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2008年12月15日 (月)

わたしの手帳術1(補足)

 手帳術1回に少し補足します。

 ●「無印文庫手帳」の表紙を背表紙には、「開始年月日」と「通番」を大きく書いておきます。

 ●「週刊誌4コマノート・ミニ」も同様にしますが、それに加えて、ノンブル(通しページ番号)を
   振っています。


 「週刊誌4コマノート・ミニ」の各ページには、記入時の年月日を入れます。
 基本的に、年月日20081215のような8桁の数字によって、相互参照が可能になるわけです。

 もっとも、それはシステム手帳を使っていたリフィル時代には重要だったのですが、最近は、参照番号をあまり重要視していません。

 なぜならば、前項の終わりにもかきましたが、今のわたしの手帳はバラバラにならず、一冊にまとまった「本」形式だからです。

 ああ、「あの情報」と思った時に、何冊かある手帳を手にとってパラパラめくると、すぐに情報にアクセスできます。

 つまり、メールマガジンで書いている、「魔法でない速読術」の「スキミング法」を使っているからです。

 この、リフィルと違って「一冊にまとまっている」というのが、今のわたしの手帳術のポイント、あるいは、わたしがレガシー・メディアである本を好む理由です。

 まとまっていると、融通はきかないように見えますが、逆説的?にアクセスが容易になるのです。

 本などでも、確か、この本の真ん中あたりであの話題があったはずだ、という記憶さえあれば、ページを繰って簡単に知りたい部分を見つけだすことができますね。

 昨今はやりの、耳に心地よい(のか?)「デジタルメディアとの融合」と称する、長い時間をかけての手帳索引入力作業など不要かつ無用です。

 毎回、データを、テキストベース、あるいはエクセルデータ、アクセスデータに入力して、必要な時にコンピュータを立ち上げて検索をかけるより、その方が簡単で早い。

 それに、どうせデジタル技術を使うなら、自分でソフトを組むか、せめてマクロを組むぐらいすればいいと思うのですが、今、デジタル・ハイブリッド手帳術を謳う人たちが使うのは、ほとんどがテキスト・ファイルを検索する程度のデジタル化です。

 それって使いやすいのかなぁ。

 パーソナル・コンピュータ黎明期から、なんとかデータ入力をして資料整理に使えないかと考えて苦労したあげく、わたしがたどり着いた現在の終着点が、自分の目と手で資料を捜すこの方法でした。

 もちろん、会社や国会図書館などの公的機関の情報は、きちんと入力された方がいい。

 しかし、所詮、個人のデータ量などたかがしれている。

 ジャーナリストの立花隆氏のように「限りなく入ってくる情報を全て手にしていたい」という欲望を持たない限り、手動かつウロ覚え検索で分充ではないでしょうか。

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