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2006年8月

2006年8月21日 (月)

ドラゴンボールのふたつの罪


 先日、機会があって、ドラゴンボール全巻を読み返してみた。

 これまで連載時、あるいはコミックになったものを含めて断片的に読んではいたものの、通し読みしたのはこれが初めてのことだ。

 読み返して気づいたことがいくつかあるが、そのひとつは、ドラゴンボールには罪深き罪が二つあるということだ。


 コミックスを所有する友人は、ドラゴンボール(以下DBと記載)を評して「努力すれば強くなる、という当初の大前提を突き崩し、血(遺伝子)さえ優秀であれば強いのだ、と変節してしまった制作者の罪は重い」と辛辣だが、確かにその通りだろう。

 具体的には、いくら努力しても地球人であるクリリンは、サイヤ人である悟空やナメック星人であるピッコロを超えられないのだ。

 それでもクリリンは、地球人の中では一番強い(ヤムチャ談)ということらしいが、本当に天津飯よりも強いのだろうか?

 確かにヤムチャよりは強そうだが……。

 これも、友人の言によると「あいつ(天津飯)は地球人以外の血が入っているはず。DBの世界では狼男(もとい、本人の弁によると男狼)等、亜人が多い」とのことで、疑問は氷解した。餃子(チャオズ)は鶴仙人によって改造されているらしい(わたしにはチャオズはアラレ、あるいはオボッチャマンタイプだと思える。つまり人造人間だ)。


 兎に角「血が努力を凌駕するようになる変節」これがドラゴンボールの罪のひとつめだ。

 DBの罪、二つめに入る前に余談をひとつ。

 古来、「君子豹変す」という言葉がある。

 意味は、ネット上の外部記憶で調べてもらうとして、人が突然変わることは案外よくあることだ。

 特に作家の作風が変わることは多々ある。

 DBの作者についても、ある宗教に帰依した結果、名前を他の作家に委譲し途中交代したなど、諸説あるが、正確なことはわからない。

 しかし、そう考えればコミックス前半で、武天老師(字はあってるかな?)が、初めて「かめはめ波」を撃つシーンでみせる、弩迫力のマッチョ化は、それ以降見られることはないし、下ネタが多かった前半に比べて、後半は、言葉でこそ「胸にさわる」だの「チチのチチにさわる」などとお下劣なことを言っているものの、と具体的な行為(ブルマの下着を脱がせたり裸にさせたり)は一切行われない。

 まあ、これは、単に功成り遂げた作者が礼節を知る(上品ぶるともいうが)ようになっただけなのかもしれないが……。

 ここで余談の2

 みなさんおわかりのことと思うが、DBの真の主人公は孫悟空ではない。
 無論、武天老師でも、クリリンでもヤムチャでもプーアールでも孫悟飯でもカリンさまでもパンでもない。

 なぜなら、わたしの考える主人公の条件とは

 1.全巻を通して変節をせず(性格が変わらず)
 2.話の最初から最後まで途切れず登場し(出続けという意味ではない)、
 3.タイトルに関連した重要な役割を果たすこと

であると思うからだ。

 この条件を満たすのは、ブルマ以外にはいない。

 好奇心が強く(おまけに面食いで欲張りというチャーミングさを併せ持つ)彼女は、物語の最初から登場(別未来のトランクスがやって来る、つまり悟空たちが一切登場しない番外編ストーリーにすら出演している)し、歳を重ねても、実の息子トランクスたちが危険な戦いに赴く時でさえ「死ぬんじゃないわよ」のひと言で送りだすほど、向こうっ気の強さは変わらない。

 また、あるエピソードで、ペンギン村に迷い込んだ悟空に対して、アラレちゃんを作ったノリマキセンベエ(漢字を忘れた!)に「こんなすごいマシンを作る人がいるなんて」と言わしめたドラゴンレーダーを作る才媛でもある(とても、そんな風には見えないが)。

 物語のほとんど最初から登場するDBレーダーは、フリーザ編でも、それ以降の話でも、重要な役割を果たし続ける。

 そういえば、ブルマ親子はドクターゲロの作った十六号(だったな、完全機械化人)も修理していたなぁ。

 DBの最重要キャラクター、ベジータも、悟空を、当初は馬鹿にし、次いでライバル視し、最後にはその力を認めるまでにはなるが、逆にいうとそれだけの関係に過ぎないのに対し、ブルマとは子供まで作ってしまうのだ。

 兎に角、DBの主人公はブルマ。
 これ定説。

 と、力説すると、友人があっさり曰く「そりゃあ、三蔵法師だものな」

 なるほど、本来の西遊記ではなく、夏目雅子版女性三蔵法師の本歌取りでしたか。

 これで、本当に納得しました。

 ってことは、当初の予定では、ブタのウーロン?が猪八戒、ヤムチャを沙悟浄にでもするつもりだったのだろうか?


