等、豪華さでは映画にかなわない。(実はわたしは映画よりテレビのほうがキャストに好感が持てました)
 
 だから、キャッチフレーズが「誰も見たことのない犯人」になってしまい、脚本に無理が出たのです。



 次に映画版を観ました。



 最近は、ガリレオに影響された、いえ、実際はそれ以前からそうなのでしょうが、原作を無視して、ヒーローを長身・イケメンにする傾向が強いように思えます。

 そして重要人物のうち、どちらかを女性にする

 バチスタでも、原作の白鳥は、小太り・短躯ですが、映画では 長身痩躯の阿部寛ですし、主人公、狂言回しの田口講師は女性化しました。

 そのことに関して、文句はありません。

 かえって新鮮で良いと思います。

 きちんと物語を知りたければ、原作を読めば良いのですから。

 ただ、なんだか無意味なプロローグ(白鳥登場の)とエピローグのソフトボールのシーンに納得がいきませんでした。


 原作がラストで鮮やかに立ち上がるのは、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)だった、白鳥が残す手紙が端正で礼儀正しいものだからです。

 小説を書く者にとって、あの一文は「やられたぁ」と思うのですね。

 そして、白鳥という人物の深さを改めて知ることになる。


 まあ、原作では、その後の「ナイチンゲール〜」「ジェネラル〜」「イノセントゲリラ〜」で、白鳥があまり深くない人物だと露呈(ろてい)されてしまうのですが(実は、調子にのって、4冊イッキに読んでしまいました)。


 原作に関しては、特に書くことはありません。

 ただ、ああいった、象牙の塔(って死語?)における、権謀術数(けんぼうじゅっすう:あー、あの首相に読ませたい)にまみれたハナシは、いまひとつ、わたしには合いませんでした。

 いま、世は未曾有(みぞう)の不況と、空前の健康ブームとも言われていますから、医学小説から某(なにがし)かの情報をくみ取りたい、と、人々が医者の書いた小説を読みたがるのはわかります。

 「読者にわかりやすく知識を与える」のも小説の役目だと思いますから。

 ならば、上記「権謀術数小説」も、人々へ権力闘争における身の処し方を教えているのでしょうか?

 その点では、海堂氏は少し人の動かし方に慣れていないように感じました。

 まあ、医者なんですからあたりまえでしょうが。

 おそらく、みなさん感じておられるように、現実社会に、3をインプットすれば、常に2をかけて6になって出てくるような単純な人は少なくはありませんが、そうでない人の方が多いのです。

 だから、人生に悩みはつきず、おかしみも面白みもダイゴミもある。

 ですが、作家は、そういった人間関係を小説にする時、どうしてもわかりやすくするために、単純化した配役を多くしてしまうのです。

 つまり、ステレオタイプの人物を増やしてしまう。

 上昇志向が強く、口が軽く、保守的で、オロカモノといった人物です。
 あるいは、自己中心的で、妬みそねみが強く、感情的。

 そうすることで「人間関係に起伏ができる」という側面はあるのですが、全体に新鮮さと、しまりがなくなる危険があります。

 書く方からいえば、そういった、口の軽い愚か者を使って、物語を語らせ(つまりハナシを簡単に先に進めさせ)、もっと嫌らしく書けば、ページをかせぐことができる。

 怖ろしいのは(書く側からみて)、ストーリーをどんどんススメるために、人を我田引水(がでんいんすい)に、都合よく動かしてしまうことです。

 前にどこかで書きましたが、敵、あるいは周りの人物の愚かさによって、主人公に勝利させてはいけません。

 犯人もスゴイ、周りもスゴイ、その中であがいて、流れ星をつかむような僥倖(ぎょうこう)に救われて、やっと主人公が勝つ。

 物語は、そうあって欲しいのですね。

 自分にはできないことなので、つい、他の作家たちに期待してしまいます。


 「特にない」といいながら、もうひとつ書いてしまいますが、主人公田口の性格が良く見えないのも気になります。

 どうして、ああいった、人生を斜(はす)に構え、研究を嫌がり出世を拒む、しかしながら医学(大学病院)に執着する性格ができたのか。

 その説明が為されていません。

 伏線なのか、とも思いましたが、続編を読んでも、はっきりした説明がないので、そうではなさそうです。

 が、書き手として分析すれば簡単です。

 主人公は作者の分身。まして処女作ならば、まったく作家の身替わりといっていい。

 つまり、海堂氏の経歴と経験が田口公平の生い立ちです。

 願わくば、それを少し脚色して、小説中に書き出して欲しいものです。

 主人公のよりどころがわからないと読者は安定しませんから。



 あと、これは好みの問題でしょうが、海堂氏の文章は少し読みにくい。

 体言止めと逆接を多用(って、小林秀雄じゃないでしょうに)し、ちょっと女性的なメタファー(隠喩)が多いので、ちょっとわたしのセンスとは合わないのですね。

 こういった表現上のクセは、「このミス」選評でも書かれていましたが、今後、書き続けることで、改善はされていくでしょう。
 
 と思ったのですが、その傾向は、続編、続続編と続くにしたがって、ひどくなっています。

 おそらく、書くために費やした時間が短くなっているのでしょうが、やはり無名の新人が受賞を目指して練った「バチスタ」と、他の続編群では密度が違うような気がします。

 もともと 海堂氏は、院内における死亡時病理解剖を推進させるのが目的で、「バチスタ」を書いたのだと聞いています。

 だからなのか、続編の「ナイチンゲールの沈黙」では焦点でもブレを感じました。


 犯行方法とそのアリバイ、そして犯行後の犯人の心理状態にも、かなり疑問が残ります。

 長くなり過ぎました。続きはまた別項で書きます。

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2009年1月10日 (土)

あ、これ映画館で観たかったんだよねぇ えっ「メタルマン?」

 なんかもう土曜日の夜だしさ、例のDS万歩計「生活リズムDS」の一日3000歩のノルマも達成したいので、読んでいた久坂部 羊(くさかべよう)の「無痛」をいったん机に置いて、近所のGEOに出かけた。

 なんせ「土曜日だし三連休の初日だし、何にも残ってないだろうなぁ」と思いながら、新作の棚に近づくと、やっぱりほとんど貸し出し中だった。

 この間書いた「スターシップトゥルーパーズ3」などは、ずらっと一棚全部中身が無くなっている。

 だが……あれ、これは!

 映画館へ観に行きたかったけど結局行けなかった、というか、あまり人気がなかったからか、すぐに上映が打ち切られたみたいだけど、やっぱり観にいきたかったロバート・ダウニーJrの「アイアンマン」が出てるじゃないの!

 しかも、借りられず残っている!

 ラッキー!とそのままDVDを持って行こうとして気づいた。

 ああそうそう、カバーは残して中身だけ持って行かねば。

 前に友人に「イナカモノは外箱ごと持って行く」とからかわれたことがあるのだ。

 イナカモノであることは否定しないが、何回も借りるうち、わたしだって借り方ぐらいは覚えられる。

 意気揚々とレジの前に並びつつ、もう一度プラスティック製のケースの中身を確かめた。

 よく、中身だけ差し替えるという非道な行いをするヤツがいるのだ。

 前に、確認せずに借りて、予定とまったく違う映画を観るハメになったことがある。


 と……

 なんじゃこりゃあああ!(もう誰風の発言か書くのはヤメます。わかりますよね)

 「アイアンマン」じゃなくて「メタルマン」






 これってサギじゃないの!


 ちょっとヤバくね!

 そっくし過ぎネ!

 と、ついヤング言葉?になってしまうが、危なかったなぁ。

 もちろん、すぐに棚に戻しましたよ。

 実のトコロちょっと観てみたかったですがね。

 だって、誰も借りてないってことはオモシロクないってことでしょう?

