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2008年11月 7日 (金)

長命な異才 〜中川一政〜

 かつて、ある日本人が大地震にあった。

 震災から逃れるうち、彼は千駄ヶ谷で暴徒に囲まれた。

 お前はコリアだろう。
 この災害に乗じて火を放ち、モノを盗もうとしているに違いない。
 さあ、正直にいえ。

 関東大震災が発生した当時、実際にあった出来事だ。

 男は、いいえ違います。わたしは日本人です。本当です。

 そういって暴徒から逃れた……が、後に彼はこれを深く恥じた。

 確かに自分は日本人だが、なぜ、あの時、それを必死になって訴えねばならなかったのか。

 よしんば、自分がコリアであったところで、何のやましい事があろうか。

 後に、彼は俳優座の代表になり、芸名を千田是也(せんだこれや[これなり])と名乗った。
 千駄ケ谷のコレヤン(コリアン)をもじってつけたのだ。

 以後の彼は、戦時中(太平洋戦争)の思想弾圧にも屈せず、終生俳優座の代表であり続けた。

 五人兄弟の彼には姉がいた。

 その姉が嫁いだのが、本稿の主人公である中川一政だ。

 歌人としてその人生を歩み出した一政は、20歳の年に「酒蔵」で岸田劉生によって見いだされ、以後、洋画、水墨画、版画、陶芸、詩作、随筆、書と数多くの分野で異才を発揮した。




 すべてが独学だった。
 (書もよくした一政は、妻の出身校である津田塾大の記念館のために筆をふるっている)

かつて、セザンヌが言った、
「第一の師は自然である。第二の師はルーブルである」
を、その背骨として中川は画家人生を歩んだのだ。

 自然を真似て人の作品を観る、それこそが師を持たぬ中川の作画修行だった。

 梅原龍三郎に似たタッチの油彩は奔放で豪快だ。
 (実際に、一政は梅原との二人展もおこなっている)

 個人的に、わたしが好きなのは、初期の作品「山川呼応」(1933)と少し視点を変えて書かれた「山川冬晴」(1934)だ。




 陶器にも一政は画を描いた。

 武者小路実篤が、常設展目録2の後書きで、素晴らしい文を献辞している。
 記憶にたよるので正確ではないが、たしかこんな文だ。

「中川一政は、よくマジョルカを描く。
 マジョルカは高いが、そのマジョルカと、そう変わらない値段で作品が売れる中川は羨望に値する。
 だが、彼がそれを生み出すために過ごした艱難辛苦の時間に羨望する者はいないだろう」




 1949年、中川は真鶴に空き家を見つけ、妻に相談することもなく購入する。

 時に56歳。

 真鶴の景色が気に入って、数多くの画を描いた。

 のちには、車をつかって湯河原を抜け、箱根へ向かい、戸外で駒ヶ岳を書いた。

 およそ20年そんな生活を続けた。

 こんな言葉を彼は残している。

「わたしは、アトリエで戸外の画を描くことはできない。家に帰ってから記憶で画を描けるという者もいるだろう。だが、わたしは対象を目にしないと画は描けない。なぜなら、一方は感動で描いている。他方は説明で描いている。その力は自(おの)ずから違うのだ……」

 いつのまにか、彼は90歳を越えていた。
 だが、彼の創作のエネルギーは底を見せない。

 97歳の時、一政は下のような書を書いた。




 枯れるどころか、今からが正念場、とくるんだからタマりませんな。


 前にも少し書いたが、歌人でもあった一政は、言葉の扱いも巧みだ。
 かなり多くの随筆を書いていて、ほとんどの作品が秀逸だ。

 文庫に収録され、比較的、現在でも手に入りやすいものを以下に示す。

 中公文庫
 ・モンマルトルの空の月
 ・うちには猛犬がゐる(トレド滞在記を含む秀作)
 ・腹の虫(これに収録されている「尾道」はすばらしい随筆だ)
 ・裸の字
ちくま文庫
 ・中川一政文選

 ぜひご一読をおすすめする。



 先日、鎌倉に行ったついでに伊豆にまわる機会を得た。

 そこで、念願だった中川一政美術館を訪ねることができた。

 以下の写真は、伊豆半島真鶴にある、中川一政美術館の近景だ。



美術館正面



美術館横の公園にある復元アトリエ(無料)



真鶴先端部(ケープ真鶴)案内図

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