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2007年12月25日 (火)

人類の本懐●いくぞウルトラ警備隊。


 そもそも、ウルトラ警備隊あるいは科学特捜隊、MATとは何か?

 もちろん、彼らが、「怪獣から我が人類を護る科学の盾」「子供たちの英雄」「組織的には超国家の軍隊組織」などということは分かっている、が、そんな表向きの話ではなく、本当のところ彼らはいっい何のために存在しているのか、どう考えて行動しているのだろう?

 だって、あの人たち、怪獣退治には何の役にも立ってねーじゃん。

 と、いきなりヤング(死語)コトバになってしまったが、それほど彼らの武力はイマイチで、怪獣の周りをコバエよろしくとびまわるだけの存在に過ぎない。

 無力で情けない存在。ウルトラ超人が現れるまでの中継ぎ。

 だが、それでも、彼らは毎回怪獣退治に出動する。

 大いなる厄災(台風、地震にも似た)--> 「怪獣」の猛威にさらされた人類の唯一の抵抗が彼らなのだから。

 しかし、彼らの出撃は結局問題の根本解決とはならず、皆さんご存じのように、物語のラスト数分に、あたかも神国を救うために吹き荒れたカミカゼともいうべき、これも自然の猛威じみた銀色の巨人が現れて、台風よろしく格闘の最中にビルなどをぶっ壊したあげく、「んなもん最初から使えよ」的なスペシウム光線だのアイ・スラッガーだのトドメの必殺技で怪獣を殺すだけだ。

 さすがに、近年のウルトラシリーズでは、そういったステレオタイプな脚本は影をひそめているようだが、それでも大まかな(超人・怪獣・ウルトラ系軍隊の)力関係はそういったところだろう、

 いっそ、極端に弱いヒーローを、おだて、しかり、育て、バックアップして人類がなんとか勝たせる、といった設定にした方が面白いかもしれないが、それでは、子供たちのハートは掴めまい(その設定に近かったウルトラマンレオの人気はイマイチだった)。

 もちろん、名作「キャプテン・ウルトラ」の『シュピーゲル』や「怪奇大作戦」のSRIなど、組織自体がドラマの主人公である作品もあるにはある。



 今、ふと思ったが、キャプテン・ウルトラの愛機『シュピーゲル』号は、シュラフ、ザック、アイゼン、ザイルなどの山系ドイツ語を多用するアウトドア用品を使い始める前に触れた、最初のドイツ語体験だったような気がする。

 今や、山用品もすっかり英語化が進み、寝袋はシュラフからスリーピング・バックへと変貌を遂げた。有感隔世……。

 だいたい、大学でも理科系は第二外国語を履修しなくてもよいようになってるんじゃないの?
 ゆとり持ちすぎて、ちょっとスカスカになっている世代が少し可愛そうな気がする。



 余談だが、『理科系』出身であることを過剰に全面に押し出す(編集者と相談した上でのカラーであるのだろうが)ことの多い東野圭吾の、おそらく彼自身不満な直木賞受賞作「ガリレオ連作」は、氏も子供の頃に見たであろう怪奇大作戦のSRIに、多くの先達作家が作り出した偏屈探偵像をミクスしたものだ。
 まあ、小説およびテレビドラマ「ガリレオ連作」については、また別に書くつもりなので、ここでは触れないでおく。



 つまり、ウルトラ警備隊が、懸命に闘ってなんとか勝利をつかもうと努力しているうちに、思わぬところからカミカゼ(つまりウルトラ超人)が現れて、あっというまに怪獣を倒してしまうのだ。

 そんな彼らにどんな楽しみ、やりがい、モチベーションがあるというのだ、そんな疑問が最近になって見事に解けたのだった。

 一本のゲームソフトがその謎に答えてくれた。

 GBAソフト「ウルトラ警備隊・モンスターアタック」がそれだ。
 このソフト、もともとゲーム自体がしたくて買ったものでは無かった。
 初回特典の同梱「科学特捜隊バッヂ」が欲しくて買ってしまったのだった。

 そもそも、その当時、GBA自体持っていなかった。

 しばらくして、千数百円に成り下がったGBA本体を買ったため、少しゲームをしてみたが、如何せん画面が暗すぎて、同時期に買った「ピンボール オブ ザ デッド」ともども、ほとんどプレイすることもなく、引き出しの奥にしまわれていたのだった。

 それが、最近借り受けたDS Liteで起動してみると、明るくわかりやすく、オリジナルの音楽と画像(静止画)の使用と相まって、非常に楽しいゲームだと言うことがわかったのだ。

 ゲームシステム自体は、何の事はないシミュレーションなのだが、秀逸なのはその独特のコンセプトだ、


 タイトル通り、主人公は、ウルトラ警備隊あるいは科学特捜隊およびMATを率いて迫り来る宇宙人、怪獣を迎え撃つ。

 その際に、各チームがそれぞれ助け合って、実際に放送されたエピソードにうまく溶け込みながら怪獣退治をするようになっている。

 このソフトのもっとも特徴的な点は、プレイヤーは、ウルトラ超人を捜査できないということだ。

 これぞカミカゼ。

 ただ、ハヤタやゴウやダン隊員を危険な闘いに追いやって、早く怪獣にやられるようにする、というテクニックは存在する。

 そうすると、お約束通り、彼らは死なずにウルトラ化してくれるのだ。

 だが、そこらへんが、このゲームのバランスの良い点なのだが、ウルトラ超人を早く登場させ過ぎると、怪獣を倒さずに時間切れで勝手に飛び去ってしまうのだ。

 何とか人類の兵器でダメージを与えさせ、最後にウルトラ超人に変身させて怪獣を倒す。これがこのゲームの醍醐味だ。

 シナリオによっては、ウルトラ超人が登場しない会もある(つまりゴウもダンもハヤタも登場しない)。

 人類の存亡のかかった闘いには許されないのかも知れないが、ともかく、彼ら(プレイヤー)は闘い、最善の手をつくし、そして天命(超人降誕)を待つだけだ。

 それにしても、一度の攻撃で、怪獣のHPの数パーセントしかダメージを与えられない人類(警備隊)に対して、ウルトラ超人の攻撃は50パーセント近くのダメージを与えるのはさすがだ。

 だからといって警備隊(プレイヤー)が無力感にさいなまれるかというと、そうではない。

 たしかにウルトラ超人は不確定要素だが、人類にできることを最大限に行ってさえいれば、必ず勝利は我が手にある、そんな諦観ともいえる戦闘理念にのっとって、楽しく闘えるのだ。

 これこそが、無力かつ微力ながら、常に怪獣が登場する度に、嬉々として(のように見える)出撃するモンスターアタックチームの気持ちなのだ。

 それをゲームをすることで教えてくれる「モンスターアタック」はすばらしいゲームだ。
 評価サイトを見ても、かなり高評価を得ている。

 GBAあるいはDSをお持ちの方はぜひプレイすることをおすすめする。



初回限定を手に入れれば、あの素晴らしいダイキャスト製の流星バッヂも手に入るのだから。



P.S. 余談ながら、一度回してしまえば、さらに警備隊の武器を強化し続けることができるので、ウルトラ超人登場の前に怪獣を倒すこともできるようになるらしい。
 これぞ人類の本懐。

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コメント

文字がちいさすぎてよむきなくすわ

投稿: 来週は一時間すぺしゃる | 2016年5月12日 (木) 00時45分

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