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2006年4月11日 (火)

初心にかえれ! 牙狼 第12話

 みなさんは、建武の中興という言葉をご存じだろう。

「鎌倉幕府滅亡後の1333年(元弘3年/正慶2年)6月に後醍醐天皇が親政(天皇がみずから行う政治)を開始した事により成立した政権のこといい、名称は、翌1334年に定められた「建武」の元号に由来する。
 近年では「建武政権」と書かれることが多い」

 まあ、ひらたくいえば、世の中を見て「これじゃぁ駄目だ」と思った大御所様(こいつぁ一般的に家康のことだが)が、満を持して歴史の表舞台に登場し、政治その他を自分の理想に戻そうとすることだ(もちろん、単に権力欲に衝き動かされていることも多い)。

 こういった、「中興」は、歴史でもよく見られる。

 特に長期政権においては、昨今の現状を憂い、開祖の気風に戻ろうと綱紀粛正や各種改革をする君主が数代おきに現れる(吉宗のマゴ、松平定信とかね)。
 その成否はともかくとして……。



 かつて、わたしがGAROを薦めた友人が先日言った。

「良かったのは第一回だけだった。今良いのはオープニングだけだな……」

 だが、12話を観れば、彼のその感想も変わるだろう。

 この回は、総合監督・脚本の雨宮慶太でなく『監督』雨宮慶太の作品なのだ。

 これを観ると、つくづく雨宮慶太は、画(え)の人なんだなぁと感じ入ってしまう。

 たった二十数分の番組で、「俺は他のヤツとは違う画を撮る!」というキモチがビンビン伝わってくる。

 そのアングルが、コマ割りが、やはり他の凡百の監督とは違うのだ。


 ぜんじろう演じる小物ホラーが、慌てて逃げる時に階段で躓(つまず)く、この時のカメラアングルが振るっている。


 あるいは、幼かった主人公が、厳しい修行に耐えて徐々に成長していく様を、体の大きさの違う数人の役者を横一列に並べ、同じ「型」を演じるシルエットで表現する。

 それは、まるでよくできた影絵のようにモノトーンが美しい画だ。


 今回、なにより感じたのは、他の監督とのGAROについての認識の差だった。

 GAROの基調が、ダークなホラー・ムービーであることは確かなのだが、第一回以降、各回の監督間に、その認識が統一されていない感があった。

 ヒロインとヒーローの、ちょっとした「恋の鞘当て」っぽいストーリーなど、GAROの世界には必要ないのだ。

 そんなものは「タッチ」に任せておけばいい。

 その点、主人公鋼牙と、父大河との思い出、そして父の死、幼き日の修行をベースに、「監督」雨宮慶太の撮るこの回は、突き抜けたヒロイズムを眼目としていながら、映像はあくまで「怖い」ものだった。

 だが、これ以上は語るまい。

 ぜひ手に入れて、この回を観て欲しい。

 原作、脚本、総監督の雨宮慶太が作ろうとしている世界はここにある。

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