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2006年12月 9日 (土)

土曜の夜は「土曜日の虎」

 先頃、スカパーで「土曜日の虎」が始まった。

 で、どういう内容なのかは知らなかったが、とりあえず録画はしておいた。

 その後、観よう観ようと思いながら、忙しくてその暇が無かったのだが、今朝、目を覚ましてから、十話ばかり一気に観てしまった。


 主演は成田三樹夫。

 もう、今の若い人は知らない人が多いだろう。

 知っている人も、再放送され続けている松田優作「探偵物語」に出てくる「クドーちゃ〜ん」の刑事役か、深作欣二のヤクザ映画、あるいはテレビドラマ「影の軍団」における、ワル公家としての成田三樹夫の姿を知っている程度に違いない。


 確かに、彼ほどワル公家の似合う男はいなかった。

 眉毛を塗り込んで隠し、その上に公家眉(丸っこいやつね)を書き、公家装束を着て、ニヤリと悪巧みをする彼には、独特の凄みがあった。


 1990年に、彼の訃報を聞いた時に、これで銀河一ワル公家の似合う男を失ったとがっくりしたものだった。

 このがっくり感は、あの高品 格(たかしな かく)を失った時に、島宇宙一カツ丼を出すタイミングのうまい刑事を失ったと感じた喪失感以来のことだった。(高品格はロボット刑事のガンコ刑事役も良かったな)


 人生の後半をワル役専門として生きた成田三樹夫が、若き日に正義派主人公を演じたのが、この「土曜日の虎」だった。


 原作は、社会派の、といっても松本清張のようなコテコテドスグロ社会派ではなく、もっと洒脱でヒロイックなサラリーマン社会派モノを得意にしていた、ジャーナリスト兼作家、梶山季之(としゆき)だ。

 同じ社会派でシリアスなタイプながら、清張と梶山が違うのは、その不遇期間の長さの違いだろうか?

 比較的、若い時期に芽が出た(三十過ぎ)梶山と、歳をとってから新人賞を受賞した(40過ぎ)清張とが、腹に抱える不遇感に違いがあるのは仕方がないし、そういった感情は作風に出るものだ。

 余談ながら、わたしは松本清張という作家は良としない。
 話の内容も嫌いだし、彼の作品が、後に社会派小説のウエィブを生み出す原動力になり(時代が要求したということだろうが)、その結果、本格推理など、もっと夢のある推理小説分野を圧迫してしまった罪は許し難いからだ。

 社会派に非ずんば推理小説に非ず。この風潮が、日本の小説界与えた影響は大きい。

 これは、ソ連崩壊前、マルクス学者であらねば経済学者にあらず、と、学会を席捲していたマルクス主義たちに似ているな。

 まあ、彼らの大部分が、ソ連崩壊後ナリを潜めてしまったというのはご愛敬だが。


 また、松本清張が、作家デビュー以前の不遇だった自分を否定して、一切顧みなかったという逸話には背筋が寒くなる。

 自分の人生を否定する輩の小説なんか読みたくないのだ。

 他者に対しては、苦労人ありがち!な傲岸不遜な態度をとる一方で、ドラマ化作品には出演者として登場するという目立ちたがりでもあったらしい。

 もっとも、梶山の作品は、今や顧みられることは少ないが、清張の作品はいまだにテレビドラマ化されている。

 それだけ世の人の感性は、人生を恨んだ男のそれに近いということなのだろうか?

 いや、きっと、梶山が早世(45歳)したのに、清張は長生きした(享年83)ということがその原因なのに違いない。



 それはともかく……梶山の「土曜日の虎」

 作品の出来は、なんというか、かなり良い。

 まず、モノクロの映像が良い。死刑台のエレベーターなど、フランス製フイルム・ノワールと同等の美しさがある。

 音楽も、梶山が作詞したオープニング曲はともかく(ひどいド演歌!)、挿入曲やエンディング曲は、当時新進のジャズミュージシャンであった山下洋輔が手がけ、それがモノクロ映像と相まって斬新な効果を生んでいる。

 メインキャストの成田三樹夫が「社会正義」を連呼するミスマッチ感が嬉しい。

 誰かがブログで書いていたが、成田の髪型がレゴみたいでダサカッコイイ!?



 また、昭和三、四十年代にデビューした美形女優の大半が、若い頃は下卑た顔をしている中にあって(吉永小百合とかね)、当時から、吸い込まれるように大きくつり上がった目をしている江波杏子の美しさ。

 嬉しいことに、当時のスカートもミニが全盛だったので、美しい足もみることが出来て大満足。

 椅子に座ったりする時も、イマドキの女たちがやるように、ドスンなんて興ざめな座り方は決してせずに、さっと手でスカートを押さえて優雅に「腰掛」けるのだ。


 ゲストに出てくる藤岡重慶(西部警察やあしたのジョーの丹下段平の声だな)や芥川隆之(水戸黄門のナレーションでしか知らなかったなぁ)、ぽっちゃりとして愛らしく、もちろん美しい、キーハンター以前の野際陽子も素敵だ。

 だが、何より街の景色がなんだかいいんだなぁ。

 建物がいい。道路に車が少ないのもいい。 

 街行く人のファッションも、ミョーに短いコートに細身のネクタイなど、かなり好みだ。(個人的には、今の女性のファッションは肯定するが、男のファッションは断固として否定したい。ズボンをずらして何がカッコイイものか?もともとのツクリがみっともないものだから、わざとブラックメンのまねをして「際どい粋」を狙っているのだとしたら大間違い、背は伸びても、短足サル面の君たちがブラックピープルを気取っても、やはりサル以下でしかない)

 自分ではしないのだが、ネクタイってなんだか好きだから、登場人物の全員が細身のネクタイをしていると妙に嬉しいのだった。(今のネクタイは太すぎて、よだれかけみたいで不愉快だ。また、政治家たちが、見せかけだけの省エネでするノータイも個人的には大反対)


 ただ、ひとつ気に入らないのが、登場する男たちが、あからさまに女性を低く見た発言をすることだが、時代が持っていた疵だから仕方がないのかなぁ。
 あのスタートレックですら、ファーストシーズンでは、作中で「女のくせに」発言をしているのだから。

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