« う〜う〜でびーる、やさしい悪魔 (マクスウェルの悪魔・ラプラスの悪魔) | トップページ | この世に、残したい 久世光彦急逝 »

2006年3月 4日 (土)

古(いにしえ)へのイニシエーション 毎日ラジオウォーク






 去る2月11日、誘われて、奈良県飛鳥村で行われた毎日放送主催の「ラジオ・ウォーク」に初参加してきた。

 嫌々参加したのだが、思ったより楽しめたので、ここに記録しておこう。


 だが、これを読まれている方の中で、いったいどのくらいの人が、「毎日放送ラジオウォーク」をご存じなのか分からないので、簡単に説明しておくと……

『携帯ラジオを聞きながら、奈良県の名所旧跡を歩いて回る』イベント。

 へ、それだけ?

 それだけなんです。

 そんな、ラジオを聞きながら寺なんぞ回って、何が面白い?

 わたしも、そう思ってました。

 でも、これが結構面白いんだなぁ。

 25年前に飛鳥ウォークとして始まったこの企画、奈良県内で毎年少しずつ場所を変えながら二十五回目を迎え、温故知新、再び飛鳥に戻ってきた。

 えーと正式名称は……

「再発見!飛鳥・古代浪漫の道 ラジオウォーク」

 内容は、とにかく午前十時から午後四時半までのあいだに、決められたスタート地点から決められたゴール地点まで、決まったコースを辿って歩くというものだ。

 そして、開催時間のちょうど真ん中の時間、いわゆるコア・タイム(午後一時〜)に、毎日放送のアナウンサー、万葉学者たちが景色の解説し、博識を披露しつつコースを歩いていくのだ。

 その人たちの側を一緒に歩き、リアルタイムで説明を聞く人もいれば、先に道を通った人は、振り返ってそうだったのかと思い、出発したばかりの人は、メモメモと記憶する。

 もちろん、アナウンサーたちと歩くと道は混む。

 それが嫌な人は、その時間を避けて、早く出発し遅く出かければ良いのだ。

 特筆すべきなのは、放送がよくあるミニFMではなく、近畿一円をカバーする「毎日放送」が通常の番組として広域放送することだ。

 だから、ウォークに参加しない人々も、特別番組としてアナウンサーや学者の説明で、奈良県の名所の知識を増やし、旅行気分になれる。

 面白かったと思う人は、次回のウオークに参加する……らしい。

 らしい、と書いたのは、わたし自身、あまり「古代の浪漫」というものに強い興味を持てないからだ。

 昔から、京都や奈良では、ちょっと土地を掘り返すと「世紀の大発見がありました」ということになって、半年ばかり工事が中断してしまうことがあった。

 すわ、どんなものが出た!と記事を読むと、なんだか黒い小さな塊の写真が写っていて、当時の様子を記した素晴らしい木簡(あれ、字はあってるかな)である、と解説されているのだが、わたしにはどうみても消し炭かゴミにしか見えないのだ。

 もし地面の下から、古代文明の科学遺跡や宇宙人の残したマシンが掘り出されるなら、わたしは迷わず考古学に進んだことことだろう。

 そういった黒い木片から、往時をしのび、古代に夢は馳せることのできるイマジネーションを、素晴らしいとは思うが、残念なことに、わたしにその能力はない。

 誘われて伏見の寺田屋に上がったことがあるが、「これが襲撃時に、おりょうが駆け上って坂本龍馬に危機を伝えたハシゴです」と説明されても、ああそうかと思うだけだ。

 ただのハシゴにしか見えない。
 
 おそらく、そういったモノに手を触れ、過去に思いをシンクロさせる、いわゆる疑似サイコメトリー能力がぽっかりと欠けているのだろうな。

 あるいは、現存する日本最古の東西五重の塔を擁する当麻寺(このあいだ浅見光彦が「箸墓幻想」で、春も深まる当麻寺に滞在しているのを新聞小説で読んで驚いたものです)が、子供の頃からの遊び場所だったり、大和三山や二上山へ小学校の遠足で何度も行かされたり、今も、法隆寺夢殿前の石畳を単車で行き来する生活だから、古いものは古いモノとしか見えないのかもしれない。

 だから、飛鳥寺跡、飛鳥板葺宮跡(いたぶきのみやあと)や、蘇我入鹿の首塚などを見ても特に感銘は持つことができないのだ。

 では、今回の飛鳥ウォーク、何が良かったのか。
 
 そのためには、経緯を説明すれば分かってもらえるかも知れない。

 2月11日、午前11時に集合場所の最寄りの駅(近鉄桜井駅)に着いた。

 その時点で、かなりな混雑ぶりだった。

 さて、出かける前に手洗いでも、と、思ってトイレの中に入っていくと、中には婦人の列が……。
 男女を間違えたか、と思って外に出るとやはり男子用だ。

 どうやら、女性用があまりに込んでいるために、男性用を使おうと並んでいるらしい……まあ、ここで、今更、中年以降の女性を罵倒することはやめよう。

 つまり、品格も、節操もなにもない人が多いということです。
 こういった人々は、法に触れなければ人を騙し中傷し差別し排斥し、車が来なければ信号無視をして道を渡るのだろうな。

