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2005年7月26日 (火)

放浪者としての風呂敷

 以前、民俗学博物館の「大風呂敷展」というものにでかけたことがある。

 お約束だから、一応書いておくが、これは「うちの牛っこのメリーが日本列島みたいな子牛を産んだだよ」などという話を集めた展覧会ではない。世界中の風呂敷が集められているのだ。

 実をいうと、わたしは以前から風呂敷が好きだった。
 大きいものは大きく、小さいものは小さくパッケージングできる融通無碍なところがいい。
 たためばコンパクトになるところもいい。
 昔から、さまざまに工夫を凝らされた意匠も美しい。
 だから、わたしのいつも持ち歩くメッセンジャーバッグには大小あわせて三つの風呂敷が入っている。

 閑話休題
 実は、この風呂敷展でひとつの発見をした。
 言われてみれば、なるほど、と、思えることなので、ここで紹介しておこう。
 会場では、風呂敷を担ぐ現地の人々の写真とともに、実物がタペストリーのように壁に広げて貼り付けられ、地域別に展示されていた。
 ひとしきり、アジアの人々が、風呂敷を、頭にかけ、あるいは頭に乗せ、荷物を運ぶ写真を見たあとで、ヨーロッパという項目になった。
 解説を引用しよう。
「ヨーロッパというと、鞄文化だと思っている人が多いだろうが、実は、昔には風呂敷文化も確かにあったのだ」
「夏遊んだキリギリスが、冬になってアリの住まいを訪ねる時、彼らは、棒の先に風呂敷を結びつけたものを担いでいる」
「つまり、風呂敷は放浪のシンボルでもあった」

 そう、その通り。
 そうであった。
 ピノキオのジェミニィ・クリケットも、旅に出るときは風呂敷を持っていた。
 古来、ヨーロッパの人々は、普段の確固たる生活では、鞄を持って職場と家庭を行き来するが、放浪の旅に出る時は、棒きれの先に風呂敷をくくりつけるのだ。

 もちろん、実際にはそんなことはないのだろうが、イメージとしては、まさしくその通りだ。
 これは、まさしくわたしにとって、目からウロコ、の大発見であった。
 ヨーロッパにも風呂敷文化はあった。
 しかも、放浪(と、そしておそらくは貧乏)の象徴として。


 その後、常設展で、「カトマンドゥの市」というフイルムを観たが、懐かしさのあまり涙滂沱として止めることができなかった。
 すべてを観るにはまるで時間が足りない。
 今度は常設展のみを目的に、朝からじっくりでかけることにしよう。

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