 だったら、帰って「無痛」を読みますよ。

 あ、読んだら、また感想を書きますね。


 あと、こんなのもあったなぁ……これもいいのかなぁ。↓




 たいむじゃんぱぁって……

 ジャンパー(ホンモノ)については、また別に書くつもりです。

                ↑興奮のあまり、写真がブレてしまいました。

                     ちなみにホンモノ↓


 やっぱりニセモノはちょっとチャチイ、っていうか、体が起き過ぎってカンジだな。

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2009年1月 9日 (金)

守銭奴なる英雄2 〜ヴァイパーズ・クリード〜

 「バイパー〜」を今までのアニメに類型化して考えれば、当初、よそよそしく馴れ合いを好まないバイパーやオペレーターたちも回を重ねるごとに気心が知れ、友情とはいえないまでも連帯感を持つようになって、反目しあいながらも共通の敵に向かっていく、というのが予定調和的な落としどころのような気がします。


 書き忘れていましたが、監督は映画「アップルシード」と、その続編である「エクスマキナ」の荒牧伸志氏です。

 前回、予算度外視(制作時の、じゃなくて主人公たちの行動が)のハナシを作っていた荒牧氏が、どのように、金銭がらみ会社の経営がらみのストーリーを作っていくか楽しみです。

 敵が巨大化し、ハナシが肥大化すると、往々にして細かい金のことはスッとばした軍事行動まがいの戦闘になってしまうものですから。


 そういったパターンから抜け出て、新しいハナシを作ることができるのか、今後の展開を観ていきたいとおもっています。

 演出面からいえば、海上に浮かぶ高架道路上を、無人戦闘マシンが高速で走行しつつ併走するバイパーたちに迎撃する様子は、攻殻機動隊で思考戦車タチコマが暴走マシンを追撃する姿に似ています。

 空の闘いでなく地上、しかも高速移動中の闘い。

 おまけに、高速走行するマシンは、企業の許可を得てヒトガタマシンに変形します。

 このあたりはジリオンっぽくもあるのでしょうか(マクロスはヒコーキでしたから)。

 いや、ハリウッドで制作されたゴールドライタン、もとい「トランスフォーマー」の影響の方が大きいかな。


 いずれにせよ、制作者は、タイトル通りCREED(信条)ある演出をして欲しいと思います。

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守銭奴なる英雄 〜ヴァイパーズ・クリード〜

 以前に書いたアニマックス放映の「黒塚」が、二回目以降、一度も観ないまま終了してしまい、そのまま録画設定を放置しておいたところ、1月6日から始まった「VIPER'S CREED(ヴァイパーズ クリード)」を自動録画してくれていたので、先ほど第1回を観てみた。


 結論からいうと、今後はどうなるかわからないが、今のところ期待が持てそうな感触だ。




 絵柄は、上のような感じで、あまり好みではないのだが設定が悪くない。


 温暖化による海面上昇、テロの頻発、最終的に大戦が勃発した21世紀の地球、地表の35パーセントが水没し各都市が孤立する中、(おそらくは)日本のお台場あたりであろう、フォート・ダイバシティは、流通の要所として繁栄を極めていた。

 土着の人々(風体からしておそらくは日本人)は、商売のためだけに、ダイバに入り込む外国人を快く思ってはいない。

 そのダイバシティを、不定期に大戦中にバラまかれた無人兵器が襲ってくる。

 それらからシティを守っているのが、シティと保護契約を結んでいる民間軍事会社「アルコン・グローバル・セキュリティ」で、その尖兵(せんぺい)となるのが、ヒトガタ変形三輪車?(ってチョットカッコ悪い?)部隊であり、そのエースが、「ユニット・ヴァイパー」と呼ばれるチームだった。

 彼らによって守られている「ダイバシティ」の人々は、誰も、ヴァイパーたちに感謝をしていない。
 彼らが、金のためだけにダイバにやってきた雇われ兵士であることを知っているからだ。

 男女混成のヴァイパーたちは、皆が「金のためだけに働く守銭奴」たちで、彼らを支えるために、それぞれ一人ずつ女性オペレーターが付き、情報収集し指示を伝える。

 いわゆる、パトレイバーの「フォワードとバックアップは一心同体」(だったか?)パターンですな。

 なぜ、オペレーターが若い女性ばかりなのかは分からないが、画的(えてき)には、華やかさがある。

 任務の遂行上、会社の指示無く道路等、建造物を破壊すると、弁済金はヴァイパー個人が負担しなければならない。

 このあたりは、カウボーイ・ビバップでも使われた、経済導入リアリズム描写といったところか。

 しかしながら、個人的には、軌道エレベーターが重要な役割を果たした「Z.O.E Dolores, i」(ゾーン・オブ・ジ・エンダーズ)程度の金銭感覚なら面白いと思うが、 戦闘員個人が「儲かるか儲からないか」で「街を救うか見捨てるかを決める」部隊の設定は、現実から乖離(かいり)しているような気もするのだった。(おそらく傭兵部隊の傑作、エリア88の影響だろうが)


 ちょっと横道にそれるが、意見を書かせてもらうと、日本のアニメは「しょせんアニメはオトギバナシである」という非難を跳ね返すために、まず政治を導入し、イズムを引き込み、最後に経済概念を持ち込んリアリズムを手に入れた。
(どの有名アニメが、そういったエポックメイクなことをしたかは考えてみてください)

 わたしには、どうも、それが完全に正しいとは思えない。

 もちろん、アニメが、そういった方向へ進んだのは、ある意味必然的な成り行きであったのだろう。

 そのことは否定はできないのだが……


 そうか、今、気づいた。

「カウボーイ・ビバップ」や「Z.O.E Dolores, i」あるいは「サムライ・チャンプルー」は、個人が金の心配をする設定だったが、「ヴァイパーズ〜」は、主人公たちが所属する会社が、企業として金の心配をするのだった。

 つまり、パトレイバーで導入された、中間管理職英雄物語的な部分もあるのですね。

 そのへんが、わたしのセンスには合わない部分なのかも知れない。


 ちなみに、わたしは、こういった「英雄行為」に金銭感覚が持ち込まれたのは、シミュレーションやRPGで、金を儲けて装備を強化するシステムに、視聴者が慣れてしまったこともあるのではないかと密かに考えています。

 もちろん、視聴者の高年齢化?が進んで、会社の経理やヒエラルキーに詳しい人々の鑑賞に堪える作品が必要になったこともあるでしょうが……


 それはさておき「ヴァイパーズ・クリード」


 物語は、新しくオペレーターとして配属された女性ルーキー・サクラコの目を通して語られます。

 この辺は、なんとなく「B.B.B.:ブラック・ブラッド・ブラザーズ」あたりに感じが似ているな。

 彼女は、守銭奴?ヴァイパーたちの中にあって、ひとり採算を無視して無人兵器の破壊に挑む'''隻眼のサイキのオペレーターに任命され(ちなみに、サイキの乗るマシンには、一つ目鬼サイクロップスの文字がペイントされている)、会社の命令を無視するサイキに振り回されることになる。

(あー、ちょっと時間がなくなりました。続きはまた後で書きます)

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2009年1月 8日 (木)

AB型ってこんな人 血液概論ラスト




 AB型はA型とB型の混ざり合いから生まれました。
 10万年に及ぶ人類の歴史の中にあって、1000年前という、つい最近生まれたばかりの非常に新しい血液型です。

 それゆえ、捉えどころがなく定義もしにくいのですが、もしかしたら、人類が生き伸びるために作った新しい血液型かもしれないと、わたし(藤田氏)はひそかに思っています。

●性格について
 日本人の中でもっとも少ない数のAB型は、A型とB型の要素をあわせ持つ二重人格者と捉えられがちです。
 二つの血の要素を持っているために、ある時は、周りの人とうまく協調するA型の部分が出たり、ある時は、自分の好きなことに熱中するB型の要素が出たりする。

