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2005年7月26日 (火)

老人力

先日の休みに、知り合いの老人(御年84才、趣味は自転車。まあこの方の話はいずれ別項にて)に誘われてサイクリングに出かけてきた。

 自転車旅行は子供の頃から好きで、今も、少年時代に新聞配達(なんて勤勉少年だったのだろう!)をして購入したランドナー(という種別を知らない方も多いだろう。マウンテンバイクより細身で、ロードレーサーよりしっかり作られている。私たちが子供の頃はその全盛期だった。今も作られてはいるが価格が異常に高く、15万円以上する。正確にいうと、わたしの自転車は前後左右に荷物用のキャリアのついたキャンピングカーだ)を、たまに取り出しては磨いている。

 もっとも、何度も塗り直したフレームは、度重なる輪行(自転車を分解して袋に詰め、列車で旅行することです)のため、サビとキズだらけなうえ、二十年以上前の製品であるため、部品の規格すら変わっていて、交換不可能なものすらある、よくいえばビンテージもの、悪く言えば骨董品だ。

 当日、それをおろして(普段は二階の物置においてある)、軽く整備をしたのち、集合場所に向かった。
 あらかじめ聞いていたところでは、片道20キロ、往復40キロと自転車旅行者からすると楽な距離なうえ、コースをうまく設定して行程は平坦路のみであったため、そのときは正しく鼻歌まじりの旅立ちであった。

 午前9時、約束の市民体育館前に集合して驚いた。
 集まっているのは、老人ばかりなのだ。
 それも生半可な老人ではない。ほとんどが70台後半、男性も女性もヘタをしたら、いや間違いなく80才を超えていると思われる人が何人もいそうだ。

 私を誘ってくれた知人は、84才で、彼が最高齢だと思っていたら、なんと95才の老人まで参加していた。

 わたしも、いいかげん若者とは言えない年なのだが、この人たちに混じると、超弩級のヤングだ。
 そうそう、若いのはもう一人、これも知人に誘われてやってきた、フィリピン出身のケンという青年だけだ。彼は日本語がダメで、英語も片言、はなせるのはタガログ語だけなので、英語とボディランゲージの会話になる。

 あとで、自転車に乗りながら老人たちと話をしていると、どうも話がかみ合わない。どうやら、彼らは、わたしを大学生と間違えていたらしい。

 若ゾーに見られるのが恥ずかしい年はもうとっくに過ぎ、どちらかというと嬉しく思う年齢になってはいるが、さすがに二十年近く年を間違えられると、それほど自分の顔には年輪が刻まれていないのか、と不安になってしまう。

 ま、それはともかく……、わたしたち以外の老人たちのマシンは、すべて実用車。いわゆるママチャリばかりである。
 そして、ほとんどの自転車のカゴの中には、風呂敷に包まれた弁当らしきものが一つだけ入れられ、ハンドルが動くたびに寂しげに揺れている。
 当日は朝から快晴だったため、雨具や新聞紙すら入っていない。

 出発時刻が近づく中、老人たちの嬉しそうな顔をみながら、わたしはすこしばかり不安を感じ始めていた。

 肉体の老化は、筋力より先に脳内より始まる。
 これは、最近知ったことであるが、つまりは、蹴つまずいてこけ、取り返しのつかない怪我を負う老人が多いのは、筋力よりも、平衡感覚の衰え方の方が早いためだそうだ。
 もちろん、他の脳力と同様、平衡感覚も使い続けることによって、維持することは容易であるらしいが……。

 それにしても、80過ぎの人々に往復40キロのサイクリングは厳しすぎはしまいか?

 おまけに、裏道を選んであるとはいえ、地元の人々が渋滞をさけて、どんどん自動車を走らせそうな道である。事故は起こらないだろうか?

 ぴりり〜。
 をを、なつかしい、ホイッスルの音。直に耳にするのは何年ぶりだろう?
 突然笛をふいて皆の注意を喚起した老人(もちろんリーダーも老人なのだ)は、宣言した
「では、出発です」
 そして、彼はわたしの方を向いてこういった。
「ごくろうさま。ゆっくり走るのは疲れますよ」

 その後は、案の定というか、やはりというか、時速9キロの死の行軍が始まったのだった。ゆっくり走るのがこれほどつらいとは思ってもみなかった。
 速く走るのは案外楽だ。
 実際、中学生の頃は、前後に二十キロ以上のキャンプ道具を積んで、一日150キロ走って何日も旅行をしたこともある。
 だが、時速10キロ以下で片道20キロ、これはつらい。その間、バランスを微妙にとり続けなければならないのだ。

