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2008年10月 9日 (木)

滅美(ほろび)  〜SF的人類終末考〜

 離婚遺伝子の項で人類滅亡に触れたので、それについて少し書いておこう。

「地球幼年期の終わり(Childhood's End)」や「太陽系最後の日(Rescue Party.)」(ともにA.C.クラーク)のように、人類のさらなる発達のための、新たな方向にシフトするために起こる人類滅亡ではなく、天変地異や兵器のために、ただなす術(すべ)もなく死んでいく滅亡話がSFには多く、秀作もまた多い。

 なかでも、わたしが好きなのは、

「大当たりの年(The year of Jacpot.)」(ハインライン)
「終わりの日(The Last Day)」(マティスン)
「睡魔のいる夏(筒井康隆)」

だろうか。

 あと、「波が砕ける夜の浜辺で(Night Surf)」(S.キング)も捨てがたい。
 これは、鳥インフルエンザに似た流感によって人類が滅亡する終末の姿を、いかにもキングらしい筆致で描く秀作だ。

 もうすぐ映画になるらしい「感染列島(スペリオール連載中)」末期ってカンジだな。

「睡魔がいる夏」は、人類滅亡ではなく、一都市の壊滅といった感じではあるが、人々が抵抗できない死に直面するという点では似ている。
 あの筒井康隆とは思えない、静かで穏やかで……優しい筆致が、ラスト・シーンを美しく彩る名作だ。


 上記作品のどの主人公も、迫り来る死を前に、狂気に走る人々をしりめに、諦観(ていかん)をもって、愛するものとふたり、手に手をとって終末を迎えるところで物語は終わっている。

 それは、まるで、鮮やかで澄んだ水彩絵の具で描かれた一枚の絵のように、穏やかで美しい印象を読後に残す。

 デビルマンの最終シーンにも似た、荘厳さが感じられる作品群だ。


 すっかり変わってしまった地球で、変わってしまった姿で、ゆらゆらと地上に立っているコドモたち、「地球幼年期の終わり(Childhood's End)」も、ある意味、絵画的であるが……


 余談ながら、主人公に諦観はないものの、内容のスリリングさ、タイトルとのシンクロ性の妙で「影が重なる時」(小松左京)も、破滅モノとしては捨てがたい。

 映画でも「渚にて(On the Beach)」という秀作がある。


 SF作家が、いやわれわれが、終末モノに興味をもって、そういったタイプの作品が数多く書かれるのは、潜在的に『なす術のない死』『避け得ない突然の死』に対して恐怖を持っているからであろうが、それだけではない。


 野生動物で、死を意識するほど知能があって、近づく死を感じたならば、生きるために死にものぐるいになるだろう。決して落ち着いた行動はとるまい


 あるいは、人類のように、もう少し知能があれば、クスリや快楽で死を忘れ、あるいは暴力にはしり、異変で死ぬ前に他人を殺し、自分も死のうとするかもしれない。


 しかし、死を目前に、ケダモノ化する人間たちにあって、『そうでない人々』が存在する、ということを、作家たちは、小説の中で、多くのシミュレーションを繰り返して示そうとしているように、わたしには思える。


 それこそが、原初、太古の生命のに生まれ、に上がり、ここまで知性を発達させた人間が獲得した何かの証明であろうから。

 人類が生み出した自然の低いレベルでの模倣=科学が、ヒトと動物とを区別するものであるとするなら、それでは止められ得ない強大な破滅に対して、人類が他の動物を違うことを示す、唯一の証が、愛するものの手をとって終末を迎える「諦観」なのかもしれない。


 が、個人的には、「影が重なる時」の主人公のように、最後まで走って、あがくというのも嫌いじゃないな。

 最近の風潮なら、最後まであがけってのが主流じゃないかな。

 ここ数百年の日本の文化では、諦観が主流だったから、その反動かも知れない。


 最後に、ざっと、思いつくままに海外SFの破滅ものを並べると、
「太陽自殺」「さなぎ」「トリフィドの日」「大破壊」「最終戦争の目撃者」「悪魔のベクトル」「魚が出てきた日(映画もあったね)」「1986年ゼロ時」「大地は永遠に」「長く大いなる沈黙」「フェイル・セーフ」「沈んだ世界」「狂風世界」「燃える世界」「結晶世界」「荒廃」「破滅への二時間」「長い明日」「暗黒星雲」「生き残る」「地球最後の男」「海が消えた日」「300対1」「レベル7」「世界の小さな終末」
といったところだろうか。

 古いものに秀作が多いのは、この頃ので、プロットが出尽くしたからかな。


 あと、完全な終末ものではないが、A.ベスター(虎よ、虎よ!、分解された男)の「昔を今になすよしもがな(They Don't Make Life Like They Used To)」は、十代の頃読んだ時には、まったく良いと思わなかったが、最近読み返してひどく感銘を受けた名作だ。

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