 周りの人には、こういった部分が「きまぐれで、捉えどころのない性格」に写るのでしょう」

 考えてみれば、相反するA型とB型の狭間(はざま)にあって、両者の考えを理解しなければ、AB型は生きていけなかったでしょう。

 そういう二面性が遺伝子に組み込まれたとしても不思議ではありません。

また、A型ともB型ともうまくやっていかねばならなかったAB型は、物事を客観視する態度を身につけました。

 とかく、「冷めている」といわれる所以(ゆえん)ですが、それも生きていく知恵だったのでしょう。

●とくに、オタク的な性格傾向について。
 群れることを好まず、部屋にこもって好きなことを一人でコツコツと行う。
 こういったオタク的要素は、AB型が生来、病気に弱い体質に生まれついたためだと考えられます。

 AB型は四つの血液型の中で、もっとも免疫力がが弱く、特に梅毒に弱いのが特徴です。
 それが、ヨーロッパで梅毒が大流行したあとでAB型の人口が極端に少なくなり、梅毒に強いO型ばかりになった理由です。

 免疫力が弱く、梅毒に弱いAB型は、おのずと外に出るのを避け内向的になります。
 梅毒に強いO型が社交的なのとは対照的です。

 感染症や伝染病に弱いために、危険を察知する能力が発達し、感受性が鋭くなったことは容易に想像できます。

 AB型に、感性の優れた芸術家タイプが多いのは、そのためでしょう。

 AB型が生まれた時代背景は、O型やA型、B型が生まれたときとは。比べものにならないほど社会が複雑化していました。

 AB型の複雑な性格は、そういった時代背景がもたらしたものでもあります。

 AB型は、交通事故では、追突事故の加害者になりがちです。
 免疫力の低いAB型は、疲れやすく、居眠り運転をしやすいと考えられるのです。

●病気について
 AB型の免疫力が低いのは、抗A抗体も抗B抗体も自前で作らなくてよいからです。
 だからリンパ球がヒマをもてあます、つまり活性が低くなって免疫力が弱ってしまうのです。

 AB型が罹(かか)りやすいのは、梅毒、肺炎、天然痘、インフルエンザなどです。

 しかし、AB型はもっとも病気に弱いはずなのに、A型やO型より罹りやすい病気が少ないのです。

 理由はよく分かっていないのですが、AB型の特徴として、コレラのような特定の感染症に対して、きわめて強い抵抗力を持つことがあげられます。

 まるで、この先新しい感染症が発生しても、人類が滅びないように、AB型という新しい血液が作られたようにさえ感じられるほどです。

 わたし(藤田氏)は、人間は基本的に、自分と同じ血液型物質を持った食べ物のほうが体に負担がかからないと考えています。

 AB型は、A型物質もB型物質も持っているので、基本的にはどんな食べ物でも合います。
 特に合うのはA型とB型の両方の物質を持つ食べ物です。

 牛肉、馬肉、そば、ブドウなど。

 血液型物質に対して、自然抗体を持たないAB型は、食物アレルギーを起こしにくい体質といって良いと思います。

 AB型は、運動すると、体にストレスを受けて、すぐに疲れてしまう傾向があります。
 ですから、激しい運動には向きません。

 散歩など、ストレスを発散し、気分転換のできる軽い有酸素運動がおすすめです。




 以上、藤田紘一郎教授の論文を、簡単にまとめさせていただきました。

 氏の主張が、どの程度、真実なのかは、まだ検証されてはいません。

 ですから、我々は、上記内容を取捨選択しながら、うまく取り込んで、後の研究の進展を待つのがベストな選択だとわたしは思います。

 個人的には、なるほど、と思うことも多々ありました。


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2009年1月 7日 (水)

やっぱり出たぁ 愛のテーマ「天地人」

 NHKの大河ドラマ「天地人」が始まった。

 主人公の直江兼続については、 隆慶一郎の「一夢庵風流記」
あるいは、それを原作に書かれた原哲夫の「花の慶次」で描かれた姿しか知らない。







 ただ、鎧に大きく「愛」の字を掲げていたことは知っている。

 昨年の大河ドラマは、女性脚本家による涙の大作「篤姫」であった上に時代が幕末だったので、鎧甲(よろいかぶと)の出番がすくなかった。

 だが、今年は「天地人」である。

 戦国時代だ(かなり終わりの方だけど)。

 しかも、カブトの前立てに「愛」の文字を持つ武将。

 絶対に、五月の節句用に「愛」を強調した鎧甲を売り込むメーカーが現れるに違いないと考えていました。

 通常、血なまぐさい鎧甲を嫌う女性も「愛」のカブトなら認めてくれるかもしれない。

 きっと、そんな判断が働くはずだと思っていたら……

 やっぱり出ました。

 「愛の鎧」が。

 もちろん、わたしは男ですから、こういった武具は好きです。

 ウチには、縦50センチx横50センチx高さ80センチのガラスケースにはいった、ミニミニ鯉のぼり&カブトしかなかったので、空に翻る鯉のぼりと大人が装着できる鎧甲は魅力ですねぇ。

 しかし、お値段が……

 まあ、一度ご覧ください。立派なものですよ。

 あ、その前に、いくらすると思いますか?

 下のリンクをクリックする前に値段を考えて見てください。

 当たりますでしょうか?

 ちなみに、わたしはハズしました。

      直江兼続 鎧甲



 あ、甲冑に手が出ない人用に、上杉謙信遺訓Tシャツや愛Tシャツも売ってる。やるなぁ。

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クイズ・ヘキサゴンよりヘキサフレックス

正月に実家へ帰った時、クイズ「ヘキサゴン(??)」(スペシャル番組)をやっていたので、おせちを食べながら観る機会を得た。

 ペンタゴンなら少しは知っているが、ヘキサゴンの知識は皆無のまま最後まで観たが、内容自体はナカナカ面白く、人々の心を掴むお手本みたいな番組構成とMCは参考になった。

 ただ、どこがヘキサ(6)ゴン(カッケイ)なのか分からなかったので、姉に尋ねると、「ヘキサっぽいことやゴンっぽいこともやっていた」と断言したのだった。

 彼女は、よく地上波バラエティを観ているのだ。
 
 おそらく視聴率を求めるあまり、小刻みに軌道修正をしたのだろうな。

 なんて、わたしが書くまでもなく皆さんはご存じなんでしょうね。

 わたしはあまりバラエティ番組を観ないのでわからないのです。
(バラエティで観るのは、テレビ東京系の「新説日本ミステリー」だけ。あれはいい!なぜそう思うかは別項で)


 個人的には、同じヘキサなら、芸能人が答えるクイズでアタマを鍛えるよりは、科学トイHEXAFLEX(ヘキサフレックス)を楽しんだ方が、良いような気がします。↓


 構造は単純明快、ピアノ線をパイプで繋いだだけのものです。

 が、単純なものほど奥は深い




 こんなふうに、イロイロと形を変えて遊ぶのですが、なかなかうまくいきません。

 しかしながら、製品紹介文にあるように「ミステリアスなパターンの『連続』変化には普遍的魅力」があります。

 販売サイトのレビューにもありますが、商品自体はチャチっぽく見えて、ちょっと高くね?という感じがするものの、触り始めると「不思議」と1時間ぐらいすぐに経ってしまうのですね。