 さて、先ほど「血が努力に勝る」ことがDBの罪のひとつめだと書いた。

 だが、DBには、もうひとつ、認めることのできない罪が内包されている。

 それは、「血の話」のように、話が進むにつれて徐々に露呈されてきた罪ではなく、DBという物語の、そもそも最初から包含されている罪、つまり物語の根幹に位置する問題、西洋人の好きな『原罪』といやつに近いものだ。

 それは、DBが「あらゆる願いを叶える竜を呼び出す」アイテムであるという事に起因する。

 はじめの間はよかった。DBをねらう者たちは、皆、素朴な望みを持って竜を呼びだそうをするだけだったから。

 悟空はともかく、ブルマはボーイフレンド捜しのためだったし、ピッコロは若返るため、フリーザは不老不死、ベジータも最初は同様の願いを持っていたような気がする。

 だが、敵の力が異常に増大し、敵インフレが途方もなく慢性化すると、彼らの一発のエネルギー波で地球が粉々になってしまうことすら起こり始める。

 そうなると、悟空やクリリンなど「正しいものたち」が使うDBの用途は、自動的にただひとつになってしまうのだ。

 死んだ者を生き返らせ、壊れた建物を元に戻す。

 つまり、ゲーム感覚の安易なリセットを物語に持ち込む道具に、DBはなってしまうのだ。

 人が死んでも、不都合が起こっても、リセット一発やりなおし。
 これは、少年漫画で使ってはいけないギミックだった。

 おそらく作者自身にも忸怩(じくじ)たる思いがあったに違いない。

 DBで使われた言葉で、もっとも恐ろしいのは、フリーザの「あなた、死になさい」ではなく、魔神ブウ最終形態の「みんな、死んだ」でもなく、悟空が戦闘中に叫ぶ「(闘いによる)地球のダメージは考えるな、DBでみんなもとに戻る!」という安易なリセット思考の発言なのだ。

 そう考えれば、結果的に鳥山 明が、ドラゴンクエスト等、家庭用ゲーム機(簡単にリセットがかけられる)用RPGのデザインを担当するのはよくわかる。


p.s.
 クリリンは、素変換すると「栗鈴」になるのだった。
p.p.s.
 DBの中で、わたしのもっとも好きな技名は、武天老師が放つ「萬国驚天掌(バンコクビックリショー)」だ。

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2006年8月 1日 (火)

感染 〜理屈を求めてしくじったホラー〜

 先日、遅ればせながら「感染」を観た。

 和製ホラーはあまり観ないのだが、これは何かで予告を観て気になっていたのだった。
 もともと「感染」は、Jホラーシアターの一環として「輪廻」「予言」とともに作られたものだ(他の二作は未見)。

 で、その内容はというと……

 経営危機の病院に運び込まれた謎の感染症患者。
 恐ろしいほどの高熱を発し、体全体が緑色に溶けていくその感染症は、やがて病院に蔓延し始める。

 それだけならただの、いわゆる洋画「アンドロメダ病原体」と同じ「病原菌もの」なのだが、筋肉が溶けきった死体の核(塊?)が通風口に逃げ込み、医師たちがそれを捜索し始めてから、映画は「エイリアン」的な様相を呈し始める。

主要キャスト
 設備も人も底をついた零落病院では重病人をとても扱えないと、救急隊員に引き取り拒否する善意の主人公、佐藤浩市。

 こっそりとその患者を受け取り、「医学界に衝撃を与える奇病の観察と実験を行えば、病院がつぶれても、よその病院に転職が可能になる」と嘯(うそぶ)く佐野史郎。

 妻に送金するために是が非でも金が必要なのに、給料の支払いが滞り窮地に陥っている医師に高嶋政伸。コイツが「良い人」でないのが良い。

 上記キャストは、三者三様なかなかのホラー顔(ヅラ)をしていて好感がもてる。

 そこに、気丈な看護婦(士?)長、南果歩と、シャルウイダンスで洒落た初老のダンス教師を演じた草村礼子の認知症老女が脇を固め……。

 経営危機の老朽化した病院、未知の病原体、そこに医療過誤の隠蔽などもからんで、おもしろくなりそう……という予想が後半になって尻つぼみになってしまったのが残念だった。

 とくに、体中の穴から緑色の粘液を吹き出して、感染者が次々と狂い死にしていく奇病を、ラスト近くで「サイコモノ」として合理的に説明しようとするのがいけない。


 ミステリー、特にSFに関する才能は凡庸でも、ことホラーに関しては非凡なセンスを持っている直木賞作家の高橋克彦が、かつて自作の中で「恐怖は理不尽なものほど恐ろしい、説明できない怪異ほど恐ろしいものはない」と語り、その例として『胸騒ぎを覚えて箪笥の引き出しを開けたら、二十センチほどに縮んだ、亡くなったおばあちゃんが張り付くように横になって笑っていた』という話を出しているが、これは確かに怖い。
 意味不明だが、それゆえに怖い。

 監督の落合正行は、映画「パラサイト・イブ」の監督であるから、結果的に恐怖に理屈を求めてしまったのだろうか。

 「リング」「らせん」と快調にホラーを書き連ね、やがて決して映画化できない「ループ」に到着してしまった「SF作家」鈴木 光司と同様に。

 一応、公式サイトはこちら(http://www.j-horror.com/

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