 特にこの日は、歴代ウォーク最大級の盛況で、3万人近くが飛鳥に集まってきていたため、トイレ問題は、なかなかに深刻で、要所に作られた仮設トイレには、愛知万博もかくや、というような行列ができていたのだった。

 集合場所の桜井南小学校横空き地では特設ステージが作られ、歌手による歌が披露されており、協賛企業(ドコモやコカコーラ、ロート製薬など)のテントの下では、様々なものが配られていた(らしい、わたしが辿り着いた午前11時過ぎには何も残っていなかった)。

 しばらくそこで時間をつぶした後、出発点と書かれた場所から一列になって出発する。

(じつは、そこに至るまでに、ロープで仕切られた長い通路で順番待ちしなければならなかったのだが)

 いざ出発すると、細い田舎道を、ぞろぞろと老若男女(とはいえ老人が80パーセントぐらい)が道を歩いていく。

 ミニラジオから延びるイヤホンを耳にさして歩く人、小型ラジオを耳にあてて歩く人、ヤングも真っ青なドでかいラジカセを手に持って大音声を辺りに響かせながら歩く老人もいる。

 この田舎道行が気持ちよかったのだ。
 気候が良かったのが幸いした。
 少し風は冷たかったものの、雲は少なく、陽光が燦々と降り注いで風景自体が光り輝いている感じだ。(普段、昼夜逆転のドラキュラ生活をしているから尚更なのかも。完全に陽の光で副交感神経のスイッチが入りました)

 本来人混みは嫌いなのだが、なにせ土地が広く、人が一カ所に溜まらないからあまり気にならない。
 一緒に道を流れていく人々は、やはり老夫婦の二人組が多く、これはおとなしい。
 ついで女性のグループ、これは鳥が囀るように姦しい。

 でも、見ていて楽しかったのは、一人で参加しているお父さんたち(年の頃50代後半〜60代後半)だ。

 彼らの多くは、ぶらぶらと急がず歩き、道路脇の畦道(あぜみち)にどっかと腰を下ろすと、おもむろに、コンビニエンスストアの袋から缶ビール!を二、三缶取り出すとグビリと呑みはじめる。

 北風に吹かれながらも、うららかな陽光をたっぷり浴びながら、弁当を取り出して箸をつかう。

 なんだか暢気で楽しそうで、見ているだけで気分が良くなる姿だった。

 こうした、おじさんの一人歩き、という形態が案外多く、たいていの人が、のんびりと自己流に楽しんでいるように思えた。

 その姿を見ていると、奥さんはいないのか、家族はどうした?などと想像が広がっていく……。

 わたしなんぞは、寺を見るより、そういった人の行動を見る方が、よほど得るところがあり面白いのだ。

 その後、山田寺跡(これが本来の飛鳥寺跡らしい)に設えられた特設ステージで、浜村淳氏のラジオ劇場や河内家菊水丸の河内音頭が催されるのをラジオで聞きつつ(混雑がいやなので、山田寺は早々に後にした)、現飛鳥寺、飛鳥板葺宮へと向かう。

 そうそう、この山田寺跡で、さきに奈良筆で知り合った不器用毎日新聞記者と再会した。
 例によってモタモタと道のスミで写真を撮っているのを見つけたのだ。

 そして三時半過ぎ、ゴールの飛鳥小学校へ到着し、全行程、公称9キロ、手持ちのGPSによると、桜井駅からの距離も併せて14キロの飛鳥ウォークは終わったのだった。

 さすが25年の歴史を有するイベントだけあって運営の手際がこなれている。
 道の要所には、毎日放送のスタッフが立ち、ともすれば道の真ん中を歩こうとする老人たちを丁寧に誘導する。

 終点の明日香小学校からは、臨時バスが多数出ていて、ほとんど待たずに、最寄りの駅である近鉄橿原駅に到着することができた。

 以上をまとめると、人は多いが混雑し過ぎず、久しぶりに鄙びた田舎道を、様々な人間模様を見つつ歩くことができて楽しかった、ということになるかな。

 2006年5月21日には、飛鳥文化の源流である、韓国慶州でラジオウォークをするのだという。
  http://mbs1179.com/keishu/

 さすがに、これには参加しないけど。

|

« う〜う〜でびーる、やさしい悪魔 (マクスウェルの悪魔・ラプラスの悪魔) | トップページ | この世に、残したい 久世光彦急逝 »

森羅万象気になること」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 古(いにしえ)へのイニシエーション 毎日ラジオウォーク:

« う〜う〜でびーる、やさしい悪魔 (マクスウェルの悪魔・ラプラスの悪魔) | トップページ | この世に、残したい 久世光彦急逝 »