 気持ちを落ち着かせるのにも向いているような気がします。

 やりすぎで疲れたら「机上のアートになる」というのも、なかなか良い。

 知人がやってきて、「それなに?」と尋ねたらこっちのもの。

 優越感タップリに紹介しつつ、様々な形に変化……できない、ナカナカに難しいのですよ。

 どこかで見かけられたら、ぜひ触ってみてください。

 ハリガネをクキクキする感触は、馴染むとなかなか良いものですから。

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しもしも ばね電話

 携帯電話全盛の昨今、ある程度より若い人だったら、糸電話で遊んだ経験などないのだろうなぁ。

 理科の科学実験で使ったことはあるかも知れないけれど。

 携帯電話の普及する以前(まだ、たった十年ぐらい前!)、友達と離れて会話する王道、というか王様グッズはトランシーバーだった。

 しかし、トランシーバーは、マシンの値段が高かった。

 電池(充電不可能な一次電池)も使うから、コドモには使用コストが高すぎて、日常使うわけにはいかない。

 しかし、紙コップの底に糸を貼り付けた「糸電話」なら、制作簡単、使用コストゼロで、気軽に使うことができたのだった。

 案外声もクリアに聞こえたし実用的ですらあったのです。

 しかし、欠点がひとつだけあった。

 糸がすぐ絡まったし、切れた。





 しかし、上記、ばね電話(エコー電話)なら、その心配はない。

 値は手頃だし(オトナにとったら)ね。

 サイトの説明どおり、ひとりでも、両耳にコップを当てると、「キューンキューンとふしぎな音が聞こえてきます。まるでSF映画の中にいるよう」なので話す相手いらず。

 実際に話してみると、エコー電話の「エコー」たる所以(ゆえん)が分かるでしょう。

 わたしは、この製品のサイトで「一般に金属製のつるまきばねの外径は線径の10倍程度までと言われています」という豆知識を得ました。

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2009年1月 6日 (火)

B型ってこんな人




 日本人の2割を占めるB型は、いわゆる少数派。

 マイペース一見変わり者に見えるB型は、まわりから理解されにくい血液型です。

 それゆえに、B型を理解しようと解説本が人気だそうです。

 個性的で分かりにくいB型の性格は、免疫学から考えると意外に簡単に理解できます。


 行動的で自己主張が強く、自由奔放なB型は、一見強い性格に見えますが、その裏側にはもろくて繊細な面が潜んでいます。

 B型はO型についで免疫力が強く体力もあります。

 しかしながら、結核にかかりやすく、肺炎になりやすく、食中毒を起こしやすいのです。

 持ち前の行動力ゆえに外に出て行っても、簡単に肺炎になり食中毒を起こす。

 こうした、強いのに特定の病気に極端に弱い体質が、B型の性格形成に大きな影響を与えています。

 もともと、O型に似て自由奔放なB型は、O型のように積極的に外に出ていろいろな人と交わりたいと考えます。

 しかし、感染症や食中毒に対して本能的な恐れがあるため、O型と違って無防備に人と交わることができません

 自分を守るために、人混みを避け、我が道を行かざるを得ないのです。


 発生過程から見るB型の性格形成は、その発生要因となった遊牧生活にも原因があると思われます。

 概論で書いたように「ヒマラヤの山岳地帯に移住した人々が遊牧民となって、家畜の肉や乳製品を食べ始め、腸内細菌が変化しB型が生ま」れたのです。

 牧草を求めて、転々と移動する生活は、自由ですが、常に新しい環境下で暮らしていかねばなりません。

 そのために、柔軟な発想や決断力、行動力が必要とされたのでしょう。


 O型同様、スポーツ選手やアスリートが多いのもB型の特徴です。

 体力があり免疫力が強いことに加え、B型は好きなことに一心不乱に打ち込む傾向があります。

 それが、スポーツにおける成功につながったのでしょう。


 交通事故については、四つの血液型の中で、事故率は低い方です。

 出会い頭の衝突事故が多いそうですが、一つのことに気を奪われると注意力が散漫になるB型の性格を考えれば頷けることです。



 病気については、B型はB型物質に対する抗体を持っていないために、B型物質を持っている病原菌に感染しやすく、重症化しやすいけいこうがあります。

 食中毒を起こすサルモネラ菌、肺炎や気管支炎の原因になる肺炎球菌には、B型物質をもつものが多いのです。

 結核菌に感染しやすいことも分かっています。

 また、型によってはインフルエンザにも注意が必要です。

 ウイルスには血液型物質はありませんが、どうやら好みの血液型があるようで、インフルエンザA1型はB型物質にくっつきやすいのです。

 B型はストレスに強いので、ガンや生活習慣病にかかる心配はそれほど高くありません。

 また、天然痘にもかかりにくいことがわかっています。

 

 食べ物についてですが、B型に合う食べ物は、A型とは逆に、B型物質を持っているものです。

 ですから、B型物質を持つ羊肉や鯨、ハマグリはたくさん食べてもかまいません。

 反対に、A型物質を持つ豚肉や牛肉、馬肉、ウナギなどは控えめにするべきです。

 B型の人がA型物質を食べるダイエット効果があるともいわれていますが、食物アレルギーを起こすおそれがあるので、やはり食べ過ぎない方が無難でしょう。


 B型は、好きな事に熱中し、嫌いなことには見向きもしない傾向がありますのが、スポーツは体質に合うので、興味の持てる運動を生活の中に取り入れるようにしましょう。

 集中力が、それほど持続する方ではありませんので、ゆっくり行う有酸素運動より、短時間で鍛えることができる筋肉トレーニングや、ゲーム性の高いスポーツが向いてると思います。





 ということです。

 B型の皆さん(と、その周りにいる皆さん)、如何でしょうか?

 頷けるところはありましたでしょうか?

 鯨肉はともかく、ハマグリと羊肉をたくさん食べても良い、というのは、本当かなぁ。

 なんかどちらも、精(せい)が強そうな気がするんですが……

 次回は、AB型です。

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bodumサイフォン式コーヒーメーカーみっけ!


 いいなぁこれ。

 昔から、サイフォンの動き?が大好きなんです。

 1,8900円の値段を是とするか非とするかが購入の分かれ目ですねぇ。

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ウェッジウッド破綻

 もともとアウトドア派なので、カップといえばアルミかステンレス製ばかりで飲んでいたのですが、いつの頃からか、家にいる時は、ガラスや陶器製のワレモノカップで飲むようになりました。




 とくに、最近、珈琲はプレゼントされたbodumスターバックス印のガラスマグカップで飲んでいます.

 デンマークの誇るbodumのガラス器は素晴らしい。

 なんの前知識もなく手にした時は、恥ずかしながらプラスティック製かと思いました。

 それほど軽いのです。




 写真でも分かるように、カップの中は中空で、まるで珈琲が空中に浮いているように見えます。

 中空ですから、持って熱くなく冷めにくい。魔法瓶(あれは真空ですが)みたいなものですね。


 紅茶は、だいたいウエッジウッドのフロレンティーンターコイズで飲みます。



 が、この度、ウエッジウッド社が破綻してしまいました。

 なんだかちょっとハデな経営をしていたように見えましたからね。

 20年ほど前に、買収もされたことがあるはずですが、こんどもウエッジウッドの名は生き残ることができるのでしょうか?