 しかし、その速度は老人たちには適性速度のようで、案外しっかりとしたハンドル操作と体さばきで、着々と自転車と我が身を目的に進めていく。途中、遭遇するちょっとした坂道もなんなくクリアしている。
 もちろん、だれひとりアシストサイクルなどという英語のブツを使っている人はいない。全員ママチャリだ。先導、及び故方確認する老人たちの自転車のリアキャリアには、黄色い旗がくくりつけられていて、それが風によくなびく。
 すれ違う人々が、時ならぬ高齢自転車集団に驚いたように振り向くのが、おもしろい。

 二時間を超えて、ようやく目的地の寺についた。
 自転車に鍵をかけると、老人たちはさっと食事のために散っていった。なかなかに素早い行動だ。
 わたしも、ケンと共に寺内の適当な場所を探して歩いた。
 すると向こうから先に散ったお婆さん、もとい妙齢のご婦人が、「茶店がケチにも毛氈を使わせてくれなかった」と、文句を言いながら帰ってくるのに行き当たる。
 結局、参道を横にそれた竹藪の中に適当な空き地を見つけ、みなヤブ蚊に刺されながらの食事となったのだった。

 食事後、会より支給された参拝券を使って、寺を拝観する。
 世界遺産に登録されました、という石碑を横目で見ながら、近年、再建された塔を通り過ぎ、著名な日本画家の作品が展示されている建物に向かうと、反対側からやせた老人がやってきた。
 例の参加者中、最高齢の老人だ。
 知人が、「どうしました」と声をかけると、「別料金だからやめた」と憮然とした表情になる。
 老人力がつくと、映画館は安くなり、バスは無料、美術館なども低料金で入館できると思いこんでいたので、ついそういうと「お寺で安くなったことはありませんっ」と一喝されてしまった。
 どうやら、ユーキューの時を反映して地上に屹立する寺社においては、人間が100年たらず生きてきたところで、たいしたことではないし、料金を安くする必要もないようだ。
 あるいは、メインターゲットたる老人たちの料金を安くしたら、立ちゆかなくなるのかもしれないが……
 
 やがて集合時間がやってきて、そろって寺を出発した。
 行きと同じコースで帰っていく。
 その中で、一人遅れる老人がいた。
 絶対にスポーツ用ではない派手な上着に薄紫のジャージ。
 服装は若いがおそらくは八十才を超えていると思われる痩身の女性だ。
 彼女は行きでも遅れがちだったのだが、帰りは目立って集団から離れるようになっていた。

 気になったので、ずっと彼女のあとをついて走っていたのだが、集団を管理する、旗をたてた老人たちは、あまり遅れる彼女を気にしてはいないようだ。
 彼女は、食事の時も毛氈について苦情を言っていた集団の一人で、自転車をこぎながらもひとりごちて賑やかなのだが、その反面、脚の回転のほうは寂しくなりがちだった。
 彼女は、他の老人に置いて行かれることを、一向、気にかける様子もなく、マイペースで遅れ続ける。

 十キロばかりそのまま走ったが、あまりのスローペースに疲れてしまい、旗を立てた老人の一人が最後尾に近づいたのを見て、先頭集団近くにいるケンを目指してスピードをあげた。
 すぐに、行きと同じ場所で休憩している先頭集団に追いつく。

 伴走車から支給されるお茶を飲みながら、しばらく待っていると、旗を立てた老人だけが走って来た。

 リーダー格の男性が「もうひとりおったでしょう」と尋ねると、
「先に行けと言ったから先にきた。あの人なら大丈夫でしょう」
と、あっさり言ってのける。
 老人ひとりを残して、よく心配にならないものだ、と思うのは若造のおごりなのかもしれない。
 彼らにとっては、同じ土俵にいる仲間なのだ。
 戦友といってもいい。
 いたわるよりも、その人の力を信じて自分のベストをつくそうとしているという感じが伝わってくる。
 まもなく、件の女性は「おまたせー」と大声で叫びながら追いついてきた。

 その後、女性は幾度か遅れ、休みのたびに追いつく、ということをくり返しながら、無事出発地点に到着した。
 三々五々と散っていく老人たちのママチャリを見ながら、わたしは老人たちの力に改めて感心していた。
 60過ぎなら、なんとかサイクリングをする体力を残すこともできよう。(今の不規則な生活だとそれも無理かもしれないが……)
 だが、80をまわって、サイクリングに行く力があるかと自問するとはなはだ心許ない。
 漠然と、自転車は50代までだと思っていたのだ。
 だが、今回のサイクリングで認識を新たにした。
 赤瀬川氏のいうところの「老人力」(ちょっと意味は違うかもしれないが)を目の当たりにすることができて、自分の将来に少なからず光明を見ることができたのは収穫であった。

 唯一、気になったのは、道の端を走る老人たちに、情け容赦のないクラクションを浴びせて抜き去っていく車の多さだ。
 それらは、まだ中年のドライバーが多かったが、彼らが老人になった時に、今日の老人ほどの老人力が残されているだろうか?

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