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2008年11月 1日 (土)

イイクニつくったか? 鎌倉探訪3 文学館 吉田秀和

 再び江ノ電にのって、由比ヶ浜駅で降りる。鎌倉文学館に行くためだ。

 由比ヶ浜駅は無人駅だった。



 しばらく住宅地を歩くと坂になり、その先に少し大きめの門が見えてくる。

 その雰囲気はミュージアムといったモノではなく、金持ちの門扉といったカンジだ。

 この印象は間違っておらず、もともとは旧前田侯爵の別邸であったものを、市が寄贈され、鎌倉在住の文学者記念館にしたのだった。

 門をくぐると、鬱蒼(うっそう)とした森林のトンネルが続いている。しかし、それは人を不安にさせる暗さではなく、静謐(せいひつ)さを感じさせる落ち着いた静けさだ。



 しばらく行くと、無愛想なオヤジが切符を販売する小屋があった。
 パーク&レールライドチケットを見せると一割引になる。

 その先、さらに石畳の道が曲がりながら続いており、個人の家の庭なのにトンネルまである。さすが旧華族別邸だ。



 トンネルを過ぎ、しばらく歩くと、やっと建物が見えてきた。
 所々和風を取り込んだ洋館だ。
 建物のところどことにはめ込まれたステンドグラスが美しい。



 大きく弧をえがく石畳を上って玄関にむかう。かつてはここに馬車がついたのだろうか?


 時刻も夕方近かったためか、混雑はしていなかったが、それでも何人もの観光客が行き来していた。
 文学館という性質のためか、女性がほとんどだ。

 玄関に入ると、赤いカーペットが敷き詰められていた。

 靴を脱ぎ、荷物をロッカーに預けて第1展示室に入る。

 中には、川端康成をはじめとした鎌倉在住の作家の紹介と、直筆原稿などが品良く展示されている。

 ほとんどの作家は悪筆で、それをみて少し安心した。

 原稿の筆跡が美しく、手に入れて飾っておきたいと感じたのは島崎藤村だけだった(個人的な感想です)。




 企画展として「吉田秀和 音楽を言葉に」をやっていた。

 音楽評論家として著名だという吉田秀和だが、恥ずかしながら、わたしはよく知らなかった。

 わずかに「新聞などでたまに音楽評論をしていたなぁ」くらいの印象しかない。

 だいたい、企画展のタイトルではないが、音楽をコトバで批評する、ことは難しいのではないか、というのが、わたしの考えなのだ。

 もっとも、音楽評論で、きちんと読んだものといえば、ヨマネバナラヌ、と学生のころに無理して読んだ小林秀雄の「モオツアルト」だけだから、エラそうなことは言えない。

 「モオツアルト」は面白くなかった。
 逆説を多用する高飛車な小林の文体は今でも好きではない。



 1913年生まれの吉田秀和は、ドイツ語を阿部六郎にならい、フランス語をあの中原中也に学んだという。しかもいまだに健在!

 東京帝国大学文学部フランス文学科を卒業し内務省情報部に勤務するが、やりたいことをやって死にたいとの思いに突き動かされ辞職。

 以後、しばらくは、発表するあてのない音楽評論を書きまくっていたという。

 中原中也の名が出れば、当然、小林秀雄の名も出てくる。
(コバヤシハチュウヤノコイビトヲリャクダツシタノダカラ)

 小林秀雄は吉田秀和をライバル視して、さきの「モオツアルト」を書き上げた時には、これ見よがしに自著を吉田に見せつけたという逸話が残っている。

 吉田秀和が幼い女の子と手をつないで写っているモノクロ写真が展示されている。
 キャプションには中村紘子と、とある。
 小澤征爾との写真もある。
 彼が初代室長となった「子供のための音楽教室(1948年)」の第一期生が彼らなのだ。


 少し年をとってから吉田はきれいな女性と結婚した。

 その女性、バルバラ・クラフトは可愛く美しい女性だった。
(イヤホント、写真でみても驚くほどきれいな女性なのだ。ここに写真があったら見せたいよ)

 可愛さと美しさ、その双方を、この順番で兼ね備えている女性がきれいな女性なのだ(かぶらや独断)。

 何枚か展示されている、その全ての写真で、彼女は可愛く美しく写っている。
 つまり、本当にきれいな人だったということだ。

 吉田は妻を愛し続け、2003年11月に彼女が死ぬと失意のあまり筆を折った

 背を丸め、下を向いて死に至る道を探し始めた。


 しかし、数年後、彼は再び立ち上がり、背筋を伸ばし、音楽評論を再開した。

 おそらく、彼を愛した妻が、彼に何を求めていたかを思い出したのだろう。



 人の人生は、漫画家の描く線に似ている(書家の文字っていわないところがイイ?)。

 細く入り太く描き細く払う

 その長さには長短があり、太さにも差がある。

 吉田秀和の人生は、太く入り、太く走って、太く払われる一本の線なのだろう。

 ひとことで言えば、太い人生を歩んできた男だ。

 ともかく、今度、大学図書館で吉田秀和全集を借りてみるつもりだ。

[つづく]

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