 もし無くなるのなら、いまのうちに「ワイルドストロベリー」と「フロレンティーンターコイズ」を何客か買っておかねば、と考えています。

 まあ……大丈夫でしょう。


 あと、カップといえば、気の遠くなるような(わたしにとって)大枚をハタいて買ったマイセンも持っているのですが、あっちは破綻しないでしょうね。たぶん。

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2009年1月 5日 (月)

俺の写真を無断で使うな! 「100人の顔」CD事件

 ラジオドラマなどを作っていると、BGMや効果音が必要になるときがあります。

 BGMは自分で作ればよいのですが、効果音はなかなか自分で作ることができません。

 以前に、「ペーヴメントを急いで駆けていく足音」を録るため、『革靴を履いて、小走りにその場駆け足をしながら、マイクをだんだん離す』といったことをしましたが、思い通りの音が録れなくて、結局(限定的)著作権フリー効果音CDを使ったことがありました。

 何か作品を生み出す時に、なにもかも自前で作ることの難しさが、ここにあります。



 現在、広告では様々な人が、テレビやラジオに出演して特定の商品のプロパガンダを行っています。

 それが特定会社専属のCMタレントを生み出すことになりました。

 たとえば、ヒタチの〜さん、マツシタの〜さん、といった有名アナウンサーなどのね。

 かつては、タケヤミソの森光子や永谷園の三木のり平といった、企業の顔タレントも存在しました。


 そういった「有名メーカー」なら、専属のタレントも、わたしはあのメーカーの顔です、と公言することができます。


 しかし、世の中には、「ちょっとこれは……」という広告(紙媒体)も存在します。


 例えば「口臭が気になるわたし」に登場する女性や、「男としての自信が甦りました」の熟年男性などです。

 「金の亀がついた財布を買ったら、その日からパチンコ・麻雀などギャンブルには勝つわ(マジメに働け!)、ベンチで大金を拾ったりして(警察に届けろ!)ウハウハ大金持ち……」みたいな、マユツバ強欲広告など、そういったものにも、ちゃんと登場するモデルさんがいるんですね。


 と、思っていたのです。昨日までは。

 しかし、実はそうではなかった……

 そういった、地方紙あるいはスポーツ新聞に載るような、ちょっとイカガワシイ広告に使われる顔写真のソースに、『商業目的への利用などについて充分な説明のないまま撮影された「一般市民の顔写真」を写真素材製造販売会社がCD化して販売した』ものが多いことを4日付の毎日新聞が報じていました。

 つまり、かつて、わたしが効果音を作り出せずに市販のデータに頼ったように、広告会社が広告を作る際に自前で写真を用意できず、デキアイのフリー顔写真(実際は違う)を違法に使っているというのです。


 CDタイトルは「100人の顔」

 1枚1万円で1200枚売れ、その筋ではベストセラーだったといいます。

 写真は、京都市の写真素材業者から依頼を受けた関係先のスタジオカメラマンが顧客に協力を求め、3,000円から5,000円の謝礼を払って撮影されました。

 しかし、その際サインしてもらう「使用許諾確認書」は、署名簿のように住所や名前を書いてもらうだけで説明も不充分なものだったそうです。

 CD−ROMに添付されている利用規約には、特定の団体や商品を推奨する際の使用禁止を盛り込んであるが、そんなものを守る業者が誰もいないのは想像に難くありません。



 気の毒なのは、善意で収録を許したモデルたちです。

 記事では、大津市の自動車ディーラー店長S氏が、実名で被害を訴えていました。

 S氏は、2001年に、会社の表彰で使うために京都市山科区のスタジオで写真を撮りました。
 その際、別のカメラマンから「写真集を作るので協力してほしい」といわれ、被写体になったそうです。

 数千円のギャラは受け取りませんでした。

 名前と住所を署名簿のような用紙に書きましたが、当時はそれが「使用許諾確認書」だとは思わなかったそうです。


 2005年にS氏は突然会社から通告を受けます。

「事実なら懲戒解雇だ」

 証拠として見せられたのは中古車売買業者のチラシでした。

 S氏が畑山という名前で登場し「セルシオを売って300万円もうけました」と笑っているものです。

 この広告は自動車ディーラーであるS氏にとっては致命的です。

 S氏は、何とかスタジオでの撮影を思い出し、「100人の顔」CDにたどり着きました。

 会社には納得してもらったものの、彼の受難は続きます。




 新聞に掲載された写真から、わたしにも複数の広告にS氏の「同じ写真」が使われているのがわかりました。

 あるものは「保険に加入して退職後も安心」という文字の横で破顔一笑しているもの。

 その隣では、「アスレチック・ジムで体力・スタミナアップ!」


 ヒドイのは、よく新聞の下部に載っているタイプの旅行企画広告です。

 「**温泉 お色気浪漫!」のタイトルの下、画像加工で背広を浴衣に変えられたS氏が朗らかに笑い、その横には「今宵は私の出番です!!」の文字。

 前後の文脈で「何の出番」なのか大体わかるが、これはキツイ。

 さすがに、この広告を制作した会社はS氏に謝罪しCDを破棄しました。

 CDの販売会社は「公序良俗に反する使い方をしてはいけないと明示しており、責任は購入者にある」と主張しますが、広告会社側は「このCDをこういうことに使わないで、何に使えというのか」と反論しているそうです。

 以上、S氏の受難から得られる教訓はひとつ。

 「安易に自分の姿を写真に撮られるな」です。

 もっとも、昔でさえ、町にひとつはあった写真館のショーウィンドウに飾られる写真に、無断で自分のものを使われるということはありましたね。

 で、ご近所に笑われたりして……

 今も昔も、自分の肖像権は自分で守らないといけないようです。

 さすがに、ディズニーランドやUSJのアトラクションで撮られる写真は大丈夫でしょうが、結論は、

 俺に無断で写真を撮るなです。

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2009年1月 4日 (日)

O型ってこんな人

これは血液型概論からの続きです。




 A型に次いで比率が高いのがO型です。

 およそ日本人の3割がO型です。

 人類の祖先をたどると、全員がO型であったと考えられます。

 つまり、人間の元祖ともいえるO型人間は体力があり、病気に対しても強い免疫力を持っているのです。

 そのために、対外的に恐れの少ないフロンティア精神行動力が生まれたものと考えられます。

 このへんは、「大物力」で言及した「高身長の人は自尊心が高い」のと似ていますね。
 高身長の人は、普段から人を見下ろす生活をしているために自信が持てるようになるのですが、O型の人は、病気に強い体のために積極性を持つようになるのですね。


 また、農耕民族ではなく、狩猟民族としてのワイルドさも残っているものと考えられます。

 積極的に、外に出て行く性格はリーダーに向いているため、歴代の総理大臣は圧倒的にO型です。


 歴史的にみると、15世紀にコロンブスが新大陸から持ち帰った梅毒がヨーロッパで大流行し、ユーラシア大陸の血液型構成を変えてしまいました。

 その中で、最後に残ったのがO型の人々です。

 今も、ヨーロッパにO型の人が多いのは、O型が梅毒に強い抵抗力を持っていたからです。

 さらに、A型物質もB型物質も持っていない、言い換えれば抗A抗体抗B抗体持っているO型は免疫活性が高く、感染症にかかりにくいのです。

 病気に負けない体が、外に出て人に交わり、新しいことに挑戦する積極性と行動力を生み出したものと考えられます。

 その反面、交通事故がもっとも多いのはO型で、これは集中力が持続しにくいために、それが途切れた時に事故を起こしやすいのだと考えられます。

 O型に多いのは、交差点での追突事故や人身事故です。


 次に、O型に関する病気についてまとめてみます。

 O型は、梅毒や結核といった感染症にかかりにくく、きわめて強い免疫を持っています。

 ストレスにも強いので、ガンや生活習慣病にもかかりにくく、四つの血液型の中ではもっとも病気に強い血液型といえるでしょう。

 しかしながら、O型は胃酸の分泌が多いので、胃酸過多による胃潰瘍(いかいよう)や十二指腸潰瘍に注意が必要です。

 胃酸が多い理由は、かつて狩猟民族として動物の肉を主食としていた名残なのでしょう。


 また、全体に、感染症や伝染病に強いO型ですが、ペスト、コレラ、潰瘍性大腸炎などには注意が必要です。


 食べ物についてまとめると、狩猟民族であるO型には、肉が向いているように思えますが、実際は、野菜をとることの方が体のためには良いようです。

 ゴボウ、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、サトイモ、シイタケなどの野菜や、リンゴ、ナシなどの果物、魚介類ではハマグリ以外の貝類が、O型の体に合うでしょう。

