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2008年11月30日 (日)

道具の本質

 ナイフってありますね。皆さんは、ナイフと聞くといったいどんな印象を受けます?
 刺したり、傷つけたり、やっぱり犯罪を連想してしまいますか。
 
 子供の頃からボーイスカウトに入隊させられ、ロープを切ったり、コッフェルでご飯を炊くために立ちカマドを作ったりさせられされたので、わたしはナイフを日常的に使っていました。
 
 アウトドア生活において、テントにシュラフ(寝袋)、ライトにロープとナイフは、ごくありふれたアイテムなのです。

 ですから、子供の頃のわたしは、誰もがナイフをヒップポケットに入れて持ち歩いていると思っていました。
 
 田舎なのに、いや田舎だからか、いくつかある市内のスポーツ店はアウトドア用品が充実していて、わたしは中学になると安物ながら刃渡り10センチほどのジャック・ナイフを何本も持つようになりました。
 
 自然、研ぎ方も覚えます。
 
 普段、あまり話すことのなかった父から古い肥後守(ヒゴノカミ)を譲られたのも、その頃のことです。

 あ、肥後守って知ってますよね?
 刃先固定用のスプリングも何もない、刃渡り6センチほどの折りたたみ小刀です。
 戦前の子供たちは、みんなこれを持っていて鉛筆などを削っていたそうです。
 わたしも、筆箱にいれていましたが、ロック機構もなにもない単純な構造ですから、よく筆箱の中で半開きになっていました。
 今なら、学校に小なりとはいえナイフを持っていくのは問題でしょうが、当時は別に何ともありませんでした。
 
 肥後守といえば……

 ナイフっていろんな種類がありますね。
 ランボーが持っていたゴッツイやつから、チャイルド・プレイのチャッキーが持っていたミニ・ナイフまで。あれ、チャッキーのは、クッキングナイフ、包丁だったかな?
 
 特に、ランボーが使っていたナイフ、あれって今、通称「ランボーナイフ」と呼ばれてるんですねぇ。
 
 狩の習慣がほとんどない日本では、大型のナイフは、ほとんど使い道はありませんね。法的にも申請が必要になりますし。

 だからこそ、ああいった大型ナイフのイメージは、犯罪に直結したものになってしまう。
 先日の官僚殺しの犯人も、大型のダガーナイフを使っていましたね。
 その前の秋葉原でもダガーナイフが使われ、今、あらたな法的規制が検討されているところのようです。 

 それで思い出した。
 あの事件に関して、評論家が、ダガーナイフをガダーナイフと言っているのを聞いて、ああ、この人はロールプレイング・ゲームをやってないんだな、と思いました。
 中世もののRPGをやってたら、ダガーナイフやソード、パイクやレイピアなどの武器単語はなじみのものですから。
 
 わたしは、子供の頃からナイフを使ってきましたが、刃先を人に向けたことは一度もありません。
 というか、そんなことは想像もできない。
 改めて自分に問いかけてみましたが、これは本当です。

 逆説のように聞こえますが、ナイフは切れる方が安全です。
 切れないナイフは、木を削ったりスプーンを作ったりする時、変に力が入ってかえって危ないのです。
 だから、わたしはいつも切れ味の良いナイフを持っている。
 だからこそ、何かを削る時でも、その方向に人がいると使えないのですね。
 
 ナイフを道具としてきっちり使い込めば、それをもう武器としては使えないと思うのです。
 よほどの緊急事態でないと。
 熊におそわれたりね。それでも使いたくないなぁ。
 
 だから、きっと、日本で、大型ナイフを殺傷の道具にする者は、普段ナイフを鑑賞用に持っているか、道具としてナイフを使いこなしていない輩なんじゃないかな、とわたしは思います。

 その道具本来の用途を、体に憶えこませていない。

 同じ理由で、安っぽいテレビドラマで大工が金槌で殺人を犯すのも理解できない。
 サラリーマンが、ゴルフクラブで人を殺すシーンなどもありますが、あれはあり得るかもしれません。きっと本当にゴルフを愛していない人なんでしょう。
 
 でも、プロのゴルファーが愛用のクラブで殺人を犯すのは、やはりわたしには想像できない。

 わたしのナイフが木のみを削り、大工さんの金槌が釘だけを打ち、プロゴルファーの1番ウッドがゴルフボールだけを打つのは、空中で石を離したら地面に落下するのと同じくらい確かなことです。それ以外には使えない、のです。

 同様に、毎日包丁を使う主婦が包丁で殺人を犯すシーンもなんだかしっくりこない。
 
 よくドラマなんかではありますが、本当に、普段料理をする包丁で、いくら腹が立ったとはいえ人を殺すなんてあるのでしょうか?

 まあ、料理なんて嫌いだけど仕方がないから作っていた。包丁も使っていた。でも、包丁にはなんの思い入れもない。研いだこともない。
 そんな人なら、包丁を武器にできるのかな。
 
 普段包丁を持たない男性が、何かを切る、人を威嚇する道具として包丁をつかって人を殺める、というのはわかります。
 だから、実際の包丁を使った事件ってそういうのが多いんじゃないかな。
 
 料理人が、誰かに襲われて身を守るために料理包丁を使う、なんていうのも想像できないなぁ。
 
 人を傷つけた包丁で、もう料理はできないでしょう。
 
 つまり、何がいいたいかというと、少し危険めな道具は、その正しい使い方を体が覚えるまで、使い込ませた方がよいのではないか、ということです。
 
 もちろん、例外はあります。
 それは銃です。

 わたしは、アメリカにおける殺人件数が多い理由のひとつに、アメリカが銃社会であるからだと考えています。
 
 え、何を当たり前のことを言っているんだって?
 
 違うんです。今、あなたの頭に浮かんだ理由とは。
 
 わたしは、人を殺す「大変さ」「シンドサ」のことを言っているんです。
 
 日本のように銃器が手に入りにくいと、殺人は、扼殺(やくさつ)か刺殺、殴殺するしかありません。
 
 これらは非常に重労働なんですね。
 首を思いっきり締めるのはシンドイ。
 刺殺は、血も出るし、一回で致命傷を与えられないことが多いだろうから、何度も刺さなければならない。これもシンドイ。
 殴り殺すのも力が必要だ。
 
 しかるに銃はどうでしょう。銃口を相手に向けて、指を1センチ動かすだけですね。
 こんな軽労働なら、そりゃあ人を殺しやすいでしょう。
 しかも、ナイフなどと違って殺人対象から離れたまま使える。

 加えて、銃本来の目的が対象物の破壊なのだから、ナイフと違って躊躇がない。
 
 だから、銃は安易に人に持たせてはいけないのです。
 
 ナイフの話をしようと思ったのに、銃規制の根拠の話になってしまいました。
 
 わたしはナイフが好きです。でも最近は、ビクトリノックスのクラシックやウェンガー、ヘンケルの刃渡り2センチ足らずの万能ナイフすら、持ち歩かないようにしています。
 そういった「どうやって人を傷つけるのよ」というサイズのナイフすら、警察のほんの気まぐれで逮捕する口実にされてしまうからです。
 
 あの、「ヒカルの碁」「デスノート」の作画者、小畑健が職務質問をうけて、おそらく口答えをしたのでしょうが、ミニナイフを持っていたという理由で逮捕されたのは記憶に新しいところです。

 正しい使い方を覚えこまさなければならないのは、ナイフや金槌といった具体的な道具だけでなく、権力といった観念的な武器についても同様のようです。
 
 そう考えると、突然権力を握った者が、大殺戮のような狂気の執政を行うというのも理解できますね。
 

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