« ギャング・オブ・ニューヨーク | トップページ | WATARIDORI »

2005年7月26日 (火)

デアデビル

 アクション物のほうが、映画館で観るのには良いと思ってみましたが、これは結構正解でした。
 XMENやスーパーマンやスパイダーマンと同じ、アメリカのコミックが原作らしいです(観たことがありませんが)。

 主演のベン・アフレックは、アルマゲドンやパールハーバーの主役ということで、あまり好感はもっていませんでしたが、これは、はまり役でした。

 主人公は、超人ではありません。
 すぐに怪我をする生身の人間です。
 子供の時に事故で盲目になってから、聴覚が以上に発達し、音によって世界を「見る」ことができる、盲人弁護士の話なのです。

 昼間は、採算度外視で貧乏人のために戦う弁護士、夜は、赤い皮のスーツに身をつつんで、昼間、法的に叩けなかった悪人を、こらしめに出かけるアウトロー・ヒーロー、それがデアデビルです。

 生身の人間であるだけに、彼の体は傷だらけです。明け方、ひとしごと終えて部屋に帰ると、全身に負った擦り傷と打ち身にうなり声をあげながらコスチュームを脱ぐのです。

 そう、彼もバットマン同様、フリークス・ヒーローの一人です。
 彼が、昼も夜も正義の番人として戦うのは、「正義を成したい」からではありません。
 「正義は、成されなければならない」が、自分以外に「正義を成す」者がいないから自分自身で戦っているのです。

 彼の行動は、少年時代に受けた心的外傷がもとになっています。

 彼の父は将来有望なボクサーでした。
 しかし、芽の出ぬまま酒におぼれ、当時はロッキー・バルボアのように場末の賭けリングにあがる毎日でした。
 少年の彼は、仲間に父親が街の顔役の用心棒だと囃されて、喧嘩をします。
 怪我をしてかえってきた彼を見て、理由を尋ねた父に、反対に彼は尋ねます。
「馬鹿なことを。用心棒をやっていたら、こんなに貧乏をしていないよ」
 彼は父の言葉を信じます。
 賭けボクサーであっても、正々堂々と戦う父を彼は尊敬していたからです。
 しかし、それから数日を経ずして、学校の帰り道、路地で父が顔役の代理として金を集金している姿を目撃してしまうのです。
 ショックで前も見ずに街を走るうち不幸な事故に遭遇し、有害廃液を目に浴びて彼は失明しました。
 病院で目を覚ました彼を、かつて経験したことのない感覚が襲います。
 音によってビジュアルを体感する「レーダーセンス」の開眼でした。
 事故と心的ショックが重なって、潜在的な能力が開花したのです。

 父は、息子の失明にショックを受けて、やくざ稼業から足を洗います。
 40を越した体にハード・トレーニングを課し、次々と敵を倒し始めるのです。
 父の復活を知って、少年もセンスを使ったトレーニングをはじめます。
 やがて、彼が健常者以上の身体能力を身に着けたころ、父親に最大の試合の機会がやってきます。
 必ず勝つと約束する父。
 ですが、街の顔役によって八百長を約束されてしまいます。賭けボクシングには莫大な資金が動くからです。
 リングの上で、滅多打ちにされる彼の目の端に、息子の顔が映ります。
 彼は目を閉じ、ゆっくりと開けると、猛烈なラッシュに出ます。
 強烈なワンツーが決まって、相手が倒れると、彼は息子に向かって誇らしげに拳を突き上げるのでした。

 その結果はもういうまでもないと思いますが、会場から出た彼は、銃で撃たれ、死んでしまいます。
 ゆっくりと体温を失っていく父の体を支えて、少年は、父の復讐と、このままでは決して成されぬ正義の鉄槌の代行者として生きることを決めたのです。


 映画としては、「音によって見る」という映像表現が、うまく表現できていした。
 たとえば、戦いの最中に、敵が音を立てずにじっと静止すると、手にした盲人用の杖で柱を叩いて音を発声させ、その反射で敵の位置を見つけたり、知り合った女性の顔を見るのに、雨の中、顔を上にむけさせて、水の反射でその美しさを知ったり、などなど。

 耳が敏感過ぎるので、夜寝る時は、完全密閉のカプセルの中でしか眠れないというのも、斬新な発想だと思います。

|

« ギャング・オブ・ニューヨーク | トップページ | WATARIDORI »

銀幕のこと(映画感想)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: デアデビル:

« ギャング・オブ・ニューヨーク | トップページ | WATARIDORI »