 断言はできませんが、狩猟生活で、肉類をとることが多かったO型の体は、バランスをとろうとして、野菜を多く必要とするようになったのではないでしょうか。


 O型は、激しい運動に対応できる体力を持っています。
 スポーツマンやアスリートにO型が多いのも、その現れでしょう。
 4つの血液型の中で、一番太りやすいとも言われていますので、なるべく戸外に出て体を動かすのが良いと思われます。

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2009年1月 3日 (土)

機械仕掛けの夢(現代推理)

 ここに初めてアップする、現代を舞台にした推理小説です。

 これは比較的新しく、一昨年に書いたもので、タイトルは「機械仕掛けの夢」です。

 もともとのタイトルは、ラテン語で「SOMNIUM EX MACHINA.」でした。

 ギリシア劇で、主人公たちが困ったときに表れる機械の神「DEUS EX MACHINA.」(でうすえくすまきな)をもじったものです。

 当時、興味のあった大脳生理学と麻薬をモチーフに書きました(といっても、ほとんど専門知識を使っていませんが)。

 コムツカシイ話ではありません。

 というか、わたしは、基本的に人情エンターティンメント(なんて分類あるのかな)しか書けないのです。

 アクション?もありますし、短い話なので読みやすいと思います。

 とりあえず、梗概(あらすじ)は、書かないでおきます。


 個人的に、「警察」という機構があまり好きではないので、わたしの現代推理には、ほとんど警察官が主人公のものはありません。

 だって、警察官を主人公にしたら、犯人←→警察のステレオタイプの図式になりすぎて、センス・オブ・ワンダーがなくなってしまうじゃないですか。

 たとえ、天才物理学者を刑事の友だちにしても、やはり構図は変わらない。

 と、書きながら、考えてみると、時代物は同心・岡っ引きを主役にして書いていますね。
 うーん、なぜだろう。


 今回、主人公は19才の女性です。彼女が陥った現代社会の陥穽(オトシアナ)と、そこから始まるミステリ、よろしかったら、お読みください。


 お待ちになっていただいた皆さん。お待たせしました(もし、居られたなら、ですが)。

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2009年1月 2日 (金)

小説ダウンロードありがとうございます

 休みに入ったからか、かなり多くの方に拙作小説をダウンロードいただいているようです。

 ご愛顧にお応えして、というのは冗談ですが、調子にのって、今夜(か明日昼に)、もう一作登録しようと考えています(今、ルビなどの手を加えています)。

 現代推理モノです。SFをのぞけば、現代推理を、ここにアップするのは初めてだと思います。

 確か、去年だったか、一昨年に書いたものです。

 タイトルは「機械仕掛けの夢」です。

 よろしかったら、お読みください。

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A型ってこんな人

これは血液型概論からの続きです。




 A型は日本人の四割近くをしめます。

 前回の話から考えると、A型の人の血液の中には、A型物質があり、B型物質に対向するために、リンパ球が、せっせと抗B抗体を作り続けている人のことです。

 普通に考えたら、リンパ球を使い続けたら疲れてしまうんじゃないかと思いますが、ことリンパ球に関しては、使えば使うほど活性化されて、元気になるみたいですね。

 だから、A型の人は、O型の人に比べて半分だけリンパ球が活性化される。

 つまり、O型に比べて半分免疫がある(実際はもっと複雑ですが)のですね。

 が、しかし、それなら、A型もB型も、O型の半分の免疫があるはずなのに、現実はそうではありません。

 免疫とは、相手あってのモノだからです。

 前に書いたように、病原菌もA型物質とB型物質を持っています。

 A型の人は、B型物質を自前で持っていないので、せっせと抗B抗体作りますから、B型物質を持つ病原菌には免疫がある。

 しかし、すでに自前で持っているA型物質タイプの病原菌に対しては、抗体を作っていない

 だから、A型物質を持つ病原体には弱いのですが、困ったことに、世の中の病原体の多くはA型物質なのですね。

 結果的に、A型の人は、B型の人より病気になりやすいのです。


 そもそも、A型は「農耕民族」、穀物を食べることによって住み着く大腸菌によって、生まれました。

 だから、農耕民族=A型といっていい。

 放浪せず、定住して仲良く田畑を耕す。

 ゆえに、A型は、一般的に、協調性があって几帳面(きちょうめん)、枠からはみ出ない常識的な考え方になります。

 これがA型の性格の理由です。


 病気の面から見ますと、上記の理由から、世の中の多くのA型物質病原体に対して強い抗体を持たないA型は、A型物質をもつ天然痘、肺結核、マラリア、ノロウイルス感染に弱いのです。

 おまけに、A型は、感染症以外にガンや生活習慣病になりやすい。

 ガンの原因になる微生物に感染しやすい上に、免疫機能がストレスによって低下しやすい傾向があるからです。

 そのために、ほとんどのガンにかかりやすい。

 実際、本来なら、一番病気になりやすいはずのAB型の人(A、Bどちらのタイプも持っているために抗体を作らない)よりも、A型が病気になりやすいのは、ストレスを感じやすいからです。

 ただ、ペストに関しては強い免疫力がある(それって、今、有利なことなのかなぁ)。

 食べ物にも、A型物質を持つものがありますが、A型の人は、同じ物質を持つ食べ物と相性が良いので、豚肉、ウナギ、ナマズ(って普通食べますか?)などは、A型物質を持っているので、多めに食べても大丈夫です。

 逆に、B型物質を多くふくむ食材を食べると、せっかく作った抗B型抗体が、消費されてしまうので注意が必要です。

 本来強いはずのB型物質の病原体が入って来たときに、免疫がうまく働かないことがあるからです。

 B型物質を持つのは、羊肉、鯨、ハマグリなどです。


 以上から、A型の人は、とにかくストレスを緩和する生活を試みなければなりません。

 A型は、肉体的ストレスにも弱いので、激しい運動は不向きです。

 そこで、穏やかなウォーキングなどの有酸素運動を行い、ストレスを緩和するミネラルを多く含む、ミネラルウオーターを飲み、アロマテラピーや瞑想などで精神の安定を図ることをオススメします。

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血液型性格診断には根拠があった!(血液型概論)

 藤田紘一郎(ふじたこういちろう)という人をご存じだろうか?

 東京医科歯科大名誉教授、人間総合科学大学教授などというモノモノしい肩書きはともかく、日本の寄生虫研究の(おそらく)第一人者、腸内にヒロミちゃんと名付けた回虫を飼っていたことでも有名な怪獣博士ならぬカイチュウ博士だ。

 専門は寄生虫学、感染免疫学。

 この藤田氏が、某雑誌に掲載したのが、以下に述べる「血液型性格診断には根拠があった!」です。

 さて、その真偽はどうでしょうか。





 「血液型で性格が決まる」と巷(ちまた)でいわれますが、長年、免疫学を研究してきた藤田氏は、血液と性格には相関関係があるのではないか、と考えています。

1.血液型によって免疫力が違う。
2.かつてはひとつであった血液型が別れた経緯を見ると「血液型が性格に影響しないわけがない」

 というのが根拠です。


 まず、血液型とは何か?

