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2005年7月17日 (日)

マスター・アンド・コマンダー


 ひと言で言うと、これは、格調高い「海の男の映画」だ。

 日本の劇場版予告では、「艦長以外大人全員死亡で、少年水平だけが闘う」という大嘘が吹かれていたそうだが、実際は、そんな安易なチアアップボーイズモノとは一線を画した男臭い海の戦闘の話だ。
(それが原因か、日本語サイトは早々に姿を消しているらしい。まさか、関西が世界に誇るありがとう浜村淳氏のように、映画の内容を何も知らずに、チラシ一枚で話を作り出したわけでもあるまいに)

 
 真実は、アメリカで建造されたフランス海軍新型戦艦相手に、旧タイプの帆船で、敢然と闘いを挑む英国海軍ジャック・オーブリー艦長と、その親友にして船医マチュリンの友情をメインに描いた海洋冒険モノだ。

 雰囲気的には、スタートレックの時代物と考えれば良いかと……うそです。

 閑話休題御、映画が始まると、まず、その砲撃戦の激しさに息をのむ。
 その激しさは、例えれば……「プライベート・ライアン」のオープニングのようなものか。

 サラウンドで聞けば、臨場感があって、さらに良い。

 実は、何でもないようで、これは特筆に値するのではないだろうか?

 何せ、内燃機関を搭載した大艦巨砲時代は、まだずっと未来の1800年代初頭のこと。

 帆船でおこなう海戦は、ゆっくりと近づいた戦艦同士が、すれ違いざま船腹に並んだ大砲を打ち合って、あ、当たった穴開いた(炸裂弾は、未だ未熟で、船に穴が開くだけのことが多かった)という状況で、今まで撮られた映画も、そういう考えで作られていた。

 だから、帆船同士の闘いは、いかに風を読み、船を操って、敵船の背後につくかが勝敗をきめる、言ってみれば、ストラテジックではあるものの、スローテンポで退屈なものになりがちだった。

 だが「マスター〜」は違う。その戦闘シーンは、激しい、美しい、かっこええ。

 奇襲を受けて甚大な被害を受けたオーブリー艦長は、それ以後、寄港もせずに海洋上で修理を行い、巨大な敵を追い始める。このあたり、「宇宙戦艦ヤマト」に似ていて嬉しくなる。

 傷癒えて、敵船を追いかけるうち、ガラパゴス諸島にたどり着く。

 軍医であるものの、博物学者でもあるマチュリンは、なんとか噂の島に上陸して、女王陛下への献上品として、奇獣を捕獲、採取したいと願うが、任務優先を貫くジャックは、それを許さない。

 戦闘の合間に、豪華な船長室で、しばしば、ジャックとマチュリンがチェロとヴァイオリンの競演を行う。
 その音色は深く美しく、激しい戦闘の合間ということもあって静かに心にしみてくる。

 物語後半、マチュリンが誤って仲間に脇腹を銃で撃たれる。
 だが、外科手術ができるほど優秀な医者は彼しかいない。
 親友の生死に際して、ジャックはある決断をしたのだった。

 その後、いまだかつて海戦で負けを知らない男、「ラッキー・ジャック」とあだ名されるジャック・オーブリーは、絶対的戦力差のある新型軍艦相手に、奇策を弄した闘いを挑んでいく。

 女性がまったくと言って良いほど出ていないために、ストーリーの骨子は、必然的に男同士の友情、信頼がメインとなっている。だから観ていてすこぶる気持ちが良い。

 クルーから絶大な信頼を得ているひとりの男、万能と思われているが、実はただの人間に過ぎないジャック・オーブリーが、その重圧をはねのけ、自身の虚栄心すら乗り越えて指揮をとりつづける姿に、感動を覚えずにはおられない。


 いやしくも部下というもの(子供を含めて)を持つ男なら、観るべし!

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