クワセモノ 〜ホンダ・インサイト〜
故伊丹十三が、かつて父親(伊丹万作:映画監督・無法松の一生は脚本)と共に旅館に泊まった際、父が職業欄に「くわせもの」と記載したとエッセイに書いている。
「いくら映画監督とタテマツられても所詮は浮き草稼業、俺たちゃ人を騙して口に糊(のり)するクワセモノなのさ」という父のスタンスを、伊丹十三は、幾分誇らしげに紹介し、返す刀で、自分も風邪でかなり熱があった時に、どうしても出かけねばならなくなって、きちんと服を着て鏡をのぞくと、なんともスッキリとした容貌で、発熱のカケラも感じさせず、その時に「ああ、やっぱり私もクワセモノだった」ことを知ったと書いていたが、世の中は、そんな可愛いクワセモノばかりではない。
ホンダが1999年に発売した「インサイト」を見たとたん、わたしはその車が欲しくなってしまった。
どうせ乗るなら、スポーツカーもいいけれど、操る楽しみだったらバイクの方がいいに決まっているので、やはり車には低燃費で、プリウスみたいな中年デザインでない車が欲しいと思っていたのだ。
なんたって、あの原付カブ(燃費110km/L)のホンダが本腰をいれて(当時はそう思った)作った低燃費カーだよ、悪いわけないじゃないの、とやみくもに思いこんでいたのだった。
シトロエンに似た、リアホイールスカートと呼ばれるリアタイヤの上半分を覆う、つまりリアタイヤが半分しか見えないデザインもなかなか良かったし。
が、いろいろ調べてみると、インサイトはかなりなクワセモノであったことが分かったのだった。
当時は、トヨタがプリウスを発売して、とにかくホンダとしても、ハイブリッド競争に乗り遅れないように、一刻も早く低燃費カーを作らねばならなかった。
そして、彼らはインサイトを作った。すごい低燃費だった。
実際、インサイトは燃費世界一(世界最高の超低燃費35km/L)だったのだ。
だが、彼らはそのために、やってはならないことをやってしまった。
当時の事情通の話では、プリウスのような長期開発期間もなかった上に、一刻も早い市販ハイブリッド発売をせかされたおかげで、結果的に、とにかく燃費が良いだけの車を作ることになってしまったのだ。
そのために(ハイブリッド技術の未熟だった後発メーカーの)彼らがしたのは、車重を減らし空力抵抗を減らすことだった(つまり、まるでギネスに認定されるために作られる低燃費挑戦カーのコンセプト。人が寝そべって走るやつね)。
工夫の甲斐あって、空力抵抗を示す効力Cd値は0.25だった。
先ほど書いた、ボディがタイヤハウスを半分覆っていたのも、そのためだ。
先ほど書いた、ボディがタイヤハウスを半分覆っていたのも、そのためだ。
だが、そんな付け焼き刃の低燃費化には無理がでる。
そのイビツさは、インサイトの車載性能に出た。
燃費の敵は風と重量にある。風は克服した。次はオモサだ。
およそ、ファミリー・ユースの車に積む重量で、一番重いものは人間の体重だ。
だから、インサイトは二人乗りの車になった。荷物もほとんど積めなかった。
しかし、考えてほしい。
いったい、誰が(カイモク走らない)低燃費カーに、スポーツカーのようなスタイルと、荷物のほとんど積めない2シーターを求めるというのだ?
低燃費車の基本コンセプトは、スポーツ用の乗り物ではなく(もちろん、そんな低燃費でスポーツ風の乗り方もできないだろうが)、普通に家族を乗せて、普通に荷物を積んで、普通に買い物に行けて、そして燃費が良い、というのが正当なものだろう。
それでも、開発に「他社とは違い、ホンダはこの2シーター・スタイルでハイブリッド道をいくのだ」という覚悟が感じられれば、それもアリだと思うが、インサイトは、どうみても駆け込み開発&発売の感じ拭いきれず幻滅してしまった。
つまり、ハイブリッドとしては、クワセモノだったのだ。
その後、さらに付け焼き刃でバージョンアップもされたようだが、すっかり興味を失ってしまっていたのだが……
先日、インサイトの新しいバージョンが出ると聞いて、思わずサイトを見てきた。
「ホンダは2008年9月4日、新型ハイブリッド専用車「インサイト」のコンセプトモデルを「パリモーターショー」(会期:10月2日〜19日)に出展すると発表した」
「2009年春から日米欧で発売。年間20万台の販売を計画している」
とある。
おそらく、開発者側にも忸怩(じくじ)たる気持ちが溜まっていたのだろう。
今度のインサイトは、なんと5人乗り5ドアであるという。
やっと、クワセモノを脱却したのか?
それとも、さらにクワセモノなのか?
あと少し、洞察力(インサイト)をもって、見守りたいと思っている。
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