 おなじみのABO式血液型の定義は、簡単にいうと以下のとおりです。

A型  赤血球にA型物質をもつ。(38.1%)
B型  赤血球にB型物質をもつ。(21.8%)
AB型 赤血球にA型物質とB型物質の両方をもつ。(9.4%)
O型  赤血球にA型物質もB型物質も持たない。(30.7%)

 上記のような血液型物質を持つのは、人間だけでなく、動植物や細菌なども持っています。

 そして、細菌によってわたしたちの血液型は作られました。

 人間の腸内には百兆個もの細菌類が住み着いています。
 それらにも、A、B、Oなどの血液型物質があり、それらA型物質やB型物質が、人間の体内に潜り込んで、遺伝子に介入し、人間の血液型がつくられたと考えられます。

 その根拠は、血液中に存在する自然抗体です。

 自然抗体とは、自分が持たない血液型物質を異物と認識し処理する物質のことです。

 A型の人の血液中には、B型物質に反応する抗B抗体があり、
 B型の人の血液中には、A型物質に反応する抗A抗体があります。

 O型の人の血液中には、抗A抗体と抗B抗体の両方があり
 AB型の人の血液中にはどちらもありません。
 
 人間の血液型は、最初はO型しかありませんでした。

 そこへ、腸内細菌の遺伝子が移入してA型やB型が誕生したため、自分と異物を区別するため自然抗体が必要になったのです。

 歴史的には次のようになります。

 10万年前、アフリカに誕生した人類の祖先は、全てがO型でした。彼らは狩猟民族でした。
 やがて、一部が移動し、アジア大陸に定住し、農耕生活を営むようになりました。
 穀類を食べるために、腸内細菌も、肉を食べていた頃から変化し、A型が生まれました。

 一方、ヒマラヤの山岳地帯に移住した人々は、遊牧民となって、家畜の肉や乳製品を食べ始めました。ここでも、腸内細菌は変化し、B型が生まれたのです。

 その後、長らくABO三種の血液型が続きましたが、わずか1000年ほど前に、A型とB型が交わってAB型が誕生しました。

 なんだかすごいですね。1000年前以前にはAB型がいなかったんですよ。

 ということは、紫式部も清少納言も、聖徳太子も、蘇我馬子も、絶対にAB型じゃないってことです。


 次は、いよいよ、抗体の有無による、抵抗力の差についての話です。

 人間の体は、外部から病原菌などの異物が入り込むと、リンパ球がそれを感知して抗体 を作り、異物を攻撃、排除します。

 血液中の自然抗体も同様にリンパ球から作られる免疫物質で、全抗体の5%を占めます。

 抗体は、しばらくすると消滅するために、O型の人は、A型抗体とB型抗体を絶えず作り続けなければなりません。
 したがって、リンパ球はいつも活発に活動しており、結果、免疫力が強くなります。

 それに対して、AB型の人は、抗A抗体も抗B抗体も作る必要がないため、リンパ球の活性は低くなり、結果、免疫力は弱くなります。

 A型の人は抗B抗体を作り、B型の人は抗A抗体を作りますが、抗A抗体の方が必要量が多いため、A型よりもB型の方が免疫が強くなります。


 つまり、免疫力は、

 O型→B型→A型→AB型
 
 の順に弱くなるということです。

 加えて、感染症の原因となる細菌にも血液型物質があり、血液型によって、かかりやすい病気かかりにくい病気があります。

 免疫力の差は、本能的に自覚され、性格の形成にも影響を及ぼすと考えられます。

 免疫力の強いO型は積極的に行動しますが、免疫力の弱いA型やAB型は用心深くて慎重になる。

 食物も、血液型物質を持っており、A型の人は、A型物質をもった食べ物が合い、B型の人は、B型物質をもった食べ物が合います。





 さて、どうでしょう?

 専門用語を極力廃したザックリした表現で、ちょっと怪しげではありますが、なかなか系統だった考えではあると思います。

 ちょっと調べてみる価値はありそうですね。

 ただ、食べ物が血液型物質を持っているというのは、どうかな、と思いますね。

 豚肉や鶏肉なら分かりますが、ダイコンやニンジンも、血液型物質をもっているのでしょうか。

 次に、個別の血液型についての藤田氏の考察を、簡単に紹介することにします。

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2009年1月 1日 (木)

ちょっと予告 & アニメソング番組長くても平気

 実は、今日は昼から今まで、昨日録音しておいた、15時間ぶっ続けNHK-FM「今日は一日”アニソン”三昧ファイナル」を聴きながらイロイロ作業しています。

 これは、朝の9時から、年をまたいで深夜0時30分まで、15時間以上アニメソングばかり流し続けるという無謀な企画番組でした。

 NHKが紅白の裏番組になる時間帯に放送するというのも驚きですが、まあ、アニメのラジオ程度では、紅白の視聴率を喰うことはない、というオトナの判断が働いているのでしょう。


 で、今日、元日は地上波はともかく、スカイパーフェクトTVさえ、年始はオモシロクない番組編成になるからカレントの放送は観たくない。
 本を読んでもいいけれど、それだとナガラ作業ができない。


 ならば、ラジオの方がイイじゃないか、と録画したラジオを聴いているのです、って、ふた昔まえの高校生じゃないっての。


 しかしながら、兄尊(水木一郎氏)と碇シンジ(緒方恵美氏)を司会に、次々とスタジオにやってくるアニメ歌手たちとの会話と懐かしい歌を聴いて正月気分がどんどん盛り上がっております。
これって、長丁場でも飽きないねぇ。

 いま「アタックNo.1」エンディングテーマ「バン・ボボン」をやっています。


 いや、実際、この長時間FMラジオ録画というのも結構面倒なんですね。

 ウチは山が近くてFM電波が弱いので、指向性八木アンテナをベランダから基地局にむけ、さらにブースターで増幅し(って、どんなイナカ?)、それをYAMAHA UA-3FXでノートに入力し、無音部分でオートカットしつつMP3変換するというアラワザで15時間ぶっ続けの録音を実現いたしました。(デジタルラジオ買えって!)

 といっても、午前9時半にセットしてから、年が明けるまで放っておいただけなので、その間、手間はないのですが。

 結局、2009年は、夜半から出かけた、近くのネットカフェ(ガラ空き)で迎えてしまいました。

 ちょっと気になっていた、光永康則「怪物王女」も8巻まで読了しましたので、しばらくしたらコミックのコーナーに書くことになると思います。(あ、まだアニメ版を観ていないので、書くのはそれからかな)


 あと、スーパー!ドラマTVで、年末に一挙放映してくれた「HEROES」First&Secondも、残りを全部観ることができたので、コメントすることができると思います。


 夕方に、30日に買った22インチワイド液晶ディスプレイが届き、クリアになった読みやすい文字でこの文章を書いています。


 上で、スカイパーフェクトも、たいした番組編成ではない、と書きましたが、22時からミステリチャンネルで、ウイリアム・ハート出演の「デューン 砂の惑星」(2000年)を上中下の6時間で放映するというのを観て、さっきから録画し始めました(低予算のテレビ映画のようですが)。

 デューンの映画といえば、ツイン・ピークス・コンビのデイビッド・リンチ&カイル・マクラクランの「デューン 砂の惑星」が大作で有名ですが、あれは、竹宮恵子描くポウルのイラストに慣れたわたしたちには、ちょっとイメージが違いすぎてイタかった。

 マクラクランといえば、やはり、わたしには「ブルー・ベルベット」になってしまうものなぁ。
 学生の時に三本立て映画館で観たインパクトが強すぎた。
 あとは「ヒッチャー」とかね。

 アニメ・ソングを聴きつつ、たまった新聞をスクラップし、ちょっと映画を垣間見ると、砂の中から巨大なサンドワームが飛び出てくるところでした。

 うーん、やっぱりベクシルそっくり……と、自分のコメントに自ら納得してしまいました。

 これから、音楽工房宛に届いた年賀状で、出していなかった方のため(って失礼だろうが)、あわてて書いた年賀状を持って、郵便局まで歩いて行きます(真夜中だけど)。

 歩いていくのは「歩いて分かる生活リズム計」で設定した目標歩数3000歩をクリアするためです。

 帰ったら、約束の(どれだけの方が待っておられるかは疑問ですが)「血液型性格診断には根拠があった!」について書くつもりです。

 しばらくしたら、また見に来てください。

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文魂理才のススメ 〜年頭にあたって〜

 血液型のはなしを書こうと思いましたが、その前に、2009年の始まりにあたって、最近、考えていることを少しだけまとめておこうと思います。

 まだ、完全に、まとまっていませんので、ホコロビがあるかもしれませんがお許しを。



 先日、このブログでも書いた「イマドキの子供とかけて……」にも関係しているはなしです。

 ご存じのように、明治期、国民の教育において「和魂洋才」なるものが唱えられたことがあります。

 日本のココロ海外の技術とでも申しましょうか。


 本年冒頭にあたって、わたしが提唱するのは「文魂理才」です。

 和魂洋才と比較すれば、すぐにおわかりと思いますが「文化系の魂に理系の知識」ということです。

 なぜ「理魂文才」ではなく「文魂理才」なのか?

 もちろん、両方とも大切で必要だと思います。

 しかし、どちらがより必要かと考えたら「文魂理才」になりました。


 日常生活においても同様ですが、特に専門研究の分野で「文魂理才」が必要な気がします。


 理科系の人間は、際限ない試行錯誤一瞬のヒラメキによって研究を行いますが、特に「ヒラメキ」の部分で幅広い知識と人間理解が役に立つと考えます。


 対して文化系の人間は、仕事で、人生で、様々な判断をするとき、生き物が複雑な化学反応の結果としての生命体であり、あるいは建築物が素材の剛性の組み合わせによって卵の殻のように薄い地殻の上に、危うく建っていることを忘れがちのように、わたしには思えます。

 もっと悪いことに、忘れているのではなく無視している場合さえある。

 自分の体が内臓器官の集合体であることすら忘れている人も多い気がします。

 病気になった時に初めて、自分も家族も、そして他者もイキモノであったと気づく。

 まるで、社会生物である自分の頭だけが、宙に浮かんで生活している感覚です。

 その感覚で、政治や経済、哲学を語るのは、大きな間違いだとわたしは思います。

 科学的理解なくして、人間理解も、人間の行動の結果である経済も法律も理解できないと思うからです。


 少し話はちがいますが、下世話な話をすれば、政治を語り、経済を研究し、人生を喝破(かっぱ)する知性ある人々の多くが、醜く太った体躯をしているのは、決して「忙しくて運動するヒマがない」からでなく、生化学の塊である肉体に対する根底理解が欠けているからです。

 日本の経済の行方が分かっても、過労による肝臓の負担が、自分の命を縮めるという実感がない。

 もちろん、ここで、わたしは健康に対する研究者の無精のみを取り上げている訳ではありません。

 人生を生きていく上で、不完全とはいえ、人類が今まで手にしてきた科学知識を学ぶことは、必要不可欠だと思うのです。

 簿記の記載や登記の方法、経理や法律の立法は、人間が作り出した便宜上の規則に過ぎません。

 しかし、科学は、この次元の、この速度系の宇宙においては普遍の法則を体系化したものです。

 19世紀以前の中世ならともかく、21世紀にあって、それを知らずして人を扱ってはならないと思うのです。(中世には魔女狩りなどのオロカな行いもありました)


 そこまで大上段にふりかざさずとも、わたしの周りを見渡しても、文系の頭に理系の知識を持っているモノの方が、ずっと面白い。

 もともと理数系で、「努力してコクゴの成績を上げた」という人間より、興味の幅が広く哲学的思索が深いような気がします。



 ちょっと横道にそれますが、よく理科系で文化系の例として、医者で作家の名が挙げられます。

 森鴎外しかり、北杜夫しかり、渡辺淳一しかり。

 北杜夫などは、父親(斎藤茂吉)から「絶対理科系」の厳命を受けて医者にならされたようなので、少し違うと思いますが、わたしは、基本的に「医者で作家」の人々は理魂和才だと思うのです。(例外はあるでしょうが)

 僧侶と医者は、人の生死にダイレクトに関わっています。

 生老病死(しょうろうびょうし)に関わると、人生を深く思索するようになります。(例の首相に「生老病死」「老若男女」を読ませたいですね)

 死は、人の最大の哲学命題です。

 それを間近に目にすると、書かねばならないキモチがわき起こるとおもうのです。

 わたしは、もっと看護士や介護士から作家が輩出されても良いと思っているのですが……



 以上、まとめると、わたしは「文魂理才」、数学や理科などが好きでなくとも、知識として学習することをオススメします。

大人になってからでも。


 だいたい、十代ごときで勉強に好き嫌いをつけて学習課目を絞るなんてもったいない。

 よほどの適性と能力、それに運がなければ、大学以前に勉強が面白くなるなんてことは、ほとんどないように思います。

 十代の勉強など、学問のトバクチに立ったばかりで、より深く先に進むための道具の使い方を学んでいるに過ぎないからです。

 もちろん、適性としても、能力的にも、勉強が肌に合わない人もいる。

 勉強よりも、職人として手作業の得意な人もいるでしょう。

 そういった人は、違う道を選べきです(それでも、基礎的な学力は必要だと思いますが)。

 そのためには、個人の意識だけでなく、社会的な法整備なども必要になるでしょう。
 ブルーカラー及び職人に対する賃金の最低保障などの。


 個人的に、外科手術などは、「現実の作業をする人オペレーター」と「それを指示するドクター」の分業制が良いと考えています。

 手術(英語では正しくオペレーション)は、精妙な作業です。

 運動能力と反射神経を要する。

 勉強のできる医者に、それらふたつを兼ね備えているよう要望するのは酷でしょう。

 彼らには、得意の勉強能力を使って、医学の知識と研究をしてもらえば良いのですから。


 わたし自身は、おそらく文化系の人間だと思います。

 理数系、とくに数学は苦手でした。

 今、思えば、良い教師に恵まれなかったこともあったでしょうが、本当に適性があれば問題がなかったでしょうから、やはり向いていなかったのでしょう。

 理系にすすみ、周りにリカケイとして生まれてきたような友人を持つと、その気持ちがつよくなりました。

 しかし、曲がりなりにも理科系に進んで、不完全な体系ではあるものの、ここ50年で急速に進歩を遂げた現代科学を知り、数式とグラフと数値から結果を予測できるようになって良かったと思っています。

 少しは科学が分かるようになった。

 逆に、そういった知識を持たず、ただセルラー(携帯電話)を持たされ、整数論の基礎も知らぬままネットで暗号を使わされると、心中に漠たる不安が起こるのではないかと思うのです。

 100年前とは違い、矢継ぎ早(やつぎばや)に新たな科学技術を用いて新製品が打ち出されてきます。

 「ただ使うことができれば良い」というスタンスのままでは、心のスミで「ダマシにあうのではないか」と無意識に考えて不安が蓄積されていくのではないでしょうか。

 不安の蓄積は精神を蝕む可能性があります。

 それが、昨今のキレる人々の原因だ、などとはいいませんが、知識を持つことで、不安が少なくなるのは良いことではないでしょうか。

 その意味で、人文系の職業につく人も基礎的な科学知識を持つべきだと思うのです。


 というわけで、2009年、わたしは「文魂理才」をオススメします。

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2009年 あけましておめでとうございます。

 昨日、2008年の大晦日に面白い記事を目にしました。

 血液型による性格判断の、科学的根拠らしきものです。

 詳しくは元旦の昼ごろに書く予定です。

 よろしかったらまた見に来てください。

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